砂塵にとける共犯者たち   作:黒木紫雨

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2 魔神買収 -ムーニャ-

『おはよぉおー主人!! カンカンカン! 大きな声でカンカン! ムーニャちゃんは〝対価〟を要求しまぁす!』

 

 ぐっすり眠って起きたら、窓から差す朝陽が部屋をばっちり照らしているしセインは当然のような顔でこっちの部屋でパンやひよこ豆のスープを調達しつつ朝から酒か何かのグラスからごくごく飲んでいてついでに枕元ではムーニャがうるさい。一人部屋だから家具の大きさも当然ながら一人用サイズなわけだが、そのテーブルには他にもたっぷりと瑞々しい果実やジーンもよく知らない食べ物らしきものも乗っていた。

 ジーンは薄目だけ開けてそれらを確認したのち、もう一回目を閉じる。

 

『シチュエーションが緊急だったのもあって後払いでもいいやって〝対価〟の説明をカットしちゃっていたけど! 魔神に命令したら! 相応の〝対価〟を支払う! これが魔法の理、ルールでえぇぇーす!』

「うるせえ!」

 

 狸寝入りを決めるつもりだったのに我慢できず、飛び起きてちっちゃなほっぺたを左右からぶにぶにつねった。子供みたいによく頬肉が伸びてぷにぷにしている。

 

「んで? 〝対価〟ってなんなんだよ」

『ふがふが、ぷはっ……内容はご主人が考えてくださーい、モノでも行動でも、とにかく何かを魔神に渡すか示すの。これは植物を育てるのにはお水を、人間が走るのにはごはんを食べるのと同じくらい、魔神には〝対価〟が要るの』

 

 説明を聞き流しながらセインが持ちこんだパンをとりあえず腹に流した。そして皿にあった初めて見るモノに手を出してみる。肉の串焼きみたいに可食部を貫くよう棒が刺さっており、とりあえず先端をかじってみた。冷たい。水分の塊のようで、口の中で崩れて甘い液体になる。果実の香りが広がるのと同時、砂漠の国じゃあり得ない冷たさに頭がキーンと痛くなった。

 

「うわなんじゃこりゃ。でもうめえ。まだある?」

「果汁に砂糖を混ぜて、贅沢に冷却したアイスだね。むしろ食べきらないと溶けて台無しだ」

『ちょっとー! ムーニャちゃんの話きいてよぉー!!』

 

 残った棒はゴミ箱に投げて、二本目もかじる。一本目より柔らかくなっているし頭も痛くならない。使っている果汁も別になっていて味と表面の色も違う。あくまで味のついた氷なので腹は膨らまないが、清涼感で喉がスッキリする。

 

『ちゃんと〝対価〟くれないなら恐ろしいコトが……ふがもごもご』

「これじゃダメか?」

 

 食べかけの半分をちっちゃな口に突っ込んだ。溶けかけでゆるくなっているので、棒の部分は引っ張るとスポンと抜ける。喉を突くような虐待趣味のつもりはない。

 

『よくな……おいしい……でも食べ物なんかで釣られ……』

 

 誰が見てもものすごく葛藤している。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「なあセイン、俺達を無事に運ぶって昨日の命令、アイス何本分の〝対価〟で足りると思う?」

「少ない方が楽だが、それって命がそれだけ軽いってことになるな。オレらの価値ってどれくらいだと思う?」

 

 遺跡で初めて会ったときのセインだったらアイス一本でも惜しいくらいだったかも。今は?

 真面目に考えると悩むテーマだ。

 

「とりあえず残りのメシ全部与えて〝対価〟にするか」

 

 食べ物でも〝対価〟判定されるみたいだし。

 だらだらしているうちに溶けていたし、雑にムーニャの口に朝食の残りを流しこんだ。

 

   *

 

「ハナから他人になりすまして、本番だけ一番動きやすい格好になるのが一番なんだが」

 

 出発前にさながらファッションショーが開催されていた。演者はジーン限定、審査員はセインとムーニャ、審査基準は街中で目立たないかどうか。

 ジーンは盗賊なのだ。これから活動するにあたり一般市民であってもどこで繋がるか分からないから、なるべく顔や特徴も覚えられないようにしたい。そして指輪から出てくるちっちゃい少女なんて目立ちすぎるので、ムーニャは適当に引っこんでもらう予定だ。

 備え付けられた鏡の前で髪の毛を上げてみたり、しっくりくる格好を探していた。女物の衣装やアクセサリー、化粧品については、宿で女のいる部屋から拝借しようかと考えいたところ「ムーニャちゃんなら転送できるよ?」とポンポン手品のよう調達してくれた品だ。生きて動く物、飲み水とかは無理だが、ムーニャ自身が出した布を通じて出したり送ったりできるそうだ。

 紫水晶と黄水晶の小玉が並ぶ櫛で髪の毛のセットを試みている。ムーニャが宿中からかき集めてきた他のアクセサリーも、水商売でもない一般女の持ち物と思えないくらいに宝石がふんだんに用いられたものばかりだ。

 

「この髪、女に化けるのには都合がいいんだ

「へぇ~……」

 他人になる簡単な方法のひとつは性別をひっくり返すことだ。男としての首や肩の幅などは、日差しや砂を避けるためという名目で布で覆って隠すのが定石。

 ところがこの街は往来が多い場所は全蓋式のシェード、さらにあちこちで細かな水を噴き出す装置がそれぞれ整備されていた。冷たい飛沫で肌が濡らされ、そこに風が通り抜けると昼間なのにスッと清涼感を得られる仕掛けだ。他で見たことのない仕掛けで、気持ちがいいのは良いことなのだが、ゆえに日除けに身体や顔を隠すとむしろ目立つ。

 

「あーダメだ。どうやってみても不自然だわ」

 

 もう諦めて顔を拭く。元に返すのも面倒なので全部ベッドの下に足で押しこむだけ押しこんだが、そうしたら砂と埃が舞い上がって部屋全体がえらいことになった。

 

「ガサツすぎるだろジーン!」

「おわっ、げほっ! これ掃除できない?」

『魔神使いが荒いってば~! もー……あとで追いつくからご主人は先に行っちゃって! プンプン!』

 

 頭の埃だけはたいて、結局は元通りの姿のまま宿を出た。

 人々はみな血色よく肌の潤いもたっぷりで、ここが乾きが支配的な砂漠だと気づくには伝統的な衣装を着ているかどうかでしか判別できないだろう。一般市民でも宝石で彩られたネックレスや腕輪、髪飾りなど身につけ華やかな印象を与える。巨大な水源で囲まれているおかげか魔法のおかげか、砂嵐への対策もあまり考えなくていいらしく、全体的に建物の窓も大きい。

 成り行きでくっついているセインの方は、本人の言うことには『情報屋』らしいので人に覚えられるデメリットは小さいのだろう、身なりについて気にする様子がない。

 

「ちっちゃい女の子は置いてきたんだし、そのキレイなお顔でモテモテになってきたらどうだい?」

「俺は自分のペースがいいの、向こうからくっついて来られたら重たくて邪魔」

「言うねえ。世界にはたったひとりを射落とせず泣く男もいるっていうのに」

 

 シェードと噴水装置の恩恵を味わいながら散策する。お宝が第一の目的であるが、脱出経路や物資の確保など仕込みも欠かせない。この前がイレギュラーであり、いきなり初めての場所に吹っ飛ばされて何もかもアドリブで、それで無事に済んだのは幸運だったのだ。

 ついでに噂に聞く〝幻の都〟を観光したいところだ。手始めに加工されてない、焼き立ての串肉に齧りついた。長期保存を考慮していない、塩や香辛料にまみれてない味が気楽に味わえるのは豊かさの象徴だ。

 

「このフルーツは初めてだな。うわ、汁やべっ」

「おにーさん珍しいね、外から? 水が大量に要るから、この街でしか採れないんだよ」

 

 たっぷり水分を含んだ果実に悪戦苦闘していると売り子が自慢してきた。ジュースも作れそうなくらいに汁が溢れていて、確かにカラカラに乾いた地域では育てられないだろうと分かる。

 

「ジーンって農業や畜産できんの?」

「コツコツ葉っぱや羊の顔色みながら働くなんて絶対やだね」

「だろうなあ」

 

 唐突にジーンの右手からにょっきりピンク頭が飛び出し

 

『戻り戻りっ! ご主人は他人を使うことにかけては天才だよ思うよっ! 他人というか他神だけどっ』

「いきなり現れるなよ、見られたらやべーだろっ」

『はぁい。あとで〝対価〟ちょーだいねっ』

 

 一仕事終えたムーニャが一足飛びに戻ってきたということらしい。報告と主張だけして指輪の中に引っこんだ。

 

「他人を使う仕事ねぇ。王様とかどうよ?」

「あーやだやだ、俺そんなん向いてない。生まれ変わりでもしなかったらないない」

 

 食べ歩きとくだらない話もしているうちに開けた中心部に到着した。なにやら競りか祭りか、人が集まって盛り上がっていた。財力を誇示するためか壁や舗装した地面の中にまで金銀の塊や輝く宝石を埋め込まれた絢爛な宮殿と、〝幻の都〟の周囲を囲うオアシスと別に、十数人がまとめて泳げる量の水を湛えた泉とが特徴的だ。

 泉は飲用水とは別で管理しているようで、男も女も歓声を上げて泳いでいた。このあたりは全蓋式シェードが及んでいないが、さぞかし気持ちいいことだろう。

 だが今たくさんの人間が集まっているのはその傍らであった。夜中の到着時に見たような黄金像、宝石の像をいくつも並べて盛り上がっている。近づいてみると、それはすべて人間の姿をした精緻な姿だった。違う素材で同じように仕上げるのは至難の業のはずだ。

 

「腕のいい職人がいるのかね。見ろよ、どれもマントのシワ、髪の一筋、爪の一枚まで凝ってる」

「目がいいんだなー。……俺どっかで見覚えがあるんだけど、情報屋サマはわからないか?」

 

 男の像ばかりだが、マントで身体の線や顔つきなど特徴が隠れているから知り合いであってもハッキリしない。たぶん互いに似た服装の別人をモチーフにしていることしか分からない。

 

「さあさあ今日の〝砕き〟を始める! 始めるぞ! 準備はいいか?」

 

 主催らしい男が叫んだ。競りならともかく、〝砕き〟とは? 疑問はその場で解決する。

 並んだ像の中でひとつだけ前に出されたものにはあらかじめ、石を割るときに使うクサビであるセリ矢が何本も刺されていた。男がハンマーを両手で振り上げる。高さにして人間の背丈と変わらないサイズの塊に対応しており、シンプルにでかい。ジーンはまともに働いたことはないが、よその街で石割り職人が持っていた道具より明らかにでかい。

 宝石像のセリ矢が強く打ちこまれ、一気に砕ける。太陽光を細かく反射しながら、ひとつの塊がそれぞれ無数の宝石に変わる。

 皆が派手なデモンストレーションに盛り上がる中、ジーンは別のところを見ていた。

 宮殿のバルコニーにいるプラチナブロンドの女がちらりと見えていた。頭にはシンプルながら煌めく冠が乗っていて、宮殿と冠と女の取り合わせならおそらくはここの為政者の娘――王女だろう。広場にいるジーンの角度からは頭のてっぺん付近しか見えない。ただ、何度も横に揺れる頭からは、強い否定、嫌悪、そういった感情が読み取れた。

 お上品なお姫様には宝石爆砕ショーなんて肌に合わないのだろうな、とかぼんやり考える。ここでは食べ物に困らないことといい、どこか聞いた話で『市民とパンとサーカス』なんて組み合わせでなんかあったような、どういう逸話だったかさっぱり思い出せないなとかとりとめもない考えが浮かぶ。注意散漫になっていたところ、セインに隣から突っつかれた。

 

「さっきの像だが、製作者とか辿ってモデルも分かるかもしれない。調べてくるかい? 別料金とるけど」

「対価とるのかよ。じゃあいいや」

 

 ムーニャが〝対価〟として渡したアイスを頬いっぱいに貪るのは見ていて面白いが、野郎のを眺めても楽しくない。

 

「金払い悪いねぇ。そうしたらオレは太客になりそうなところを開拓してくるぜ」

 

 そうセインは言うだけ言って人混みの中へ消えていった。おさげが蛇のようすり抜けていくのだけ見送る。

 

 像の人物がジーンにとって重要だったならきっと自力で思い出せるので、思い出せないのなら大した相手じゃなかったのだろう。

 

   *

 

 散らばった宝石も拾われ終わって人の壁がまばらになっていった。解散していい頃合いだ、適当に歩きはじめる。

 

「うわっ」

 

 さっきの引っかかりで上の空でいたら水路に片足を突っこんでしまった。整備された水路だなんて、今まで見てきた街になかったものだから想定外だったのだ。水が豊かで金にも困ってないもんだから、水道が整備されてる。デモンストレーションで宝石を砕いて配る成金演出だけじゃないということだ。

 足元が濡れてしまったが、適当に歩いていたら乾くだろう。片方だけ濡れた足跡を残しながらジーンはまた歩く。

 

「〝幻の都〟っても、中身は案外に普通なんだな……」

 

 食べて歩いて笑って眠る。ジーンが生まれるよりも前に地図から忽然と消えた街だというが、住んでいる人間たちは幽霊でもなんでもない。ラクスは盗めと唆した魔法のランプについて、繁栄の秘密と表現していた。もしもジーンが奪えば栄華が終わる、と考えるのが自然である。

 

「……おい、アイスあとでもう一本持ってくる。ランプを奪えば、街はどうなる? 答えな」

『コソコソ。ご主人がさっきハマった水道とかはね、魔神の力じゃないから残るね。魔法由来のモノは消えるか減るかするよ。特に街を外から隠している魔法が弱まったら、コソ泥とか押しかけて治安最悪コースとムーニャちゃんは予測するね。ランプの魔神はムーニャちゃんと別神だし結果の保障はできないよ。ヒソヒソ』

「……ふぅん」

『質問の仕方を変えたら、答えられる内容も変わるわよ』

 

 ラクスの魔法によって導かれ、〝幻の都〟に魔法の指輪を利用して辿り着いたジーンたちも広義にはコソ泥か。以前に手を出そうとしたのがすべて空振りだったのも、外から隠す魔法とやらの賜物だろう。

 

「どうすっかな」

 

 可能性を知ってしまった以上――積極的に人を不幸にして楽しむ性格じゃないのだ。

 ラクスをとっ捕まえて、前に言っていた想像もつかない目的とやらを吐かせてやりたい。

 

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