砂塵にとける共犯者たち   作:黒木紫雨

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3 外患誘致 -ライラ王女- 

 ひとりきり――正確にはムーニャも一緒だが――になってからも自分の足で見て回り、一通りの地形や人の流れは頭に叩きこんだ。ただ今のところの情報は昼間のそれだけであり、夜の人出や照明の具合は改めて調査しなければならない。初日はとにかく早く眠りたい欲ばっかりで、さっぱり記憶がなかった。人の気配が全然なかったのは覚えているが、それなりの広さがある都市のごく一部を見ただけの印象に過ぎない。

 それに街中の様子はだいぶ掴んできたが、魔法のランプの在り処、素直に考えれば為政者かそれに近しい人物の傍にあるものとして、街のどこからでも存在感を放つ宮殿のこともまだ外観しか分かっていない。

 無人の遺跡でトレジャーハントするのとは下調べのやり方も変わる。とりあえず下働きの女でチョロそうなのを落として情報を抜き取る手もある。だがあまり行く先々で女を作るとだんだんと重たくなるリスクを考慮すると、この方法は避けれるなら避けたい。覚えているだけの女の顔を浮かべたところ、正直なところ手遅れかもしれないが。

 そんな取り留めもない考えを巡らせつつ、とりあえず昼間行った宮殿前へ向かう。何となく、人と出会わない裏道を選んでしまうのは盗賊のサガ。

 

 昼間とはまったく違う景色となっていた。まるで秘密の奥地に隠された泉。これまでジーンに日陰の恩恵を与えていたシェードも泉と宮殿の上までは覆っておらず、開けた空間がぽっかりとできている。月光と星明りを白く反射し静かに揺らぐ水面は、少しでも触ればいとも簡単に乱れるだろう。

 

『……ご主人?』

 

 もしも、仮定として、真っ裸になって飛びこんで端から端まで泳いで好きなだけ喉を潤して、水辺に上がったあとは髪の毛から滴る水をもったいないとか一切合切考えずに絞って流して、それだけしてもまだ好きなだけ好きなことができる水のでっかい池が目の前にあるのを見て、そうしたらどれだけさっぱりすることだろうか。

 

『ご主人! ちょっと! ねえちょっとってば~!』

 

 魔性へ吸い寄せられるように、水面を覗き込んで、水面に鼻先が触れそうなくらいに近づけば、泉の底には黄金や宝石の破片がきらきらきらと……そのとき、

 

「いけないッ!」

(……俺は今、何をしていた?)

 

 割り込んできた声で正気に戻った。聞いたことのない女の声だ。だが上の方から発せられていて、自然と宮殿のバルコニーの方を注視する。そこで冠とプラチナブロンドがアピールするよう揺れていた、昼間のお姫様に違いない。

 

(俺はどうなってた、なんだった?)

 

 一時的とはいえ、強い酒でも盛られたように判断力が鈍っていた。声の主はそんなジーンのことを異常な状態だと把握してわざわざ止めに入ったのなら、この現象について何かしら知っているのは違いない。ついでに勢いで宮殿内部に侵入できるなら色々と手っ取り早いし。

 最後の理由が最も比重として大きかったが、とにかく女が叫んだバルコニーへと身軽さを活かして登っていく。あちらには足場にちょうどよい重さのヤシの実詰めの箱があるし、こちらには掴んで手掛かりにするのにちょうどい看板がある。これは昼間の散策で得た成果。

 

「よっと。……騒がないでくれよ? お姫様」

 

 バルコニーにいた人物、そっとだが声は漏れさせないよう手で口を塞ぐ。

 警告してくれたのだから『お姫様』から敵意はないだろうが、助けた相手がするすると自分の元まで登ってくるのは想定外だろう。びっくりさせて騒がれては困る。

 無礼を働いている自覚はあるのでビンタのひとつまでは受け入れるつもりだったのだが、お姫様は「……大丈夫だ」と頷いた。もしもジーンが暗殺者か強盗だったら音もなく刺し殺されていたというのに、大した胆力だ。人差し指を立てながら、塞いでいた手を外した。

 目力は強いが良く言えばあどけない、悪く言えば乳臭い女だ。宿屋で物色したような金銀宝石で彩られた宝飾品は身につけておらず、むしろ地味な印象まで受けた。

 

「……新たな被害者が出る前に、と思ったが……ソナタのそれ、魔法の指輪だな?」

 

 言われて、静かにするよう立てた人差し指に赤い宝石の指輪を付けたままであることに自分で気がついた。必要なとき以外は隠すのも考えてはいたのだが、ポケットに入れてもスリの類に盗られるケースなど考慮したら自身の指が一番安全という結論に達して、そのままにしていたのだ。

 

「まあ、待て。俺はまだ〝幻の都〟に来たばかりでな、何も分からねえんだ」

 

 一旦話を仕切り直し、自分のステージに引き戻す。魔法の指輪について知っているということは、元の所有者と関係がある可能性が高く、魔法のランプを狙っているジーンとは巡り巡って実は敵同士かもしれない。どうとでも転がせる無難な方向へ誘導する。

 

「失礼した。ワタシの名はライラ。父はこの都の領主、スルタンだ。……この都にはおぞましき呪いが蔓延っている。ソナタがまだ無事であるなら、すぐにでも都から去ってくれることが我が願いだ」

 

 バルコニーの外を指差される。登ってきたところ、夜景を改めて見る。街で最も高い構造物から見下ろす景色。

 

「呪い? 呪いなんて――」

「ちょうど、ここからならよく見える」

 

 空飛ぶ絨毯で訪れたときは、全体がミニチュアのように見える距離から徐々に高度を下げてから入っていった。目立たないよう街外れから入っていったので薄暗く、疲労もあって周りを確かめる余裕も無かった。

 街には点々と、黄金や宝石の柱が立っていた。人の集まる場所には多く、人気のない場所にはほとんどなく。

 夜になってから柱を移動させ、昼間には片付けている? それならば、手早い運搬のための人員も活動しているはずだろう。今の〝幻の都〟そのものは静寂が支配していた。

 夜にだけ何かを黄金や宝石に変化させる魔法の類が働いている? その何かとは?

 

「……どれも、人間か……?」

「そう。あの泉に一度でも浸かれば、自由を失う」

 

 沈んだ表情でライラ王女は語る。

 そしてようやくジーンは気づいた。彼女の肘から先、膝から先、これらもまた黄金そのものになっている。義手や義足の類でもないのは、彼女の態度が如実に示していた。

 

   *

 

 ライラ王女は思い返す。

 

「お止めください! 都から追放で十分ではあります!」

「この愚か者どもは魔法の指輪を盗みおった」

 父は乱暴に黄金や宝石の彫像を八つ当たりに蹴る。そのいずれもが実在する――実在した人間の姿。

「ランプだけあれば思いのまま、指輪は大して使えないとおっしゃったのも父上ご自身ではありませんか。ならば赦しを与えても」

「ワシの持ち物に手を出す者はあってはならん! 日ごとに一体ずつ〝砕き〟に出す。中から外には出られるようにしておこうか。噂話だけは外に流さないと、愚か者どもが砕かれているのも知らぬままになるからな」

 命を人質に、指輪を持ってこさせると。自分を侮辱したと――侮辱したと思わされたというだけで。

「見せしめなら、せめて最初の一人だけでも十分で」

「黙れ」

 

 

 

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 ライラの手足が重たくなる。その気になれば首から上まですべてを黄金塊にして口を塞ぐことだってできてしまう。

 あの盗賊団を助命できればと食い下がってきたが、もう実の娘をも物言わぬ塊に変えて脅すことも躊躇わなくなっていた。今は引き下がるしかない。

 

「かつて、都を作った頃の父上はもういない……」

 

 あの頃は地道な施策で、生活の基盤を作り上げていたのだ。水が豊かといえば聞こえはいいが、水に囲まれ孤立しているともいえるこの土地は地盤の緩さや交易の困難さなど、障害も多い。幼かったライラもその背中に憧れ、勉学にも励んでいた。

 これから黄金や宝石の像に変えられ囚われた三十人がどんどん〝砕き〟の見世物として殺される。脱出した盗賊団の生き残り十数人が魔法の指輪を持ち戻ってきても責められるまい。見捨てることになってそのまま遠くに持って逃げてくれても、あの恐ろしい暴君になった父に指輪が戻らないのならそれでいい。

 願わくは、自由のない自分の代わりにこの呪いを打ち倒せる者に渡るか、恐ろしき魔神の力の一端を永劫封じてくれれば……。

 

 

   *

 

 

 昼間に砕かれた宝石像は何十人といる盗賊団の一員。ライラ王女からの情報で、ようやく見覚えがあると思った理由、遺跡アジトの攻略が順調すぎた理由に合点がいった。

 

「ああ、おっぱいネクタイの女のとこの」

 

 考えたことそのまま言葉にしてしまって、仮にもお姫様の前で言うことじゃない言い回しになってしまった。

 

「モルジアナの知り合いか? 彼女は無事か? 聞かせてほしい」

 

 今ので通じたらしい。結果としてラッキーだった。

 モルジアナについて改めて思い出そうとしても、殺されかけた相手だというのに独特の意匠による印象が強すぎて顔が思い出せない。ジーンも盗賊として活動するにあたって顔を覚えられないようにするための発想の逆転として、今後試そうか真面目に考えてもいいかもしれない。

 

「こんなオッソロシー都から逃げてきたと思えないくらい元気だったぜ」

「よかった……ワタシが彼女らを手引きしたのだ。なのに全滅でもしていたらと思うと……」

「自分が身動きとれないから外の他人を、ね」

「ワタシには自由がないのだ! 他になかったから……」

 

 会話をしながら指輪に擦る。様子見で引っこんでいてもらっていたちっちゃな魔神が赤い石から出てきた。だがムーニャはジーンには見せたこともないブサイクな不機嫌顔をして、舌をだしながら悪態をつきまくる。

 

『ライラちゃんひっさしぶり~! 使われるのは二度とゴメンだけどね! ぺっぺっぺっのぺぺぺっ!』

「……すまない」

 

 ムーニャは事あるごとに前の主人への不満を口にしていたが、この父娘で間違いないらしい。〝幻の都〟へ遺跡から脱出して移動するときを思い返しても、ムーニャは確かに便利だが融通が効かない側面はある。盗まれる程度の管理、扱いだったということだろう。

 

「さっきはサンキューな」

『べ、べつにっ。ご主人が使い物にならなくなったら、次の新しいご主人がもっと最悪な人間になりかねないから特別にフォローしてあげただけだしっ』

「使い物……あのヤバそうなやつだよな。これは命令だ、俺は一体何をされたのか教えろ。〝対価〟には明日アイス五本持ってきてやる」

 

 このお姫様は善の人間ではあるようだが、それ以上は使えなさそうだ。魔法、魔神が絡んでいるのならばムーニャに質問する方が確実である。

 

『もしもあのままドボーンしていたら、ご主人も黄金の塊になってたってこと。街から出られないカラダにされちゃったわね』

 

 黄金に変えられた王女の腕を足蹴にしながら続ける。

 

『ここのクソ領主は魔神の呪いを利用した魔術の実験をしている。ヨソの都市にたっくさんの武装した戦士の黄金像ですよぉ~飾ったらありがた~いご利益ありますよぉ~って売って、いっせーのーせーで元に戻せば一気に制圧したりとかできちゃうからね。ムーニャちゃんは道具作りの魔神だからそーゆーのできないんだけど』

 

 どんどん早口に、ジェスチャーも大袈裟になっていく。

 

『ちっちゃいし魔神パワー弱いのコンプレックスだったけどー、そんな使い方されるくらいならちっちゃくて弱くて結構! で、〝対価〟も踏み倒すわ倉庫に押しこめられるわで散々だったの。あ、後半はただの愚痴、サービスだから追加のアイスはいらないんだけど、最初にいったアイスは絶対に踏み倒さないでね、ご主人ッ』

「お前に優しくしなかったら、こうやって延々と悪口言われることはよーくわかったぜ」

 

 アイスで満足する魔神の〝対価〟も支払わなかったのか。ジーンが差し出した指を差し出すと、ちょこんと猫をかぶって彼女なりの可愛い表情をキメながらお行儀よく座った。

 

『ほらほらほら、言ってみなよお姫様。ナニを〝対価〟として魔神に捧げようとしたか』

 

 当てつけのようにムーニャは言わせようとする。事情の説明をするだけなら、一から十までムーニャが言う方が嘘も混ざらず手っ取り早いというのに。意地悪な女はモテないぜ、と止めさせてもいいのだが、ジーンも何となく察していて、その推測が事実ならあまりお姫様の方にも同情する気にならないのでムーニャのやりたいようにさせた。

 

「……父は、いえ、ワタシたちは……民の命を、〝対価〟にしようとし……魔神に見限られたのだ」

 

 制裁、罰として生まれたのがあの呪いの泉だと、そして欲に溺れた父親はそれすらも金銀獲得と版図拡大に利用しようとしか思っていないのだと。

 

 

   *

 

 

 また時間をかけてだらだらと過ごして、今はもう太陽がより赤く染まる夕方。街中の至る所にあるシェードが作る日陰も角度が付いて長く伸びている。通行人がみんなノッポみたいだ。ベンチのひとつに寝転がりながら例の泉がある広場を眺めている。

 

「どうすっかなあ」

 

 あのあとは泉の呪いにかかるまえに止めてくれた礼はしつつも、返事はのらりくらりごまかして帰った。

 

「さも重大なことのよう言われたけど、俺の手には余るんだよなぁ」

 

 魔法のランプは単なる財宝と違う、とんでもない品。お宝コレクションに加えたくないと言えば嘘だが、取り扱い注意の特大爆弾を宝物庫にしまう馬鹿はいない。手を引いた方が安全だ。

 

「あー、あれが今日の犠牲者かな」

 

 広場で〝砕き〟のため出されたのは全身が水晶になった男。仲間を背中に庇おうとしたそのままの姿勢で固められていた。よくよく注目すれば、髪の毛が濡れている姿を象っているのが分かる。侵入か逃走かで知らずに利用してしまったか、はたまた泉に突き落とされたか、とにかくあの泉で呪いを受け、あとは生殺与奪を握られてしまったということだ。砕きやすくするため事前に突き立てられたセリ矢も、元を知ってしまうと痛々しい。

 ライラ王女から聞いたところでは、夜の間にみな黄金や宝石の塊となっていることを人々は認識していない。時間帯に関係なく像にされるのは、王女のよう恫喝されたか、盗賊団のように顔見知りのいない外部からやってきた者だけだという。

 いくら精巧ゆえと謳い文句にしても、知っている顔が消えて同じ顔の黄金像が売り出されていたら訝しむ者は出るだろう。だから今まさに〝砕き〟の槌を振り下ろそうとする役人も、精巧な芸術品の破壊をエンターテインメントとして楽しみに来ている市民も、材料が生きた人間だと知らないままこの〝幻の都〟のシステムに組み込まれている。知らないままシアワセに過ごすこと自体は悪じゃない。

 

「べっつに聖人君子じゃねーんだよ、俺」

 

 余所者や下層階級を食い物にして平穏を享受するなんて、形が違えどどこでもあることだ。いちいち知らない弱者の救いまで考えるのは、玉座でふんぞり返りながら広い広い国を統制する王様のシゴトであって、ちょっと浪漫を求めて放浪する盗賊のシゴトじゃないのだ。

 離れたところで別の興行が始まったらしい、笛の音が聞こえてくる。音に誘われこっちの見物客の半分ほどが流れていった。

 独り言ともとれる程度の声量で、小さな同行者に呼びかける。

 

「――なぁ、…………ってできるんだよな?」

『何度も確認するんだもんなー。やるだけはできるけど、前の命令が完了するまで他のことできない! いつ終わるかムーニャちゃんもわかんない! おーけー?』

 

 いくら仕方ないことだの、やらない理由作りだの、並べていても。

 

「ああ……できるっていうなら十分だ!」

『あいあいさー! ご主人のそういうトコ好き!』

 

 やる気になったら身体が動いてしまっていた。手始めにフードで顔をなるべく覆う。いつも以上に深く被って気合を入れた。

 遺跡のときにも使った『香辛料爆弾』――あのときは布に刺激のある粉末を詰めこんだだけの即席だったものを改めて作り直した。今度は木炭や乾燥した植物繊維も混ぜ合わせ、煙が広く長く漂うようにアレンジしている。

 なるべく見物客たちの前列まで進み、息を止め、点火した『爆弾』をぶちまけた。炊事場みたいに様々なハーブの香りが広がり、鼻や目に入った者たちは悶絶する。ジーンも滲みて涙目になるのは避けられない。

 まず混乱の中で真っ先にやったのは〝砕き〟のための槌を奪うこと。人間の拳だけで宝石は砕けないから、これで安全は確保できる。

 

(頼むぜ、ムーニャ)

 

 あの絨毯のような大布が指輪を通して取り出され、手早く像を包んだ。生きた存在は魔神の力を以てしても物理的に運搬するしかない――それなら魔法とやらで俺を遥か遠くへ飛ばしたラクスは一体なんだ、魔神のさらに上位存在とでも言うのか――ものの、無生物ならばイチニのサンで好きにできる。

 像を包み終えたら手早く煙から抜け出す。後ろから「こいつ、こいつよ!」「兵隊さん!」と罵声と追手の気配。もう幕は切って落とされた。

 

 惜しむらくはしばらくはムーニャ不在であることだが、いくらジーンでも人間そのもののサイズである宝石像を抱えられるほどの怪力は持っていない。ジーン自身が魔神にでもならなければ無理だ。

 兵士の内ちょっと偉いヤツが「撃てーっ!」と叫ぶ。統制のとれた列から矢が射掛けられ、ジーンの背中へまっすぐ走る。曲がり角や障害物を巧みに利用して避ける。

 ところが複数の道が合流するポイントで、後ろからの追手だけでなく横道からの兵士とも鉢合わせた。足が止まった瞬間、後ろから次の矢の列が、飛ぶ。ジーンの背中に到達する。

 ニヤリと笑い「へっ、ノープランでやらねえよ」と呟く。マントの下、モルジアナを相手にするときにも世話になった盾が受け止めた。頭の中で地図を広げ直し、逃走。

 思い描いていたプランではこのまま一度は振り切り『像を盗みだした男』に兵士たちの意識が向いている間に『女』に変装して本丸である宮殿に入りこむことだった。だが、行かねばならない寄り道ができてしまっていた。

 決行の直前に流れてきた音楽、笛の音――ジーンにとってのコトの始まり、自らを〝まほうつかい〟と自称していた女、ラクスが吹いていた笛と同じ。

 

(ぜってーシメる。なんか糸を引いているだろあいつ)

 

 数十年前に地図から消えた〝幻の都〟に魔法のランプと指輪があると知っていた。生きたままジーンを瞬間的に移動させる魔法とやらを用いた。そして宮殿から盗み出された指輪のある盗賊団の遺跡へピンポイントに送り出した。

 

 あの女はなんなのだ。

 

 ライラ王女とモルジアナは協力関係にあったが、罪悪感ゆえに口が軽い状態でもラクスの名前が出てこなかった。盗賊団から殺されそうになりながら盗まずとも、ジーンを新たな協力者としてラクスが紹介して穏やかに指輪を譲渡させてもよかったのだ。

 まあもしも、もしもだが本当にこの三者で協力ラインが結ばれていたのならそれはそれで今から確認し文句を言えばいい。

 だんだんと何に腹が立っているか分からないまま、聞き覚えのある笛の音に誘われて裏道を抜けていく。追手のことも気にしながら姿の見えない相手を追う形だ。だが本気でジーンを振り切るつもりならば笛そのものを止めればいいだけだ。居場所も動かしてはいるようだが、むしろ邪魔者がいない場所を望んでいるようだった。

 

「ケツをスッキリさせるのを優先させるか」

 

 思い切って、庇や物干し竿を利用して縦に空間を利用する。宮殿のバルコニーにいたライラ王女のもとまでひとっ飛びしたのと似たような要領だ。視線を切った状態で一度上に上がれば、人々を日差しから守るためのシェードが追跡からジーンも守ってくれる。直射日光はきついが、深くフードを被れば許容範囲内だ。

 自分たちより上にあるのは空と雲。太陽は地平線に沈みつつあり、蜃気楼によって重なりズレた形状になっている。その吹きさらしの空間で髪をたなびかせた女が待っていた。

 

「ちょっと時間かかったわね。元気に盗んでるぅ?」

 

 足元では姿を消したジーンを探す連中の賑やかな声がしている。二手、三手と分かれて散っていったようで、次第に遠くなっていった。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「おかげさまでまんまと乗せられて、後戻りできねぇところまで来ちまったよ。あんたは結局どうするのが目的なんだ」

 

 本心とは裏腹に、理性の部分ではやらない理由もギリギリまで探していたのだ。ラクスが泉の側、〝砕き〟の見物人を減らすよう仕向けていなかったら「周りに一般人も多い、無理にしても失敗する」と諦めたかもしれなかった。数日はモヤモヤしたかもしれないが、その後は助けなかったことも忘れてしまえたはずだ。

 フェイスヴェールの向こう側で食えない笑顔、目を細めながらラクスは言う。

 

「ふふ、私はあのお姫様や盗賊とは無関係。どう? これで《物語》の謎はひとつ減ったでしょ?」

 

 ここは推測通りで、むしろ関係があると言われた方が嘘を疑うところだ。

 乾燥した風が吹き抜ける中で汗ひとつ流さず、そもそも屋根上に踊り子がいるなんていう不自然さも意に介さず続けた。

 

「謎を増やしてあげる……目的はね、あるひとを救ってもらうこと。私じゃダメなの。私は脇役だからね」

「……? 呪いを受けた中にお前の家族でもいるのか」

「言ったでしょ? 今の貴方には想像もつかない目的だって……。大丈夫! 貴方の行く道はそう、《主人公》らしく輝いている。私はそれをとっても応援しているだけだから!」

 

 ワケの分からないことを言いながら抱きついてくるラクス。艶かしく指を頬に、首筋に這わせ、そして猫のように鼻先同士が一瞬当たるキス。

 

「この街で呪いを受けていない……言い換えるとスルタンに逆らうことのできる人間は一握り。間違っても水に落っこちたりしないようにね」

 

 目の前でみるとやっぱり相当な美女だ。だというのに底のしれない不気味さに、美女にキスされたというのに背筋が冷たくなった。

 硬直するジーンをよそに、また小動物のような動きでラクスが離れる。

 

「日が暮れれば、兵隊さんも含めて人間たちは動かなくなるわ。お姫様のような例外もあるけど。――ほら、日が沈む」

 

 太陽が沈むのに連動して影が長く長く伸びる。次第に闇が優位になるにつれ、影とそれ以外の境目が曖昧になっていく。

 日暮れに合わせ、街の繁栄、人々の生活が作る生活音が次第に凍りついていく。街の大半はシェードで覆われているが、街そのものを囲うオアシスの船着き場や宮殿、泉の近くなど、開けている場所もある。目を細めると動いている人間が見えた。見えていた。まばたきをする間に黄金、水晶、その他宝石の塊に変わっていた。まだぎりぎり残っている夕日の光を反射している。

 

 

 今夜、盗みに入ってやる。

 

 

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