砂塵にとける共犯者たち   作:黒木紫雨

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4.情報漏洩 -???-

 

 盗賊としての理想は、侵入がバレず、奪取がバレず、遥か遠くまでとんずらしてから発覚すること。発覚しないままだと、盗んだお宝がホンモノであることが分かってもらえない。今回のターゲットは魔神という人外がホンモノであると自ら示してくれる品だが。

 今、ジーンは宮殿横の建物からタイミングをうかがっていた。正面側には例の泉があり、ムーニャの助けを得られない今は近寄りたくない。

 宮殿の一階はどうしたって、窓やドアを破るにせよ正面玄関を突破するにせよ、侵入がバレるリスクが高くなる。二階より上は事前の下調べが難しく、地上から登るにあたって通行人であっても見つかると騒がれるのが難しいところだ。

 しかし今回に限っては、上から侵入する方が楽になる条件が揃っていた。ライラ王女と密会した夜のおかげでバルコニーへ登るルートは実践済みだし、一般人はみな夜には物言わぬ黄金か宝石になっているので見咎められることもない。

 

 人間を黄金に変える呪いを振りまくことさえできる魔法のランプだなんて、とんでもないお宝を狙いにいく割りにはあっさりとバルコニーからお姫様の私室に乗りこめた。

 

 ジーンには入眠剤になりそうな分厚い本がたくさん並んだ本棚や、風通しのよい天蓋付きベッド、いつでもつまんで食べられるよう積まれたフルーツが印象的だ。絨毯は珍しい動物の毛皮で、ジーンにはその種類は分からなかった。ライラ王女がいるなら声を掛けておこうと思ったが、静かだ。

 

(明かりはあるがいねえのかな)

 

 鉢合わせになっても敵対しないと分かっている安心感はかなりのもので、ずかずかと入らせてもらった。このあと歩き回るにあたり、外の砂など痕跡は残さぬよう靴は真っ先に履き替える。次に向けての変装、宮仕えの女になりすますための衣装に堂々と着替え始めた。

 居ないなら居ないで、お姫様というものは一体どれくらいオシャレなお部屋で暮らすものなのかとせっかくの機会だしと豪華な天蓋のついたベッドに寄ってみた。柔らかそうとか、時にはザラザラのマント一枚で寝ることもあるけどその何倍の布が使われているのかとか考えながら見て。

 ベッドの中と目が合った。

 

「うわっ」

 

 心臓が止まるかと思った。ライラ王女がベッドに文字通り置物かのように転がっていたのだ。

 前に会ったときは肘、膝より先が黄金にされていた。それが今は肘、上腕、肩、首、そして口元まで輝く黄金にされている。

 

「……っ」

「親父にやられたのか」

 

 ベッドの上で目だけ動かしてジーンを見つめ、頷く。そして目を細めて、逸らされた。身じろぎくらいはできるみたいだが、意識だけは残して何も言えない塊に変えられる苦しみは計り知れない。

 自身の身体と置き換わった黄金の重さで縛られた姿に、ふと気づいたことがあった。

 

「……前のときも重たかったんじゃねぇか?」

 

 全身を水晶に変えられた像の運搬は諦めてムーニャに任せたわけだが、それと同じかそれ以上に、半身を黄金に変えられた状態でも歩くどころか這うのすら苦労するはずだ。

 ベッドからバルコニーまで十歩ほどの距離。女の歩幅だともうちょっと増えるかも。両腕両足を重石に変えられた状態では果てしなく遠く感じられることだろう。

 だが彼女はあの夜、泉に引きこまれかけていたジーンを制止してくれた。もしも重みに挫けて歩みを止めていれば今ごろジーンも呪いを受けていたはずで、その点ではジーンの強運でもあり、そしてあの夜に諦めなかったライラ王女のおかげでもある。

 

「ちょっと見直したぜ、姫さん」

「……」

 

 黄金に変えられていない方の頬が少し朱に染まり、綻んだ。

 ライラ王女が重たい枷を引きずっバルコニーへ進んだ姿が想像できる。父親を止められないと悲劇のヒロインぶっているだけじゃない一面。恩があるから彼女の代わりに成敗をしにいくわけではない。だが少しだけ背負うものを増やしてもいいか、という気持ちになったのだ。

 

 

   *

 

 

 ライラ王女の部屋から侵入を選んだのには、もしも上手く接触できればランプの在り処や警備の状況など聞き出せるかもしれないという考えもあった。

 あの自称情報屋ことセインから情報を買えるかもしれなかったが、街で別れて以後は連絡がついていない。セイン自身も〝幻の都〟に訪れるのは初めてのようだったので、会えても宮殿内部まで把握しているのかも微妙な線だ。

 宮仕えの女に化けているうちは、隙のなさすぎる立ち回りをしていたら却って怪しまれる。通路の端で、自然な範囲で背中を丸めて、足音も消しすぎない程度に歩き始めた。ほどよく俯いていれば、男としては伸ばしている髪の毛が体格を隠してくれる。

 ライラ王女の私室からスタートしたのだから当たり前だが、このあたりは宮殿の主たちのプライベートな領域だ。兵士も含めて他の下仕えたちの気配すら感じられなかった。メリットも多いがワンミスしたら最後、ごまかしも難しくなる。

 

(……めんどくさそうな足音がしているな)

 

 べたべたと大きな足裏を存分に叩きつける類の音。武装した兵ではない。どういう教育を施しているのであれ、よほどの浮かれポンチな環境でなかったらこんな盛大な歩き方はしない。

 ちょうど満開の花と葉を広げた花瓶があったので、壁を背にその隣に立つ。曲がり角から足音の主がもうすぐそこまで来ている。

 ジーンの予想していた人物だった。人相を事前に調べるまでもなくここの主だと分かる。

 ライラの父、〝幻の都〟の主、スルタンだ。

 

「ん……ンン? 余の元にこんな美女おったか? 構わん、来い来い! 可愛がってやろう!」

 

 化粧やフェイスヴェールもしているとはいえ、間近で見つめられると男とバレる可能性が高まる。声を出してもいけない。いきなり本丸に行けそうではあるが、冷や汗がヴェールの下を流れる。

 鼻の下を伸ばしたヒゲの毛先といい年をした子を持つ親父の吐息が耳に触れたあたりで、変装が暴かれる懸念とか関係なしに耐えられず壁から離れてしまった。

 

(女に化けるのって便利なんだけど、こういうのがな……)

 

 男が近寄っても抱かせない所作――ちょうど参考になる女に会ったばかりだ。

 地面から足を浮かせつつ、くるくると回りながら近づいては離れ、時に大胆に接近してはまたすり抜ける。どこかに酒でもあったらお酌をして酔わせ、判断力を鈍らせたかったが、良さそうなものが無かった。命じれば召使いが持ってくるのだから、備えておく必要がないと。

 

「おぉ、どこへ行く。宴会場はあっちだ」

 

 猫やネズミを連想させたほどの立ち回りでないが、イタチくらいには振る舞えているだろうか。

 スルタンが示す方向へゆるゆると進んでいくにつれ、水音が聞こえてきた。

 

「つかまえたらエメラルドの首飾りを遣わそうぞ~」

(人間を〝砕いて〟作った宝石を? 御免だね!)

 

 行く先は吹き抜けの中庭になっていた。上を見たら星のまたたく夜空が天井の代わりになっている。

 あの宮殿の正面にある呪い持ち泉とはおそらく繋がっている、主とそのお気に入りたちが遊ぶのには足りる程度の大きさの噴水プールがあった。絶え間なく水が重力に逆らい上方へと吐き出されているのは、街にあったような仕掛けによるものか。呪いの話さえ聞いていなかったらジーンだってぜひとも泳いでみたくなる。

 

 庭は短く切りそろえた草と、広々と葉を広げ果実を付けた樹の両方が揃っていた。歩くためのスペースは几帳面にサイズを統一したタイルが敷き詰められている。周囲は美しい女の精緻な像――これも正体は予想がつく!――や、ジーンの知らない生き物の像で囲まれていた。四つ足のでかい猫っぽい動物や、これまたでかい猫みたいだが人間の脚くらいある牙のある動物、四つ足に加えて頭に長い腕のような器官もついたさらにでかい動物。呪いの力があれば獣だって黄金に変えるのも容易いということだ。

 贅を尽くし、好きなときに好きなだけ遊んで、食べて、寝て過ごす、そんな場所として作られた庭。

 

「余の庭は初めてじゃろ? とっておきも見せてやろ~ぞ」

 

 そう言ってスルタンが指さした先には、探していた魔法のランプ。なぜか鎖で巻かれていて、蓋を開けられないようになっている。注ぎ口からゆるゆると黒い煙が絶え間なく昇っており、一定の高さに達すると霧散して周りの空気に馴染んでしまう。黒い煙と言えば火事のときなどの煤を含んだものがイメージにあるが、この黒はどろりとした液体のインクかのようにも見えた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 ランプは自体は蓋のところでエメラルドが光っている以外はシンプルな作りで、年季の入ったくすんだ光沢を放っている。だがこの金銀宝石で彩られた都の中でシンプルすぎることが、逆にこのランプが普通でないことを如実に示していた。

「触りたいか? ん? 一番のお宝ぞ?」

 女にイイトコロ見せたいために近づかせてくれるのだろうか。ムーニャに他の仕事をさせている最中だからポンと転送しての持ち出しはできない。ムーニャ当人が魔神パワーの小ささとやらを気にしていた言動もあったので、魔法の品はどちらにせよ例外扱いかもしれない。

 とにかく無警戒にここまで近づける機会は最初で最後と思うべきだ。思わず唾を飲む。フェイスヴェールがなかったら大きく喉仏が動いて男だとバレるところだ。盗賊の変装で役立っただなんて想定していないだろうが、砂漠の女たちが積み上げた風習に感謝しなければ。

 内股気味にジーン的に可愛いと思うポーズをしながらこくこくと頷き「……!」声にならない声で是非ともお宝を見させてくれという同意のアピール。

「構わんぞ、さあ行け行け」

 周りを見渡す。スルタン以外の人間の気配は、姿は見えないがせいぜい一人二人。夜中に領主がプライベートな空間をぶらぶらしていたところ気に入った女がいたので連れこんだ、というのは警備の厚さが極小となる数少ない状況だ。

 ランプが置いてあるのは数段のステップを登った上にあるベンチの傍ら。玉座そのものではないが、玉座気取りの椅子だ。足元は石段で、足を踏みこんだダッシュや方向転換には十分。

 大股になったりして正体がバレないよう、小さく一歩一歩進む。見張りのいる場所で堂々とお宝奪取だなんて、前にもあったような場面なのに今回は鼓動がうるさい。大丈夫、どれだけ早く鳴ってもベッドで密着でもしていなきゃ周りに聞こえない、冷静さを保て。

 ステップの最上段まで来た。

 

(……届く!)

 

 両手を伸ばして、ランプに達するとき。

 ランプの注ぎ口がハゲタカの嘴に、側面は翼に、取手は尾羽に変わって襲ってきた。

 

「んぐっ!」

「ハハハハハッ、コソ泥はここにありぃ!」

 

 黄金から変化したハゲタカにフェイスヴェールをちぎり取られ、正体を晒される。そしてスルタンの反応――最初から分かった上で弄ばれていた?

 驚いているうちに周りにあった動物の像も次々に、毛並み豊かな生身に変化していく。猛獣の生臭さが一気に支配的になる。

 

「ハハハッ、ハハハハハハハッ! どれの餌にするのがいいかな?」

 

 身の危険を感じたとき、風を切る音と共に喉元で棒が寸止めされた。衛兵でなく、数日前に出会ったばあかりだがよく知る顔。おさげを揺らしながら、長年の友達ヅラしたニヤついた口元。

 

「……!」

「棒術は多少できるって言ったろ? 恨むなとは言わないぜ、むしろ歓迎だ」

 

 戦いはできないとか言いながら、モルジアナの巨斧のように人の急所狙って寸止めできるというのは謙遜が過ぎるだろうと抗議したい。だが下手に喋ればこの男、セインどころか、後ろに控える猛獣たちも一斉に襲いかかってくる。

 

「情報屋ってのは、有用な情報と信用を手に入れるために切り売りする。『ランプを狙う賊の情報』だって商売道具なんだよ」

 

 布袋を被せられ頭を殴られ、意識は保ったが抵抗できる状態でなくなった。ただひとつ幸いなのは「いやーこいつ筋ばっか多くて食ってもウマくないっすよ」などと当のセインが適当言って、この場で猛獣の餌になる事態だけは避けられたことか。それでも何度か、濡れた鼻が腕に触れたり頭をハゲタカの爪で掴まれかけたりした。

 

「あ、こいつ懐に指輪隠してましたよ。これで〝幻の都〟に来たんでしょうね。渡しておきますね」

「ハハハッ、気が利くな」

 

 男に胸元をまさぐられて喜ぶ趣味はねぇ!

 

 

  *

 

 

 猛獣においしくしゃぶられる結果は回避されたが、代わりに牢獄としての穴蔵に放りこまれていた。頭がガンガン痛む。

 用事のあるときか死体の掃除をするときだけ、穴の上からハシゴを下ろされるタイプだ。作りが甘いものなら強引に登って脱出できなくもないが、さすがというべきか掴んだり足をかけたりできないよう整備されていた。かつて誰かが脱出を試みた足跡や手形が、ちょうど人の身長より少しだけ高い位置に残っている。

 

(はー…………)

 

 申し訳程度の枯れ草でできた寝床で転がっていて、頭の布袋は外されていたがそれは目隠しを止めさせる優しさでなく、布一枚すら囚人にはもったいないというものだった。

 

(気を許しすぎたな)

 

 反省。ずっと単独で盗賊をやっていたからこそ、友達らしいものができて油断していた。

 偵察と散策の段階で手の内を見せすぎだ。変装をする際に特徴になるプラチナブロンドの髪はそのままにするという点が筒抜けでは、潜入として役に立たない。それを情報屋の前で披露してしまったのだから利用されたのはジーン自身の責だ。

 あのとき朝食だけ済ませたら追い出すのが正解だった。なんなら遺跡からの脱出までは色々助けてもらったのだし付き合いとして、その後に〝幻の都〟が見えてきた時点で絨毯から叩き落としてもよかった。実際はそうしなかった。

 

(生き延びそうな人間で友達なったの、久しぶりか、下手したら初めてだったし)

 

 ジーン自身が定住しない生活なのもあるが、それ以上に知りあった顔がどいつもこいつも長生きしない。浪漫を求めた冒険の中で命を落とすのなら恵まれた方で、飢えと乾きでカサカサになって死んだのとか、疫病でもう水すら受け付けず死んだのとか、サソリや蛇の毒を受けて見捨てることになったとか、色々いた。

 人間、死ぬときはあっけない。だから今やりたいこと、欲しいものは自ら掴みに行く生き方をするつもりだった。

 

(寝るしかなさそうだなー)

 

 空腹感は慣れたものだ。むしろ〝幻の都〟に来てから食生活は充実しているので当分は持つ。すぐにうとうとと微睡みに沈んでいった。

 

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