砂塵にとける共犯者たち   作:黒木紫雨

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7.権利剥奪 -魔神のランプ-

 

「久しぶりに骨のある泥棒どもが次々とやってきて、楽しいなあ? ライラ」

「……ワタシは全く楽しくなどありませぬ」

 

 呪いを逆利用した魔術によって身体の大半を黄金に変えられていたライラ。今は顔周りは解かれ、父の横に連れてこられていた。絢爛な宮殿の中でも特にスルタンお気に入りの中庭、その脇にある王座を模した石段とベンチに父娘は並んでいる。

 次々と、という言い方には『意図して手引きする者がいる』という含みがあった。ライラがモルジアナら盗賊団を引きこみ指輪を盗ませ、結果として別の若者が街に侵入することになったわけだがしらを切る。口と目と耳ははっきりと機能するが、手と足は重たく役に立たない。

 視線を上げると、まるで処刑台のようにも見える高い台がある。首に縄をかけられながら立たされているのは……

 

(人を愛していた頃の父はもういない。駒か、玩具にしか見ていない)

 

 

   *

 

 

 話を整理すると、モルジアナが到着した頃にはセインは拘束されていたようだ。そしてジーンの他に地下に通じる穴に囚人はいなかった。まだ太陽は沈んでいないから、宮殿の外で物騒な処刑を行う可能性は低い。〝幻の都〟は街の外縁をさらに巨大な水で囲まれているから、さらに外へ運ばれるという想定も消せる。

 

(宮殿の中、それも……中庭!)

 

 ジーンを捕えたときだって、女装した自身の正体を知りながらもわざわざお気に入りの舞台にまで誘導してきた。あの場所は猛獣の黄金像も多数あって装飾と警備を兼ねているし、吹き抜け構造ゆえに兵士を集めて高所も固められる。権力者の華やかな道楽に見えて、何かと適した場所なのだ。何にとはみなまで言うまい。

 かっぱらってきた兵士服は、動きを阻害しない軽さと通気性、そして立場を端的に示すための分かりやすい統一された赤色が特徴だった。酔っ払った兵士が相手ならばこれを着ているだけで通り抜けられる。堂々と走り抜けても不審がられないのはこの状況でとても助かった。ただ全員が全員、職務中に酔いつぶれているとも考えられず、ならば昼からの酒を断ってきっちり職務を果たすような兵士はしらふだと考えた方がよい。

 逸る気持ちを抑え、階段を上がって二階から宮殿の中心部へ。上から下に飛び降りるのは簡単だが、その逆は簡単と限らない。

 

「あいつら!」

 

 絞首台のような台に立たされたセインが見えた。特徴のおさげは解けていて、一瞬誰だか分からなくなりそうだった。ジーンが見たことのある絞首台と違うのは、わざわざ不安定かつ死体の片付けも面倒そうな高さのある構造で、ちょうど噴水プールの上を跨るようになっている点だ。セインは首と手首を縄でくくられ、そして口にも詰め物をされ、不安定な板きれに立たされていた。

 その横にスルタンとライラ王女がいて、スルタンの方がカカカと嗤う。

 

「来たな。その程度の変装であっさり抜けられるとは、また兵どもも訓練しなおさねばならんなぁ」

「いやいや、よーく鍛えられていたよ。素直すぎて捻くれ者相手じゃ相性が悪かっただけさ」

 

 先日に〝砕き〟の場から像を奪って追いかけっこになったときだって、挟み撃ちを狙う統率や背中を狙う射撃精度などきっちり備わっているのは実感した。ちょっとばかりジーンがそれを上回っていただけ、だ。

 皮肉っぽく返答しながら、観察。

 セインに繋がるロープは首と胴の二本あって、片方を切るだけでは足りない。ご丁寧に首のロープは長さがやや短くなっている。そしてまず優先的に首のロープを切ってもバランスを崩せば真下の水に落下して、黄金の塊として市民の前で砕かれることだろう。一本だけなら、ムーニャの絨毯で飛び回りながらロープ切断とセイン回収を同時にやればよかったのだが。

 魔法のランプも、お宝として諦めたわけじゃない。魔法の指輪は手に入れたとはいえ、このまま尻尾を巻いて逃げた、なんて終わり方はジーンの求める浪漫として最悪だ。しかしいくら周囲に目を凝らしても、あるいはスルタンの挙動に注意を払っても、それらしい手掛かりがない。

 

『そうだそうだ! ご主人とーってもすごいんだから! あんたなんかべーっのばーっだもんっ』

「…………」

『無視すんな!』

 

 スルタンはもはやジーンやムーニャに興味関心を向けていない。生殺与奪を握っているセインのことすらどうでもよさそうにしていた。ただ噴水が噴き出すプールを見据えている。

 

「しばらく〝餌〟もなかったからあれがへそを曲げていたところだ」

 

 仕掛けによる噴水でなく、何かが住まう底なし沼と同じような泡が湧き立つ。

 

「久しぶりに〝餌〟を持ってきたぞ! 杯を交わした美男子ども……これが捧げる〝対価〟! これでも満足せぬか!」

『ヤバい、ご主人たちが〝対価〟として宣言された』

 

 爆発したような轟音が響いた。

 夜空に届きかねないほどの水柱と共に、鱗の一片一片が黄金でできた巨大な蛇が現れる。水面より上の部分だけでも吹き抜け構造の二階、全身を伸ばせばきっと三階部分にも届く体躯だ。

 黄金の形で待機させられていた猛獣たちと明らかに違うのは、あれらは動き出すときは生身の肉に戻っていたのに、この黄金大蛇は金のままうねらせていたことだ。

 ムーニャの反応もおかしい。顔面蒼白になっており、ジーンの手にしがみついている。

 

「大丈夫か?」

『あれは〝対価の怪物〟……あいつを罰するために生まれた呪いそのものよ!』

「それならむしろラッキーなんじゃ」

 

 ムーニャがずっと前のご主人であるスルタンの悪口を言いまくる通り、ランプの魔神もあれを気に入っていないという証と言える。

 

『ご主人以外が〝対価〟宣言されたのならラッキーだったかもね! まずご主人をガバー、パックンチョするのが順番として先なの!』

「ならセインがやばい」

 

 宣言のとき、美男子どもと言っていた。自他共に認める美形のジーンが含まれるのは当然として、ひとりだけなら複数形を使わない。

 黄金蛇は鎌首をもたげ、口を開いてセインに迫っていた。牙から滴る液体まで黄金色だ。

 

「……!」

「逃げろ!」

 

 とっさに兵士支給の曲刀を目らしい場所へ投擲する。しかし目も黄金。高い音と共に弾かれた。

「喰え! そしてさらなる繁栄をこの〝幻の都〟にもたらせ!」

 スルタンの声と共に、動けない人間へ覆いかぶさり、顎をたっぷりと開いて、丸呑みに。一連の動作の間、口を塞がれていたセインは悲鳴の類を上げることもできなかった。喉に人間サイズの膨らみができて、徐々に下へ降りていく。

 

「ムーニャ、絨毯!」

『やだやだやだやだ怖い、やだ怖い』

「くそっ」

 

 それこそ蛇に睨まれたカエルのように役に立たない。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 全身が黄金でできているというのに〝対価の怪物〟は生々しくうごめいていて、胴体が波打ちながら人間ひとり運ばれていく輪郭まではっきり見える。少しだけ先を読んだ場所へジャンプして、蛇の表皮に取り付いた。巨大な蛇はその鱗の一片がそれぞれ、険しい崖から飛び出した手掛かりに相当する大きさだ。

 水面から尾が上がり、ジーンに巻きつく。

 

「こいつ……水か金か、はっきりしろよ!」

 

 手で握った鱗の部分は確かに黄金の硬さがあってジーンの身体を支えてくれていたのに、巻き付く尾はまるで水そのもの。いくら暴れても手応えがない。

 

 

 間違っても水に落っこちたりしないようにね。

 

 

 脳裏によぎった忠告を反駁する暇もなく、ジーンは水中に引きずりこまれていった。

 完全に水中に入ると巻きついていた尾が周りとなじんで消えてしまう。水中に巨大生物がいるのでなく、プール全体、水そのものがこの怪物。

 すぐ自分を確認する。まだ動く。ただちに身体が金属になってしまうわけではないらしい。

 目を開くと水が苛むが、シルエットで分かる。

 

(セインと……ランプ)

 

 先の呑まれていたセインは気絶して沈んでいた。手足の末端から銀色に光りはじめているが、ジーンと同じく多少の猶予はあるみたいだ。

 水底には「これは魔法の品だ」と確信できるような、鈍い色のランプが据えられていた。鎖でがんじがらめにされて、浮上できないようになっている。カタカタと音すら聞こえるかのような自発的な振動をしていた。

 今すぐ全力で泳げば、窒息する前にあれを回収できるかもしれない。しかしランプを拾えばその頃にはセインは溺死する。丸ごと無機物になるならむしろ命の安全は確保できていたのに、ただちに変化しないのが却って今は命取りだ。

 

(ランプくらい、いつでも盗りにきてやる! 今は)

 

 動けないセインを抱える。まだ一部とはいえ銀色になってしまっている重量に負けて、逆にジーンごと深いところへ引きずりこまれかける。錯覚だろうに、底へ行くほど水が無数の蛇になって手足に絡まるような感覚。

 こちとら生きるか死ぬかだというのに、向こうで鎖に縛られてカタカタするだけ、そして呪いを振りまくばかりのランプが憎らしく思えてきた。

 

(くそっ、ムーニャが元ご主人とやらに反抗したんだから、やってみろよ! これくらいできなきゃ……何が願い叶える魔神だ!)

 

 今のジーンの頭にある感情は『逆ギレ』が最も適切だろう。

 ランプと目が合った――なんてことはあり得ないはずなのに――途端、大きく膨れ上がって内側から鎖をぶちやぶり、ランプの方からジーンの手にすり寄ってきた。

 

 

   *

 

 

 ――これほどまで願いが膨らむか。

 

 ムーニャのときもあったから……二回目だな。お前がランプの魔神か? 苦労させられてるぜ。

 

 ――《物語》の役割上では魔神だが、本来の魔神ではない。

 

 わけが分からねえ。

 

 ――ランプの大きさは願いの大きさに比例する。後戻りできないまでに願いが増幅され、呼応し、ランプは主人を選んだ。

 

 後戻り……ねぇ。似たことを言われたばかりな気もする。もうどれだけ分かれ道が来ても変わりはしねえや。だってもう、何度も立ち止まれるタイミングがあって、そのどれでも前へ進んだ。

 便利な指輪だけとりあえず確保できたとき。黄金の呪いが蔓延る街だと知ったとき。倉庫のカギを破って中の像を盗みだしたとき。〝砕き〟の現場からさらに一体を盗みだすとき。モルジアナに導かれて出口まで差しかかったとき。

 

 ――もう願いを宣言させるまでもないな。〝対価〟は考えておけよ。

 

 アイスじゃ支払えそうにないな。その程度じゃ代えられない。

 

 ああでも、ちょっとだけ頼みたいことがあるわ。今さ、盗んできた他人の服なんだよ。こんなんじゃなくて、この世でサイッコーにヤバいやつたのむぜっ!

 

 

   *

 

 

 弾けるように現実、もとい水中へ意識が引き戻された。

 

「息ができる……?」

 

 ジーンの身体だけが例外的にアメジストのような紫色の光で覆われ守られ、あの水がまとわりつく感覚も無くなっていた。水の中だが目を開いても痛くない。さらにはありえない怪力を発揮して、沈むセインを泳いで引きあげる離れ業を成し遂げた。上下感覚は曖昧だが、上から差しこむ月明かりが道標になる。

 水面が近づく。口の端から漏れる泡が先に昇っていく。あと少し、あと少し……。

 

「ぷはっ! な、なんだ……? おい、おい、セイン!」

「生きている、生きているよ、…………」

 

 遅れて、鎖から自由になったランプが浮上してきた。スルタンが用意した偽ランプよりでかい。むしろ水中で見たときよりずっと大きく膨らんでいる。手で持つというよりも脇で抱えるようにしないと運べないサイズだ。あれも拾わないとと思っていたら、勝手に宙を飛んでジーンの隣に来た。

 プールサイドに上がって、セインに手を貸す。元は黒い髪が細かな銀でコーティングされ、銀髪みたいになっていた。手足については水中で見たとき末端が変化しかけていたが、もう生身に戻っている。

 

「な……何故だッ! できない、制御できないッ!」

 

 スルタンの野太い悲鳴を聞いて、見渡す。ライラ王女も自分の生身の足で立っていた。中庭の向こうでは、きっとこれまで飾られていたのであろう女たちの声がしている。スルタンは怒りのあまり顔に血管が浮かんでいた。プールの水量もみるみる下がる。黄金でできた〝対価の怪物〟は金のまま残っていた。ランプによる呪いの本体のようだから蛇は特別なのだろう。

 久方ぶりに自分の足を使ったライラ王女はよろめきながらも、父へ宣言する。

 

「仮初めの繁栄は終わりなの! 水路も道路も兵士も、ランプを手に入れるより前から地道に積み上げてきたではありませぬか。初めは〝対価〟も身を削って魔神に示していたではありませぬか。おのれの行為に対し、民を〝対価〟にすると言ったあの日から父上はおかしくなった……!」

「何度も何度も何度も、聞き飽きたわァ!」

 

 でかい大人が娘に対して手を振り上げる。ライラは竦まず目を閉じず待ち構えたが、その手が頬を叩くことはなかった。

 ジーンがスルタンの手首をあり得ないほどの力で握り押さえている。

 

「親子喧嘩なら好きにしてくれたらいいが、お取り込み中でさ。ちょっとお姫様はもらっていくぜ」

「ワ、ワタシはまだ……キャアッ」

 

 素早く割りこめたのは魔法の絨毯に乗っていたおかげだ。ちゃっかりセインも最後尾に座っている。

 そこへライラ王女もメンバーに加えるべく、強引に抱きこんで攫っていく。だが王女は抗議の声を上げ続けていた。

 

「父と決着をつけねば、ワタシは、」

「それどころじゃねぇんだって。見な」

 

 ジーンが指し示す方では、猛獣たちが黄金のまま寄り集まっていた。その中心にはあの〝対価の怪物〟こと黄金の蛇がそびえ立つ。金属らしく融けて混ざりあい、蛇の長い胴体のあちこちから肉食獣の鋭い牙や爪、猛禽の翼、毛むくじゃらの腕、無数の猛獣の目玉が生えている。

 基礎となっている蛇がまず巨大なため、半端な翼では飛ぶことが無理そうなことだけが幸いだった。だがハエを払い落とすよう振り回される尻尾でも脅威だ。高度を上げようとしたら叩き落されかけた。

 今はみなで葉を茂らせた樹のところで息を潜めている。空飛ぶ絨毯そのものはいつでも発進できるよう待機だ。

 

「とんでもねぇのができちまったな?」

『あれから魔神パワーはもう感じない! お腹を空かせたチクショーの食欲とかスルタンを罰する元の役目とか、それがランプの持ち主が変わったことでバグってぐちゃぐちゃになってわーって!』

 

 顎に手をあてて考えるポーズをし、セインが提案する。

 

「戦わず逃げるのは?」

『空に逃げるのはこのままじゃむーりー!』

 

 だめか、とすぐ代わりの案をセインが続ける。

 

「なら宮殿を突っ切るのは?」

「この人数、狭い場所でだと外に出るまでに兵士から逃れるのはソナタらでも厳しいだろう。ワタシが保障するが……怒り心頭である父上は生きたままの捕縛なんて温いことはしない」

 

 セインに嵌められて一度ジーンが捕まったときも、そのセインも裏の行動を見抜かれてしまったときも、スルタンは右往左往する様子を眺め楽しんだり〝対価の怪物〟に捧げたりするために首を飛ばさないでいてくれた。今はもう命の保証がないという。

 一連のやりとりを聞いていたジーンが結論を出し、まず絨毯から飛び降りた。

 

「広さのあるここで蛇退治する方がマシかな。姫さんらは頼んだぜ」

『あいあいさー!』

 

 すでに〝幻の都〟の主であるスルタンを助けるために兵士が集合しており、その兵士たちは蛇に蹴散らされたり、飛ばされたそばからまた立ち上がり整列している。この三つ巴の状態の方が分がいい、という判断だ。

 

「手伝うぜ」

『え、ちょっと、お友達も守らないとムーニャちゃんが怒られるってぇ!』

 

 続いてセインまで絨毯グループから抜けてしまう。

 

「お前なんで来たんだよ」

「足手まといにはならねぇから、まあ待ってなって」

 

 いつか――といってもほんの数日前だが――街中でスッと別れたときのように離れてしまった。顔色は悪く消耗しているはずだが、気配を隠す手腕は衰えていない。考えがあるなら任せよう。

「過ぎた欲望――食欲は身を滅ぼすぜ!」

 

 勢いで魔神に『この世でサイッコーにヤバい』衣装を頼んでいたが、今のジーンはオーダー通りの出で立ちになっていた。三日月を模した派手な装飾のついたターバンは特に特徴的だ。

 ランプの魔神とやらは力について説明してくれない。だが走るのにいちいち右足左足を意識しないのと同じように、今こうして右腕を掲げて突き出すと古代文様の陣が描きだされ、ど真ん中に砂地獄を連想させる巨大な渦が出現した。〝対価の怪物〟が接地している部分が呑まれ、その場に押しとめる。尾と首はまだ自由にうねっているが、全体の移動を封じたのはでかい。

 

 怪物の動きが変わったのを好機として見逃さない陣営はジーン以外にもある。兵士たちが「スルタン様、退避を!」「整列、かかれっ」「負傷者を回収せよ」と、この隙に指揮系統を立て直していた。これを真正面から相手する選択肢は避けて正解、と確信できる練度だ。

 

 いくら魔神の力を得ても分身ができるでもなく、ジーンはひとり――さっきから魔法のランプが横をふわふわ飛んでいるが――である。そこに頭数の揃った兵士も蛇を取り囲むことで、狙いが分散してジーンが取り付く隙が見いだせた。

 セインが呑まれたときは液体と生物の両方の特徴を都合よく兼ね備えていたが、今は普通に体表に登れた。だがその体表には融合した牙や爪が生えていて、それらも個々に襲ってくる。直接の攻撃はしてはこないが、無数の目玉もぎょろぎょろと、最も接近しているジーンの方を見つめてきていた。

 

「邪魔くせえ!」

 

 体表にくっついている目玉のひとつに蹴りを入れる。するとジーンに噛みつこうとしていた牙のひとつが苦しみ、動きを止めた。見た目は黄金だがムーニャ曰くの『魔神パワーはもう感じない』の影響だろう、生身と同じように目玉は柔らかく脆く、でも露出しないと機能しない器官らしい。

 そうなると〝対価の怪物〟本体の対処法も見えてくる。生物共通の重要パーツである頭を叩き切るか叩き潰すか、だ。一刀両断するにはでかすぎ、厚すぎ、斬れる刃もない、駄目な三拍子。潰す方でいく。

 

「近くて遠いな……」

 

 手近な眼球を潰しつつ、頭を潰すための道筋を練るが、融合した畜生たちのあれそれが邪魔だ。

 ジーンの横を風切音が抜けていった。ちょうど見ていた目玉が破裂し潰れる。

 

「矢?」

 

 兵士に追われて射掛けられたとき、この威力と精度だったら心臓に風穴が空いていた。

 植え込みから狙撃した人物、セインが姿を現す。ジーンは知らないが、武器屋で手に入れた弓矢を事前に隠していた。

「オレだよ、オレ。まだまだあるな、撃ち抜く!」

 遺跡で出会った頃の発言とジーンを捕えたとき使っていたイメージで、棒術が最も得意なのだと思いこんでいたものだが。

 威力と精度を兼ね備えた速射でジーンの近く、そしてジーンがこれから登っていくのに障害になるルートの目玉をどんどん射抜いていった。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 セインの姿を倣って指揮官が「一斉発射!」と兵士に命じるとそちらも加わる。正直なところセインの矢は絶対にジーンを誤射することはないという確信があるが、一般兵士の矢は内心でヒヤリともする。それでもありがたい援護だ。限りなく必殺必中に近いセインほどではないが、手数の暴力でどんどん頭部への道が開ける。

 

「魔神、こういうこともできるんだろ? ぶちかませ!」

 

 ジーンが命じると、その先で壁や床から巨大な拳が飛びだす。いつか兵士に追いかけられたときに洗濯竿や荷物を足がかりに上へ上へと登ったときのよう、呼びだした拳に掴まり、次の拳に飛び移り、前の拳は消えたと思えばその先の拳へと次々に伝っていく。まだ手探りになる魔神の力によって拳を任意の場所に出させた上で、ジーン自身も動いていくという集中力の要する作業だ。周りの援護がなかったらこれどころでなかった。

 

 融合した畜生どもも援護のおかげで弱っていて、いよいよ〝対価の怪物〟より上の高さも取れる。そのときまるで腕が伸びるように、藪から飛びだすように、本体の蛇から別の蛇がジーンめがけて突っこんできた。顎の骨を外して口をぱっくり大きく開け、薄い舌まで眼前まで迫った。

 

『ご主人ー!』

 

 ムーニャの金切り声にセインも気づくが、間に合わない。まるで狙ったかのように、撃って、次のターゲットを選び、次の矢を構えるわずかな隙間だった。ジーン本人もうわぁと声のひとつも漏らす暇もなく、せいぜい目を見開くかどうか。

 

「ワタシたちでやる!」

『いっけえぇえ!』

 

 矢よりも速く、空飛ぶ絨毯が駆け抜ける。ライラは勇ましく宣言したが、やっていることはただの体当たり、飛び出した蛇を横っ腹から突き飛ばし轢き逃げアタックだ。サイズそのものは小型の蛇相当なので、ムーニャの操縦する全力突進で吹っ飛んだ。

 

「助かるぜ」

 

 勢いあまって礼も届かない距離までライラ王女とムーニャはすっ飛んでいった。ここまでお膳立てしてもらったなら、あとはジーンだけだ。念の為に〝対価の怪物〟の体表を見回すが、狙いである頭部周辺にもう他の獣のパーツはひっついていない。さっきのような不意打ちはもうないはず。

 

「ランプの新しい主人は俺なんだ、前のオトコへの罰だのなんだのはお引き取り願うぜ! 何より邪魔だ!」

 

 魔神の拳でなく自分自身の拳を握る。〝対価の怪物〟を今まで拘束していた地面の大渦を解き、代わりにジーン自身の足元に力を集めた。渦はすなわち引力、そして向きを変えれば斥力、弾きだす力。足場から飛び、魔神の斥力と高さによる落下の力、ジーンの得た怪力とで一気に黄金の大蛇の頭を潰す。内部はやはり生き物の構造をとっているのか、頭蓋骨を砕く感触があった。

 高所から力任せにいけば着地の衝撃もただですまないのが常識だが、水中で魔神の力で守られたのと同様、ジーンにダメージはない。蛇の怪物は沈黙する中、ジーンは何事もなかったよう立ち上がった。そこにセインや絨毯グループの面々が駆けつける。

 ハイタッチの要領で手を掲げたら、セインは戸惑いながらも応じてくれた。

 

「さすが魔神サマだ、これで脱出への障害がなくなった」

「俺ひとりじゃヤバかったから、助かったぜ」

 

 ジーンの言葉にセインが目を細め、これまで見たことのない表情。おさげは解けて銀をまとっており、髪型と見かけの髪色が変わっている。このせいで同一人物なのに別人のような印象を受けた。その他にも表情の質感もどことなく変わっている気がする。

 

「礼を言うならこっちが先だ、……返しきれないほどの」

 

 兵士たちが状況確認、そしてジーンたちの方を指さしている。ぼやぼやしている暇はない。〝幻の都〟は生き物を黄金に変えてしまう呪いとそれで得た富に関係なく、統率された兵士たちなどの国力を抱えている。怪物への射撃で弓矢の在庫をかなり消費したらしく、今すぐ発てば背中をハリネズミにされることもなさそうだ。

 魔法のランプを奪取するために対立する存在ではあるが、手にしてしまえばこれ以上どうこうする理由がジーンにはない。

 さっさと離脱するべくムーニャの絨毯に乗った。魔神のランプもやっぱり浮きながら付いてくる。

 

「お待たせ」

『見てた見てた、ご主人ちょーつよーい! それでも空飛べないもんね、ムーニャちゃんにお任せ! あとでいっぱい褒めてねっ』

 

 ジーンとセインとライラとムーニャでだいぶ窮屈だが収まった。ぐっと持ち上がって空へと飛び立つ。

 

 

   *

 

 

 外に出てみると〝幻の都〟は混乱状態に陥っていた。装飾と警備を兼ねていた猛獣たちが暴れまわっていて対応に追われている。すべての猛獣が〝対価の怪物〟と融合したというわけではなく、外へ逃げだした個体も複数いたようだ。街中は夜にいきなり黄金の呪いが解かれ、普通ではあり得ない何かが我が身に起きていたと理解する者、ただ右往左往する者もあちこち走り回っていた。

 その光景を見ていたライラが、王女として呟く。

 

「……やっぱり、ワタシを戻してくれ。戻らねばらない」

「ようやく狭いお部屋から出られたのにか?」

「ワタシは自分を囚われの姫、自由が欲しいと思っていた。だがどうだ、いざ自由を手にしたら、民のことに心を奪われていて、空でなく地ばかり見ている」

 

 〝幻の都〟やそこの一般市民に思い入れのないジーンですら、今の混乱ぶりにはあまりいい気持ちはしない。ましてずっと暮らしていたライラ王女は心を痛めるのは当然である。

 星も月も、遮るもののない夜空に広がっているのにそこへ目を向けている者は誰もいなかった。

 

「父上の治世では外から来たものに冷酷であったが、ほとんどの民たちは豊かな生活を享受していたのだ。だが魔法のランプと指輪を盗ませ、真実を知ったとなると今後は民の考えも割れるに違いない。そうすれば、どうなる?」

 

 ライラの心情に一定の理解はできるが、ジーンは政については興味を持てないから何も言えない。代わりにセインが話を継ぐ。

 

「武力も権力も備えている側が簡単に制圧するだろうな。魔法の力を失って以前の富はない上、内部が混乱したタイミングで外から攻められるシナリオも見えるぜ。この土地が欲しい奴はいくらでもいる」

「……最悪を避けるのなら、ワタシは父上と反対側の象徴として立たねばならない。そもそも魔法のランプを盗んでほしいと、外から引き入れたのはワタシだから、責任を果たさねば……」

 

 絨毯をコントロールするため先頭に立っているピンクのちっちゃな魔神へ、ライラは深々と頭を下げる。

 

「ムーニャとランプの魔神も、申し訳ない」

『ふんだ! 契約してたのはスルタンの方だしあんたの方は知らないもんね! せいぜい自分で信じる〝対価〟、示しなさいよ!』

 

 辛気臭い空気になってもジーンは聞き役に徹していた。その間に街の外周を囲む水源のほとりに着陸する。宮殿や街中の騒ぎから離れた、だが一度気にしてしまうと無視できない、そんな遠さだ。水面を吹き抜ける夜の風は、少しだけぬるい。

 

「力を持つ責任、あんたはわきまえている。魔神が求める〝対価〟――やったこと、その結果に対して自分でケツを拭けってことだ」

「まるでソナタが魔神そのものみたいだ。……願いを叶えてくれたという意味では、それでいいかもしれぬ」

「絨毯から降ろせって願いについては、今だけタダにしておくから安心しな」

 

 丁重にライラ、いやライラ王女の手をとって降りる手伝いをする。ジーンの扱ってきた女たちにお姫様なんて今までいなかったが、とりあえず背丈の差を意識してそれらしくエスコートした。優しく地を踏みしめる音がする。

 今後会うこともないだろうと手を離したら、ライラ王女の方から両手で強く握り返された。まだ幼さの残る小さな手ながら力強い。

 

「本当はその絨毯で、書物でしか知らない世界も見てみたかった。でもワタシが自由を得て、その自由で選んだのがこの道。いつかランプ無しに栄えさせられた暁には見に来てほしい」

「かったりぃけど……俺だってお宝盗んだら滅んでしまいましたってのは後味悪いからな。任せたぜ」

 

 腫れ物のように扱う対象でなく、対等な相手として改めて固い握手を交わした。

 

 

   *

 

 

 一夜にして街がひっくり返るような事件があってから、数年。

 魔法による影響がなくなり地図にも載るようになったのち、あの街は湖上都市として再び発展した。ただし周囲を水で囲まれているがゆえに人が住める土地が限られている。人口が増えるにつれ街から出る者も増え、同じくらいに外から訪れる者も増え、人と人の交流も繋がっていく。

 砂漠にてラクダに乗る旅人が、空を飛ぶ絨毯を見た。哀れにも行き倒れた人間の遺品でなく、風の向きに逆らってまっすぐ豊かな水源が特徴のある都に向かって飛んでいたのだ。ラクダよりもずっと速いスピードで、旅人を追い抜いたあとは角度が変わって、絨毯の上に人が乗っているよう見えたともいう。

 

「目指すはそこだな」

『アイスいっぱい食べるぞぉ~! 〝幻の都〟のが一番美味しかったもの! ……今は名前変わったんだっけ』

「〝水の都〟だ。いい加減覚えな」

 

 数年ぶりになる再訪、どんな姿になっていることか――。

 

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