砂塵にとける共犯者たち   作:黒木紫雨

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8.共犯者たち 

 

 ひとつめのエピローグから遡る。ライラ王女と別れを告げたあと、ジーンたちは砂漠の夜空を飛んでいた。

 

 

 かつては寒い寒いと文句垂れていた空路だったが、魔神の力を手に入れたジーンを冷気が苛むことがない。危険を見落とさないための「ここは寒い」という感覚そのものはあるが、活動に差し障りはない。

 ただ生身のままであるセインは疲労困憊しており、すぐにでも休める場所を見つける必要があった。広くて何もない砂漠は、何かある場所がすぐ目に付く。小さなオアシスと、傍らに竪穴状の休憩所を見つけた。

 

「……たぶん、モルジアナのところが水とか集める拠点にしているんだな」

『人間って不便ねー』

 

 焚き火の跡など、最近まで人がいた痕跡がある。うっかり遭遇したらややこしくなりそうだが、真夜中にわざわざ移動してくることはないだろう。日が昇る頃になったら鉢合わせになる前に移動すればいい。

 休憩所にセインを押しこみ、中にあった器にオアシスの水を汲んだ。水面に反射して、歪んだ月と空、本物の月と空がそれぞれ景色を作っている。一往復したあとは口を付けて好きなだけごくごくと独占して飲んだ。ふたつの魔神の力でだいたいのことは何でもできるようになっているが、飢えと乾きについてはその苦痛を緩和してくれても、解消をするなら食べ物と水を腹にいれるしかない。

 口を拭いながら戻った。セインはマントにくるまって横になっているが、起きているようだ。「ムーニャ、尻痛いし絨毯。あとしばらく静かにしておいて」『はいはい』と、空を飛んでいない絨毯の上に座る。普通、絨毯は空を飛ばないのが当たり前だが。

 一呼吸して、切り出す。

 

「結局さ、お前は何者なんだ?」

 

 夜の砂漠は静かだ。だというのにこの一言から、空気すら静まるような張り詰めた雰囲気が生じた。

 横たわっているセインは動かない。本当に寝入っているのならば寝息もする。

 

「最初からおかしいんだよ。ここらの人間なら昼は暑くて夜は凍える、布切れ一枚でもいいから凌ぐ物がないとやばい……誰でも知っている。セインはそんな当たり前のことを知らなかった」

 

 モルジアナのアジトで、ジーンのマントが燃えそうになったときの些細なやりとり。

 

 

『日に焼かれたくないんだよ』『なるほど、思いつかなったぜ』『砂漠なら常識だろ』

 

 

 何気ないやりとりで生じた違和感。

 

「魔法とかで来たのだとして、もっと遠く、砂漠で過ごしたこともないような場所から来たのならまっさきに言う。最初のときからお前の服装はちゃんとここらの人間と同じ。ちぐはぐなんだ」

 

 セインは変装なしに〝幻の都〟で歩き回れるくらいには、ちゃんと見た目はこの砂漠に馴染んでいる。だからこそ本人の言動と噛み合わない。

 寝返りのように転がって、こちらを向いてきた。しっかり起きていて、そして仮面を被っているような無表情だ。

 話を聞く気はある、途中で口を挟むつもりはない。そういう意思表示だと解釈し、ジーンは続けた。

 

「だが……あいつらの言葉を借りるのは癪だが、理由が俺には想像できないんだ。その上に一緒にいて居心地もよかったものだから、うっかりと潜入するときの手の内を見せてしまって、ありゃー俺のミスだったわけだが足元を掬われたわけだな」

 

 盗賊同士だったら、いくらか気を許してもそんなポカはしない。だがセインが情報屋を名乗って、あの遺跡でも迷路の突破などで実績、成果も見せてくれたものだからすっかり信用していた。その点は巧かったと思う。

 ずっと黙って聞いていたセインの仮面が崩れて、笑いながら顔を覆った。ジーンも知っている表情の作り方だ。脇腹をスナネズミにくすぐられ続けているかというくらい笑い声が続いて、やっと言葉になる。

 

「あーそんな最初から失敗してたんだなあ! もう自分でもおかしくなって笑うわ、ははっ」

 

 狭い空間に笑い声はよく響いた。ジーンも釣られ笑いをして、ふたり分の声が複雑に響きあって重なる。それが余計におかしくて次の笑いになったりして、なかなか終わらない。

 ようやく連鎖が終わって、静けさが戻ってきた。ぽつりぽつりとセインが話しはじめた。

 

「何者なのか、どこから来た……。元々、番人してた」

「番人?」

「森の番人。でっかい泉があって、このオアシス……いや、スルタンの中庭も比較にならないくらい草と木と花しかない森にいた。夜明けになると朝露……葉っぱに水がついていて、歩くと足元がしっとりと濡れるんだ。外から悪いやつらが入ってこないよう守るのが、仕事」

 

 砂漠の夜明けというと、遮るもののない朝陽がいっぺんに照らしてきて、一瞬だけ明るさも気温もちょうどいいと思わせておいて灼熱の昼間に向けて急速に暑くなっていく過程だ。ジーンにとって夜明けとはそういうものだ。

 

「でも誰も来なくて。悪いやつらすら、来ないまま終わった。そうだな……ジーンがお宝を集めようと思い立ったとして、世界にお宝がなーんにも存在していなかったとか、そういう感じ」

「……別に金銀財宝だけがお宝じゃないんだから、自分ですげーって思った物に向かうだけじゃね?」

「そういうところだよ。オレはさ、お前さんほど前向きじゃなかったから」

 

 彼の生い立ち、バックグラウンドは多少見えてきたが、結局のところ謎はひとつも解けていない。砂漠の外から来たらしいということは認めたが、昼の灼熱も夜の寒冷も知らないままあ場所にいた理由などいくらでも謎はある。だがもうどうでもよくなっていた。

 

「ある人から、名前と姿をもらった。生まれ変わって、新しく生きて……違和感なく馴染めたらよかったのに、バレちゃったからなー」

「俺をスルタンに売ったのは結局なんだったんだよ」

 

 どこから来た、何者だった。という話より、むしろここが一番頭に来ていたポイントだな、と質問して自分で気づく。指輪をスルタンに渡さないようにしてくれたとはいえ、そもそもピンチに陥ったのがマッチポンプだ。

 

「……自分を売ったようなやつでも友達でいてくれるか、試した」

「うっわ最低な動機!」

「ごまかさず正直に話したらこうにしかならないんだよ。我ながら最低な性格してる」

 

 ここで「金」とか言っていたら今までのこと全部ひっくり返して絶交していたかもしれないし、「情報屋としてのコネ作り」なら不満はあるが納得したかもしれない。正直に話してくれたのなら、正直な感想も同時に出しつつも同時に笑える。

 繕わずに罵られ、セインは自分の汚い部分そのものにふてくされつつ、許されたことへの安堵、自分のまさに最低な部分を告白したことで憑き物の落ちた感情、それらが混ざりあった顔になっていた。

 

「バレたついでに、したいことがあるんだよ。……月と星空が見たい」

 

 魔神の力を得たジーンへでなく、友人としてのジーンへの頼み事。

 黙って頷く。ムーニャのいる魔法の指輪は、今だけ外した。黙っておけという命令をしっかり遂行してくれたのはあとでいっぱい褒めてやろうと思う。

 

 

   *

 

 

 夜の砂漠に、細く長い足跡がのびる。

 拠点から離れれば離れるほど、同じだけの距離を戻らなきゃいけない。ちょっとばかり横になっただけでダメージは取れていないはずだし、まず泉の呪いで銀が絡まった髪――まるで地毛が銀みたいになっている――の後始末も終わっちゃいない。

 脈絡なく考えは浮かぶのに、星空と月と地平線、熱心にそれらを見回す横顔を見たら突っこみをいれる気がなくなってしまった。もう数日したら満月になる、その手前の膨らんだ形の月だ。風が吹くとセイン長い髪が細かな銀粉を撒きながら揺れる。

 それはもう月明かりを遮るもののない澄んだ夜空で、星のまたたきも当然のようにあった。

 

「何もない終点なのに、景色に果てがない」

「終わりもなにも、俺はこっから魔神に出す〝対価〟ちゃんと考えないといけないんだよな。どーやろうかねぇ」

 

 仰向けに転がった。昼間のうちに風が平らにならしていた砂地に、大きく手を広げた人型の跡がつく。また太陽と風に晒されたら何事もなかったように跡は消されるだろう。

 

「ずっとツッコミいれる暇なかったけど、ランプの魔神に願ったらその格好になったのか?」

「サイッコーにやばいやつって頼んだ」

 

 汗水流して働く必要のない王様みたいな、エメラルド色の爪。ターバンの中心に付いている三日月を模した飾り。こんな夜中でも魔神の加護で寒さを感じることなく、大胆に露出された腹筋。盗賊というより踊り子とかの類を連想させる豪奢さだ。

 これから空飛ぶ絨毯と魔神の怪力、それにジーンの実力が合わされば盗みだせないお宝はないように思う。困ったことに簡単に手に入ってしまうようなものなら〝対価〟として不適切だろうとも思う。アイス数本で無事に移動する〝対価〟になりそうだった頃とはもう違い、関係が深まってしまった。

 

(セインを助けたいって願って、魔神のランプがどーん、ぱーんってなったんだよな。いい性格してるし裏切られたりしたけど、今さら無かったことにするつもりもない)

 

 高すぎて高さの感覚がない夜空を見上げる。空飛ぶ絨毯でそれなりの高度を飛んでいたときでも、全然届く気がしなかった。

 

「月……月って、今の俺でも手を焼きそう。そして俺以外の誰のものでもない。どこからでも見えるから、手に入れたら俺のものって誰からでも分かる。やっば、自分で言っててめっちゃ浪漫あるわ」

 

 胸にわくわくとした気持ちが奮い立ってくる。思えばラクスに〝幻の都〟から盗み出す話を持ちかけられてからずっと、話の胡散臭さとか魔法の実在するかとかで猜疑心ばっかり前に出ていて忘れかけていた。ジーンは浪漫を追い求める盗賊だ。

 セインも楽しそうにアイデアを挙げてくれる。

 

「月へ絨毯、は無理だな」

「ムーニャがぷんすかして魔神使いが荒い、とか絶対言う。指輪外しててよかった」

「魔神やその道具、鍛えたらもっと遠くまで行けたりする?」

 

 セインの意見についてちょっと考えてみるが、否定する。

 

「鍛える余地があるのなら、それはもう万能の魔神じゃなくなっちまうから無さそうだな」

「なるほど」

 

 できることとできないことの境界線がはっきりしているのが魔神だ。人間が考えて悪用でも活用でも、使い方を変えることができるが、性能そのものを変えることはできない。スルタンは生き物が黄金に変わる呪いを利用して財産を築いたが、魔神自身が意図した使い方でなかったのと同じことだ。

 次はジーンのアイデアの番。

 

「いっそ月からこっちに来てもらうのはどうだ? それなら楽だぜ」

「星をも射落とすような強い弓と射手が必要だな」

「俺は弓矢使えないんだよなあ」

 

 大の字で寝転がったまま空へと手を伸ばしてみる。星も月も無数に広がっている。自分で考えるがちょっと面倒になって任せていたら、セインが別の案も出してくれた。

 

「月にも届くような、高い高い塔を登ってみるのは?」

「おー悪くねえ、きっとそこにはお宝もいっぱいだ。そんなのあるんかな。見える範囲にはねえな」

「ジーンの《物語》は始まったばかりだから、探しにいけるさ」

 

 これで、この一編は終わる。一話かぎりの登場人物の出番も終わる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「んじゃ、なんかいいの探しといてくれよな! 情報屋、だろ?」

「え?」

 

 『千夜一夜物語』はこの先も続く。

 

「俺は世界中の財宝探しもしなきゃいけねぇんだ! だから月への手掛かりは情報屋に頼む。なーんにもおかしなことはないだろ?」

 

 ――最後のクライマックスを迎えるときには

「月を獲りに行くときは『また』冒険、しようぜ」

 

 物語に意味のない要素を出してはならない。だから《主人公》が『また』と宣言した時点で、一話限りの登場人物にも再登場という義務が生じる。《主人公》に自覚はなくとも、呪いのようにも祝福のようにも働くのだ。

 

「……そうか。もうひとつさ、頼まれてくれるか? 髪の毛、結びなおせなくてさ」

「わかったよ。なーんかおさげじゃないとセインがセインじゃないみたいで、見ててしっくりこなかったし」

「……『次』のときには自力で結べるようになっておくよ」

 

 

 ――再び会おうと、約束を交わして。

 

 

 

【メモ】

 

ジーン:《神筆使い》が書いたこの《物語》を以て、シェハラザードが本来作った《原典》から分岐した。

 

セイン:正体はマグス・クラウンのいくつもある姿のひとつを借り受けた『ネームレス』のロビン・シャーウッド。

ロビンとマグス、どちらでもない独立した人物として《物語》に定着した彼はもう『ネームレス』ではない。

 

ムーニャ:より濃い時間を過ごし、ジーンとの絆が深まった。

ライラ王女:本来の《原典》では同行したが、ジーンとは別の道を行くことになった。

スルタン:冷酷ながら有能な治世者という面を強調されたが、悪役というポジションは変わらなかった。

 

ラクス:姿を変えたマグス・クラウン。自分は〝まほうつかい〟だと最初から自供している。

モルジアナ:シェハラザードのアバターのひとつ。マグスの企みを察知、調査と妨害のため自ら登場人物として現れた。

 

ランプの魔神ジェネヴァ:本来ならシェハラザードのアバターだが、今作では別人として行動したため登場しない

ゆえに《この物語》から生まれでたジーンが使役する魔神は概念のみとなる

 

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