堕ちた偶像のためのフィグマ   作:エコノミック・アニマル

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11.再現七瀬

 駅の時計は21時を3分過ぎていた。

 丸く眩い前照灯を化け物の1つ目のようにぎらつかせ、戦前生まれの蒸気機関車が高架線を爆進していく。

 

 電車内で発言の矛盾を指摘した後、失着した七瀬は逃げもせず、追求に対しても決死に堪えるように上野駅まで沈黙しきっていた。

 俺も内心に沸き立つ説明の出来ない感情を堪える。

 駅に到着すると見てもらいたいものがあると言うので、七瀬に黙ってついていくことにした。

 

 不忍口を出て、帝成上野駅の正面地下口のある西郷会館を通り過ぎた。

 七瀬はなお黙って、でも時々振り返っては俺の顔を見てすぐ前を見る。

 途中の公園電停から神明町行きの都電が発車するのを七瀬は確認すると、都電の行った動物園通りの先を指差した。

 

「あれは何だ?」

 当たり前の反応に、七瀬は安堵の息をついた。

「……ここの人達は『上野城塞』とか呼んでいる。誰も気がついてないけど、一昨日現れた異変よ」

「一昨日?」

 

 あんなでかぶつが?……そんなことはありえない。

 が、そう説明されても違和感のない異常が、確かにそびえ立っていた。

 

 それは辯天堂を喰らい不忍池の東半分から往来の激しい動物園通りを跨いで、恩賜公園の中にまで侵食している。

 四つん這いのゴジラを思わせる鉄コンと鉄骨の針山のようなこの巨大違法建築だった。

 人がいるのかまばらに照明が灯っていて、特に盛り上がった部分では航空障害灯の紅白も点滅している。

 

 ……こんな夜はもちろん、昼でも浅草側から望むとちょうど聚楽ビルに隠れて見えないし、たまに使う帝成上野駅からだって後ろに振り向いて上の西郷会館や公園の木々の合間をよく見上げないとわからない。

 ましてこんな代物が昨日今日で現れるというのはありえない話で、現に上野の人達は日常のように意に介していないようだ。

 

「あれとお前がどう関係している?」

 突然の異変を加味しても、七瀬との関連性がわからない。

「何を言っても信じてくれる?」

「俺の理解が及ぶならな」

 七瀬は余計な事項を話す気はないようで少し考えているが、もう演技するつもりはないようだった。

 

「私は別の世界からここに流れ着いたの。おそらくあの上野城塞も、同じような経緯で現れた」

 

 まもなく入ってきた江戸川橋行の閑散した都電に乗って、このゴジラの腹の中を覗くことにする。

 揺れる車体にビューゲルがばちばちとアークが飛んで、ナトリウム灯の灯っても薄暗い要塞の内壁を閃光していく。

 このトンネルは500メートルあるようで、途中には要塞の住人が使うのだろう専用の電停と、要塞の出入口だろう厳ついシャッターが設けられているほどだ。

 そうして池之端のトロリーバス線と合流する頃にトンネルが終わって、文京区に入り宮永町まで至るとやっと要塞の反対側が一望できたのだった。

 

 

 

 道灌山下電停で下りた私達は、日暮里の帝成電鉄駅に行くのにほぼ真っ暗な谷中霊園の外縁を歩く。

 ナショナルランプの白い灯火に大きな蛾が誘われて、そのたびに持ち主の鈴木が振り払っていた。

「でだ」

 鈴木は振り返りもせず私に訊ねる。

「七瀬は何がしたいんだ。あのゴジラ要塞をどうしようとしてんだ?」

「私の目的は、あんなふざけた虚構をこの現実世界から全部切り離すことよ。これを仕組んでいる魔女を、滅ぼすの」

「まるでウルトラQってドラマのあらすじだな」

 社長の息子が好きで、鈴木も社長宅に上がった時に稀にテレビで見るという。

「で七瀬。そいつはさ、元の世界に帰るためなんか?」

「いいえ、この世界で安息を得るためよ」

 ナショナルランプを向けて振り向いた鈴木の表情は、私からは伺い知れない。

「……帰らないのか?」

「帰るつもりはないわ」

「残した家族が心配しないのか?」

「みんな死んだわ。……姉だけ生きてるけど親の死に方のせいで絶縁されたし、心配してくれる友人だっていないわよ」

 そう今更帰れたところで、あの世に私や、偶像・七瀬かりんが在れる余地はない。

「そうか」

 鈴木は再びナショナルランプを前方に向けて、俺も郷里じゃ似たようなもんさと呟いたようだった。

 それでも鈴木は疑問をぶつける。

「あれはふざけてるとは俺も思うがな。ゴジラ要塞にどんな実害があるんだ? 別に放っといてもそのうち現実に取り込まれて、違和感なんてなくなるだろうに」

「そういう虚構の衝突が隕石のように繰り返されて、最終的に歴史を破壊して災厄の限りを尽くすのだとしたら?」

「……」

 鈴木は、私と同様に理屈や実際の作用はわからないようだが、実例は渋谷に現れているのを見てきた。

「この前リバイバルを見たタイムマシンの映画を思い出すな……。思えばあれも、1966年に最終戦争が起きて……」

 暗がりに鈴木がそうぼやく頃合いに、国電・帝成両方の日暮里駅の、煌々とした灯が見えた。

 ケイトスペードの腕時計は既に午前を指している。昭和41年6月17日金曜日、午前0時12分。

 

 

 

 東雲の埋立造成地にて試験中の衝突型加速器の報告を受けて、ツインテを解いて白衣にキャミソール姿になった眼鏡の少女は、ちゃぶ台の上のノートパソコンに広げたエクセルの表計算と戦っている。

 しとしとと振り始める雨音だったり、玄関からじーと古めかしいブザーが鳴って鉄扉の閉まる音がしたが、集中のあまり気づくことはない。

 

 金髪を伸ばした浅黒いアラブ系の少女が、散らかった靴やサンダルを丁寧に並べて上がったのだった。

「アキハさん、コンを詰め過ぎですよ」

「ん……ああ、ライラか」

 有機ELのバックライトが反射する眼鏡を額にあげた池袋晶葉は、自作したうさぎ型の自律思考型ロボットに台所の冷蔵庫からエナドリを持ってこさせて、キンキンに冷えたそれのプルタブを開けたのだった。

「泉らプログラマー組から早く数値をよこせと競っ突かれているんだ。日取りも決まっているから休む暇はない」

「イズミさんも働きすぎですよ。ライラさんみんな働き過ぎで心配です」

「これが終わったら存分に休むさ」

 そういう晶葉の眼鏡の奥に宿る焦げ茶色の瞳は5月からの働き詰めで生気も薄く、クマだって相当に溜まっている。

「それにそろそろお風呂に入ってほしいです」

「それは助手の差し金か」

「それよりライラさんの切なるお願いです」

「そうだよー晶葉?」

 掃き出し窓を開けて、猫のような白衣の少女が、晶葉をくんくん嗅いだ。

「うーん……いくらシキちゃんでも、これは許せないなー」

 一ノ瀬志希のあからさまに嫌そうな顔、ライラの心底心配そうな表情に、晶葉はやっと自分の今の状態を確認したのだった。

「……そんなに駄目か?」

「ダメ」「ダメですよ」

「仕方がない……風呂を沸かしてくれ。洗濯もする」

 締め切りは6月末日。それまでにタイムマシンを動かすための計算を出しきらなければならない。

 

 

 八王子市の東寄り、京玉高尾線の通う田畑を潰したニュータウンの造成地にみしろ台がある。

 国の命令で急ピッチで建てられたプレハブ住宅の群れには、2019年の未来からやってきた美城グループ512名の人員が厳重に収容されていた。

 

 パトロールを済ませて新設された駐在所へ帰る老齢の夢野巡査へ会釈して、パンパンのエコバッグを手提げた小柄な少女が、等間隔に街灯の並ぶ砂利道を歩いていた。

 エコバッグの中身は漫画のシリーズ本で、皆が持ち寄っては貸している数少ない現代の娯楽の一つだった。

 

 現代ではありふれた内容の漫画だろうと、この昭和41年になっては大変貴重な刺激のある娯楽なのだ。

 この手の漫画を普段は読まない輿水幸子という少女にとってもそれは同様で、杖をついた同学年そうな少女キャラクターが表紙になっている1巻から、タイムスリップ直前の平成31年4月17日に発売された最新の10巻まで揃えて借りてきたのだった。

 

 そうして幸子が自分の住んでいる家の玄関へ、入ろうとする直前だった。

 がらがら、がんがんと、砂利を巻き込みながら、トン単位で重たい鉄を引きずる音。

 明確に気配を感じると幸子は振り向いた。そして悲鳴もなく――。

 

 

 調書によれば、赤黒基調のミニスカート衣装を着た爆乳のバケモノが赤いH形鋼の建材を引きずって、うさみみのようなリボンをつけた顔のない頭で辺りを見渡していたらしい。

 恐慌状態の少女に夢野巡査は非情にも出来ず最初は困るだけだったが、そばの棟で風呂に入っていた少女の証言と、現実として道に引きずった痕跡を確認すると、みしろ台を警備するパラベラム興信警備社のガードマンにも頼んで不審者を捜索させたが、犬を使っても見つかることはなかったそうだ。

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