──
「……わかった。」
家入の言葉に、2人は閉じていた目を開けた。
2人は嬉しそうにこちらを見ている。
……コイツらの記憶はないが仮にも前世の同僚だ。そんなこと言われたら、
あの澄んだ青春を過ごした、この三人なのだから。
「ただし。連絡を交換するだけだからな。私からは絶対に連絡しない。……それは、心の中に入れておけ」
これからも、この先も。
私から連絡することは、ない。絶対に。
ただ、電話番号をいれるだけ。それだけだから。
力を付けないと簡単に死ぬこんな世界。そんな世界で少しだけ
思ってしまったのだ、心の底から。
「わかったよ。……ありがとう、硝子。感謝してもしきれない」
スッと頭を下げてくる夏油。
……お前、非術師ならそんなに誠実だったのかよ。
「…J-1での優勝おめでとう。一城、夏油」
「……うん。ありがとう、硝子」
なんだか不意に、馬鹿だなぁと思った。
中学の友達の家入硝子の連絡先が欲しくてただただ純粋に引き留めようとここまでする二人が。
接しちゃいけないと分かりながら、縁を途切れさせなきゃいけないと思いながらできない私も。
全員、馬鹿で馬鹿でしょうがなくて。
思わず、笑ってしまった。
「…どうしたの?硝子」
そして、その様子を見た一城が私に疑問を呈する。
__咄嗟に、嘘をついた。
「いや、二人の連絡先が手元にあるのが嬉しくてな」
思ってないことをよく言う。
よく動く口だな、と自分ながらに思った。
その後、連絡先に一城と夏油の名が追加される。それだけで、その行動だけで、自分の心が浮ついた。
「ごめん」って言えばそれで
手放したくないと思ってしまった。
もう早速コイツらに連絡したいという気持ちに苛まれてる。非術師と連絡先を交換するだなんて、呪術師としては失格だ。
でも。
どうしたって──
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彼らと連絡先を交換し「今日は用事がある」と伝え措別した彼女は、帰路に付いている最中に軽く人と衝突した。
「おっと失礼」
「大丈夫です」
そうして彼女は、生徒たちに想いを馳せながら高専の方向へ歩を進めた。
「さて……報告、しないとね」
__衝突したその男に額にキズのある者だと、気が付くことはなく。
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[chapter:2025.10.30 ハロウィーン]
五条悟を出せ、五条悟を出せと出す2周目の
(完全に後手に回って動くのが遅れた)
家入は今、焦りながら五条と夏油の避難をさせて行動している。____目の前にあるのは、まさに、地獄だ。
「…これ、どうなってんだよ」
一城と夏油が立ち尽くす目の前には、人が吸い込まれる姿が。
彼ら視点ではそれしか見えていないのだろうが、家入には呪霊や呪詛師が大量に発生しているのも視えていた。此処にはあの悪夢が、渋谷事変と呼ばれた事柄が、今ここで起こっている。
「いいからさっさと足動かせ!!!」
今まで叫んだこともない大きな声で、彼女は彼らに指示をする。その声を聞いて、彼らは動かない足をなんとか動かした。彼女が焦っている、ということを察知したからだ。
これも全て彼らに死んで欲しくない故の事である。
家入は脇目も振らず二人の手を掴んで走り出した。行き先は呪術師の治療や医療をするテント。仮ではあるけれど、あそこならここより安全だし断然マシだ。あそこには悠翔もいる。反転術式の使い手は私だけじゃないのだからテントまで行けば治せるだろう。
走っていると息切れをしてくる。
当たり前の事だった。普段から家入は体力を付けていないし、そもそも運動できないせいもあってかうまく走れない。
この時ばかりは自身のなさすぎる体力が恨めしかった。
───横から呪詛師の攻撃が、迫ってきている。
(終わったなこれ)
避けられない。
目を瞑る。ザシュ、と音が聞こえる。
肌に、何かがついた感触がした。その感触を無視して、目を閉じ続ける。
いつまで経っても攻撃が来ない。
流石に数秒経っても来ないのは不自然だと思い目を開ける。そして次の瞬間、彼女が目をしたのは。
「──え」
頭が、身体が、胴体が、一瞬で、呆気なく吹っ飛んでいた─── 彼ら"だったもの"だった。
「は、え、…………え?」
頭が理解を拒む。
理解はしている。しているけれど。
今は、認めたくない。
「なんで?」
震える声。
彼女の声から出たのは、心の底からの疑問だった。
「なんでオマエらは私を庇うんだよ。だって、私は今回少し絡んだだけでそんなに絡んではない。たった中学三年間の付き合いだっただけだ。
なのに、なのに……
…………なんで、庇ったんだよ。」
彼らからの返事はない。
衣服から血が出続けている。
止まらなくて、止められなくて。
あの時は楽しかったな、なんて現実逃避がてら呟いて空に言葉を飽和させる。隣で手を握って、体温を確かめていたはずの彼らはもう既に横たわっていて。血がドクドクと染まり続けていて。
自分の手を見てみる。どこからどうみても血のついた手だ。
誰の?
非術師になった、五条悟と夏油傑のだ。
止血しようとしても、衣服を千切って使おうとしても、血は溢れて止まらない。染みはどんどんと広がっている。
ここで亡くなって、本当によかったのか?
良い筈がない。本来なら生きていた筈の命だ。
ここで亡くなって、良い筈がなかったのに。
呪術がないこの世界なら、最強という立場も、呪詛師という立場もなにもないなら。
アイツらは笑えると思ってたのに。
鼓動を確認する。動いていた心臓は動いていない。
身体も冷たい。遺体の欠片もない。今ここにあるのは、上半身も下半身もなにもないただ事切れた首だけで。
ほんの数分前までは隣にいた。
ほんの数分前までは話していた。
こんな時にも私は、何も出来ない無力なのか。
死んだら、意味がないじゃないか。
あいつらはもう非術師だ。
呪霊は見えない。呪術界もしらない。
非術師なんて簡単に死ぬ。
嗚呼、手が震える。
手先が氷のように冷たくなる。
目の前にあるのは、遺体さえない、骨さえない、ただの肉片だ。
何人も、何十人も、何千人も、何万人もの術師を治癒してきた。
近くで死ぬのをなんとか助けたくて徹夜する日もあったな。けれどそれでも助けられない命もあったし、それで遺族から「なぜ助けられなかったのか」「もっと早く治癒していれば」「お前の力不足なんじゃないか」と石を投げられたことなんて、締め出されたことなんて、殺されかけたことなんて、幾度も経験してきた。
医療関係者ならば、誰だって "死" を間近で見て経験したことがあるだろうから。
あの徐々に冷たくなる身体を。
手術しても、反転術式を掛けても掛けても掛けても掛けても治りもしないその身体を。
私が生きていることを前提として。
すべてを助けるなんて私は言わない。否、言えない。
言ったら、救えなかった彼・彼女らが不憫だから。
言い訳はしない。自分に落とし込んで終わりなだけ。
彼・彼女らの死んだきっかけを報告書から見て、解剖して、火葬して、遺族に遺言を渡して、伝えて、また日常に戻る。それだけ。
最善を尽くしたのに無理だったことなんて、両手じゃ足りやしない。一歩早ければ、もう一歩早ければ。
術師が死ぬことは仕方がない。
そういうものだ、とっくに慣れてしまったと。
そう、思っていたのに。
「やっぱり、慣れないな」
胸ポケットから煙草を探す動作をして。
そういえば禁煙してるんだった、と思い直す家入。
そういや前に五条の前で煙草を吸ってたら臭いって言われたことがあったっけか。仮に吸っても反転術式で肺を綺麗にできるんだから良いんだよって言ったこともあったな。
思い出す、思い出す、思い出す。彼らが呪術師であった頃の記憶を、思い出す。
━━━━そして。
彼女は青春だったそれら全てに、蓋をした。
(煙草がないと口が淋しくなるな)
こんな時でも涙は出ない。
同級生が目の前で死んだのに涙はどうしても出てくれない。泣こうとしても、完全に乾き切っていて。
大声で哭くことさえできなくて。
どうやら、私も怪物になってしまったようだった。前世の
「ハハハッ」
乾いた笑みを残す。
声は飽和して消えた。
彼らを救けることができなかった__私のこころが、嘆いているように感じた。
感傷に浸る時に手持ちがないと浸りさえ出来ないのか、私は。
「……干渉したからか。私のせいなのか。五条と、夏油と再会しなければ、また会わなければこんなことにならなかったのか。」
ふと、確認するように、声を出す。
そもそも再会をしなかったら。
そもそも連絡先を交換しなければ。
そもそも、非術師の避難誘導をさっさとしていれば。
──ふと
あの日に戻りたくても戻れないことを、再度、また認識してしまって。
あのときああしていれば。こうしていれば。
あいつらがここで死ぬことはなかったのに。
今も尚、生き続けられたはずなのに。笑って過ごせた筈だったのに。
けれど、考えてももう戻ることはない。
目の前の惨状に、目を向けた。
東京は壊滅し、建物は崩壊している。
たったの数十分前の建物は崩壊すらしていなくて、人も沢山いたのに。
この風景になってからは人は術師非術師関係なく死んでて生きているのが珍しくなるのだろうなと俯瞰した。
見慣れた風景。見慣れてしまった風景。
こうならないように全力を懸けて行動したのに。変わらない、なってしまったこの風景。
また、この光景をみているのか。
また、この体験をしているのか。
救けられなかったのか。─── ─また。
「最善を選ぶために、行動をし続けるしかないんだよ」
──私は。
小さく呟いて、風景を見る。
相変わらず崩壊している渋谷だ。
終わってしまったことは仕方ない。
前もそうだったのだから少しは耐性ができた。
だから家入硝子は、行動をする。
今度は最悪の事態にならないように。
少しでも、マシな地獄になるように。
──前のような地獄には決して、なってしまわないように。
地獄のような現状を変えるまでとは言わない。
家入は、ただもう少しだけ前回よりもマシな地獄になるようにと自身に
家入は判っているのだろうか?
五条悟はとっくに封印されていることを。
偈東優はとっくに殺され寄生されたことを。
虎杖悠仁はとっくに絶望をしていることを。
伏黒恵はとっくに気絶していることを。
釘崎野薔薇はとっくに昏睡していることを。
七海建人はとっくに無為転変されていることを。
家入悠翔は、もう生き続けるしかないと言うことを。
家入硝子は今世でも諦観する選択肢しか残っていないと言うことを。
ここから行動しても、もう考えられるマシな地獄は絶対に出来ないと言う事を。
生前よりも地獄な展開が待ち受けている事を。
家入硝子は本当に、わかっているのだろうか?
そうして家入硝子は、また
めでたし、めでたし。
それは彼らが連絡先を交換していたほんの数週間前のこと。彼らが暇乞いをしてから数分。彼女と衝突して数秒後。
彼は、スマホを取り出した。
「さて……報告、しないとね」
そうして、彼女…いや、今では彼になった人物…羂索は、ある者に電話を掛けた。ワンコール、ツーコール、スリーコール──の途中で繋がる。
「もしもし、私だよ」
『なんだ、お前か。珍しいなお前が私に掛けてくるなんて。………どうした?』
「家入硝子は
疑問を投げかける。
彼女の返答は、彼が思っていたよりも早かった。
『…一旦は様子見だな。もしかしたらあの記憶が蘇るかも知れないし』
記憶ね……。ああ、あの都市が壊滅したアレか。
「このまま監視するかい?
それとも、
今回は出来るだけ生かしたいが…まぁ、記憶が思い出せないのであればそれも致し仕方ないだろうな。
『監視続行で。もし記憶蘇りなさそうだったらその選択肢も視野に入れといて』
「了解。じゃ電話切るね」
『はいはい』
プツッ。ツーツーツー。
暗闇の中の私は、誰がどうみても酷い顔としか言えないものだった。
「私もそろそろ動くかな」
彼女と電話が終わった後の羂索は───重い…重たい腰をゆっくりと上げたのだった。
「……ここからが本番だよ。硝子」
「分かってるよ、羂索____いや、
おっと。
まだめでたしめでたしとは行けないようだ。
【 あったかもしれなかった
__瞬間。
視界が、ブレる。いや、ズれると言った方が良いだろうか?それと同時に__
(あぁ、もう駄目だなこれ)
(無理だね、これは)
__濁流のように流れる大量の
彼らは思い出した。
呪霊を祓い青春した頃から親友を殺
彼らは走馬灯を見た。
非術師として芸人をし、呪霊が視えないようになったと言うことを。
記憶を思い出しながら五条は、ほんの少しの喜びを噛み締めた。
反対に夏油は、ほんの少しの後悔を胸に留めた。
─── そして彼らは、察知した。
かつて最強の呪術師であった
これは死ぬと。もう生きられないと。
判るのだ、なんとなく。前世で生きた経験がそう言っている。なら無理だ、諦めるしかない。
最後の力を振り絞って、二人、顔を見合わせる。
前世と変わらない、変わりもしないその碧眼の澄んだひとみに濁ってしまった褐色の眼。
一般人ならできない " それ " も、最強である彼らならできる最期の馬鹿力と言うべきものだろう。
声は出ない。言葉も紡げない。
けれど、
二人が違える筈もない。
間違いなく、目の前にいる人物は親友
前世をなぜ思い出したのかと各自に考えを巡らせていようとはしているが、残念。考えている
脳内が纏まらなくなってきた頃、五条悟と夏油傑は不思議と同時に目を閉じる。
彼らが最期になにを思うのか。
現代でやっていた漫才__祓ったれ本舗のことを思うのか、はたまた其々が各々の前世の記憶を追憶するのか。
それは、私たちにもわからない。
けれど、一つだけ、確かなことはある。
前世の記憶、最後の最後に思い出せてよかったのだと。
最期を飾る彼等の口元には、ほんのすこしの笑みを浮かべていたとか、いなかったとか。
──ウィン。
なにか、機械の音がする。
ボードに書かれた "それ" は、意味もなく誰かが何かを選んでくれるまで待ち続けているようだ。
▼どれをえらびますか?
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▷はじめから
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▷つづきから
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▷なかっ■こと■■■