気が付くと世界は反対になっていた。
何が?
美醜が。
僕の感覚でいう絶世の美女が絶句するほどのブスとなり、ブサイクを通り越し、二足歩行する動物の豚や牛が美男美女ともてはやされる。
この世は狂っていた。
「ブヒヒヒヒヒヒ」
それは高校でも例外はない。
制服を着た豚がブヒる光景は、ただただ地獄だった。
「豚骨王子くん、今日も恰好いいよね」
「わかる。マジで同じクラスになれてラッキーだわ」
しかも女子の話し声から彼? は豚骨 王子などという名があるようだ。
ちょっと店名をひねったラーメン屋かと言いたい。
いや、言いたい事はそれだけにとどまらないのだけれど。
「歴史とか、どうするんだよこれ」
僕、学生。
つまり勉学に励まないといけない訳だが、世界史がぐちゃぐちゃになっているのは想像に難くない。
このままだとファオラが蛇で、豊臣秀吉が猿など。
人外魔境てんこ盛りになっていたりするのだろうか。
そうなれば国語も怪しいし、唯一の望みは数学しかない。
これはもうダメかもわからんね。
幾つかの教科で赤点を覚悟する僕であったが、捨てる神あれば拾う神あり。
担任の先生が入室して、こう言ったのだ。
「は~い、みんな~。せーき、着いて。テスト配るよ」
首の皮が一枚繋がった。
どうやらすでに、テストは終わっているらしい。
本当に助かった。
時期的には中間テストだろうが、期末に備えこれで幾ばくかの時間が稼げる。
そう思って顔を上げた僕は、目を丸くした。
なぜか?
先生がとても教師とは思えない姿をしていたからだ。
「名前を読んだひーとから、取りに来てちょ」
おでこの割れたツインヘアーは金髪で、肌も小麦色に焼けている。
くりっとしたまん丸の瞳には、赤いフレームのメガネがかけられ、ピンクのリップが特に目を引いた。
何だこのスーツギャル?
「伊勢 快くん」
「は、はいぃ」
そりゃ動揺もする。
いの一番に呼ばれた僕は、ぎこちなく返事をし、席を立った。
「おつかれ~」
「ど、どうも」
受け取るテストの答案用紙。
さて、何点だったのか。
席に戻った僕は、じっくりと内容を吟味する。
「えーと……」
身長・178センチ
体重・65キロ
ペ〇ス・21センチ
容姿Cランク。
体力測定Cランク。
経済状況Eランク。
家族構成Eランク。
総合評価Eランク。
これはいったい?
どこから突っ込めばいいのやら。
普通に身体測定なのだが、ペ〇スのサイズを測るのはおかしいし、容姿やら家庭環境にランク付けされているんだけど。
「豚骨王子くん」
「ブヒッ」
「おめでと~」
「ブヒヒ」
二度、三度と読み返しても、まるで意図がわからない。
困惑する僕をよそに、全ての答案を配り終えた先生は、パンッ。と締めくくるように手を叩いた。
「以上で終了。ほんでさー、聞いてよ~。ウチらのクラスから、Aランクいたんだよね。やばくね?」
「先生、それって――」
「そ。豚骨くん。ヤバいよね」
おおーと、室内に歓声が上がる。
Aランクってすごいのか?
「ヤバいしょ。でーも、残念な事にEランクも一人いてね」
「えっ」
嘘だろ、本気かよ、などなど。
今度は別の意味でクラスがざわめいた。
AからEに対するこの落差。
よほどEランクはまずいようだ。
「伊勢くん」
「……はい」
「残念だけど、来月から課外授業でお見合いあるからよろ」
「はい?」
いま何て言った?
「あの、お見合いって聞こえたんですけど……」
「そだよ、お見合い。Eランクだからわかんよね」
わかんないよね、普通。
いや、この世界がぶっ飛んでいるのは、嫌ほどわかってはいるつもりなんだけど。
「僕、まだ学生ですけど」
「むしろ学生の間に結婚して子供作っておかないと、激ヤバじゃね。育児手当もらっておかないと、生活できないっしょ」
「そこは……あの、就職とか……」
「Eランクは定職つけません。子育てが仕事だかんね。あー、なにさっきから。ショックでおかしくなった?」
「ええ!」
おいおいおいおい、どうなっているんだ。
格差社会も真っ青なディストピアか、ここは。
社会に階級制度があるどころか、職業選択の自由まで奪われているんだけど。
生涯で味わった事がないような汗が吹き出る。
喉も渇き、頭もボーっとしてくる。
そんな僕に対し、先生はパンっと手を叩いて無理やり現実に引き戻した。
「まー、いいか。ところでお先真っ暗な伊勢くんに、朗報。今ならバラ色の未来をつかみとれるチャンスがあるんだけど、聞く?」
「お、お願いします」
ここから入れる保険がまだあるみたいで助かった。
そうだよな、まだ僕がくせいだし、セーフティーネットがないとおかしいよな。
この年で結婚や育児に悩むのはごめんこうむる。
「今ならアタシと結婚できんよ」
「はっ?」
いや、キツイでしょう。
いきなり何を言い出すんだ、この先生は。
「アタシCランクだし、マジお買い得だよ。どうせお見合いになったら、Eランクしか相手がいないんだから」
自分を指さしケラケラ笑う先生に、戸惑いを隠せない僕。
どういうべきか悩んでいる間に、クラスメイトがはやし立ててくる。
「おっ、いいじゃん、よかったな」
「やったなEランク」
マウントを取られるのが早すぎる。
Eランクってだけでここまで生きにくいの。
てか、教え子と教師なのにそこはいいいのか?
いいんだろうな、誰も反対してないし。
「あの、先生は、どうして僕と、けっ、結婚しようと……」
「ちょい査定がヤバくてね。CランからDランに落ちるかもだし。だったら結婚して評価上げんのも悪くないかなって」
結婚で社会的地位が向上するんだ。
あっ、だから僕はお見合いをさせられそうになっていたのか。
だんだんとこのランク制度の全容が見えてきた。
「ほら、Dランだと割り振られた仕事色々やらされるじゃん。それならまだ教師でいられるCランでいたいかーなって」
「はぁ」
ふむふむ、Dランクは派遣社員で、Cランクでようやく職業の自由が出てくる訳だ。
「ちなみにBランクとAランクは、どんな仕事が……?」
「どんなって、スポーツ選手でもアイドルでも政治家でもよりどり緑っしょ。なに、アタシと結婚して上のランク狙ってんの? ざーんねんだけど、伊勢くんの場合、ほぼ絶望的だと思うよ」
憧れの職業とも言うべきものは、Bランクからと。
そしてランクは定められて終わりではなく、いちおう後かも変動の余地がある。
なるほどなるほど。
「ほんじゃーこれ、よろしくね」
「はい?」
ツカツカと僕に向かって歩いてきた先生は、ピラリと一枚の紙を手渡してきた。
見てみると白い紙に緑の枠線。
そして左上にでかでかと浮かぶ、婚姻届けという文字が。
「えっと、あの……」
「名前かいたらちょうだいね。後で出しておくから」
そう言われて見ると、すでに先生の欄は記入済みであった。
皐月 千景、それが先生の名前であるようだ。
って、そうではなくて。
「あの、先生!」
僕まだ結婚に同意してませんけど。
てか、さっき結婚の案を出しておいて、なぜここまで用意周到に準備されているのか。
聞きたい事は幾らでもあった。
だが僕が質問を投げかけるよりも早く、クラス中に拍手が降り注ぐ。
「よかったな」
「やったなEランク」
やめてくれ。
そんな事をされたら断りづらいじゃないか。
てか、これ僕に選択権がない奴だったりするのか?
そうしてアワアワする僕に、誰かがポンっと肩を叩いた。
振り返るとそこには豚骨王子がいた。
「ブヒヒ」
「……日本語で喋ってくれ」
「おめでとう」
君、しゃべれるんかい。
こうして始まった僕の新たな生活は、奇想天外な一歩を踏み出すのであった。