ご注文はうさぎです!Re 作:新生兎丸
珍しく連日投稿が続けられてる……!
「た、ただいま……」
鬱々とした雨の日、俺はデパートへと買い出しに来ていたんだが傘を持ってきてないがために大急ぎで走って帰ってきた。
パンの材料が切れたと思ったら、今度は大雨かよ。来るときは晴れていたのに、急に降ってくるなんて本当にツイてない。
扉を開けた瞬間、湿った空気と共に店内に滑り込む。
ほんの短い距離を走っただけだというのに、服は肌に張り付き、髪からは雫が滴っていた。
「びしょ濡れですね。ほら、これを使ってください」
差し出されたのは、チノの手にある真っ白なタオル。
受け取って頭をガシガシと拭くと、ふわりと柔らかい感触と、日向のような心地よい香りが鼻をくすぐった。……チノがいつも使っている柔軟剤だろうか。
このまま香りに包まれていたい誘惑に駆られたが、拭く以外の目的で使い始めたら、いよいよ変態だ。名残惜しさを振り払い、タオルを返した俺は、ずっと気になっていた異変に視線を向けた。
「……なぁ、チノ。あいつ、どうしたんだ?」
視線の先では、シャロが手に負えないほどのハイテンションで暴れ回っていた。確か彼女、カフェインで酔う体質だと聞いたことがあるが……まさか、飲んだのか? コーヒーを。
「イェーイ! お帰り~ジ~ン! 雨も滴るいい男ってかぁ!?」
「……あ、あぁ。ただいま」
チノに抱きついたかと思えば、次はココアと意味不明なダンスを踊り始めている。
ダメだ、このテンションには微塵もついていける気がしない。まるでココアが二人になったかのような地獄絵図だ。
だが、嵐は唐突に去った。
急激にエネルギーを消費したのか、シャロは数分後、糸が切れた人形のようにテーブルの上でスヤスヤと眠りに落ちた。
「外は大雨だし、危ないだろ。家から迎えを呼ばせてやるよ」
見かねたリゼがスマホを取り出す。だが、なぜかそこに千夜が「待った」をかけた。
「大丈夫よ! 私が責任を持って連れて帰るわ!」
「……正気か? この雨の中、人を一人担いで帰るつもりかよ」
女の子の力で、しかもあの千夜だ。嫌な予感しかしない。
しかし、甘兎庵の看板娘をなめないでと言わんばかりのドヤ顔で、ぐったりしたシャロを背負い、雨の中へと勢いよく飛び出していった。
案の定だった。
店からわずか10メートルも進んでない。街灯の下で千夜の膝がガクガクと震え、そのままスローモーションのように二人の影が崩れ落ちる。
「ち、千夜ちゃーーん!?」
ココアの悲鳴が響く。俺とココアは顔を見合わせると、土砂降りの中に再び飛び出し、力尽きた二人を慌てて店の中へと回収した。
結局、あのまま店に戻った二人を放置するわけにもいかず、千夜とシャロをラビットハウスで預かることになった。俺が手早く閉店準備を進めている間に、チノたちは交代で風呂を済ませる。
ようやく店の片付けも一段落し、俺は一息つこうと二階の居住スペースへ足を向けた。階段を上り、廊下にさしかかかると、
「……?」
廊下の先に視線を辿った俺は、思わず持っていたトレイを落としそうになった。そこにいたのは、チノの通う中学校のセーラー服に身を包んだリゼだった。
「…………え?」
長い脚に不釣り合いな短いスカート、そして少し窮屈そうに張り詰めた肩口。リゼの大人っぽい顔立ちと中学生の制服という、あまりにもアンバランスで、しかし妙に破壊力のある光景。
「あ…………」
顔を真っ赤に染め、今にも沸騰しそうな勢いだ。なんでリゼがそれを着ているのか理解が追い付かない。
普段の凛々しいモデルガン使いはどこへやら、今の彼女はただの恥じらう年相応の女の子だった。
とにかく今は、
「……ま、まてリゼ……!落ち着け、俺は何も見てな------」
「――見るなぁぁぁっ!!」
リゼをなだめるようとするが、その努力もむなしく、次の瞬間、リゼの鋭い拳が風を切った。
羞恥心が限界を超えた彼女の右が、俺の腹部にめり込む。
「ぐはっ……!?」
手加減なしの一撃だ。
俺がみぞのあたりを押さえてその場に沈み込むなか、リゼは涙目になりながら脱衣所へと猛ダッシュで逃げていった。
床に四つん這いになって荒い息を吐く。リゼの拳は、恥じらいという名のブーストがかかっていたせいか、いつも以上にキレが増していた。
「あ~あ、ジンくんたら。リゼちゃんのあんなに可愛い姿をジロジロ見るなんて、『リゼちゃん心』を分かってないね!」
苦しむ俺の頭上から降ってきたのは、ニマニマと意地の悪い笑みを浮かべたココアの声だった。いつの間に現れたのか、彼女は倒れている俺の顔を覗き込み、人差し指をチッチッと振っている。
「リゼちゃんの『純情』を真っ向から受け止めるなんて、ジンくん流石だわっ」
隣では千夜が、これまた楽しそうにクスクスと笑いながら、訳の分からない言葉を重ねてくる。彼女の手には、どこから持ってきたのか足つぼマッサージ棒のような物が握られていた。
「おい……冷やかしてないで、少しは介抱してくれ……」
「介抱? もちろん任せて! はい、千夜ちゃん!」
「ええ、準備はいいわよ」
ココアが俺の背中に飛び乗り、逃げられないようにがっしりと押さえつける。その隙に、千夜が不気味な微笑みを浮かべながら、俺の土踏まずにマッサージ棒をセットした。
「ジンくん、これで癒してあげるわね。――えいっ」
「いってえぇぇぇぇ!?」
みぞの痛みと足裏への激痛。
ダブルパンチを食らった俺の絶叫が、夜のラビットハウスに虚しく響き渡る。嵐のような夜はまだまだ明けそうになかった。
「ふふっ、なんだか一気に賑やかになったね~!」
湯気の立つマグカップを両手で包み込み、ココアが弾んだ声で言った。その隣では、さっきまで俺を悶絶させていた千夜も、満足げにハーブティーを啜っている。
「なんで俺まで……………」
「いいじゃん!みんなで集まった方が絶対に楽しいよ!」
「『お泊まり会に参加するって言うまで、マッサージの手は緩めないからっ!』……なんて脅してきたヤツの台詞とは思えないな」
俺はズキズキと痛む足の裏をさすりながら溜息をついた。地獄の足つぼマッサージを止めさせる交換条件として、この深夜のパジャマ会議への出席を強要されたのだ。
ココア、恐ろしいヤツめ。
そんな俺の愚痴をさらりと流し、千夜が潤んだ瞳で一同を見渡した。
「せっかくの機会だから、皆が心の奥底に秘めている、とっておきの『お話』を聞きたいわ……」
そのしっとりとした声音に、シャロが「えっ、まさか恋バナ……!?」と言わんばかりに顔を赤くして身を乗り出す。だが、千夜の口から飛び出したのは、全く別方向の言葉だった。
「――背筋も凍るような、とびっきりの怪談をね」
……熱量のベクトルが間違ってるって。
千夜は「うふふ」と怪しげに目を細める。すると、それまで静かに話を聞いていたチノがおもむろに口を開いた。
「怪談……というわけではありませんが、この店にも不思議な噂ならありますよ」
「えっ、ラビットハウスに……!?」
チノの真剣なトーンに、怖がりのココアが悲鳴を上げてリゼの腕にしがみつく。リゼも「な、なんだ、言ってみろ」と強がってはいるものの、少しだけ肩が震えていた。
「リゼさんもココアさんも、ジンさんもここで働いていますが……。落ち着いて聞いてください。これは、私たちが寝静まった後に起こる出来事なんです」
(((ゴクリッ……)))
全員が息を呑んだその瞬間、窓の外で激しい雷鳴が轟いた。
青白い閃光がリビングを照らし、ココアたちが「キャーッ!」と身を寄せ合う。しかし、チノはそんな騒ぎを気にも留めず、淡々と、しかしどこかおどろおどろしい口調で語り始める。
「目撃情報が、たくさんあるんです。父も私も、何度も見てしまいました……」
「そ、それは……一体、何が出たの……っ?」
ココアが怯えた声で続きを促す。チノはゆっくりと照明の落ちた部屋の隅を指差し、声を潜めて告げた。
「暗闇に怪しく光る目……。そして、音もなく夜の闇を浮遊する……ふわふわで小さな、白い物体……!」
チノは精一杯、怪談の語り手として皆を怖がらせようとしているのだろう。
だが、その内容を聞いた俺とリゼ、そして千夜とシャロの脳裏には、全く同じ光景が浮かんでいた。
(……一生懸命怖がらせようとしてるけど……)
(ティッピーでしかない……!)
必死に恐怖を演出しようとするチノの純粋さと、語られている内容の正体があまりにも明白すぎるギャップに、俺たちは恐怖とは別の意味で震えを止めることができなかった。
「とっておきの怪談があるの。切り裂きラビットっていうお話なんだけど…………」
不意に千夜が口を開く。
俺は、彼女の口から語られる怪談が、そこまでにおぞましく、恐ろしいものだと思いもしなかった。
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