ご注文はうさぎです!Re   作:新生兎丸

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らしくないですね。

ちょ、ちょっと長くなっちゃいました~


2.ラッキーアイテムは野菜と罪と罰と包丁

 耳元をなでる吐息が、たまらなくくすぐったい。

 

 ベッドに寝ているのは俺一人の男世帯のはずだが、どうして隣から安らかな寝息が聞こえてくるのか。正直、確認するのが少し怖い。だが俺は勇気を振り絞り、薄目を開けて隣に横たわる「それ」の正体を確かめた。

 

 視界に飛び込んできたのは――ティッピーだった。

 

 「なんでだよ……っ!」

 

 思わず反射的にチョップでツッコミを入れてしまう。しまった、こいつ見た目こそモフモフの塊だが、中身は結構なご老体だったはずだ。

 

 呻き声を上げるティッピーの頭を慌てて撫でてやると、再び気持ち良さそうな寝息が漏れ始めた。

 

 ……不覚にも可愛いと思ってしまった。抱きしめたくなる衝動に駆られるが、画面的に誰得でもないので自重する。

しかし、なぜティッピーが俺のベッドに?

 

 寝起きでぼんやりする頭で思考を巡らせていると、ふと、あることに気づいた。

 

 寝息は一つじゃない。ティッピーに向き合っている俺の背後から、もう一つの呼吸音が聞こえてくるのだ。

 

 (まさか、チノか……?)

 

 チノはいつもティッピーを頭に乗せている。俺を起こしに来たものの、布団の魔力に抗えずそのまま寝落ちしてしまった……そんな微笑ましい光景を期待しつつ、俺はゆっくりと背後へ寝返りを打った。

 

 そこにいたのは。

 

 渋い髭がよく似合う、ダンディな紳士――タカヒロさんが、普段のクールさからは想像もつかないほど、穏やかな寝顔で眠っていた。

 

 「なんでだぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 弾かれたように布団から飛び起きると、俺の絶叫に驚いたタカヒロさんが、ちょうど部屋のドアを開けて入ってくるところだった。

 

 「……夢、か」

 

 「大丈夫かい? ずいぶんとうなされていたようだけど」

 

 心配そうに声をかけてくれるタカヒロさん。その慈愛に満ちた瞳が、今はなぜか直視できなかった。すみません、夢の中のあなたは、俺のすぐ後ろで寝ていたんです……。

 

 「だ、大丈夫です……ありがとうございます……」

 

 自分に言い聞かせるように呟く。……よし、今日も一日頑張るぞい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おはよう、ジンくん!」

 

 制服に着替え、ラビットハウスのカウンターへ降りていくと、チノ、リゼ、ココアの三人が既に店を動かしていた。

 

 最近、どうも寝坊気味でまずい。このままだと、いつかこの居心地の良い場所から追い出されかねないという不安がよぎる。

 

 そんな俺の心配をよそに、三人は何やら盛り上がっていた。ココアがチノとリゼを相手に「コーヒー占い」をしているらしい。

 

 飲み終えたカップの底に残った模様で運勢を占う。母さんも俺が小さい頃によくやっていたが、生来の不幸体質である俺の結果は、決まって「今日もツイてない」の一言で片付けられていた。

 

 「ちょうど良かった! ジンくんも占ってあげるよ!」

 

 「ああ、じゃあ……せっかくだし頼もうかな」

 

 カップに注がれたコーヒーを飲み干し、ココアに差し出す。すると、彼女の表情が急に険しくなった。俺の顔とカップの底を、何度も交互に見比べながら。

 

 「ど、どうした? 何か不吉な模様でも……」

 

 「じ、じじじじジンくん! 大変だよ! ナイフが飛んでくるって出てる! 頑丈なものを持って出かけないと!」

 

 「お前、それ本気で言ってんのか!?」

 

 ナイフが飛んでくる?

 俺は今日から戦場にでも赴くのか。

 

 やはりココアの占いは、あまりアテになりそうにない。

 

 「ん? ティッピー、どうしたの?」

 

 「ティッピーも占いたいみたいです」チノが代弁する。

 

 「…………占えるのか? 」

 

 チノの頭の上で、ティッピーがソワソワと落ち着きなく動いている。うさぎに占いが可能なのかという疑問は、この店では野暮というものだろう。

 

 「占えますよ。ティッピーですから」

 

 チノの謎の説得力に押され、皆でティッピーにカップを見せる。

 

 「ココアは雨模様……というより水玉模様じゃな。正直、外出しないのが吉じゃ」

 

 「…………だって~」

 

 「いや、それお前の運勢だからね」

 

 お次はリゼの番だ。

 

 「リゼは、将来器量のある良き嫁になるじゃろう」

 

 「わ、私!? まさかぁ……!」

 

 リゼは頬を染めて謙遜しているが、俺もそう思う。力が強くて、いざという時に守ってくれそうな、なんとも心強い嫁になりそうだ。女性への褒め言葉としては微妙かもしれないが。

 

 しかし、ティッピーの占いは甘いだけではなかった。

 

 「昨日は食後のティラミス一つでは飽き足らず、キッチンに忍び込んだな?」

 

 「うっ……!」

 

 リゼが目に見えて動揺する。図星か。

 

 甘いものに目がないのは女子らしいが。

 

 「実は甘えたがり、褒めると調子に乗る性質。適当に流すのが無難じゃな」

 

 「ええい! ただの性格診断じゃないか、この毛玉め!」

 

 「ギャー!」

 

 リゼの鋭いチョップがティッピーに炸裂する。頭がひしゃげるほどの威力だ。絶対痛い。

 

 そして、いよいよ俺の番が来た。

 

 占いは信じない主義だが、リゼの的中っぷりを見る限り、ティッピーの言葉には期待できそうだ。

 

 「……ナイフが飛んでくるようじゃな。硬く身を守れるものを持っていった方が良かろう」

 

 「真面目にやれよぉぉぉ!!」

 

 「ギャー!」

 

 俺の手も、無意識にチョップを繰り出していた。

 なんだろう、この猛烈なデジャヴは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……今日は、なんだか本気でツイてない気がする」

 

 「本当に飛んでくるとはね……」

 

 「そ、そんな日もあるわよ、きっと!」

 

 一日を終え、俺はココア、千夜と一緒に帰路についていた。ココアの腕には、なぜか甘兎庵のマスコット「あんこ」が抱かれている。

 

 今日のココアと俺は散々だった。

 

 昼飯時、空を飛んでいたカラスが「あんこ」を落とし、それが彼女の弁当に直撃。代わりのコロッケパンを買った直後、自分のスカートが捲れていることに気づいて動揺し、パンを地面にダイブさせた。

 

 そして俺はといえば。

 

 調理実習中、ナイフを持ったまま派手に転んだ女子生徒が、その勢いでナイフをこちらへ射出したのだ。

 

 たまたま近くにあったまな板でガードできたから良かったものの、一歩間違えればお陀仏だった。ツイてないという次元を超えている。

 

 二人でどん底の気分で歩いていると、不意に上空から水の入ったじょうろが降ってきた。

 

 ココアが頭から水を被り、跳ね返ったじょうろが千夜に向かって落ちる。俺はこちら側に千夜を引き寄せて守ったが、上を見上げていた俺の顔面に、じょうろがクリティカルヒットした。

 

 「こ、ココアちゃん!? ジンくん!?」

 

 「~~~ッ!!」

 

 「あんこが濡れなくてよかったぁ! ……って、ジンくん!? 大丈夫!?」

 

 のたうち回る俺に、二人が慌てて駆け寄る。

痛みが引くのを待ち、涙を拭いながら立ち上がった。

 

 ……恥ずかしい。これ、絶対に腫れてるよな。

 

 千夜がハンカチでココアを拭きつつ、俺の顔を覗き込む。幸い、目に怪我はなかったようだ。

 

 「二人とも、ありがとう。お礼と言っては何だけど、シャロちゃんのお店で何かご馳走するわ」

 

 「本当!? やったね、ジンくん!」

 

 「いいのか、千夜」

 

 「ええ。私のナイト様が体を張って守ってくれたんですもの。ご奉仕しないわけにいかないわ」

 

 千夜がいたずらっぽく微笑む。

 

 「ははっ、確かに。違いないな」

 

 「ち、千夜ちゃん!? ナイト様ってどういうこと!?」

 

 納得がいかない様子でココアが割り込んできた。

 

 「悪いなココア、これは俺たちの秘密だ」

 

 「そうなの。ごめんなさいね、ココアちゃん」

 

 「ふぇぇ~! 二人ともひどいよぉ!」

 

 膨れっ面のココアをなだめつつ、俺たちはシャロの店へと向かった。

 

 占いは最悪だったが、この後のコーヒーは、きっと美味いはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「でっか……」

 

 今日はココア、シャロ、千夜、そしてチノの四人と一緒に図書館に来ている。この町の図書館は非常に大きく、俺の地元にもこれほど広大な施設はなかった。吹き抜けの天井から差し込む光が、静謐な空気をキラキラと縁取っている。

 

 ココアが「ここ、特等席だよ!」と外の景色がよく見える窓際の席を選んだ。

 

 チノとシャロが隣同士、千夜とココアが隣同士で向かい合う。俺はその間に挟まれる形で、真ん中の席に腰を下ろした。

 

 「ふふ、景色が見えるから気分転換にぴったりねぇ~」

 

 「ココアさん、勉強しに来たんじゃないんですか?」

 

 教材をトントンと揃え、さっそくペンを握るチノ。対する俺は、ここへ来る途中で棚から抜き取った一冊の本を開く。

 

 内容は「何でもこなす天才が、落ちこぼれの少女と恋に落ちる」という王道なものだが、なかなか興味をそそる。だが、ページ数が異様に多い。全部読み切るには、徹夜しても3日はかかるだろう。

 

「チノは確か、読みたい本があったんだよな?」

 

「はい。『正義のウサギさんが悪いウサギさんを退治するけれど、周りの無関係なウサギまで巻き込んで大騒動になる』というお話です。……ですが、テストも近いので、まずは勉強を優先します」

 

 どこまでも真面目なチノに感心しつつ、俺が読書に没頭しようとすると、隣から千夜がそっと釘を刺してきた。

 

  「ダメよ、ジンくん。ジンくんにはココアちゃんがサボらないように、しっかり『見張り番』をしてもらわないと。ちゃんと私に勉強を教えてくれているか、監視していてね」

 

 「う、うぅ……私、サボらないよぉ……」

 

 千夜からの信頼がゼロに近いな、ココア。

 まあ、俺は勉強道具を持ってきていないし、ココアを監視するくらいしかやることもない。だが、ふと千夜の言葉に違和感を覚えた。

 

 「って、ん? ココアが『教える』? 逆じゃないか?」

 

 「違う違う、私が教えてもらうの~」

 

 「嘘でしょ……!?」

 

 シャロが絶句したような顔になる。無理もない。

 だが、俺は知っている。ココアは数学と物理に関しては異常なほどの才能を持っている。電卓が必要なレベルの複雑な計算も、彼女の頭の中を通り過ぎれば一瞬で答えが出る。ラビットハウスでの生活の中で、その片鱗は嫌というほど見せつけられてきた。

 

 「それなら、ココアがチノちゃんに教えてあげたらいいじゃない」

 

 シャロの提案に、ココアは途端にシュンと肩を落とした。

 

 「私、総合順位でいえば平均くらいだから……」

 

 「そんなに足を引っ張っている科目があるの?」

 

 「これ……」

 

 差し出された答案用紙を見て、シャロの目が点になる。俺も思わず横から覗き込み、絶句した。

 哀しいかな、ココアはどこまでいってもココアだった。理系で稼いだ貯金をすべて使い果たすほど、文学系統の成績が「終わって」いるのだ。

 

 「文系が絶望的……!」

 

 「それに、ココアさんの教え方は独特すぎて……あまり頼りになりません」

 

 「あれぇ……!?」

 

 残念だったなココア。

 千夜には教えられても、肝心の妹(仮)には突き放されるとは。

 

 もっとも、俺も教えるのは苦手だ。以前チノに教えたときは「分かりにくいです」の一言で心をへし折られた。思い出すだけで古傷が痛む。

 

 俺はニヒルな笑みを浮かべ、逃げるように窓の外へと視線を移した。

 

 しばらくすると、静かな空間にカリカリと筆走る音だけが響き始める。

 

 千夜がココアに現文を教え、ココアが千夜に数式を解くコツを伝授する。シャロはさすがの教え上手で、チノも時折頷きながら着実に問題を解き進めているようだった。

 

 平和な時間。

 だが、そんな沈黙を破ったのは意外にも千夜だった。

 

 「そういえばチノちゃん、将来はシャロちゃんの学校と私達の学校、どっちに行きたい?」

 

 「チノちゃんは絶対セーラー服が似合うよ!」

 

 「何言ってるの、ブレザーの方が知的に見えるわよ」

 

 「袴姿も捨てがたいわねぇ~」

 

 「……やっぱりメイド服っしょ!」

 

 俺の適当なガヤは無視され、議論は白熱していく。困ったように眉を下げたチノが、ポツリと漏らした。

 

 「袴はともかく、そろそろ決めないといけませんよね。悩みます……ジンさんは死んでください」

 

 「……あれ? 今、ナチュラルに毒吐かなかった?」

 

 「将来の進路を決めるのは、難しいことよね」

 

 えれ!?シャロさん!? 完全スルーっすか!?

 

 俺の存在が空気以下の扱いを受け始めた頃、ココアがうーんと唸りながら空を見上げた。

 

 「私はパン屋さんか、街の国際バリスタ弁護士になりたいな~!」

 

 「……とりあえず『街の国際』から離れろ。あと弁護士にだけはなってくれるな」

 

 スーツ姿のココアが法廷で「異議あり!」と叫ぶ姿を想像し、俺はそっと頭を振った。俺が被告人なら、その瞬間に敗訴を覚悟するだろう。

 

 「チノちゃんの夢は?」

 

 「私は……家の仕事を継いで、立派なバリスタになりたいです」

 

 その言葉には、迷いがない。

 

 「バリスタか。かっこいいな」

 

 俺の言葉に、チノは少しだけ照れくさそうに、けれど嬉しそうに口元を綻ばせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が暮れ始め、図書館の照明が一段と明るく感じられる頃。

 

 勉強を切り上げた俺たちは、チノが探していた「例の本」を全員で探すことになった。

 

 ココアとチノは、少し離れた本棚の陰にいる。

 

 ココアがチノの手を引き、「あっちかな? こっちかな?」とはしゃぎながら歩く姿は、遠目に見れば本当の姉妹のようで、少しだけ微笑ましい。

 

 俺も自分の持ち場を探すが、タイトルがうろ覚えなため一冊ずつ背表紙を確認するしかない。数十分探したが、それらしいウサギの騒乱記は見当たらない。

 

 立ち読みの誘惑に負けそうになっていたその時、ココアがトテトテとこちらへ歩み寄ってきた。

 

 「ジンくーん! チノちゃんがタイトル思い出したって! 下のカウンターで探してくるから、ジンくんは先に外で待っててだって~」

 

 ……思い出したのかよ。

 

 俺は大きな溜め息をつき、手に持っていた本を棚に戻した。

 

 「この時間は何だったんだ……」

 

 「あはは、お疲れ様! でも、おかげでいい本に出会えたかもしれないでしょ?」

 

 ココアの能天気な笑顔に、毒気を抜かれる。

 まあ、いい。借りた本は、今夜ラビットハウスに帰ってから、静かな夜の音と一緒に楽しむことにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あ、あった……! あれだよね、チノちゃん!」

 

 図書館の隅、高い棚の最上段。そこに、チノちゃんが探していた例の「ウサギさんの本」がひっそりと差し込まれているのを見つけた。

 

 チノちゃんは今、下のカウンターに探し物がないか聞きに行っている。戻ってくる前に見つけて、びっくりさせてあげよう!そう思って、私は近くにあった小さな踏み台に足をかけた。

 

  「よいしょ、っと……あともうちょっと……」

 

 背伸びをして、指先を伸ばす。

 でも、本はあと数センチのところで私の指をすり抜ける。意地になって、もう一段高いところに足をかけたときだった。

 

 「わわっ……!?」

 

 バランスを崩して、視界がぐにゃりと歪む。

 踏み台がガタッと音を立てて外れ、体が重力に引かれるまま後ろに倒れ込んだ。

 

 (あ、どうしよう……チノちゃん、心配してくれるかな…………?)

 

 思わず目をぎゅっと閉じて、衝撃に備える。

 けれど、いつまで経っても硬い床の感触はやってこなかった。

 

 「危なっかしいヤツだな……お前は」

 

 耳元で聞こえた、少し呆れたような、でも聞き慣れた低い声。背中に感じたのは冷たい床じゃなくて、厚みのある温かな体温だった。

 

 「……えっ?」

 

 おそるおそる目を開けると、そこにはジンくんの顔がすぐ近くにあった。

 ジンくんは後ろから私を抱きとめるような形で、ガシッと私の体を支えてくれている。

 私の背中がジンくんの胸板にぴったりとくっついて、彼の腕が私の脇のあたりをしっかりホールドしている。

 

 「ジン、くん……?」

 

 「無茶すんな。届かないなら俺を呼べばいいだろ。……怪我は?」

 

 ジンくんは私を支えたまま、上からのぞき込むように私の顔をじっと見た。いつもはちょっと意地悪で、ぶっきらぼうなジンくん。でも、今の彼の瞳には私を心配する色がはっきり浮かんでいて。

 

 ドクン、と。

 

 心臓が大きな音を立てた。

 

 近い。近すぎるよ。

 

 ジンくんの吐息が前髪を揺らして、彼がいつも使っている石鹸みたいな、少し落ち着く香りが鼻をくすぐる。

 さっきまで図書館の冷房で少し冷えていたはずの体が、ジンくんの熱が移ったみたいに熱くなっていく。

 

 「あの、えっと……えへへ、ありがとう……」

 

 何か言わなきゃと思うのに、言葉がうまく出てこない。

 顔がどんどん熱くなっていくのが自分でもわかる。きっと今、私、リンゴみたいに真っ赤になってるよね。

 

 「ホントにどこも痛まないか?」

 

 「な、なんともないよ! 大丈夫、全然平気!ただちょっと、びっくりしただけだから!」

 

 慌ててジタバタすると、ジンくんは「それならいいけど」と、ゆっくり私を床に降ろしてくれた。

 支えがなくなった瞬間、急に心細いような、変にふわふわした感覚に襲われる。

 

 ジンくんはそのまま、ひょいっと手を伸ばして、私が取れなかった本を軽々と抜き取った。

 

 「ほら、これだろ。……次は大人しく待ってろよ」

 

 「……うん」

 

 いつもなら「お姉さんに任せて!」って言い返すのに、今はそんな余裕なんて一ミリもない。

 本を受け取るときに指先が少し触れただけで、また心臓がうるさく騒ぎ出す。

 

 (どうしよう……。ジンくんの顔、まともに見られないよ……)

 

 胸の奥がキュウッとなって、なんだか落ち着かない。

 さっきまでのジンくんの腕の感触が、まだ背中に残っているみたいで。

 

 本を抱きしめたまま俯く私を、ジンくんが不思議そうに眺めている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 図書館を出ると、街はすっかりオレンジ色の光に包まれていた。

 

 千夜ちゃんとシャロちゃんは「買い物があるから」と途中の角で別れ、チノちゃんはさっき見つけた本を早く読みたかったのか、一足先に家に戻っていった。

 

 というわけで、今、私の隣を歩いているのはジンくん一人だけ。

 

 「……っ」

 

 さっき、図書館の棚の前で起きたことが、頭の中で何度も何度もリピート再生されている。

 

 ジンくんの腕の強さ。耳元で聞こえた低い声。背中から伝わってきた、男の子らしい体温……。

 

 思い出そうとしなくても、勝手に脳裏に焼き付いて離れてくれない。

 

 歩くたびに、隣を歩くジンくんの肩が視界の端に入るだけで、心臓が「トクン」と跳ねる。さっきから胸の奥がずっとふわふわしていて、なんだか地面をちゃんと踏みしめて歩けていないみたいだ。

 

 「……なぁ、ココア。さっきから静かだけど、本当はどこか痛いんじゃないのか?」

 

 不意に声をかけられて、私は「ひゃ、ひゃいっ!」と変な声を上げてしまった。

 

 「な、ななな、なんでもないよ! 全然、どこも痛くないよぉ!」

 

「そうか? ならいいけど。……お前が黙ってると、雨でも降るんじゃないかと思ってな」

 

 ジンくんは、いつものように呆れたような、それでいてどこか楽しそうな顔で前を向いたまま歩いている。

 

 ……そう。ジンくんにとって、さっきの出来事はただ転びそうな同居人を助けただけのことなんだ。

 

 別に特別な意味なんてなくて、彼にとっては日常の延長線上にある、なんてことない一コマ。

 

 (私だけ?こんなにドキドキしてるの……?)

 

そう思うと、なんだか少しだけ、胸のあたりがツンと痛くなった。

 

 ジンくんの横顔を盗み見る。夕日に照らされた彼の横顔は、いつもより少しだけ大人っぽく見えて、それがまた私の心拍数を無駄に跳ね上げる。

 

 「あ、見てジンくん! 夕日が綺麗だよ!」

 

 沈黙に耐えられなくなって、私は無理やり明るい声を絞り出した。

 

 オレンジ色の光がレンガ造りの家々を染め上げて、石畳の道に私たちの影が長く、長く伸びている。

 

 「悪くないよな。この街の景色って」

 

 ジンくんがふっと目を細めて笑う。その穏やかな表情に、また胸が「ギュッ」となった。

 

 ダメだ。さっきから私の心臓、働きすぎだよ……。

 

 「……ジンくん」

 

 「ん?」

 

 「あの……さっきは、本当にありがとう。助けてくれて」

 

 今度こそ、顔を見られないように俯きながら、小さくお礼を言った。

 

 「……お前が怪我して泣きべそかかれたら、チノに合わせる顔がないからな」

 

 ジンくんはぶっきらぼうに言った。

 

 急にまた、背中の記憶を呼び起こす。

 

 「もう……。私はお姉ちゃんなんだから、泣きべそなんてかかないもん!」

 

 私は精一杯の強がりを言って、少しだけ前を走った。

 

 そうしないと、顔の熱さがバレてしまいそうだったから。

 

 振り返ると、夕日を背負ったジンくんが、少し遅れて歩いてくる。

 

 伸ばした影が、道の上で一瞬だけ重なった。

 

 (ジンくんのバカ……。全然、私の気持ちなんて分かってないんだから)

 

 でも、その鈍感な優しさが、今はたまらなく愛おしく感じてしまう。

 

 明日から、いつものように「ジンくーん!」って接することが出来るかな。

 

 それとも、このドキドキがバレないように、ちょっとだけ距離を置いちゃうかな。

 

 ラビットハウスまでの残り短い道のり。

 

 オレンジ色の景色の中で、私は自分の胸の鼓動を隠すのに、一生懸命だった。

 

 

 

 

 




ここまで読んでくださりありがとうございます!

誤字、脱字、不自然な箇所等がありましたらご報告のほどよろしくお願いします!

感想やリクエスト等もお待ちしております!

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