ご注文はうさぎです!Re 作:新生兎丸
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今年の春から、うちの店には三人の新しいアルバイトさんが入りました。
一人は、腕っぷしが強くて誰よりも頼りになるリゼさん。
もう一人は、いつも元気いっぱいで、少し強引なところもあるココアさん。
そして最後の一人が、不器用だけど、とっても優しいジンさんです。
「あれ? リゼは?」
物置から顔を出したジンさんが、ココアさんに問いかけました。何か頼み事でもあったのでしょうか。
「リゼちゃんなら今、お手洗いで自問自答してるよ。さっきお客さんに言われた『可愛い』が、自分に向けられたものか、それともティッピーに向けられたものか分からなくなっちゃったんだって」
「なるほど……。やけに面倒くさいことになってる、ってことだけは理解したよ。じゃあ、あいつが戻ってきたら『コーヒー豆は全部運んでおいた』って伝えてくれ」
「アイサー! ……って、ええっ!? あれ全部一人で運んだの!?」
ココアさんの驚きに、ジンさんは事も無げに肩をすくめます。
「そりゃあ……仕事だからな」
「じ、ジンさん、あまり無茶はしないでくださいね?」
思わず口を出した私に、ジンさんは意外そうに目を丸くしました。
「ど、どうしたんだチノ。前まで『全て運び終わるまで休憩はナシです』なんて言ってた、あのスパルタな店員さんはどこに行ったんだ?」
「そ、そんなこと言った覚えはありません……!」
「はは、冗談だよ。明日は休みだから、今日はしっかり働いておきたいんだ……もしかして、心配してくれてるの?」
ジンさんが少し意地悪そうに、でも優しく微笑みます。
「そうじゃないです! ほら、早く仕事に戻ってください……!」
顔が熱くなるのを隠すように突き放すと、ジンさんは「はいはい」と短く笑って、軽やかな足取りでお客さんの注文を取りに向かいました。
「ねっむ……」
窓から差し込む朝の光が瞼を突き刺し、重い腰を上げる。泥のように眠っていたせいか、意識が現実に戻ってくるまでに少し時間がかかった。
カーテンを一気に開け放つ。溢れ出した日光を全身に浴びると、ようやく脳のスイッチが切り替わった。
「今日は……最高の天気だな。こんな日はゲームに限る」
これ以上ないほどのゲーム日和だ。
期待に胸を膨らませ、ゲーム機の電源に手を伸ばしたその時、ノックもなしに自室のドアが勢いよく開いた。
「ジンくん! お散歩行こっ!」
「ココア……頼むから、休みの朝くらいは静かにしてくれ」
「ご、ごめん。でも、見てよこの快晴! お散歩行かなきゃ損だよ!」
「なんでわざわざ、この完璧な室内環境を捨てて外に出なきゃ……」
丁重にお引き取り願おうとしたが、ドアの隙間からひょこっと顔を覗かせたチノと目が合った。
なるほど、チノもお前も犠牲者というわけか。
「一緒に行きましょう」と言わんばかりの、どこか救いを求めるようなチノの視線に、俺の抵抗力は霧散した。
「……はぁ、分かったよ。着替えるから外で待っててくれ」
「やったぁ~! それじゃ、チノちゃんと下で待ってるからねっ」
嵐のような足音が遠ざかっていく。
仕方なくクローゼットを開け、適当なパーカーとカーゴパンツを引っ張り出したとき、ふとデスクの目覚まし時計が目に入った。
短い針は、とうに「12」を過ぎている。
「……どんだけ寝てたんだ、俺」
「お待たせ」
「ジンくんも来たことだし、レッツゴー!」
上機嫌なココアの隣で、チノは心なしか申し訳なさそうな顔をしていた。そういえば、起きてからまだ挨拶もしていなかった。
「よっ、チノ。おはよう」
「あ……おはようございます、ジンさん」
「なんだか浮かない顔をしてるけど?」
「いえ、その……せっかくのお休みだったのに、ジンさんまで付き合わせてしまって。その、すみません……」
なんだ、そんなことを気にしていたのか。
「チノだってあいつに捕まったんだろ? お前が謝る必要なんて微塵もないよ。むしろ同志だろ」
「……そう言って貰えると助かります」
「それに、たまには外に出て体を動かしておかないとな。俺もチノも、筋金入りのインドア派だし」
「私はインドア派ですが、スポーツは万能です」
「えっ、そうなの?」
いつも部屋でボトルシップとかを作っているイメージがあったが……。余計なことを言えば言葉のナイフが飛んできそうなので、そっと口を閉ざす。
「二人とも! 歩くペースが遅いよー!」
「俺たちはお前みたいに、全身が筋肉で出来てるわけじゃないんだよ」
「ひどい! 私だって可憐な年頃の女の子だよ!?」
「ほう、そうか」
「適当に流されたぁっ!」
猛スピードで進むココアの背中を、俺とチノはのんびりした足取りで追いかける。
街を一望できる高台にたどり着くと、ココアが遠くを見つめながら夢を語り始めた。
「いつか自転車を手に入れたら、チノちゃんを後ろに乗せて風になるんだからっ」
「二人乗りは禁止ですよ」
「あっ、その前に。まずは自転車に乗る練習をしないとだね!」
「「えええええ~~!?」」
チノと、その頭の上のティッピーが同時に叫んだ。
……まあ、この歳で乗れないのも珍しくはないかもしれないが、今の自信満々の流れでそれを言うか、ココア。
そんな他愛もない会話を楽しみながら歩いていると、前方にどこかで見覚えのある後ろ姿を見つけた。
「なぁ、二人とも。あれ、リゼだよな?」
俺の視線の先では、リゼが両手に一着ずつ服を持ち、それらと深刻な表情でにらめっこをしていた。どちらを買うべきか、人生の岐路にでも立たされているかのような葛藤ぶりだ。
「ホントだ~! リゼちゃんだ」
「なんだか、いかにもリゼさんらしいデザインの服ですね」
「言われてみればそうだな。リゼの選ぶ服は、お前たちとは少し系統が違うし」
彼女が好むのは、少し大人びた、カッチリとしたシルエットのものが多い。
背が高く、モデルのようにスラリとした体型のリゼが着れば、街中の視線を独り占めしてしまいそうな華やかさがある。
「ねぇねぇ、あの服ならジンくんでも似合いそうじゃない?」
ココアがリゼの持つシックなジャケットを指差して言う。
「……それ、男の俺に対する褒め言葉か?」
「もちろん、褒め言葉だよ~!」
いや、褒め言葉だとしても、レディースはそもそも肩幅やサイズ的に無理があると思うんだが……。
「……今度は頭を抱え始めたぞ。なにやら相当な葛藤があるらしいな」
「……そっとしておいてあげましょう。今のリゼさんに話しかけたら、きっと恥ずかしさで爆発してしまいます」
「そうだね。あはは、また明日お店で会おうね、リゼちゃん」
チノの冷静な提案に、俺とココアは深く頷いた。
真剣勝負のように服と向き合うリゼを刺激しないよう、俺たちは足音を忍ばせて、その横をそっと通り過ぎた。
リゼを煙に巻いた後、俺達三人は少し歩いた先の公園にあるベンチで、のんびりと日向ぼっこを楽しんでいた。
春の柔らかな日差しが、とても心地よい。
「ポカポカして、なんだか溶けちゃいそうだねぇ~」
「はい……。なんだか、どこからか甘い香りもしてきますし」
ココアが目を細めて呟き、チノが鼻をくすぐる空気に目を細める。
確かに。言われてみれば、先程から春風に乗って香ばしく、かつ甘ったるい匂いが漂ってきている。
匂いの正体を探してココアがキョロキョロと辺りを見回すと、すぐ近くに一軒の移動販売車――クレープ屋を見つけた。
「クレープ屋さんだ! よし、チノちゃん。今日はお姉ちゃんが特大のを奮発しちゃうよ!」
「いいんですか?」
「もっちろん! お姉ちゃんに任せなさい! ジンくんにもご馳走してあげるよ!」
「申し出はありがたいんだが、俺はいいよ。甘いものはそこまで得意じゃないし」
「そっかぁ……。ジンくん、人生の半分くらい損してるよ?」
残念そうに肩をすくめるココアに苦笑しつつ、俺達はベンチを立ち上がってクレープ屋へと向かう。だが、近づくにつれて店員の横顔に見覚えがあることに気づいた。
「あれ? シャロちゃん?」
「……えっ!? げっ、あんたたち!」
案の定、そこにいたのはフルール・ド・ラパンの制服ではない、クレープ屋の制服に身を包んだシャロだった。
この短期間に別のバイト先で遭遇するとは。シャロ、働きすぎじゃないか?
「こんなところでバイトしてるなんて、シャロちゃんって多趣味だねぇ」
「そ、そうよ! 多趣味なのよ! 文句ある!?」
「しゃ、シャロ! 手が! クリームが!」
良く分からない動揺から、シャロが手に持っていたクリームの容器を思い切り握りしめる。
ぶちゅっ、と景気のいい音と共に、排出口からクリームが勢いよく噴き出した。
「……はい。これ、クレープ二つ。もう、調子狂うわね……」
「ありがとっ、シャロちゃん!」
若干、クリームの盛り方が荒ぶっている気もするが、二人は早速クレープを頬張る。
「んん~! 甘くて幸せ~。はい、シャロちゃんもあーん」
「ちょ、私、仕事中よ……?」
「まあまあ、減るもんじゃないし。ほらほら~」
「も、もう、一口だけよ……?」
シャロが観念して顔を寄せ、クレープを口にしようとした、その瞬間だった。
空から、見覚えのある「黒い影」が弾丸のような勢いで落下してきた。
――グシャッ。
ココアのクレープが直撃を受け、飛散した生クリームとチョコソースの塊が、俺の右目にクリーンヒットする。
「ぐおぉぉぉぉぉ!! 目が、俺の目がぁぁぁぁぁ!!」
「じ、ジンくん!? 大丈夫!?」
「なんだよこのウサギ……っ!」
のたうち回りながら目を擦り、ようやく視界を確保する。そこには、ココアのクレープを台無しにした張本人――全く可愛げのない、ぬいぐるみのような面構えのあんこが居座っていた。
改めてブッサイクな面してんなぁ、おい……。
そんな俺の横では、食べる直前だったクレープを潰されたシャロが、なぜか持ち主のココア以上に絶望した表情で固まっている。
「まって~!」
聞き覚えのあるのんびりした声が遠くから近づいてきた。
「やっと……追いついた……」
「千夜ちゃん。またカラスにあんこを攫われちゃったの?」
未だに肩で息をしている千夜に目を向けると、ふと違和感を覚える。
「千夜、いつもと制服が違うんだな」
「……あら、お目が高いわね。今月は『レトロモダン月間』なの。どうかしら?」
「そのうち、甘兎庵もフルールよりいかがわしい店になるんじゃないか?」
冗談のつもりで言うと、千夜は頬を赤らめ、おもむろに帯に手をかけた。
「そう……そこまで言うなら、脱ぐわ」
「公共の場で脱ごうとするな!」
いつものキレッキレなボケに、俺は奇妙な安心感を覚えた。が、周囲の視線は冷ややかだった。
「何で微笑んでるのよ、ジン! 変態!」
「最低です、ジンさん。軽蔑します」
「そんな……ジンくんがそういう趣味なら、私も脱ぐ!」
「私とは体だけの関係だったのね……!」
「待て待て待て! せ、せめて順番に来てくれ! ツッコミが追い付かない……!」
俺は聖徳太子でもなければ、漫才王者でもない。軽機関銃のようなボケの乱射に、右目の痛みも相まって脳の処理が限界を迎えそうだった。
千夜とシャロに別れを告げた俺達三人は、公園の奥にあるウサギの放し飼いエリア――通称「モフモフ天国」へと足を踏み入れていた。
「うわぁぁ、うさぎさんがいっぱぁ~い! まさに天国! モフモフの極楽浄土だよ~!」
ココアが恍惚の表情でウサギの群れにダイブする。一方、その隣ではチノが一人、悟りを開いたような顔で立ち尽くしていた。
「いいんですよ……私にはティッピーがいますから。一羽いれば十分なんです……」
強がってはいるが、その瞳は少し潤んでいるように見える。
悲しいかな、チノには「なぜか動物が避けて通る」という特殊な体質がある。彼女の周囲だけ見事なデッドスペースができていた。
けど、手当てしてあげたウサギは随分と大人しかったが……。
それに対し、なぜか俺の足元は、まるでおやつでも隠し持っているかのようにウサギたちで埋め尽くされている。
「きっとチノちゃんは、口元とか毛並みがウサギに似すぎてるから、同族嫌悪されてるんだよ」
「ココアさん、意味分かって言ってます? それ、全然フォローになってません」
ジト目で睨むチノ。その小動物的な反応がまたウサギっぽくて、俺の周りのウサギたちが「仲間か?」と首を傾げている気がした。
「じゃあ、ウサギさんに無視されるチノちゃんを、私が代わりにモフモフすれば問題解決だねっ!」
「……っ、解決の方向性が間違っています……!」
隙あらばとココアがチノに抱きつく。チノは「もう、暑苦しいです」なんて言いながらも、満更でもなさそうにそっぽを向いた。
うん、良いね。
尊い女子同士の触れ合いは、画面越しに拝むより、こうしてリアルタイムで網膜に焼き付けるに限る。
そんな至福の光景を眺めていると、前方から賑やかな声が近づいてきた。
「あ、チノじゃん! それにジンも!」
「あ……マヤさん。それにメグさんも」
やってきたのは、チノのクラスメイトであるマヤとメグの二人組だった。二人とも映画館の半券を手に持っている。
「ジンさん、お久しぶりですっ」
「あ、メグ!それにマヤも。映画の帰り?」
「そーだよ! アタシはアクションもの観たいって言ったんだけど、メグがさ」
「とっても感動する映画だったんだよ~」
メグがパンフレットを見せてくれた。
『うさぎになったバリスタ』
それを見るチノとティッピーの表情が、どこか他人事ではないような雰囲気を醸し出している。
「ジンさんは、チノちゃんとお散歩ですか?」
メグが問いかけてくる。
マヤとは以前、怪我をしたウサギを一緒に探した仲だが、メグとも木から降りられなくなった子猫を一緒に助けたことがあり、それ以来の顔見知りだ。
「まあ、そんなところかな」
「とっても健康的ですねっ」
ニコッと花が咲くような笑顔を見せるメグ。
……なんだ、この圧倒的な浄化作用は。
ココアが「元気な太陽」なら、この子は「柔らかな陽だまり」だ。子猫を助けた時も思ったが、あまりの純粋さに俺の中の邪念が消え失せていく。思わず、汚れなき聖母を拝むようなポーズで固まってしまった。
「え、ジンさん? どうしたんですか、急に拝んだりして」
「いや……メグの微笑みが眩しすぎてな。つい本能的な敬意がな」
「あはは! 相変わらず変な奴だなー!」
マヤがゲラゲラと笑いながら俺の背中を叩く。
「……ジンさん。マヤさんやメグさんの前で変な行動はやめてください。恥ずかしいです」
「いや、チノ。これは魂の震えなんだ」
「呆れました。お父さんに頼んで、ジンさんの部屋を明日から物置に移し替えてもらいます」
「嘘!ごめん! 全力で自重するからそれだけは勘弁してくれ!」
あんな埃っぽい場所で寝泊まりさせられたら、俺の肺が死んでしまう。しかもタカヒロさんは、チノの願いなら笑顔で「いいぞ、物置も味があって落ち着くからな」とか言いかねないのが怖い。
「クスクス。なんだか二人とも、本当の兄妹みたいですね」
「ダメな兄と、しっかりした妹だね~」
「……どちらかと言うと、ジンさんは『手のかかる弟』です」
「コーヒーをブラックで飲めないおチビちゃんに弟扱いされた……」
「~~~~っ!」
事実を指摘した途端、チノは顔を真っ赤にしてポカポカと俺の腕を叩き始めた。
あ、可愛い。
「仲良しだなぁ。ねえメグ、もしジンが本当に弟だったらどうする?」
「ええっ!? そ、それは……」
メグは少し困ったように指を頬に当て、それから少し恥ずかしそうに俺を見る。
「……ジンさんが弟さんだったら、私、一生懸命お世話してあげたいですっ」
「……っ! メグ、俺を養ってくれ!」
「あまりメグさんを困らせること言わないで下さい!」
チノの鋭いツッコミが飛ぶ。
四人で賑やかに笑い合い、春の午後は穏やかに過ぎていく…………はずだった。
ふと、奇妙な違和感に気づく。
一番騒がしく、誰よりも「お姉ちゃん」を自称して割って入ってくるはずのアイツの声が聞こえない。
「ココア……?」
嫌な予感がして振り返ると、さっきまでチノの隣にいたはずのココアの姿が、どこにもなかった。
おぃ………噓だろぉ?
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シャロの続き
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