ご注文はうさぎです!Re   作:新生兎丸

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あ、新しい主人公追加しちゃおうかなぁ……






2.お話をするお話?

 「ココアの奴、どこまで行きやがった……」

 

 行動の読めないあいつを探すのは、砂漠でコンタクトレンズを探すより骨が折れる。いやコンタクトしてないけど。

 

 ココアが姿を消してから、俺はチノたちを日陰に待たせ、一人で街中を駆けずり回っていた。

 

 「なんで一言も言わずに消えるかなぁ、あいつは」

 

 独り言をこぼしながら、周囲に聞こえるように声を張り上げた。

 

 「ココアー! チノが心配してるぞ! 『お姉ちゃん』なんだろ、側に行って安心させてやれよ!」

 

 返答はない。石畳の道に、自分の声が虚しく反響する。

 いっそ諦めて戻ろうかとも思ったが、あのアセアセと落ち着かないチノの顔を思い出すと、足は止められなかった。

 

 「……あ、いた」

 

 不意に視界が開けた広場。ベンチに座る見覚えのある後ろ姿と、その隣に座る見知らぬ女性。

 ココアは陽気にこちらの存在に気づくと、ぶんぶんと千切れんばかりに手を振ってきた。

 

 「あ! ジンくん、こっちこっちー!」

 

 怒る気力も失せ、俺は肩の力を抜いて「やれやれ」と近づいていく。

 

 「お前なぁ……」

 

 「ジンくん聞いて! 私、決めたよ! 街のバリスタ国際弁護士として、パンを焼きながら小説家の道を歩むことにしたんだ!」

 

 「……春の陽気にあてられたか。ご愁傷様」

 

 「あてられてないよぉ! 私の志は、この太陽より熱いんだから!」

 

 この小娘、またおかしなことを抜かしおる。おかしいのは今に始まったことじゃないが、そのカオスなキャリアプランにはもはや感服するしかない。

 

 「ふふっ。本当に仲が良いのですね」

 

 俺たちのやり取りを見て、隣の女性が上品に微笑んだ。

涼しげな雰囲気を持つ、いかにも「大人の女性」といった風情。だが、その瞳の奥にはどこかココアと同質の「迷子気質」が宿っているような気がした。

 

 というか、どこかで会ったことがあるような……。

 

 (……彼は、どこかで会ったことがあるような……ないような……?)

 

 一瞬、思考が同期したような妙な感覚。

 

 だが、今は感傷に浸っている場合じゃない。

 

 「……すみません、うちのココアが変な話に付き合わせたみたいで」

 

 俺は女性に軽く頭を下げた。本当に申し訳ない。ココアのことだ、また「お姉ちゃんに任せて!」とでも吹っ掛けたんじゃないかと不安になる。

 

 「いえいえ。こちらこそ、楽しいお話が聞けて良かったです。……またお会いしましょうね」

 

 「はいっ! 今度は小説のお話、もっと詳しく聞かせてくださいねっ!」

 

 「ええ、もちろん。では、私はまたさ迷ってきます〜」

 

 そう言って、女性はゆらりと、捉えどころのない足取りで雑踏の中へ消えていった。

 

 「……あの人、知り合いか?」

 

 「そうだよ〜。書いたお話が映画にもなってる、すごい小説家さんなんだって!」

 

 「いや、そんな有名人だったのかよ……」

 

 その正体を聞いて、俺は少しだけ冷や汗をかいた。

ただ、物理的な意味ではなく、放つ雰囲気がココアとそっくりだった。天然というか、天然ガスのような爆発力を秘めているというか。……まあいい、考えるのはよそう。面倒だし。

 

 「ほら、さっさと行くぞ。チノをこれ以上待たせたくない」

 

 「あ、待ってよ〜! バリスタ弁護士への道は、まだ始まったばかりなんだから〜!」

 

 抜けた返事をするココアを促し、俺たちは少し駆け足でチノの待つ場所へと戻り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ココアを連れて、ようやくチノの元へと辿り着いた。

 

 「ただいま、チノ。……って、あれ? メグとマヤは?」

 

 「お二人は先に帰りましたよ。家の用事があるそうで」

 

 「ああ、そっか……」

 

 残念だ。あわよくば、二人から学校でのチノの様子をもっと聞き出そうと思っていたのに。それもこれも、ココアが勝手に失踪したせいだ。ちくしょう。

 

 「ココアさんは、一体何をしていたんですか?」

 

 「えへへ、小説家さんと世間話してたんだよっ!」

 

 「しょ、小説家さんとですか……?」

 

 チノが驚きに目を丸くする。

 確かに、見ず知らずの有名人とそんなに早く打ち解けられるのは、ココアの特殊才能と言ってもいい。

 

 「ココアさんは、知らない人とでも気軽に話せるんですね」

 

 「チノちゃんだって、喫茶店のお客さんといつもお話してるじゃない」

 

 「あれは接客ですから……。いきなり世間話なんて、私は得意じゃないです」

 

 「でも、さっきの二人とは楽しそうに話してたよ?」

 

 「……あの二人が積極的に話しかけてくれなければ、友達にはなれていなかったと思います」

 

 少し俯いて自信なさげに言うチノに、ココアが力強く踏み出した。

 

 「そんなことないよ! チノちゃんの腹話術が私にもあれば、今頃世界を狙えてたのに!」

 

 「……頑張ってください」

 

 チノの目が一瞬で死んだ。

 良いことを言うのかと思って真剣に聞き入ってしまった俺が馬鹿だった。恥ずかしい。

 

 その後、俺たちは三人で街を回った。

 

 新しい文房具を選んだり、テラス席でお茶をしたり、並んでいる夏服を眺めたり。

 

 思えば、こんな風に休日を満喫するのは久しぶりだ。今までは「休み=ゲーム」だったが、こうして誰かと歩くのも悪くない。強引に連れ出してくれたココアには、心の中で少しだけ感謝した。

 

 「次はどこに行こうか?」

 

 三人で仲良く相談していた、その時だ。

 

 向こうから見覚えのある、だが雰囲気の違う少女が歩いてきた。すれ違いざま、チノがその横顔に反応する。

 

 「……リゼさん?」

 

 その瞬間、少女の肩がビクッと跳ね上がった。

 

 「は、はいぃっ!?」

 

 裏返った声で振り向いたのは、リゼだった。

 だが、服も髪型も昼間に店で見た時とはまるで違う。一見しただけでは別人に見えるが……。

 

 「……すみません、人違いでした。失礼しました」

 

 おい、嘘だろチノ。

 

 「さっき見かけた時とは服も髪型も違うもんねー」

お前もかココア。

 

 確かに格好はガラリと変わっているが、どこからどう見てもリゼだろう。

 

 声で気づけよ!

 

 「あ、あれ? でも『リゼちゃん』って呼んだら振り向きましたよね?」

 

 「そ、それは……聞き間違いよ。私、ロゼという名前なので。……よく似た名前に反応してしまっただけだわ」

 

 顔を鞄で隠しながら、あからさまに動揺した声で下手な嘘をつくリゼ。

 

 ……いや、無理があるだろ、それ。

 

 「そうですか……でも、びっくりしました。ロゼさんとよく似た方が、うちの喫茶店にいるので」

 

 「ほ、本当? ぜひ行ってみたいわね」

 

 「はい。ラビットハウスというお店です。お待ちしています」

 

 「え、ええ。いつか必ず。……じゃ、じゃあ失礼するわ!」

 

 踵を返し、逃げるように去っていく後ろ姿。

 

 歩き方の癖までは誤魔化せていない。完全にリゼだ。買ったばかりの服をすぐ着たくなったのを、知人に知られるのが恥ずかしいんだろう。

 

 「私、人見知りなのですが、なぜかあの方とは自然に会話ができました」

 

 「よかったね、チノちゃん!」

 

 (そりゃ、いつも店で会話してる相手だからな……)

 

 「それでジンくんは、今みたいな女の人ってどう思う?」

 

 藪から棒に、ココアがそんなことを聞いてきた。 

 

 「な、なんだよ、急に」

 

 「いやぁ、綺麗な人だったから。ジンくん的にはどうなのかなーって……」

 

 要は男目線の感想か。

 

 「そうだなぁ。……まあ、綺麗な人だとは思う。大人っぽかったしな」

 

 相手がリゼだと分かっているからこそ少し照れ臭いが、正直な感想を口にする。

 

 すると、ココアの表情が目に見えて曇った。

 

 「そっかぁ。ジンくんは、あんな感じの人が好みなんだね……」

 

 「別に好みとは言ってないだろ。なんでそんなこと聞くんだ?」

 

 「べっつにー! ロゼさんのこと、じーっと目で追ってたからそう思っただけ!」

 

 ツンとした態度で不機嫌そうに歩き出すココア。

 

 いや、目で追ってたのは「別人になりきってる努力」に驚いてただけで、下心じゃないんだが。

 

 というか、なんでココアが不機嫌になるんだ?

 

 「ジンさんは……もう少し、乙女心を学んでください」

 

 「あれ? 俺、怒られてる?」

 

 一体、俺が何をしたって言うんだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふぅ……。休日だってのに、えらく疲れたな」

 

 風呂を済ませ、寝巻きに着替えてベッドへダイブする。仰向けに寝転がって天井を見上げると、今日一日のドタバタが脳裏を駆け巡った。

 

 ここに来てからというもの、身体はいつも疲れている気がする。だが、不思議と心まで磨り減るような感覚はなかった。中学の頃、一人でゲームや趣味に没頭していた頃の「静かな孤独」とは違う、騒がしくて温かい充実感。

 

 「居心地が良い場所、か……」

 

 ふと、母親の言葉を思い出した。

 

 『いつか、あんたにも居心地が良いと思える場所が見つかるわ。もし出会えたら、その場所が壊れないように努力しなさい。全力で守りなさい』

 

 ラビットハウスや、この石畳の続く街。

 

 今の俺にとって、ここは守るべき「居心地の良い場所」になりつつあるのかもしれない。

 

 そんなセンチメンタルな思考を切り裂くように、枕元でスマホが震え出した。

 

 画面には、今まさに思い出していた人物の名前。しばらく迷ったが、執拗に鳴り続ける着信音に根負けし、通話アイコンをスワイプした。

 

 「……もしもし」

 

 『アンタが電話に出ないのを、私が諦めると思った?』

 

 一言目から逃げ道を塞いでくるあたり、相変わらずだ。

 

 「ちゃんと出ただろ。……母さん」

 

 受話器の向こうから、少しトゲのある、けれどどこか楽しげな声が響く。

 

 『そっちではちゃんとやってるの? 下宿先の人に迷惑かけてないでしょうね?』

 

 「大丈夫だって。ちゃんと真面目にやってるよ」

 

 『本当にぃ? アンタ、ぶっきらぼうで不器用で偏屈な人間だから、お母さん心配だわ』

 

 実の息子をそこまでボロクソに言うか? まあ、否定できないのが悲しいところだが。

 

 「とにかく、心配かけるような真似はしてない。信じてくれ」

 

 『ふーん……。まあ、やらかすのだけは勘弁してちょうだいね。じゃあね』

 

 用件だけを嵐のように捲し立て、一方的に通話が切れた。

 

 やれやれ……。

 

 少しの間だったが、エネルギーをごっそり持っていかれた気分だ。さて、今度こそ寝るか。

 

 明日に備えて電気を消そうとした、その時。

 

 控えめな、けれど弾むようなノックの音が部屋に響いた。

 

 「はーい……?」

 

 「ジンくん、起きてる?」

 

 ドアの隙間から顔を覗かせたのは、パジャマ姿のココアだった。

 

 「ココア?どうした、こんな時間に」

 

 「あのね、今からチノちゃんと、リゼちゃんに借りたDVDを見ようと思ってたんだけど……ジンくんも一緒にどうかな?」

 

 ココアが差し出したパッケージには『うさぎたちの沈黙』という物騒なタイトルが踊っていた。

 

 ……もっと他に、みんなでワイワイ楽しめる名作があっただろうに。

 

 だが、期待に満ちたココアの目を見ると、無下にする気にはなれなかった。

 

 「いいね。俺も混ぜてくれ」

 

 「やった〜! それじゃあ、私の部屋に集合ね!」

 

 たまには、こんな深夜の寄り道も悪くない。

 

 その代償として、翌朝、地獄のような睡魔に襲われることになるとは、この時の俺はまだ知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 

 学校の放課後を告げるチャイムと共に、俺の口から盛大なあくびが漏れた。

 

 昨夜、結局深夜までココアとチノの観賞会に付き合ったせいで、完全に寝不足だ。一日の授業をなんとか耐え抜いたが、これからラビットハウスでの仕事が待っている。   

 

 「ふふっ。立派なあくび。昨日は随分と夜更かしをされたんですか?」

 

 聞き慣れた涼やかな声が、すぐ隣から降ってきた。

 

 顔を上げると、そこには端正な顔立ちに微かな苦笑いを浮かべた藤川律子が立っていた。

 

 藤川律子。

 一年生にしてバレー部のレギュラーを勝ち取っている、うちのクラス自慢のエースだ。

 

 丁寧な言葉遣い、優秀な成績、そして他の女子生徒が羨むほどの端麗な容姿。非の打ち所がないスペックの持ち主だが、ひとたびバレーの話題になると、こちらが引くほどの熱量でグイグイ攻めてくる熱い一面も持っている。

 

 「……ああ。下宿先の奴らに付き合って、深夜まで映画観賞に没頭しちゃってさ」

 

 「映画鑑賞、素敵ですね。でも、夜更かしはほどほどに、ですよ?」

 

 彼女は悪戯っぽく口元に人差し指を立てて、優等生らしい忠告を飛ばしてくる。

 

 「はーい。善処しま~っす」

 

 「もう……本当に分かっていますか? ジン君はせっかくの『恵体』なんですから。夜更かしして筋力を衰えさせるようなことをしたら、筋肉が可哀想ですよ……」

 

 藤川はそう言いながら、慈しむような、あるいは品評するような手つきで、俺の腕の筋肉を指先でなぞってきた。

 

 「(……また芹沢君が捕まってるわよ)」

 

 「(藤川さんのあのスイッチ、一度入ると長いのよね……)」

 

 教室の隅で女子たちがヒソヒソと囁き合っているのが聞こえる。

 

 あ、やべぇ。これ、藤川の「アスリート・スイッチ」が入る前兆だ。というか、コイツのスイッチは一体どこに隠されてるんだ。

 

 「そ、それじゃ、俺はこれで! 藤川も部活頑張れよ!」

 

 まだ重い瞼をこするふりをしながら、俺は慌てて机の横の鞄をひったくるようにして立ち上がった。

 

 「あ、ちょっと、お話はまだ……。……まあ良いです。ジン君もバイト先で寝ぼけて怪我をしないように気をつけてくださいね」

 

 溜め息混じりの、どこか保護者のような返事に見送られながら、逃げるように教室の出入口へと視線を移した。

 

 ――その瞬間、俺の動きが止まった。

 

 「……こ、ココア?」

  

 そこには、こちらの様子を呆然と眺めながら突っ立っているココアの姿があった。

 

 思わず声をかけると、ココアはビクッと肩を震わせ、何かを決意したような顔で、返事もせずにそのまま颯爽と走り去ってしまった。

 

 「あ、おい! 待てよココア!」

 

 あいつ、一体いつからあそこにいたんだ……?

 

 妙な胸騒ぎを感じながら、俺はココアの後を追って廊下へと飛び出した。

 

 廊下を全速力で逃げるココアを、校門の手前でようやく捕まえた。

 

 「待てって……! なんで逃げるんだよ、ココア……!」

 

 「離してジンくん! 私は邪魔者なんだよぉ!」

 

 ココアは腕を掴まれたまま、大げさなほどにジタバタと暴れる。周囲の生徒たちが「何事だ?」とこちらをチラチラ見てくるのが痛い。

 

 「邪魔者ってなんだよ。お前、何か勘違いしてないか?」

 

 「勘違いしてないもん! 見ちゃったんだもん! ジンくんがあんなに優しそうな、おしとやかで綺麗なお姉さんとイチャイチャしてるところ!」

 

 「い……イチャイチャ?」

 

 どのシーンを切り取ったらそうなるんだ。

 腕の筋肉を検品されていたあのシュールな時間を。

 

 「昨日だってそうだよ! ジンくん、あの『ロゼさん』のこと、すっごく綺麗な人だって褒めてたし……。あんな大人の魅力がある人がタイプだったんだね! ジンくんの浮気者ぉー!」

 

 「浮気者って、俺とお前は付き合ってすらいないだろ……」

 

 あんま大きい声で叫ばないでくれ。

 

 周囲の視線が、視線がぁ……!

 

 「そ、そうだけどぉ……!」

 

 ココアは一瞬だけ動きを止めたが、すぐにまた頬を膨らませてそっぽを向いた。

 

 「でも! 私だってラビットハウスのお姉ちゃんなのに……。ジンくんが私に内緒であんな素敵な学校の知り合いを作ってたなんて、なんだか疎外感だよぉ……。お姉ちゃん、ショックで寝込みそう……」

 

 「……藤川はただのクラスメイトだ。バレー部のエースで、たまに筋肉のチェックを無理矢理されてるだけで……」

 

 「筋肉のチェック!? ジンくん、身体の関係なの!?」

 

 「言い方!  違う、ただの変態……じゃなくて、ストイックな奴なんだよ!」

 

 必死に否定するが、一度「悲劇のヒロインモード」に入ったココアには、俺の声は三割も届いていないようだった。

 

 「わかった……。もう何も言わないよ。私みたいなパン好きお姉ちゃんじゃ、太刀打ちできないんだ……。あうぅ……」 

 

 「……はぁ、もう勝手に落ち込んでろよ……」

 

 俺は溜め息をつき、肩を落として歩き出した。

 

 昨日から今日にかけて、どうしてこうも女性陣とのコミュニケーションが噛み合わないのか。

 

 「あ! 待ってよジンくん! ちゃんと私の機嫌とってから帰ってよぉー!」 

 

 なんてワガママな……。

 

 さっきまで悲劇のヒロインを気取っていたはずのココアが、慌てて後ろから追いかけてくる。

 

 この調子じゃ、店に着いてからチノにどんな報告をされるか分かったもんじゃない。俺は重い足取りで、夕暮れに染まる通学路をラビットハウスへと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ココアとの帰り道、さっきまでの喧騒が嘘のように、二人の間に妙な沈黙が流れる。

 

 いつもなら「今日の夕飯は何かな?」とか「新しいパンのアイデアがね!」と騒がしいはずのココアが、心なしか俯いて歩いている。

 

 背後から追いかけてきたはずのココアだったが、隣に並ぶとまた口を真一文字に結んでしまった。

 

 「……なあ、ココア」

 

 「…………なに?」

 

 短く、素っ気ない返事。いつもの「えへへ」という笑い声がないだけで、こんなに歩きにくいものか。

 

 「……怒ってるのか?」

 

 「怒ってないよ。……ただ、ジンくんが学校であんなに楽しそうにしてるなんて知らなかったから、ちょっとびっくりしただけ」

 

 「楽しそうって……俺、あいつに絡まれて、むしろ困ってた方だぞ」

 

 「でも、あの人、ジンくんのことを見る目がキラキラしてたもん。……私が見たことないジンくんを、あの人は知ってるのかなーって」

 

 ココアは道端に落ちている小石を、爪先でポーンと蹴った。

 

 その横顔には、いつもの天真爛漫な「お姉ちゃん」の面影はなく、どこか年相応の、傷つきやすい少女のような危うさがあった。

 

 「……別に、あいつはただのクラスメイトだ。俺が一番長く一緒にいるのは、どう考えてもお前だろ。下宿先でも、店でもさ」

 

 「…………」

 

 「……それに、なんだ。あいつに筋肉査定されてる時より、お前とはしゃいでる時の方が、まだマシだよ」

 

 「……マシ、だけ?」

 

 「……楽しいよ。疲れるけどな」

 

 俺がぶっきらぼうにそう言うと、ココアの歩みが少しだけ軽くなった。 

 

 「……そっか。ジンくん、私といる方が楽しいんだ。……そっかぁ!」

 

 「あ、おい!調子に乗んな!」

 

 「えへへ、言った言った! 今ジンくん『楽しい』って言ったもんね! お姉ちゃん、元気出ちゃった!」

 

 さっきまでの沈鬱な空気はどこへやら。ココアはパッと表情を輝かせると、俺の周りを犬のようにぐるぐると回り始めた。

 

 「よし! じゃあ、機嫌をとってくれたお礼に、今日は私が特製パンをジンくんに……」

 

 「いや、それは別の意味で疲れるからいい」

 

 「遠慮しないでよぉー!」

 

 石畳と木組みの家がある街に、いつもの騒がしさが戻ってくる。

 

 まあ、ココアはこれくらいじゃないとな。

 

 コイツがしおらしいと本当にやりにくい。

 困ったもんだ……。

 

 

 

 




ここまで読んでいただきありがとうございます!

誤字、脱字、不自然な箇所などあればご指摘頂ければありがたいです!

感想、リクエスト等も是非お待ちしております!

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