ご注文はうさぎです!Re   作:新生兎丸

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1.プールに濡れて雨に濡れて涙に濡れる

 

 あの一件から数日。

 

 チノが以前と変わらず、それでいてどこか柔らかい空気で接してくれるようになったことに安堵し、俺はすこぶる上機嫌でバイトに励んでいた。

 

 いつものようにお客さんの会計を済ませ、丁寧な挨拶で見送る。その直後だった。

 

 カラン、と勢いよくカウベルが鳴り、肩を貸し合うような格好で千夜とシャロが入店してきたのだが――。

 

 「いっえ~い! たのも~っ!」

 

 シャロが、ハイテンションで拳を突き上げている。

 

 「テ、テンションが高い……!?」

 

 あのココアが素っ頓狂な声を出すほどだ。

 

 「おい、シャロのこの感じ……まさか」

 

 リゼがその姿を見て、嫌な予感を的中させたような顔で呟く。すると、支えていた千夜が困ったような、楽しんでいるような微笑みで答えた。

 

 「貧乏なことがバレてしまった恥ずかしさに耐えられないって言うから、気晴らしに『ヤケコーヒー巡り』を勧めてみたの」

 

 「もっと違うものを勧めろ……! 逆効果だろ!」

 

 リゼのツッコミも虚しく、千夜は淡々と続ける。

 

 「これで三軒目っ。でも見て、あの晴れやかな顔」

 

 「……カフェインでおかしくなってる顔だな、あれは」

 

 俺は引きつった笑いを浮かべるしかなかった。シャロの瞳はどこか焦点が合っておらず、頬は紅潮し、妙な万能感に包まれているように見える。

 

 「カフェインで酔っぱらえるなら今後の人生で酒と交わることはなさそうだな」

 

 しかし、そもそもシャロの貧乏がバレたとは一体何の話だ?

 

 ココアもリゼも、そして千夜も、当然のようにその前提で話を進めているが、俺だけが完全に取り残されている。

 

 貧乏? シャロが?

 

 お嬢様学校に通う彼女のイメージからは程遠い単語に、俺は首を傾げた。皆が共有している「秘密」の全貌が見えず、俺はトレイを抱えたまま呆然としていると、リゼが周囲を警戒するように、そっと俺の袖を引いた。顔を寄せ、声を潜めて耳打ちしてくる。

 

 「……実はな、あいつ、本当はとんでもない苦労人で……」

 

 リゼの話を要約すると、こういうことらしい。

 

 シャロはお嬢様学校に通っていて、その凛とした佇まいから周囲には高貴なお嬢様だと思われている。彼女自身もそのイメージを崩さないよう、必死に『理想のお嬢様』を演じ続けてきた。

 

 だが先日、ひょんなことから決定的な事実が露呈してしまったという。

 

 あのおっとりした千夜の家の、すぐ隣にある物置。そこが、彼女の本当の住処であるということが、ここにいる全員にバレてしまったのだ。

 

 「アイツ、そんなところで暮らしてたのか」

 

 俺が知らない間に、そんなドラマのような修羅場が起きていたなんて。

 ショックのあまりヤケコーヒーに走っているシャロの背中を見つめ、俺の口から出たのは同情だった。

 

 「アイツも……相当苦労してるんだな。というか、そんな大事件があったんなら、俺にだって教えてくれても良かっただろ?」

 

 仲間外れにされた寂しさというよりは、力になれなかった申し訳なさが勝り、つい少しだけ不満が漏れる。すると、リゼは困ったように眉を下げて、俺の肩に手を置いた。

 

 「悪かった。でも、男のお前がそれを知った時、どういう反応をするか予測がつかなかったんだ。同性の私たちに知られるのでさえ、あいつにとっては死ぬほど恥ずかしいことだったからな……。異性のお前にまで知られるのは流石に酷だと思って、口を止めてたんだ。悪気はないんだよ」

 

 リゼの言うことも一理ある。

 

 もし俺が「物置住まいなんて大変だな!」なんて無神経に声をかけていたら、今頃シャロはカフェインの勢いも手伝って、本当にどこか遠くへ蒸発してしまっていたかもしれない。

 

 「確かにそれは……リゼの判断は正しい」

 

 俺がそう返すと、リゼは少しだけ肩の力を抜いて、小さく笑った。

 

 「そう言ってもらえると助かるよ。お前が理解のある奴で良かった」

 

 納得して頷きながら、空になったグラスをトレイに乗せる。視線の先では、カフェインの勢いに任せてココアと楽しそうに絡んでいるシャロの姿があった。

 

 「それにしても……コーヒーで酔いつぶれるまで思い悩んでたんだな」

 

 リゼが同情の混じった声を出す。

 

 「あいつの性格上、気にしないって方が無理だろうしなぁ」

 

 俺が言うと、やり取りが一段落したのを見計らって千夜も会話に混ざってきた。

 

 「みんなが気にしてないことは、シャロちゃん自身も分かっているはずなんだけどね」

 

 「私なんてあいつのお嬢様らしい振る舞い、少しは見習いたいくらいだよ」

 

 リゼが自嘲気味に呟く。

 

 まあ、リゼにお嬢様的なエレガントさを求めるのは、少し酷かもしれない。口に出すと軍隊式の制裁が飛んできそうだから、絶対に言わないけれど。

 

 「――戦場の悪魔が誕生した……!!」

 

 不意に、リゼが何かに開眼したような表情で、物騒なフレーズを口にした。

 

 「あら、そのフレーズ素敵っ」

 

 見習いたいって言ったそばから、物騒な発言にシフトするのやめてもらえます?

 

 千夜が目を輝かせて乗っかる中、俺は思わず引きつったツッコミを心の中で入れた。お嬢様への道は、前途多難というか、そもそも進む方向を間違えている気がしてならない。

 

 とにかく今はシャロを落ち着かせるのが先決だ。このままじゃ他のお客さんの迷惑にもなるし、何より明日、正気に戻った彼女がショックで寝込む姿が容易に想像できる。

 

 俺はココアと一緒になってはしゃいでいるシャロを、店の奥へ誘導しようと歩み寄った。

 

 「ほらシャロ。まだ営業中なんだ。少し奥のスペースで頭を冷やしてこい」

 

 「なによぉ~! 私はぜんぜん、おちちゅいてるわよぉ~っ!」

 

 「呂律が回ってないのによくそんなことが言えるな」

 

 カフェインだけでここまで豹変するのだから、ある意味これは才能かもしれない。とはいえ、無理に女性の身体を掴んで連行するのも忍びないし、下手に抵抗されて騒ぎが大きくなるのも困る。

 

 俺は隣のココアに、助け船を出してくれと切実な視線を送った。

 

 こちらの意図をようやく察したのか、ココアが任せて!と言わんばかりに加勢してくれる。

 

 「シャロちゃん! あっちで遊ぼ! あっちの方が広くて、もっともっとはしゃげるよ!」

 

 「えぇ~! いくいくぅ! つれてってぇ~!」

 

 ココアがシャロの手を引いて店の裏手へと誘導すると、シャロはふらつく足取りで素直に従っていった。嵐のようなハイテンションが奥へと消えていき、ホールにようやく本来の静寂が戻ってくる。

 

 「ごめんなさい。お仕事の邪魔をしちゃったわね……」

 

 いつになく申し訳なさそうな表情を浮かべる千夜に、俺はすかさずフォローを入れた。

 

 「邪魔だなんて思ってないさ。ただ、酔いが覚めた後のシャロに、今の醜態が全部フィードバックされるのが可哀想だと思っただけだ」

 

 「ありがとう、ジン君。あなたはいつも細かいところまで気を配ってくれるのね」

 

 「いや、そんな大層なことじゃないけど」

 

 千夜だって悪気があったわけじゃない。親友の落ち込みを何とかしてやろうとして、裏目に出ただけだ。そんなに肩を落とす必要もないだろう。

 

 俺が千夜を宥めていると、リゼがどこか言いにくそうな顔で声をかけてきた。

 

 「なあジン。悪いんだが……お前も一緒に、奥でシャロの様子を見てきてくれないか?」

 

 「別に構わないけど……事情を全部知ってるココアに任せておけば十分じゃないか?」

 

 「いや……あいつ一人だと、正直少し心許ないんだよ」

 

 リゼの懸念には、俺も同意せざるを得なかった。あの調子だと、今頃二人で一緒になって、もっとはしゃごう!と火に油を注いでいる可能性すらある。

 

 「分かった。ちょっと様子を見てくるよ」

 

 俺は頷き、シャロの様子を確認すべく、店の奥へと足を向けた。

 

 扉を抜けて、裏手の廊下に出るとココアとシャロが壁に持たれながら寝ていた。

 

 

 

 

 あ、ありのまま今起こった事を話してるだけなんだ、俺は。

 

 

 

 

 

 

 「一体何で…………?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 

 日頃の疲れを癒やすため、俺たちは少し離れた場所にある温水プールへと足を運んでいた。目の前にそびえ立つその建物は、まるで中世の古城をそのまま移築してきたかのような、重厚な洋風建築の佇まいを見せている。

 

 「うわぁ~、本当にお城みたいだねー!」

 

 ココアが子供のように目を輝かせ、弾んだ声を上げた。

 

 「古い歴史的な建物を改造してプールにした名残らしいな。独特の雰囲気があって、悪くないだろ」

 

 俺が補足すると、隣で千夜が物珍しそうに周囲を見渡す。

 

 「私、水着で入る温泉って初めて。なんだか新鮮だわ」

 

 「泳ぐのと温泉が一度に楽しめるなんて、まさに一石二鳥ね」

 

 千夜とシャロの言葉に、リゼも満足げに頷いた。

 そんな賑やかな面々の中で、チノだけが手元の荷物を見つめ、少しだけ残念そうに肩を落としている。

 

 「……あ、浮き輪持ってくれば良かった」

 

 「確かに。あちこちに流れるプールもあるみたいだし、浮いてるだけでも気持ち良さそうだな」

 

 俺の言葉に、ココアが「任せて!」と言わんばかりのドヤ顔でバッグを漁り始めた。

 

 「代わりにこれを持って来たよ!」

 

 自信満々に取り出されたのは――。

 

 「……あ、足ヒレ……?」 

 

 期待外れにも程があるのか、チノの細い声が虚しく響く。 

 

 「いりません……」

 

 可愛らしい浮き輪を期待していたであろうチノの目の前で、無骨なフィンがシュールに差し出されていた。

 

 お前、そんなもん私物で持ってたのかよ。

 

 あまりに場違いな装備を前に、俺はツッコミを入れる気力すら失い、呆然とココアを見つめることしかできなかった。

  

 「でも、これを着ければすっごく速く泳げるよ!」

 

 「そもそも、今日はガチで記録を狙いに来たわけじゃないだろうに」

 

 「ガーンっ……! じゃあ、これはいらないのかぁ……」

 

 俺の真っ当なツッコミに、ココアが目に見えてシュンと肩を落とした。捨てられた子犬のようなその姿を見ていると、なんだかこちらが悪者になったような気分になり、ついフォローの言葉が口をついて出る。

 

 「まあ、でも……こういう機会でもなきゃ、足ヒレなんて着けることもないだろうしな。一回くらい試してみるのも一興かもな」

 

 現金なもので、その一言でココアの表情がパアッと明るくなった。

 

 「うんっ! じゃあさ、ジン君と私で片足ずつ着けて泳いでみようよ!」

 

 「逆に泳ぎづらいわ!」

 

 「大丈夫、大丈夫! 二人でぴたっとくっついて、リズムを合わせて泳げばいいんだよ!」

 

 「水泳のトップ選手でも匙を投げそうな高等テクニックなんだが」

 

 「えへへ~、二人三脚の水泳版だね!」

 

 「下手したら死人が出そうなんだけど……?」

 

 楽しそうに笑うココアのペースにつられて、俺もついふっと笑みをこぼしてしまう。

 

 だが、そんな俺たちのやり取りを見ていたチノが、少し頬を膨らませて、どこか不満げな視線をこちらに向けていた。

 

 「……随分と仲がよさそうで、何よりです」

 

 チノの冷ややかな声音に、俺とココアは「あ、まずい」と言わんばかりに顔を見合わせた。

 

 浮き輪がなくて心細そうにしていた彼女を差し置いて、つい、いつものノリで同年代だけで盛り上がりすぎてしまった。

 

 「な、仲が良いっていうか、ほら! いつもの漫才的なやつだろ? 俺とココアのやり取りなんて、大抵こんなもんだって!」

 

 「そうだよチノちゃん! 私のたった一人の妹はチノちゃんだけなんだから!」

 

 必死に手を振って弁明するココアだが、それはフォローになっているんだろうか?

 

 「別に、怒っているわけではありません。お二人で足ヒレを分け合って泳ぐというのなら、私は一人で流れるプールにでも行ってきますので。どうぞ、存分に息を合わせてください」

 

 チノは頬を膨らませたまま、ぷいっと顔を背けると、持っていたタオルをぎゅっと握りしめた。

 

 あ、可愛い……。

 

 じゃなくて!

 

 「あ、待て待て! ほら!足ヒレはココアが一人で使うから!」

 

 「ええーっ!?ジン君冷たい!さっきと言ってることが違うよぉ~!」

 

 慌てて引き留める俺の横で、ココアも騒ぎ出す。

 

 なんだか、入り口からすでに前途多難な予感が漂っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ひっろいなぁ……」

 

 着替えを済ませ、女性陣よりも一足先にプールエリアへと足を踏み入れる。

 

 外観から予想はしていたが、いざ中に入ってみると、案の定、視界を埋め尽くすほどの広大な空間が広がっていた。高い天井から差し込む光が水面に反射し、まるで映画のセットのようだ。

 

 俺は頭の上に乗ったティッピーを落とさないよう、バランスを取りながらゆっくりとプールサイドを歩く。

 

 それにしても、動物の連れ込みがOKだなんて、なかなか珍しい施設だな。普通なら衛生面とかで断られそうなもんだが、ここならこの「モフモフ」も、景観の一部として馴染んでいる気がするから不思議だ。

 

 「……アンゴラウサギが優雅にプールサイドに居座る光景、シュールすぎだろ」

 

 俺の呟きに、ティッピーは「ふんっ」と鼻を鳴らしたように見えた。

 

 まあ、こいつもラビットハウスの看板みたいなもんだしな。たまにはこういう贅沢なリフレッシュも悪くない。

 

 揺れる波紋や、他に来てはしゃいでいる子供たちをぼんやりと眺めていた、その時。

 

 「ジンくーん! お待たせー!」

 

 ココアの弾んだ声を皮切りに、水着に着替えた彼女たちが続々とプールエリアに姿を現した。

 

 ……正直、言葉を失った。

 

 ココア、チノ、リゼ、シャロ、そして千夜。

 

 五人五様、それぞれが自分の魅力を最大限に引き出したような水着に身を包み、広いプールサイドが一気に華やぐ。光を反射する水面よりも、今の彼女たちの姿の方がよっぽど眩しい。

 

 「……みんな最高。生きてるうちに、こんな美少女たちの水着姿を拝めるなんて思ってなかった。ありがとうございます」

 

 冗談抜きで、心の底からそう思った。

 

 小細工な感想なんていらない。この光景を前にして、素直に称賛の言葉を送らないのは失礼というものだ。

 

 「な、なんですか、その拝むような姿勢は……変な目で見ないでくださいっ」

 

 チノが少し照れくさそうに、けれどどこか嬉しそうな色を瞳に浮かべて、持っていたバスタオルで少しだけ身体を隠すようにした。

 

 「ふふっ、ジンくんにそう言ってもらえると、選んだ甲斐があったわね」

 

 千夜がおっとりと微笑み、シャロは顔を真っ赤にして「ほ、褒めすぎ……!」とジタバタしている。リゼは少し照れを隠すように腕を組みながらも、まんざらでもない様子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、俺たちは広々とした温水プールに肩まで浸かった。

 

 絶妙な湯加減に、体中の力がふっと抜けていく。

 こちら側にはシャロ、ココア、そして俺。向かい側にはリゼ、チノ、千夜という陣形で、ゆったりとした時間が流れ始めた。

 

 「ふぁぁ……気持ちいい~……」

 

 温水プールの心地よさに、シャロが少しだらしない顔で愉悦に浸っている。とろけそうな表情だ。

 

 「そう言えばココア。お前、小さい頃に銭湯で泳いで怒られたりしただろ?」

 

 ふと思いついた予想を口にすると、ココアが「ええっ!?」と肩を跳ねさせた。

 

 「な、何で分かったの!? もしかしてジン君、超能力者!?」

 

 「お前の性格ならやりそうだなと思っただけだ。期待を裏切らないよなぁ、本当」

 

 「えへへ~」

 

 「褒めてねえよ」

 

 呆れ顔でツッコミを入れると、シャロが言った。

 

 「ココアなら今でもやりかねないんじゃない?」

 

 「あははっ!シャロちゃんひどい! さすがに今はもう大人だもん!」

 

 「どの口が言うんだか。さっき足ヒレで二人三脚しようとしてた奴が」

 

 「うっ、ぐうの音もでないよぉ……」

 

 ココアががっくりと肩を落とす。

 

 「アンタたち、ホントに仲良いわよね。はたから見てると、本当の兄弟みたいだわ」

 

 とろけた顔のまま、シャロがしみじみと呟いた。その言葉に、俺は肩まで浸かったまま少しだけ眉を上げる。

 

 「それは、どっちが上でどっちが下だ?」

 

 「もちろん、私がお姉ちゃんだよ! ジン君、そこは譲れないポイントでしょ!」

 

 ココアが待ってましたと言わんばかりに、水面をバシャリと叩いて身を乗り出した。一ミリの迷いもないその断言に、俺は思わず天を仰ぐ。

 

 「不名誉な予想を的中させてる奴が、よくそんな自信満々に言えるな」

 

 「えへへ~、お姉ちゃんは度胸が大事なんだよっ!」

  

 「それは度胸じゃなくて無鉄砲って言うんだ。手のかかる妹を持った兄貴の気分だよ、こっちは」

 

 「むぅ! ジン君、またそうやって子供扱いする~!」

 

 ココアが膨れっ面で水を飛ばしてくるのを手で遮る。そんな俺たちのやり取りを眺めていたシャロが、ふと真顔になって首を傾げた。

 

 「……っていうか、アンタたち、前よりだいぶ距離感近くなってない?」

 

 「えっ?」

  

 シャロに指摘されて、俺とココアは思わず自分たちの位置を確認した。言われてみれば、いつの間にかココアが俺のすぐ隣まで詰め寄っていて、お互いの腕が水中で時折触れ合うほどの距離にいた。

 

 「あぅ…………」

 

 ココアが急に動きを止め、頬を林檎のように赤く染めた。自覚した途端に恥ずかしくなったのか、さっきまでの勢いが嘘のように、口をモゴモゴさせて押し黙ってしまう。

 

 「まあ、いつも店で一緒に働いてるからな。慣れみたいなもんだろ」

 

 一方の俺は、そこまで深く意識していなかった。毎日顔を合わせていれば、パーソナルスペースなんてあってないようなものだし、一つ屋根の下で暮らしてるからな。最近らココアの近さにもだいぶ慣れてきた。

  

 「わ、私!チノちゃんのこと構ってあげなきゃだから、あっち行ってくるね!」

 

 さっきまでの勢いはどこへやら、ココアは耳まで真っ赤にしたまま、逃げるようにパシャパシャと千夜たちのいる方へと移動していった。

 

 「……あいつ、急にどうしたんだ?」

 

 俺が不思議そうにその背中を見送っていると、隣に残ったシャロが、水面に浮かぶ波紋をぼんやりと見つめながら問いかけてきた。

 

 「それで? 私のこと、リゼ先輩から聞いたんでしょ?」

 

 シャロが水面に浮かせた指先を見つめながら、静かに問いかけてきた。

 

 その言葉に、昨日の出来事が鮮明に脳裏を過る。リゼから打ち明けられた、彼女の本当の境遇。実はお嬢様などではなく、家計を支えるために日々必死にアルバイトを掛け持ちし、切り詰めた生活を送っているという事実。

 

 やっぱり、察していたのか。

 

 「……ああ、聞いたよ」

 

 「いつまでも隠し通せるなんて思ってなかったけど、自分の中で心の準備ができる日までは、もう少しだけ完璧なお嬢様でいたかったんだけど。……ボロが出ちゃったわね」

 

 自嘲気味に、けれどどこか吹っ切れたような笑みを浮かべるシャロ。その横顔は、普段の意地っ張りな彼女とは違って、ひどく儚げに見えた。

 

 けれど、俺の心にあるのは同情なんかじゃなかった。

 

 「……正直に言っていいか?」

 

 「な、何よ……?」

 

 身構えるように肩をすくめる彼女に、俺は真っ直ぐ視線を向けて告げた。

 

 「シャロって、カッコいいよな」

 

 「ふぇ……っ?」

 

 予想外すぎる言葉だったのか、シャロが素っ頓狂な声を上げて固まった。大きな瞳をさらに見開いて、俺の顔をまじまじと見つめてくる。

 

 「必死に頑張って、周りにはそんな素振りも見せずに凛としてる。それって、誰にでもできることじゃないだろ? 少なくとも、俺は尊敬するよ」

 

 「そ、尊敬……!? な、何を言ってるのよ、アンタは……っ!」

 

 みるみるうちに顔を真っ赤に染めたシャロが、激しく水飛沫を上げてジタバタし始める。

 

 「か、カッコいいなんて、女の子に言う言葉じゃないでしょ! もっと、こう……あるじゃない、他に!」

 

 「いや、事実なんだから仕方ないだろ。無理しすぎるのは良くないけどな」

 

 俺が苦笑しながら付け加えると、シャロは言葉を失ったように口をパクパクさせた後、最後には力なく水面へ顔を埋めた。

 

 「急に……反則よ、そういうのは」

 

 ぷくぷくと泡を出しながら消え入りそうな声で呟く彼女の耳たぶまでが、夕暮れ時のように赤くなっているのを、俺は眩しいものを眺めるような気持ちで見守っていた。

 

 シャロが水面に浮かせた指先を見つめながら、静かに呟く。

 

 「……そう言えば、この歳になって、こうやって異性とマトモに話すのは初めてかもしれないわ」

 

 「えっ? 学校とかバイト先とかで、普通に話す機会くらいあるだろ?」

 

 俺が意外に思って問い返すと、シャロは少し自嘲気味に口角を上げた。

 

 「学校は女子校だし……バイト先でも、接客としての会話はするけれど、こんな風にプライベートで、しかも水着で肩を並べて世間話なんて、想像もしてなかったもの。アンタ、案外自然に輪の中にいるから、時々忘れそうになるけれど」

 

 シャロはそこまで言って、少しだけ俺の方を盗み見るように視線を向けた。

 

 「やっぱり、アンタってちょっと不思議な人よね。ジン」

 

 少しだけ真面目なトーンで名前を呼ばれ、俺は柄にもなく少し面食らってしまう。

 

 「こ、これからも仲良くしてあげる!感謝しなさいよね!」

 

 シャロはフイッと顔を背けると、いつもの調子に戻って少し威張ってみせた。

 

 

 

 




ここまで読んでいただきありがとうございます!

誤字、脱字、不自然な箇所等ありましたらご報告いただければ幸いです!

感想やリクエストなども是非お待ちしております!

お次は誰のlfストーリーが見てみたいですか?

  • シャロの続き
  • リゼ
  • チノ
  • ココア
  • 千夜
  • マヤ
  • メグ
  • 花深
  • 藤川
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