ご注文はうさぎです!Re   作:新生兎丸

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1.I have a high fever

「や、やりきった……やりきったぞ……」

 

 テスト最終日、最後の科目の終了を告げるチャイムが鳴り響いた瞬間、俺は机に突っ伏した。

 

 ようやく、あの地獄のような、精神と肉体をじわじわと削り取るような拷問期間を耐え抜いたのだ。手応えから察するに、なんとか赤点だけは回避できただろう。いや、回避できていてくれ、頼むから。

 

 思い返せば、今回のテスト期間は異常だった。

 

 柄にもなく、これまでの人生で初めてと言っていいほどまともに勉学という名の怪物と向き合った。

 

 だが、そもそも今回の試験範囲が広すぎるのが諸悪の根源だ。教科書何ページ分を暗記させる気だ? 

 

 この学校の上層部は加減の仕方というものを知らないのか。それとも、こんな理不尽なボリュームに平然と対応している周りの連中が異常なのか? 

 

 …………いや、こんな疑問を抱いているのは、学年広しと言えども俺だけかもしれない。

 

 何はともあれ、だ。

 

 結果はどうあれ、俺はこの地獄のテスト期間を乗りきった。その事実だけで、今は自分を全肯定してやりたい気分だった。

 

 「……ま、それもこれも、全部チノのお陰かな」

 

 小さく呟き、口元が緩むのを自覚する。

 

 テスト勉強で限界を迎えていた俺を救ってくれたのは、チノの温かくて柔らかい膝枕だった。耳元で囁かれる応援と、頭を撫でてくれる心地よい手のひら。あの至福の時間があったからこそ、俺の脳細胞は最後の最後で踏みとどまることができたのだ。

 

 ……まあ、その代償は決して安くはなかったが。

 

 運悪く、ラビットハウスに泊まりに来ていたマヤとメグにその現場をばっちり目撃され、翌朝まで散々からかわれ倒した。思い出すだけで顔から火が出そうだ。あの二人、下手に学校や周囲の連中に言いふらさなければ良いのだが……。

 

 いや、メグは大丈夫だろう。あの子はちゃんと節操を弁えている賢い子だし、俺たちの空気を読んで秘密を守ってくれるはずだ。問題は、あの茶目っ気たっぷりな悪ガキ気質のマヤである。ニヤニヤしながら煽ってきたあの顔が脳裏をよぎる。流石に心配をせざるをえない。

 

 「……まあ、その時はその時か」

 

 最悪、言いふらされたとしても堂々としていればいい。別にやましいことをしていた訳じゃない。ただ、ちょっと、年下の可愛い女の子に膝枕をしてもらってエネルギーを補給していただけだ。

 

 ……やっぱりマズイかもしれない。

 

 さあ、それはそうと。あとは教室の掃除と、退屈な帰りのホームルームを終えて、一刻も早く家に帰って泥のように眠るだけだ。

 

 自分に気合を入れるように、パンと両手で頬を叩く。

 ちょうどその時、授業間の予鈴が校内に鳴り響いた。

 

 その音を合図に、教室内で談笑していた女子生徒たちが次々に立ち上がり、それぞれの分担場所へと動き始める。ガタガタと机を引く音や、ほうきが床を擦る音が聞こえてくる。

 

 俺も自分の仕事を終わらせるべく、掃除用具がしまってある教室の後ろのロッカーへと近付いた。重い扉を開けようとしたその時、背後からおっとりとした、だがどこか含みのある声に呼び止められた。

 

 「芹沢くん。芹沢くんは、ゴミを捨てて来てもらっても良いですか?」

 

 振り返ると、そこにはクラスメイトの藤川が立っていた。手にはすでに大きめのゴミ袋を持っている。

 

 「了解」

 

 俺がそう言って藤川から袋を受け取り、ゴミ箱のセッティングに取りかかると、藤川は「ふふっ」と小さく上品に、けれどどこか楽しげに笑った。

 

 「テスト、本当にお疲れ様でした。なんだか、とてもやつれているように見えますよ? 魂が半分くらい口から出かかっています」

 

 「笑い事じゃないって。今回ばかりはマジで、文字通り命を削って頑張ったんだ。誰も褒めてくれないから、自分だけでも全力で褒め称えてやりたいね」

 

 「ふふ、そうですね。よく頑張りました。……ですが、今日はしっかり睡眠をとって下さいね? 寝不足は美容の敵ですし……何より、芹沢くんのその『綺麗な筋肉』に毒ですから」

 

 藤川はそう言うと、制服の上からでも分かる俺の肩や腕のラインへと視線を走らせた。ただ眺めるというよりは、まるで極上の食材を前にしたシェフか、あるいは美術品を鑑定する専門家のような、じっとりと品定めするような視線。

 

 そんな風にジロジロと肉体を見られるのはいつものことだが、どうにも慣れない。そもそも、慣れて良いものなのか……?

 

 俺はゴミ箱から新しい袋を取り出し、彼女の視線を遮るようにしながら苦言を呈する。

 

 「あのさ……その、品定めするような目はなんとかならんのか。獲物を狙う肉食獣みたいで、ちょっと怖いんだけど」

 

 「あら、すみません。……どうにも、くせなもので。魅力的な筋肉を見ると、ついじっくり観察したくなってしまうんです」

 

 藤川は悪びれる様子もなく、むしろお茶目に小首を傾げてみせた。

 

 「やれやれ……」

 

 これ以上突っ込んでも、彼女のこの独特なペースに巻き込まれるだけだ。

 

 俺は大きくため息を吐きながら、ずっしりと重くなったゴミ袋の結び目をきゅっと縛り、片手で持ち上げる。

 

 「んじゃ、行ってくる」

 

 「はい。よろしくお願いします」

 

 俺は賑やかな教室を後にし、校内のゴミ収集エリアへと向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せーりざーわさん!」

 

 廊下を歩いていると背後から不意に、遠慮のない勢いで肩を叩かれた。

 驚いて振り返ると、そこには見慣れた顔――花深が立っていた。

 

 あの土砂降りの雨の日、一つの傘に押し込められるようにして一緒に帰って以来、彼女とはまともに顔を合わせていなかった。だからだろうか、数字上の日数よりも、ずいぶんと久しぶりに会ったような気がする。

 

 ちょうど、預かりっぱなしになっている彼女の折り畳み傘をいつ返そうか、タイミングを見計らっていたところだった。向こうからこうして接触してきてくれたのは、俺にとっても非常に好都合だ。

 

 「良かった。お前に会いたいと思ってたんだよ」

 

 本心をそのまま口にすると、花深は「ちょっ……!」と短い悲鳴のような声を漏らし、そのまま硬直した。

 

 「な、なに言ってるんッスか……!」

 

 みるみるうちに顔を真っ赤に染め上げ、周囲の視線を気にするように、キョロキョロと首がねじ切れんばかりの勢いで辺りを見回し始める。挙動不審なんてレベルじゃないその慌てぶりに、俺は思わず首をかしげた。

 

 「言葉通りの意味じゃないって、頭では理解出来てるッスけど……! あまり人目につくようなところで、そんな誤解を招くような台詞を平然と吐かないで欲しいッス……!」

 

 「はぁ? 誤解も何も、お前に会えて良かったと思ってんのは本当のことで――」

 

 「す、ストップ! ストップッス芹沢さん……! それ以上はちょっと、私の心臓が持たないというか……なんというか……っ」

 

 花深は両手を前に突き出して俺の言葉を遮ると、衣服の上からでも分かるくらいに胸を上下させ、少し荒くなった息を整えようと深呼吸を始めた。もじもじと身を縮めながら、顔に上った熱を必死に冷まそうとしている。

 

 一体こいつは何に対してそんなにテンパっているんだ、と疑問を抱きながら見守っていると、ようやく彼女は落ち着きを取り戻したようで、上目遣いにこちらを睨んできた。

 

 「…………で、私に何か用があったんッスよね? 早く本題に入ってほしいッス」

 

 「ああ。この間の折り畳み傘を返したいと思ってさ。今日の放課後、ちょっと時間あるか?」

 

 そう問いかけた瞬間、さっきまでの殊勝な態度はどこへやら、花深の綺麗な瞳にいつもの悪戯っぽい光が戻った。

 

 「別にいつでも良いのに…………っ、はっ! さては芹沢さん、傘を口実にして、私の放課後を独占しようって魂胆ッスか!? ついに私への恋心にーー!」

 

 調子に乗ってニヤニヤと笑う彼女を見て、俺は目を細める。

 

 「あの折り畳み傘、質屋にでも持って行って売ったら、いくらくらいになるのかな……」

 

 「じ、冗談ッスよ! 待って、それ結構気に入ってるやつなんスから、勘弁して欲しいッスぅ!」

 

 一転して涙目になり、拝むように手を合わせてくる。本当に表情の忙しい奴だ。

 

 「ったく……。んで? 放課後は空いてるのか?」

 

 「まあ、傘を返してもらうくらいなら部活にも遅れずに行けそうッスから、大丈夫ッスよ」

 

 花深は少し照れくさそうに笑いながら、今度はちゃんと首を縦に振った。

 

 「それじゃあ、また放課後な。ちゃんと教室にいろよ」

 

 「了解ッス!…………っと、そう言えば芹沢さん、聞いたッスか?」

 

 今度こそ立ち去ろうと踵を返しかけた俺を引き留めるように、花深が思い出したように声を上げて、ひらひらと手を振った。まだ何か話し足りないことでもあるらしい。

 

 「 何をだ?」

 

 「転入生が来るって噂ッスよ、噂!」

 

 身を乗り出して声を潜める花深の言葉に、俺の心臓が一瞬だけドクリと跳ねた。

 

 ――ーー転入生。

 

 間違いない、母親から事前に知らされていた、あの幼馴染の『永菜』の件だ。

 

 まさかもう生徒の間にまで噂が回っているとは思わなかった。だが、ここで下手に肯定したり動揺を見せたりすれば、目の前の鋭すぎる野生の勘を持った女に何を詮索されるか分かったものじゃない。面倒な事態を避けるためにも、俺は平然を装って知らないフリを決め込むことにした。

 

 「いや、知らないな。初耳だ」

 

 「なんだか、かなりお固くて良いとこの学校から転入してくるみたいッスよ? なんでまた、こんな時期にわざわざうちの学校なんスかね?」

 

 「さあな。家庭の事情とか、色々とあるんだろ。あまり詮索してやるなよ」

 

 向うでの生活に馴染めなかったのか、それとも別の理由か。いずれにせよ、永菜が余計な好奇の目に晒されないよう、一応のフォローを入れてやる。

 

 「うぬぬ……そう言われると気になるッス。首を突っ込みたくなるのが、私達ジャーナリストの性分なんスよ」

 

 花深は人差し指を顎に当てて、いかにも難事件に挑む探偵のような顔つきで唸る。

 

 「いつからジャーナリストになったんだよ……」

 

 お前はただの、校内の小ネタを拾い集めてるだけの新聞部員だろうに。心の中でそうツッコミを入れつつ、俺は釘を刺すように言葉を続けた。

 

 「ま、首を突っ込むのもほどほどにしとけ。お前だって、他人に根掘り葉掘りつつかれたくないことの一つや二つ、あるだろ」

 

 「うぅ……。まぁ、それはそうッスけど〜」

 

 過去の失敗か、あるいは隠したい趣味でもあるのか、花深は図星を突かれたように少しだけ身を縮め、バツの悪そうな顔をした。

 

 よし、これでこの話題は終わりだ。

 そう胸を撫で下ろしかけた、その瞬間。

 

 「……それにしても芹沢さん、妙にその転入生の肩を持つッスね?」

 

 花深がすっと目を細め、値踏みするような視線を俺に向けてきた。

 

 「お、俺は一般論を言ってるだけだ。誰だって、転校初日からジロジロ見られたら嫌だろ」

 

 平静を装って返したつもりだったが、声がほんの少し硬くなった自覚はある。ヤバいな。こいつはこういう微かな違和感にめちゃくちゃ敏い。これ以上会話を続けたら、絶対にどこかでボロが出て永菜との関係を見破られる。

 

 「じゃあな。今度こそ本当に解散だ。また放課後な」

 

 俺は花深の反応を待たず、そそくさと背を向けた。逃げるように足早に歩き出し、無理矢理に会話をシャットアウトする。

 

 「あ、ちょっと、芹沢さん! まだ話は終わって……」

 

 背後から呼び止める声が聞こえたが、振り返らずに距離を取る。

 

 一歩、二歩と離れたところで、背中に突き刺さるような視線とともに、小さく、けれど確信を帯びたつぶやきが聞こえてきた。

 

 「………………怪しいッス」

 

 そのジト目で見つめられている気配を背中に感じながら、俺は冷や汗が流れるのを止められなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「よしと。これでお仕事完了、っと」

 

 ずっしりと重かったゴミ袋を所定の収集エリアに放り込み、パンパンと手についた埃を払う。大掃除の時期でもないのにやけにゴミが多かった気がするが、とりあえず俺に割り当てられた仕事はこれで終わりだ。

 

 あとは教室に戻って、適当にサボ……いや、他の連中の手伝いでもするだけだ。

 

 廊下に響く喧騒や、どこかの教室から聞こえてくる笑い声を聞きながら、来た道をのんびりと引き返していく。

 

 と、油断して歩いていたのが悪かったのだろう。曲がり角に差し掛かった瞬間、向こうから歩いてきた生徒とどんっと肩がぶつかってしまった。

 

「おっと。悪い、前見てなかった」

 

「こちらこそごめんなさーーって、あら? ジンくんじゃない」

 

 謝りながら顔を上げると、そこにいたのは見知った顔だった。

 

 艶やかな黒髪に、どこかおっとりとした空気を纏うクラスメイト。ぶつかった相手は千夜だった。彼女は一瞬驚いたように目を丸くした後、ふわりと柔らかい微笑みを浮かべる。

 

 「千夜か。どうしたんだ? 千夜もゴミを捨てに行く途中だったとか?」

 

 そう尋ねてみるものの、彼女の手にはゴミ袋らしきものは見当たらない。

 

 「ううん、違うの。ちょっとお掃除用具が足りなくなっちゃって、中庭にある用具倉庫に新しく取りに行く最中だったのよ」

 

 「なるほどな。でも、千夜が一人で校内を歩いてるのってなんだか珍しいな。いつもはココアとセットでくっついてるイメージがあるんだけど」

 

 俺が冗談めかして言うと、千夜はクスッと上品に笑いながら口元に手を当てた。

 

 「ふふっ、確かにそうね。でも、ココアちゃんは今、ものすごく張り切って窓を磨いているところなの。なんだか話しかけたら邪魔しちゃ悪いなと思って、私だけで抜け出してきたのよ」

 

 「光景が目に浮かぶな……」

 

 容易に想像がついてしまい、俺は思わず苦笑いをこぼした。

 

 あのココアのことだ。凄まじい勢いで雑巾を動かしているに違いない。勢い余って窓枠から身を乗り出し、そのままグラウンドに落ちそうなもんだから、考えるだけでおっかないヤツである。

 

 「……まあ、あいつのことはいいとして。良かったら用具運び、手伝おうか?」

 

 「ほんと? 実は結構な数の掃除用具が足りないみたいで、一人で一度に運びきれるか不安だったの。だから、男手があるとすごく助かるわ」

 

 千夜はパァッと表情を明るくして、嬉しそうに頷いた。

 

 それにしても、結構な数が足りなくなるって……一体この学校の備品はどうやって管理されてるんだよ。普通、掃除用具がごっそりなくなることなんてあるか? どこかのクラスが丸ごと隠匿でもしてないと計算が合わない気がするが。

 

 まあ、そんな些細な疑問を今ここで突き詰めても仕方がない。

 

 「じゃあ、さっそく行くとしますか。中庭の倉庫だったな」

 

 「ええ。頼もしい助っ人さんが増えて良かったわ」

 

 俺たちは並んで歩き出し、掃除用具が眠る中庭の倉庫へと向かって他愛のない雑談を交えながら廊下を進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うんっ!我ながらとってもキレイ!……あれ?千夜ちゃん?」

 

 大きく背伸びをしながら振り返ると、さっきまで隣で一緒に作業をしていたはずの親友の姿がどこにもない。代わりに、雑巾を片手に持ったクラスメイトの女の子が、おかしそうに私を見ていた。

 

「千夜なら、ココアが窓を一生懸命に拭いてる時に『ちょっと掃除用具室に行ってくるわね』って席を外したよ?全然気づいてなかったでしょ」

 

「なんですと!?」

 

 ガーン、と頭の中で効果音が鳴る。

  

 クラスメイトの子に教えてもらうまで、私は完全に自分の世界に入り込んでいたみたいだ。だって、窓ガラスの汚れがみるみる落ちていくのが楽しくて、ついつい夢中になっちゃったんだもん。

 

 まあ、それだけいっぱい頑張ったってことだよね!よし、自分を褒めてあげよう!

 

 そんな風に一人で納得していると、クラスメイトの子がニヤニヤとした笑みを浮かべながら、一歩距離を詰めてきた。

 

 「ねえ、ココア。前からちょっと気になってたんだけどさ……ココアって、あのジンっていう男子生徒と凄く仲良いよね?」

 

 「え?そ、そう見える……っ?」

 

 突然飛び出してきた名前に、心臓の鼓動が少し早くなる。

  

 ジンくん。

 

 いつもぶっきらぼうで、私が絡みにいっても素っ気ない態度ばかり取る男の子。

 

 だけど、周りのみんなから見れば、私とジンくんは「仲睦まじい関係」に見えているらしい。そう思った瞬間、なんだか胸の奥がくすぐったくなって、嬉しさが顔にだらしなく溶け出していく。

 

 だめだ、口角が勝手に上がっちゃう……!

 

 「ほら、なにニヤニヤしてんの~」

 

 「はっ!し、してないよ!ニヤニヤなんて、これっぽっちも!」

 

 慌てて両手で頬を押さえて誤魔化そうとしたけれど、もう手遅れだったみたい。クラスメイトの子は完全に引き下がらないモードに入っている。

 

 「はいはい、ラブラブで結構。それでそれで?実際のところ、いつから付き合ってるの?」

 

 「つ…………!?付き合う……!?」

 

 「付き合う」という単語の破壊力は凄まじかった。頭の中が真っ白になって、今度は顔中から火が出るんじゃないかっていうくらい、頬が熱くなっていくのが自分でもよく分かる。

 

 「え?嘘でしょ?もしかして付き合ってる訳じゃないの?あんなの、どう見ても付き合ってるカップルの距離感じゃん」

 

 「じ、ジンくんとはそんなんじゃないもんっ!…………それに、ジンくんは私の事、女の子だと思ってない……と思う、し…………」

 

 声がどんどん小さくなっていく。だって、ジンくんは私をからかってばかりだし、たまにお姉ちゃんらしくお説教しても、子供扱いして鼻で笑うんだから。

 

 「それはココアの勝手な思い込みでしょ~?あの素っ気ない態度だって、どうせ照れ隠しに決まってるじゃん。あ、もしかしてさ……」

 

 クラスメイトの子は顎に手を当てて、ふふん、と意味深に目を細めた。

 

 「もう他に、彼女がいたりして?」

  

 「えぇ!?な、なんでそう思うのっ!?」

 

 心臓がさっきよりも大きく跳ね上がる。彼女!?ジンくんに!?そんなの、一度も考えたことなかった……!

 

 「だってさ、ジンって顔は結構カッコイイし?背も高いし。ちょっとクールな感じでミステリアスだし、運動神経も抜群らしいじゃん?普通の女子高生なら、そのスペックだけで十分『彼氏にしたい!』って思うんじゃない?」

 

 「じ、ジンくんがモテる……ってこと……?」

 

 頭の中で、クラスの他の女の子たちに囲まれて、いつも通りの気怠げな態度で話しているジンくんの姿が再生される。

 

 ……た、確かにジンくん、黙っていれば顔は整っている方だし、スポーツをしている所は見たことないけど、お仕事してる時は悔しいけれどちょっと格好いいと思っちゃう時もある。

 

 もし、他の女の子たちがジンくんの魅力に気づいちゃったら……?

 

 「確証はないけどね。でも、もし私があいつから『付き合って』って言われたら、全然付き合ってみても良いかな~?とは思うよ。ちょっと翻弄されてみたいじゃん?」

 

 「や、やめた方が良いよ!?絶対に!」

 

 私は身を乗り出すようにして、必死に手を振った。

 

 「ジンくんってば、ああ見えてけっこう悪ふざけが激しいんだから!この前だって、年下の私達の妹みたいな女の子をからかいすぎて、本気で怒られてシュンってなってたんだからね!見た目に騙されちゃダメだよ!」

 

 「……随分と具体的なエピソードなんだけど。あ、そうか。ココアと彼って、一緒に住んでるんだっけ?」

 

「ま、まあね!ラビットハウスで一緒に暮らしてるけど……!」

 

「うわぁ……。一緒に住んでて、毎日あの距離感で過ごしてて、それで付き合ってないとなると、いよいよ引くわー。焦れったすぎるでしょ」

 

 「うぅ……い、良いでしょ別に!私の自由だもん……!」

 

 これ以上追及されたら、本当に心臓が爆発してしまうかもしれない。私は顔を真っ赤にしたまま、持っていた雑巾をぎゅっと握りしめて俯いた。

 

 そんな私の様子をじっと観察していたクラスメイトの子が、最後にトドメを刺すような、悪戯っぽい笑みを深めてこう言った。

 

「てかさ、ココア。ぶっちゃけ、彼の事好きなの?」

 

「……す……好きっ……!……かも…………」

 

 蚊の鳴くような声で、やっとの思いでそう呟いた。

 

 言っちゃった。あんなに頑なに認めないようにしていたのに、クラスメイトの子の真っ直ぐな視線に耐えかねて、ついに本音が零れ落ちてしまった。

 

 「かも」なんて、ちっぽけな予防線を張ってみたけれど、そんなの何の意味もないくらい、今の私の顔は真っ赤に熟したトマトみたいになっているに違いない。

 

 胸の奥がドクドクと、うるさいくらいの音を立てて波打っている。ジンくんの意地悪な笑顔や、たまに見せる優しい横顔が頭の中に次々と浮かんできて、もう心が支配されていくのが分かった。

 

 恥ずかしさのあまり、両手で顔を覆ってその場にしゃがみ込んでしまいそうな私を見て、クラスメイトの子は呆れたような、でもどこか温かい笑みを浮かべた。

 

 「ふ~ん……ま、頑張りなよ。応援はしてるからさ」

 

 ポン、と軽く肩を叩かれる。

 

 からかうような口調ではあったけれど、そこには確かな優しさが混じっていて、張り詰めていた緊張が少しだけ解けていくのが分かった。

 

 「あ、ありがと……でもでも!本当にジンくんには内緒にしてね!?」

 

 「はいはい、分かってるって。バらしても信じなさそうだけどねぇ……って、あれ?噂をすれば影、かな?」

 

 「えっ!?」

 

 クラスメイトの子の視線の先を追って、慌てて教室の入り口へと振り返る。

 

 心臓が口から飛び出そうになるのを必死に抑えながらドアの向こうを見たけれど、そこにいたのは別の男子生徒のグループだった。ジンくんの姿はどこにもない。

 

 「あはは!冗談だってば。そんなに分かりやすくビクビクしてたら、本当にすぐバレちゃうよ?」

 

 「もうっ!ひどいよー!心臓が止まるかと思ったんだからねっ!」

 

 ぷくーっと頬を膨らませて抗議する私を見て、彼女は楽しそうに笑っている。

 でも、冗談で済んだから良かったものの、私の心はまだバクバクと高鳴ったままだった。

 

 毎日同じ家で暮らして、毎日顔を合わせているジンくん。

 

 これまでは「お姉ちゃん」として接してきたつもりだったけれど……自分の本当の気持ちに気づいてしまった今、今日から一体どんな顔をしてラビットハウスへ帰ればいいんだろう。

 

 「ただいま」って言った時のジンくんのぶっきらぼうな声とか、夕飯を美味しそうに食べる姿とか、そんな些細なこと一つひとつに、これからは今まで以上にドキドキしちゃうかもしれない。

 

 「うぅ……どうしよう……」

 

 手元に残された雑巾を握りしめながら、私はこれから始まるであろう、これまでとは全く違うジタバタな毎日に、早くも頭を抱えたくなってしまう。

 

 そんな時。

 

 

「お待たせ~」

 

 のんびりとした、いつもの聞き馴染みのある声。ガラガラと教室のドアが開いて、掃除用具を両手に抱えた千夜ちゃんが戻ってきた。

 

 「あ、千夜ちゃんお帰ーー」

 

 いつもの調子で出迎えようとして――私の言葉は、途中でぴたりと凍りついた。

 

 千夜ちゃんのすぐ後ろから、バケツを持った見慣れた人影がひょっこりと姿を現したからだ。癖のついた黒髪に、ちょっと気怠げな表情。

 

 ジンくんだ。

 

 「途中でジンくんとバッタリ会って手伝ってもらったの。重いものばかりだったからとても助かったわ。ありがとう、ジンくん」

 

 「どういたしまして。まぁ、通りかかっただけだから気にすんな」

 

 千夜ちゃんが上品に微笑みながらお礼を言うと、ジンくんは照れくさそうに首の後ろを掻いた。

 

 さっきまでクラスメイトの子と、まさに彼のことで盛り上がっていたばかり。それなのに、まるで噂をすればなんとやらで本人が目の前に現れるなんて、どんなタイミングの悪さなの!?

 

 私の心臓は、さっきの冗談の時とは比べものにならないくらい、激しく警報を鳴らし始めた。胸の奥がうるさくて、顔が一気に熱くなっていくのが分かる。

 

 ジンくんは千夜ちゃんに預かっていた用具を渡すと、最後に視線をこちらへ向けた。

 

 「じゃあ俺はコレで戻るから。ココア、掃除サボんなよ~」

 

 いつもの、ちょっと意地悪で、私をからかうような軽い調子。

 

 いつもなら、胸を張って言い返せるはずなのに。

 

「う、うん…………」

 

 喉の奥から、絞り出すような小さな声しか出なかった。

 

 目すら合わせられなくて、私は持っていた雑巾に視線を落としたまま、ぎこちなく頷くことしかできない。

 

 ダメだ。

 

 いつもの天真爛漫なココアになれない。

 

 自分の気持ちを自覚した直後に、こんな至近距離でジンくんの声を聞いて、ジンくんの姿を見るなんて……どんな顔をしていいのか、全く分からなくなっちゃったんだもん。

 

「……? じゃあな」

 

 いつもならすぐに突っかかってくる私が妙におとなしいのを、ジンくんは少しだけ不思議そうな顔をして見ていたけれど、それ以上は何も言わずに回れ右をして、教室から立ち去って行った。

 

 遠ざかっていく彼の足音を、私は耳が痛くなるほどに意識してしまう。

 

 「ココア、分かりやすすぎ……」

 

 隣でクラスメイトの子がクスクスと忍び笑いを漏らしている。

 

 一方で、何も知らない千夜ちゃんは「あら?」と首を傾げて、不思議そうに私と入り口のドアを交互に見つめていた。

 

 ジンくんが去った後の教室で、私は真っ赤になった顔を隠すように、冷たくなった窓ガラスにそっとおでこを押し付けることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




ここまで読んで下さり、ありがとうございます!

不自然な箇所、誤字脱字ありましたらご報告いただければありがたいです!

感想、評価の程も是非お待ちしております!


次回に続きます!

お次は誰のlfストーリーが見てみたいですか?

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  • ココア
  • 千夜
  • マヤ
  • メグ
  • 花深
  • 藤川
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機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re(作者:ボルメテウスさん)(原作:ガンダム)

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総合評価:370/評価:7.25/連載:63話/更新日時:2026年06月03日(水) 01:30 小説情報


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