ご注文はうさぎです!Re   作:新生兎丸

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はい投下ぁ!!


3. I have a high fever

 ガラリと花深のクラスの扉を開けた瞬間、熱気と、それから特有の「匂い」が波のように押し寄せてきた。

 

 そこは案の定、というか予想を遥かに超えて、俺の教室以上に男子の気配が綺麗さっぱり消え失せた空間だった。パッと見渡す限り、むさ苦しい男の影なんてどこにも見当たらない。

 

 一応、この学校には俺以外にも数人の男子生徒が入学したという事は、風の噂程度に耳にしている。絶滅危惧種、あるいはツチノコ並みの確率とはいえ、学園のどこかには生息しているはずなのだ。だが悲しいかな、未だに校内で同性の姿を拝んだことは一度もない。つまり、現在の俺は完全に包囲されている。

 

 そんな完全アウェイの、息をするだけでも気まずい空間の中で、やたらと目立つ位置に座っている花深の姿をすぐに見つけた。俺は一刻も早くこの場を立ち去るため、足早に彼女の席へと歩み寄った。

 

「コレ、サンキューな」

 

 言葉少なに、借りていた傘を差し出す。

 

 その瞬間、周囲の女子生徒たちの視線が一斉にこちらに集まるのを感じた。好奇、不審、あるいは珍獣を見るかのような無数の視線。物理的な質量さえ持って肌をチクチクと刺してくる。痛い。とにかく迅速に、かつスマートに傘を彼女の机の横に立てかけ、俺は即座に回れ右をして退散しようとした。

 

 「あれ、想像以上に早かったッスね」

 

 しかし、花深は机の上に頬杖をついたまま、妙に感心したような声をあげて俺の背中に呼びかけてきた。

 

 「んじゃ、おつかれ」

 

 「帰るのも早いッスぅ! ちょっとくらい雑談していっても良いじゃないッスか~!」

 

 不満げに声を尖らせる花深の引き留めを背中で受け止めながら、俺は歩みを止めない。冗談じゃない。ただでさえ他人のクラスというだけで居心地が悪いというのに、ここは女子の比率が限界突破している魔境中の魔境だ。

 

 空間に充満する、柔軟剤だか制汗シートだか、あるいはシャンプーだかの甘い匂い。それらが混ざり合った特有の空気に当てられて、頭がクラクラとしてくる。これ以上長居したら、周囲の視線とプレッシャーで本当に胃に穴が空くか、その場に崩れ落ちる自信があった。

 

 そんな俺の内心の焦りを知ってか知らずか、花深は思い出したように声を弾ませた。

 

 「そう言えば、芹沢さん呼ばれてたッスけど、何かやらかしたんッスか?」

 

 その言葉に、俺は思わず足を止めて振り返った。

 

 「お前までそう言うか」

 

 「だって学園長室ッスよ~? 普通に生きてて呼ばれる場所じゃないッスもん。何かやらかしたとしか思えないじゃないッスか~」

 

 コイツも藤川と同じようなことを言いやがる。どいつもこいつも、どんだけ俺に対する信用が薄いんだ。俺の普段の行いのどこに学園長室に呼び出されるような要素があるというのか。呼び出された事実は変わらんが。

 

 「なんにもやらかしてねぇよ。……もういいだろ、俺は帰る」

 

 これ以上の追及を避けるように、今度こそ扉へ向かおうとする。

 

 「あ! じゃあじゃあ! 一緒に帰らないッスか?」

 

 背後から、椅子を引く賑やかな音と共に花深が提案してきた。

 

 俺は一瞬だけ足を止め、小さく息を吐き出す。

 

 「…………まあ、別に良いけど」

 

 断る明確な理由もないし、どうせ帰り道も途中まで一緒だ。一人で女子の視線に晒されながら校門をくぐるよりは、騒がしいのが隣にいた方が、少しは盾になってくれるかもしれない。

 

 「よっし! じゃあ帰るッス!」

  

 俺の返答を聞くや否や、花深は嬉しそうに声をあげた。

 

 机の横の傘を器用に鞄にしまい、弾むような動作で椅子から立ち上がる。その迷いのない明るさに少しだけ救われながら、俺は今度こそ、その息苦しい教室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「いや~、最近面白いスクープに出くわさないッス~。芹沢さんバナナの皮で滑って転んだりしませんかね?」

 

 俺の少し前を歩きながら、花深がそんな物騒なことをのたまう。

 

 スクープに飢えているのは分かるが、だからといって身近な人間を勝手に漫画の登場人物か何かのように扱わないでほしい。

 

 「そんな絵に描いたような展開が起きると思うなよ」

 

 ため息交じりに返すと、花深はあからさまに唇を尖らせて不満を表現した。

 

 「ちぇー。面白くないッスね~。でもでも! 芹沢さんと一緒に帰れば何かスクープが生まれるかもッスからね!」

 

 「何事もなく帰りたい……」

 

 本心を言えば、これに尽きる。

 高校生の帰り道なんて、景色を眺めながら今日の晩飯について考えるくらいの平穏さでちょうどいいのだ。わざわざ事件やハプニングの種を蒔きながら歩きたくはない。

 

 「大丈夫ッス! 何か起きた暁には、バッチリボクのカメラに納めるッスから!」

 

 何が大丈夫なのか、こちらの心配とは完全にベクトルがズレている。

 

 花深は首からぶら下げた相棒――愛用のカメラを愛おしそうに、そしてどこか自慢げに両手で構えてみせた。ファインダーの向こうから向けられる好奇心に満ちた視線は、獲物を狙うそれと大差ない。

 

 「何が大丈夫なのかも分からんし、バッチリ納められたくないんだが……」

 

 もし本当にバナナの皮で滑るような間抜けな姿を晒したとして、それを嬉々としてレンズに収められる側の身にもなってほしい。

 

 呆れ半分、諦め半分で歩調を緩めると、花深は悪びれる様子もなくヘラヘラと笑いながら、再び俺の歩幅に合わせて嬉しそうに隣を歩き始める。

 

 するとーー。

 

 「あ、すみませんっ」

 

 ほら見ろ、言わんこっちゃない。

 

 カメラを構えてはしゃぎながら前を見ていないからそうなるんだ。案の定、前方を歩いていた通行人に花深が肩をぶつけていた。

 

 「大丈夫」

 

 ぶつかられた通行人は、特に怒る風でもなく、それだけ短く残して足早に去っていく。

 

 幸いにも大きなトラブルにはならなさそうだ。俺はそちらに脇目も振らず、花深の注意散漫さに内心で呆れながら、そのまま足を前に進めていた。

 

 背後から、花深がなおも恐縮して頭を下げている気配が伝わってきた、まさにその瞬間だった。

 

 ――ドゴッ、と。

 

 およそ日常の通学路では耳にしないような、鈍く重い衝撃音が鼓膜を震わせ、同時に凄まじい衝撃が俺の背中に炸裂した。

 

 冗談抜きで、背後から全力のドロップキックでも叩き込まれたのかと思った。衝撃で肺の空気が強制的に押し出され、視界がぐらりと傾く。身体が面白いように前のめりになり、容赦なくアスファルトの地面へと投げ出された。

 

 反射的に腕を突き出し、すんでのところで無様な顔面打撲だけは回避して受け身を取る。

 

 手のひらにピリピリとした痛みが走るが、そんなことを気にする余裕はなかった。一体何が起きた。テロか、あるいは新手の通り魔か。

 

 痛む背中を押さえ、警戒を最大級に跳ね上げながらすぐさま振り返る。

 

 そこに立っていたのは、そんな暴挙に及ぶとしかは思えない、そして俺にとっては見紛うはずもない人物だった。

 

 「へぇ~。久しぶりに会った幼馴染みに対して、挨拶すらないんだ」

 

 不機嫌そうに、けれどどこか楽しげに目を細め、こちらを見下ろしているその顔。

 

 バナナの皮どころではない、とんでもないハプニングの張本人の登場に、俺は地面に手をついたまま呆然と立ち尽くすしかなかった。

 

 「え、永菜――!?」

 

 床に手をついた姿勢のまま、俺の口から上ずった声が漏れる。

 

 間違いない。そこに立っていたのは、少し前に母親から聞かされていた幼馴染みの永菜だった。俺の通う高校へ転入してくるという話は確かに耳にしていたが、まさかこんな最悪のタイミング、かつ背後からの物理攻撃という形でエンカウントするなんて誰が予想できるか。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 横を見ると、さっきまでスクープを欲しがっていた花深が、永菜のしでかした文字通りの暴挙を目の当たりにして冷や汗を流しながら完全に硬直していた。自慢のカメラを構えることすら忘れ、ただただ圧倒されている。

 

 「な、なんでここに……?」

 

 痛む背中をさすりながらどうにか立ち上がり、掠れた声で問いかける。すると永菜は、眉間に思いきり青筋を立てて俺に詰め寄ってきた。

 

 「なんでここにだって……? おばさんからなにも聞いてないの!?」

 

 「うおっ!?」

 

 次の瞬間、永菜の手が俺の制服の胸ぐらをガシッと掴んだ。女の子のものとは思えない強い力で、そのまま俺の身体を前後左右へとブンブンと思いっきり振り回し始める。

視界が目まぐるしく回転し、脳が揺れる。挨拶代わりのドロップキックの次はこれか。相変わらず、バイオレンスさは健在らしい。

 

 「き、聞いてる! 聞いてたって! けど、もうこの町に来てたなんて思ってなかったから……!」

 

 振り回され、ネクタイが首に食い込みそうになりながらも、俺は必死に弁明の言葉をまくし立てた。これ以上彼女の怒りを買えば、次はどんな技が飛んでくるか分かったものではないからだ。

 

 「ふーん……まっ、そういうことにしておいてあげる」

 

 永菜はようやく満足したのか、掴んでいた俺の胸ぐらをパッと離した。

 

 解放された反動で少しよろめきつつ、俺は乱れた襟元を整える。相変わらずなんて横暴なヤツなんだ……。理不尽の塊のような幼馴染みの健在ぶりに、早くも頭が痛くなってきた。

 

 「んで、何してたんだよこんなとこで……」

 

 未だに首を傾げてこちらの様子を窺っている花深を背に隠すようにしながら、俺は永菜に問いかけた。

 

 改めて彼女の姿に目をやると、着ているのは俺たちの高校の制服ではない。どこか品のある、見たことのないデザインの制服に身を包んでいる。おそらく、前にいた高校の制服なのだろう。

 

 「家から学校までのルートを把握しておこうと思って。来週から登校するし」

 

 なるほど、下見というわけか。相変わらずそういうところは妙にマメというか、行動力がある。

 

 永菜は腕を組んで納得したように頷いていたが、ふと、俺が着ている制服に目を留めると、その口元が邪悪な形に吊り上がった。

 

 「ていうか……くくっ、本当に元女子高に入学したんだ……ウケるっ」

 

 こらえきれないといった様子で、肩を震わせてクスクスと笑い始める。その小馬鹿にしたような笑い方に、俺は思わず顔をしかめた。

 

 「悪いかよ……」

 

 「べっつにぃ~? ジンは中学の頃から女子とつるむこと滅多になかったから、青春を高校で取り返そうとしてんのかなって」

 

 これ見よがしに人差し指を顎に当て、わざとらしいおどけたトーンで永菜が言ってくる。

 

 青春を取り返す、ときたか。そんな大層な目的があってこの学校を選んだわけじゃない。単に家からの距離とか学力とか、現実的な理由が重なっただけだ。

 

 反論しようと言葉を探すが、中学時代の俺の引きこもり気味な交友関係をすべて握られている手前、どうにもバツが悪くて言葉が詰まってしまうのだった。

 

 「そっちの子は?」

 

 俺をからかい終えて満足したのか、永菜の視線がすっと俺の背後へと移動した。

 

 完全に興味の対象が、さっきから気配を消して固まっていた花深へと移ったらしい。嫌な予感がする。この肉食獣のような幼馴染みのターゲットにロックオンされるのは、精神衛生上よろしくない。

 

 「え、なに? 彼女?」

 

 「ちげぇよ」

 

 間髪入れずに否定する。すると永菜は、やっぱりねと言わんばかりにニヤニヤと笑いながら肩をすくめた。

 

 「知ってる。ジンにこんな可愛い彼女ができるわけないしね」

 

 「か、可愛いかぁ~?」

 

 永菜の物言いに、ついそんな言葉が口をついて出た。いや、客観的に見れば十分に可愛い部類なのだろうが、普段のあいつの調子の良さやコミカルな行動を知っている身としては、素直に頷くのはどうにも気恥ずかしい。

 

 「そ、それは聞き捨てならないッスよ! 芹沢さん!」

 

 俺の失礼な呟きに、花深が背後からすかさず抗議の声を上げる。

 

 だが、永菜はそのやり取りすら楽しむように、俺を肩でグイッと乱暴に突っぱねてどかした。よろめく俺など視界にも入れず、そのまま花深との距離を文字通りゼロにする勢いで詰め寄っていく。

 

 「ねぇねぇ、君名前は?」

 

 「か、花深ッス……!」

 

 「じゃなくて。下の名前は?」

 

 永菜はさらに一歩踏み込み、お互いの息がかかるほどの距離まで顔を近付けた。

 

 端正な顔立ちの永菜にそこまで至近距離で見つめられ、花深の余裕は一瞬で消し飛んだらしい。大きな目をパチくりとさせながら、その頬がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。

 

 「ゆ、由々亜……」

 

 「由々亜ちゃんね。かーわいっ」

 

 永菜の細い指先が、花深の柔らかそうな頬にそっと添えられた。

 

 完全にキャパシティをオーバーした花深は、じわっと目に涙を浮かべながら、俺の方をすがるような、助けを訴えるような瞳で見つめてくる。さすがにこれ以上はおもちゃにされて可哀想だ。

 

 「おーい。花深困ってるだろ。そこまでにしとけ」

 

 見かねて二人の間に割って入るように声をかけると、永菜は「あはは」と悪びれずに笑った。

 

 「ごめんごめんっ」

 

 パッと永菜が顔を離した瞬間、花深は救われたと言わんばかりに、そそくさと俺の背中へと滑り込んできた。俺の制服の裾をぎゅっと掴み、盾にするようにして身を隠す。

 

 「由々亜ちゃんがあまりに可愛いから見惚れちゃってた。ごめんね」

 

 「ど、どうもッス……」

 

 俺の背中から、恐る恐る顔だけを半分覗かせて、蚊の鳴くような声で礼を言う花深。すっかりお淑やかになってしまった同級生の様子に、俺はもう一度深いため息をつく。

 

 「出来の悪い幼馴染みの様子も見れたし、可愛い子にも会えた。下見のために外出て良かった~」

 

 永菜は満足そうに大きく伸びをしながら、これ以上ないくらい身勝手な感想を口にした。

 

 出来の悪いとは心外だ。突如背後から奇襲を仕掛けてきたのはどこのどいつだと声を大にして言いたい。が、これ以上こいつのペースに付き合っていたら、こちらの身が持たないのは明白だった。

 

 「もう良いか? 俺達はそろそろ帰るぞ」

 

 俺の背中にぴったりと隠れたまま、未だに小さくなっている花深を庇うようにして、永菜に告げる。早くこの場を解散して、当初の目的通り何事もなく平穏に帰路につきたい。 

 

 すると、永菜は「あ、そうだ」と思い出したようにポケットに手を突っ込んだ。

 

 「ほいっ、これ」

 

 そう言って、躊躇いもなく俺の胸元に向けて何かを放り投げてきた。

 

 放物線を描いて落ちてきたのは、小さく丸められたくしゃくしゃの紙切れだ。ゴミを押し付けられたのかと思って一瞬顔をしかめそうになったが、手の中でそれを丁寧に広げてみる。そこには、殴り書きのような見覚えのある筆跡で、数字の羅列が書かれていた。

 

 「私の連絡先。追加しといて。分かんないことあったらジンに色々聞くから」

 

 本当に相変わらず、どこまでも自分中心に世界が回っているやつだ。せめてもう少し綺麗に畳んで渡すとか、そういう殊勝な心掛けは連れてこれなかったのだろうか。

 

 とはいえ、来週から同じ学校に通うとなれば、嫌でも連絡を取り合う機会は増えるだろう。

 

 「……了解。気が向いたらな」

 

 そうボヤきながら紙切れをポケットに仕舞い込む俺を見て、永菜は「絶対すぐ追加しなよ!」と念を押すと、立ち去っていった。

 

 「あ、嵐のような人ッスね……」

 

 永菜の後ろ姿が完全に雑踏へと消えていくのを見届けてから、俺の背後で花深がようやく深い、深い息を吐き出した。

 

 緊張の糸が切れたのか、俺の制服を掴んでいた手の力が緩み、恐る恐るという様子で横から顔を覗かせる。その表情は、文字通り超大型の台風にでも直撃したかのように疲れ果てていた。

 

 「あんな感じでも、有名な高校から複数声がかかる位優秀だけどな」

 

 ポケットの中のくしゃくしゃの紙切れに触れながら、俺は幼馴染みの、一応は認めざるを得ない事実を告げた。

 

 あいつのあの破天荒でバイオレンスな性格だけを見れば、ただの危険人物にしか思えないだろう。だが、昔から学業にしろ何にしろ、やることなすこと異常なほど器用にこなす奴だったのも確かだ。だからこそ、周りもあの傍若無人ぶりを大目に見てしまうところがある。

 

 「ひ、人は見かけによらないんッスね……」

 

 花深はまだ頬に赤みが残る顔で、信じられないと言わんばかりにパチパチと瞬きをした。

 

 普段ならカメラを引っ提げて突撃していくはずの、あのうるさい花深が、ここまで完璧に圧倒されているのを初めて見た。あの距離感のバグったゼロ距離アプローチは、花深にとっても完全に想定外の天敵だったらしい。

 

 俺は疲れ切った様子で首を振る花深を促し、今度こそ静かになった帰り道を再び歩き始めるのだった。

 

 

 




ここまで読んで下さりありがとうございます!

誤字、脱字、不自然な箇所等ありましたらご指摘いただけるとありがたいです!

次回もお楽しみに!
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