ご注文はうさぎです!Re 作:新生兎丸
「……」
ココアに起こされ、そのまま食卓について朝食をとっているのだが——どうにも雰囲気がおかしい。
妙に空気が重いというか、変な緊張感が漂っているというか。とにかく、いつもの賑やかな朝とは明らかに違っていた。
「ココア、ソース取ってくれ」
「え!? あ、う、うん! はいっ」
受け取る際、ふと互いの指先が触れ合う。
「うひゃあぁ!?」
まるで電気でも走ったかのように体をビクッと跳ねさせ、ココアはガタッと椅子を鳴らして立ち上がった。
そ、そんなに俺の手が触れるのが嫌だったのか……?
あまりの反応に引きつつも、申し訳なくなって声をかける。
「わ、悪い」
「はっ! ぜ、全然っ! 大丈夫だから気にしないでっ!」
顔を真っ赤にしたココアが、ブンブンと激しく首と手を振る。
普段なら遠慮なく腕を組んできたり、ハイタッチを交わしたりするやつが、指先が触れただけでここまでパニックになるなんて一体どうしたというんだ。
「きょ、今日のココアは一段と変だな。チノ、そう思わないか?」
救いを求めるようにチノへ話題を振ってみたのだが——
「そう……ですね」
チノはどこか心ここにあらずといった様子で、ポツリと呟くだけだった。
いつもなら呆れた顔でココアを咎める軽口の一つでも飛ぶ場面だ。しかし今のチノは、ココアに対して露骨に距離を置いている。出会った当初のよそよそしさとも違う、どこか意識しすぎているようなぎこちなさがあった。
それは俺に対してだろうか?
そうだとしたら……え!?
俺また何かやらかした……!?
冷や汗が流れたが、その焦りはすぐに打ち消されることになる。
「……目玉焼き、ジンさんの好きな半熟にしてみたんですけど。うまく出来ていますでしょうか?」
「ん? あ、ああ。すごく上手だよ。まさに俺好み」
「良かったです」
俺に向けられる視線と声はどこまでも柔らかく、素直に喜んだ笑顔を咲かせてくれる。
しかし、ココアの存在が視界に入った途端、チノの表情は再びすーっと硬くなってしまうのだ。
かといって、以前パズルのピースの件で揉めた時のような、分かりやすい怒りの空気とも違う。
俺に対してはいつも通り。いや、それ以上に甘い。なのに、ココアが絡むと二人してギクシャクし出す。一体この二人の間に何があったのだろう?
「ご、ごちそうさま! チノちゃん! 美味しかったよ!」
「あ、おいココ——って、行っちまった……」
急に目玉焼きとトーストをガツガツと口へ放り込み、あっという間に完食したかと思えば、嵐のように階段を駆け上がって2階の部屋へ戻っていってしまった。
「な、なんなんだ一体……」
◇
残された静かな食卓。朝食を終え、俺はココアがいなくなったのを見計らって立ち上がった。水場へ向かい、皿洗いを始めようとするチノの隣にそっと並んで立ち、空いた皿に手を伸ばす。
「あ、ジンさん。今日は私の当番ですので、大丈夫ですよ……?」
「いや、手伝いながらちょっとチノに聞きたいことがあってさ」
「私に、でしょうか……?」
泡だらけの手を止め、コテンと小さく首を傾げるチノ。
「ココアと何かあったのか? なんだか今日、二人の雰囲気がちょっと変だったというかさ」
洗剤の泡をすすぎながら、何気なさを装って訊ねてみる。
「いえ……ココアさんと特に何もありませんよ? 私には、いつものココアさんに見えましたが……」
「……そうか?」
返ってきた答えは、あまりにも優等生すぎた。
伏せられたチノの長いまつ毛が微かに揺れ、目線が露骨に俺の手元から逸れている。必死に皿洗いに集中しようとしているその横顔は、どう見ても不自然だ。
何かを隠している——。
いつものクールなポーカーフェイスというよりは、表情が若干引きつっているように思えた。
「悪いな、変なこと聞いて」
「いえ……全然大丈夫です」
これ以上深掘りしても、今のチノから聞き出すのは難しそうだ。
こうなったら、ココアに直接聞くしかないな。
アイツならちょっと揺さぶれば簡単に吐くだろうし、そもそも隠し事が下手だからすぐにボロを出すはずだ。チノよりずっと尋問しやすい。
俺は心の中でターゲットを切り替え、皿を拭く手に少しだけ力を込めた。
皿洗いを手早く済ませ、ちょっとココアの様子を見てくるとチノに告げて2階へと向かう。
ココアの部屋の前に立ち、ドアを二回ノックした。
「ココア、入るぞー」
「ひゃいっ!? ち、ちょっと待ってジンくん! 今、部屋が散らかってるというか、心の準備が……ああっ、まだ来ちゃダメぇ!」
中から派手な物音と、明らかに焦りきった声が聞こえてくる。心の準備とは一体何なんだ。
俺は躊躇することなくドアのノブを回して中へ入った。
「うわあああ! 入ってきちゃったぁ!」
ベッドの上でクッションをぎゅっと抱きしめ、顔を真っ赤にしたココアがそこにいた。頭のうさぎの髪飾りまで心なしかピンと立っている気がする。
「お前なぁ、朝から露骨に挙動不審すぎるだろ。一体どうしたんだ?」
俺は腕を組み、ゆっくりとベッドへ歩み寄る。逃げ場を無くすように、ジリジリと距離を詰めていく。
「な、なんのことかな〜っ!? わたしはいつも通りの元気いっぱいなココアお姉ちゃんだよ!?」
「嘘つけ。朝食のとき、手が触れただけで跳び上がってたろ」
「うぐっ……! そ、それは……その……っ」
図星だったらしく、ココアはクッションに顔を半分埋めて絶句した。目線をあちこちに泳がせ、汗をたらたらと流している。
俺は少し身を乗り出し、ココアの顔を覗き込むようにして尋問のトーンを強めた。
「チノに聞いても誤魔化された。だけどお前たちの間に何かあったのは間違いなさそうだ。お前が吐かないなら、このままチノに『ココアが全部教えてくれたぞ』ってカマをかけて聞き出す手もあるんだぞ?」
「そ、それはダメぇ!」
バンバンとクッションを叩いて抗議してくるココア。
「なら素直に話せ。俺が何かやらかしたなら謝るし、二人で喧嘩したんなら仲裁する。……だろ?」
語気を和らげてそう言うと、ココアは「うぅ……」と小さく唸り、ぎゅっと目をつむった。
「……喧嘩じゃないし、ジンくんが何かしたわけでもないよ……」
「じゃあ何なんだ?」
「そ、それは……言えないぃ……」
絞り出すような声に、俺は小さく息を吐いた。
「まあ……しゃあなしか」
「ご、ごめん……」
「いや、むしろ問い詰めるような真似して悪かった。俺のせいでも喧嘩でもないなら、それならいいんだ」
ココアはほっと胸を撫でおろすように安堵の息を漏らした。
「……でもココア、お前最近なんか俺に対してよそよそしくないか?」
「ふぇ!? そ、そんなことないよ!? い、いつものお姉ちゃんだよ!?」
明らかに慌てふためくココア。
「なんでもいいけどさ……お前によそよそしくされると、その……なんか、寂しい」
「え…………?」
「あ、いや、なんでもない。忘れろ!」
思わず口をついて出た自分のセリフに耐えがたい気恥ずかしさが押し寄せ、俺はさっさとココアの部屋から退散した。
「な……何を言ってるんだ、俺は……」
廊下に出た俺は、熱くなった自分の顔を覆いながら、一人小さく頭を抱えた。
◇
バタン!と重い音を立ててドアが閉まり、部屋には急激な静寂だけが残された。
私はベッドの上でクッションを抱きしめたまま、完全にフリーズしていた。
「え……? え……えええっ!?」
頭の中で、さっきのジンくんの言葉と真っ赤な顔が、何度も何度もリフレインする。
『その、なんか……寂しい』
耳まで真っ赤にして逃げるように出て行ったジンくん。
いつも冷静で、ちょっと意地悪で、大人ぶっているあのジンくんが。私の目の前で、あんなに顔を赤くして、あんなにわかりやすく照れて……!
「……か、かわいすぎるよぉぉぉっ………!!」
耐えきれなくなって、私はクッションに顔をうずめ、バタバタとベッドの上で足を暴れさせた。
顔が熱い。胸の奥が痛いくらいにドクドクと跳ねている。
頭のうさぎの髪飾りがぽろりと落ちそうになるのも構わず、私はベッドの上を転がり回った。
ずるいよ、あんなのズルすぎる!
いつも私に振り回されて、大変な思いをしてるのに私に付き合ってくれる。そんな彼のあんな表情を見せられたら、余計に胸がキュンとして破裂しちゃうじゃない!
……でも。
ふと身体の動きを止め、私はぼんやりと天井を見上げた。
熱を持った頬にそっと手を当てながら、小さく、重い息を吐き出す。
「寂しい、かぁ……」
……ごめんね、ジンくん。
本当はね、よそよそしくしたくてそうしてたわけじゃないんだよ。
『君のことが好き』って素直に言えたら、どれだけ楽なんだろう。
でも、もしその一言を口にしてしまったら……今のこの温かくて大好きな関係が、壊れてしまうかもしれない。
それが怖くて、ジンくんとどんな顔をして接したらいいかわからなくなって、勝手に焦って、空回りして、変に距離を置いてしまっていたんだ。
なにもかも、私に勇気がないだけ。
ジンくんがくれた素直で不器用な言葉が愛おしいはずなのに、自分の意気地なさが情けなくて、胸の奥がキュッと締め付けられる。
「よしっ! 次からはちゃんと、いつものココアとしてジンくんと接しよう! うん、決めた!」
両手で自分の頬をバシッと強く叩いて、気合いを入れる。
手のひらに残るジーンとした熱さが、重たくなりかけていた思考を吹き飛ばしてくれた。
勇気が出ないのは変わらない。
好きっていう気持ちを言葉にするのは、まだやっぱり怖くてたまらないけれど。
でも——ジンくんに「寂しい」なんて悲しそうな思いをさせちゃうのは、もっと嫌だ。
今度は私から、ジンくんを驚かせるくらい元気にいかなくっちゃ。
「よし、わたしは頼れるココアお姉ちゃんだもんね!」
ベッドから降りて鏡の前に立つと、少し乱れていたうさぎの髪飾りをピンと整えた。
鏡に映る自分の頬はまだ少し赤いけれど、さっきまでの迷い顔からはちゃんと脱却できている。
笑顔の練習として、鏡に向かって「にこっ」といつものとびきりの笑顔を作ってみせた。
「よし、完璧!」
変に意識して避けたりしないで、ちゃんとジンくんの目を見て、いつものように明るく話しかけよう。
「……でも、どうしてチノちゃんは今日の朝よそよそしかったんだろう?」
ぽつりと漏らした疑問が、静かな部屋に溶けていった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
誤字、脱字、不自然な箇所等がありましたらご報告頂けると幸いです!
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