ご注文はうさぎです!Re 作:新生兎丸
どうぞお楽しみください!
昨日から石畳と木組みの町で新しい生活を送ることになった。高校の入学式はまだ先だけど、下宿先でのご奉仕はもう始まっている。香風さんの経営してる喫茶店『ラビットハウス』で。仕事仲間も結構賑やかな奴らだ。
いつも笑顔を絶やさない天真爛漫なココアに、寡黙だがコーヒーに関する知識が豊富なチノ。そして、仕事が出来て、肉体的にも頼りになる軍人気質のリゼ。今はこの三人と一緒に仲良く働かせてもらっている。
「リゼちゃん!シスターコンプレックスだねってお客さんに言われたんだ~。シスターコンプレックス~、シスターコンプレックス~!」
「し、シスターコンプレックス……?」
さっき、あまりにもココアがチノにベタベタしているから、客にシスターコンプレックス、もといシスコンだって言われていた。何故かそれを自慢気に言いふらしてる……。
「ち、チノ……あいつ意味分かってるのかな?」
「ただ響きがカッコいいからと気に入ってるだけです。早く何とかしないと……」
昨日、ココアに対する、チノが発したお姉ちゃんという言葉。あれのせいでチノは就寝までココアに付きまとわれていた。ココアの目がずっとギラギラしててちょっと怖かったし……。
◇
シーツの隙間から滑り込んできた朝日が、まぶたの裏をオレンジ色に染めている。都会の喧騒とは無縁の、石畳の街の静かな朝。ここでは時間が少しだけゆっくり流れているような気がする。
目が覚めた瞬間、自分の部屋ではない天井を見上げて、一瞬だけ戸惑う。けれど、すぐに思い出した。ここは、俺の「家」なのだということを。
寝ぼけ眼のまま窓際に歩み寄り、厚手のカーテンをそっと引く。そこには、まるで絵本の世界に迷い込んだかのような、木組みの街並みが朝陽に照らされて広がっていた。
まだ人通りはまばらだ。
朝露に濡れた石畳がキラキラと光を反射していて、ラビットハウスと同じような、伝統的な木組みの建物が規則正しく並んでいる。遠くにちょうど鳩の群れが飛び立っていくのが見えた。
「さてっ……とりあえず着替えますかね」
まずは形から入るのが大切だ。寝間着を脱ぎ置いて持ってきた荷物の中から学校の制服を取り出した。鏡の前で身だしなみを整えると、少しだけ「ラビットハウスの住人」としての実感が湧いてくる。着替えることで、朝のぼんやりとした眠気が消え、背筋が自然と伸びた。
今日から登校と言うわけではないが、俺は高校の特待生ということもあって、一度学園長と面接をしなければならない。だからこうして早起きまでして支度をしているというわけだ。チノとココアはおそらくまだ寝てる。静かにここを出ていかなければ。
部屋を出て、ギシリと鳴りそうになる床の節を器用に避けながら階段を降りた。一階の喫茶スペースには、コーヒー豆の残り香が微かに漂っている。
タカヒロさんの姿が見えないが、バータイムは終了したのだろうか?
足音を殺し、鍵を開ける音に細心の注意を払う。誰にも見つからないように。
「……行ってきます」
心の中で小さく呟き、重い木製のドアを静かに開けた。
一歩外へ出ると、ひんやりとした、けれどどこか甘い春の空気が鼻腔をくすぐった。
遠くで鳴く鳥の声と、自分の足音だけがリズムを刻んでいる。独り占めした朝の景色に少しだけ後ろめたさを感じつつも、新しい学園生活の期待を胸に、学校へと向かう歩みを早めた。
遠くの方で、早起きの職人たちが窓を開ける音がした。「おはようございます」と、誰に言うでもなく呟いてみる。
この町の彩りに心奪われ、気付けば目的地が近付いてきた。
重厚な鉄門をくぐり、青年は初めて足を踏み入れる校舎を見上げた。まだ登校時間には早く、校庭を横切る風だけが砂を小さく巻き上げている。真新しい靴が、誰もいない昇降口のコンクリートを叩いた。その音は妙に高く響き、彼がこの場所にとってまだ「異物」であることを強調しているようだった。
校舎はまだ眠りの中にあるかのように静まり返っていた。掲示板の案内を頼りに、最上階にある「学園長室」へと向かう。
重厚なドアを前にして、一度深く呼吸を整える。
「よしっ……」
俺は覚悟を決め、ドアをノックした。
◇
「緊張したぁ……」
面接を終えた俺は帰路に着く。
面接とはいっても、今後の学園生活に不安がないかどうかのメンタルケアみたいなものだった。女子校から共学になって初めての男子生徒が上手くやっていけるか、学校側も不安だったのだろう。そうやって気を配ってるのか。良い学校じゃないか。
そんなことを考えながら、下宿先である「ラビットハウス」への道を辿っていく。
朝、学校に向かった時の頭の中の記憶と街並みを交互に見比べ、うろ覚えの中、角を曲がったその時。
甘く、どこか懐かしい香りが鼻をくすぐった。
香りの主を探して顔を上げると、そこには一軒の趣深い和菓子屋が佇んでいる。
「甘兎庵」と書かれた暖簾が、穏やかな風に揺れる。その店先に、彼女はいた。漆黒のように艶やかな長い髪をなびかせ、上品な所作で立て札を整えている少女。
「……良い香りだな……」
思わず声を漏らすと、彼女はゆっくりとこちらを振り向き、ふわりと花が咲くような微笑みを浮かべ、
「あら、迷子さんかしら? それとも、甘い誘惑に誘われてしまったのかしら」
彼女の言葉は、まるで歌うような心地よいリズムを持っていた。
「その……この先のラビットハウスに帰る途中で……」
「まあ、ラビットハウスの方でしたのね~。私は宇治松 千夜。この『甘兎庵』の看板娘です」
千夜と名乗った彼女は、いたずらっぽく目を細める。
「初めての道で疲れてしまったでしょう? もしよかったら、我が店の自慢の一品、『黄金の鯱と深海の秘宝』でも食べていかない?」
「……それは、一体?」
「ふふ、ただの栗羊羹と抹茶のセットよ」
ど、独特なネーミングセンスだなおい……。
栗羊羹が秘宝になっている……。
「と、とりあえず大丈夫。気遣いありがとう」
「あら、そう?残念だわ……」
彼女の提案を断ると、おっとりとした様子から一変、微笑みにふと影を落とす。
「……やっぱりお茶して行こうかなぁ~………」
「まあっ!嬉しいっ」
俺の言葉を受け、彼女の表情はパァーっと一気に明るくなる。
「一名様ごあんな~いっ」
謎のテンションで案内された小さな座卓に腰を下ろし、手渡されたお品書きを広げる。
そこには、ただのメニューとは思えないほど情緒豊かな名が並んでいた。
「花咲く乙女の恋心」
「月夜に浮かぶ黒うさぎ」
「初夏の木漏れ日、抹茶の調べ」
(ど、独特ぅ……)
俺が指差したのは、このメニューのなかでも分かりやすかった『栗入り特製ぜんざい』。
「これ、下さい……」
「かしこま~」
テンションどうなってんだ。
しばらくして運ばれてきたのは、漆黒のお椀。
蓋を開けると、ふわりと立ち上る湯気の向こうに、黄金色に輝く大きな栗と、ぷっくりと膨らんだ焼き餅が顔を出した。一口運ぶと、小豆の優しい甘みが舌の上でほどけ、後を追うように餅の香ばしさが広がる。
「うぅんまい!」
おいしさのあまり、思わず声に出てしまった……。
ふと顔を上げると、俺の一連の様子を見ていた千夜が微笑んでいた。
やっべぇ……恥ずかしい…………!
「ふふっ。とても嬉しいわ。オススメを選んでくれなかったのは少し残念だけど……」
「いや!メニューの名前から提供される物を汲み取りづらいんじゃ…………!」
初対面の異性に、思わず長いツッコミを入れてしまった。
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