ご注文はうさぎです!Re 作:新生兎丸
是非読んでいってください~!
時計の音。
お茶を啜る音。
ここには、現代の誰しもが置き忘れてきた丁寧な時間が、静かに息づいている。最後の一滴まで飲み干し、俺はそっと溜息をついた。
「ふぅ……美味しかったぁ」
茶の余韻に浸っていると、千夜の視線に気付く。千夜はトレイを胸に抱えたまま、少しだけ目を丸くしてじっとこちらを見つめている。足元から胸元にかけてジロジロと。
そして、いたずらっぽく、でもどこか嬉しそうに目を細めた。
「あら……やっぱり、その制服。見覚えがあると思ったわ」
彼女は自分の深緑の袴を軽くつまみ、ひらりとさせてから、
「私たちの高校、今年から共学になるって噂は聞いていたけれど……まさか、こんなに早く『第一号』の殿方に出会えるなんて。これはもう、運命の赤い糸ならぬ、『運命の赤い餡子』で結ばれているのかしら?」
「赤い餡子って、それはただのあんこじゃね?」と俺がツッコむと、彼女は「ふふっ」と鈴を転がすように笑った。
その表情を見て、すごくキレイな人だなぁ……と感想を抱く。この町にはなんだか美人さんが多いな。千夜も大和撫子っぽい感じがして良いね。
大和撫子の意味ちゃんと分かってないけどね。
「て言うか、えっと----千夜……さん?」
「千夜で良いわよ~」
「じゃあ千夜。千夜も俺と同じ学校って事?」
「そうよ~。これからよろしくね」
「ああ、よろしく。にしてもすごい偶然だなぁ……」
「偶然ではなく、必然……あるいは導きかもしれないわね」
「お、大袈裟じゃない?」
「あら、そうかしら?」
千夜はそう言って、流れるような動作でお盆を脇に置くと、少しだけ身を乗り出してきた。彼女から、ほんのりと茶葉の香りと、おしろいのような清潔な香りが漂う。俺も男だ。流石に心拍数が上がる。
「そういえば、同じ高校の子で、学校お休みなのに入学式に出ようとしてた子がいたわ」
「せっかちなヤツがいたもんだな」
「……ココアちゃんって名前なんだけど」
その名前が出た瞬間、俺は天を仰いだ。
これから始まる高校生活------ただでさえ女子校に放り込まれた数少ない男子という絶好の標的なのに、入学前から奇行で名を馳せる知り合いがいる。前途多難なんてレベルじゃない。
高校生活のプレッシャーだけでも胃が痛いってのに、名前を覚えられるほどのドジをやらかした奴が、よりによって唯一の知り合いだなんて……。
俺は今にも泣きだしそうな顔を手で覆い隠す。
何も入学する前からやらかさなくても良いじゃん……。
俺にもとばっちり来ちゃうでしょぉ…………!
隣の千夜は、俺を見ながら、いたずらっぽく目を細めて笑みを浮かべていた。
◇
翌日--------。
石畳の道を、ココア、千夜、俺の三人で高校から帰路についていた。
ココアと千夜は同じクラスみたいだが、俺は二人と別のクラスになってしまった。しかも運がない事に、クラスの中で男は俺一人だけ。知り合いがいない俺にはこの環境はキツ過ぎる。ハーレムとかそんなこと期待しなかった訳じゃないが、現実は厳しい。場違い感が半端じゃなかった。
俺が席を立とうと音を鳴らすだけで視線が集中して、休み時間はずっと席から離れられなかったぞ。
「良い匂いがするね~」
「パン屋さんの匂いかしら」
途中、俺の苦労を他所に、鼻をスンスンと動かすココア。確かに良い匂いがする。香りの正体は、近くにあるパン屋の匂いだった。
「あ、 パン屋さんだ!」
ココアが子犬のように鼻を動かし、ショーケースへ吸い寄せられていく。そこには動物の顔を象ったパンが、行儀よく並んでいた。
「懐かしいな~。私も実家のパン屋さんでお手伝いしてたんだよ」
「へぇ、お前がパンをね。……焦がす専門じゃなくて?」
「失礼だな~! これでも成形は得意だったんだから!」
ぷくーっと頬を膨らませるココア。なるほど、この危なっかしさはパン屋というより、むしろ「焼かれる側の生地」に近い気がする。
「私はこの、うさぎさんのパンが気に入ったわ。そうね……名前をつけるなら、『満月に抗う雪兎の溜息』かしら」
「ただのうさぎパンにそんな業を背負わせるなよ」
俺のツッコミを、千夜は「ふふっ」と風鈴のような笑い声で受け流す。千夜のネーミングセンスは、優雅な見た目からは想像もつかないほど重い。
隣ではココアが「この耳の角度、成形が難しいんだよねぇ」と、職人のような目つきでパンを凝視していた。
「そういや、千夜って駄菓子も作るもんな」
「ええ。だけど一番駄菓子に名前を付けることが好きなの。このパンも見てると、どんどんアイディアが浮かんでくるわ!」
「ほ、ほどほどにな…………?」
◇
夕暮れ時のラビットハウス。
客足も段々に減っていき、閉店時間も近付いて落ち着いてきた頃。ココアがパンの件をチノと話していた。
「大きいオーブンならありますよ。おじいちゃんが昔、調子乗って買った」
「ポッ…………」
何故ティっピーが頬を染めるんだ?
時折、ティッピーって人間よりも人間らしく感じる時があるんだよなぁ。
そして、大きめのオーブンということは、結構な人数で出来るな。
「ほんとー!?なら今度の休みの日、みんなで看板メニュー開発しない?焼きたてパン美味しいよ~」
「喋ってないで仕事しろよ」
リゼが食器を運びながら、仕事に専念するよう口をはさむ。と、リゼから腹の虫が聞こえてきた。食べ物の話をしていたから腹が減ってきたのだろう。
リゼが顔を真っ赤にしてるところへ、追い討ちをかけるかの如く、ココアがパンの魅力を語る。
すると、またリゼの腹の虫が鳴った。
もう勘弁してやれよ。
リゼの顔から火が吹き出しそうだぞ。
「んじゃ、今度の休みは皆でパン作りか?」
「そうだね~。あ、ジンくん!ジンくん!頼みたいことがあるんだけど......いいかな?」
「ん?別にいいけど?」
俺はこのあと、パンの材料を買うために、おつかいへと駆り出されたのであった。
◇
「こちら、同じクラスの千夜ちゃんだよ~!」
「千夜です。ふふ、今日はよろしくね」
ココアの威勢のいい紹介に続いて、千夜がしとやかに微笑む。
「……よろしく、です」
「よろしく~」
チノが律儀にぺこりと頭を下げると、その拍子に乗せていたティッピーが前方にずり落ちそうになった。
「わわっ」と慌てて、両手で頭上の毛玉を押さえるチノ。その一生懸命な様子は、見ていて微笑ましい。
「あら? そのワンちゃん、とっても可愛らしいわね」
「ワンちゃんじゃないです……」
千夜の天然な問いかけに、チノが間髪入れずに訂正する。
「そうだよ千夜ちゃん、この子はただの毛玉じゃないんだよー!」
「それも正解じゃないだろ。……まぁ確かに、ティッピーってなんか美味そうだよな。パンと一緒にこんがり焼けば、いい具合に食えるんじゃないか?」
俺がわざと意地悪そうに笑うと、チノの顔がサッと強張った。
「てぃ、ティッピーは食べ物じゃないです! 変なこと言わないでください、食べちゃダメです!」
頬をリスのようにぷっくりと膨らませて、必死に抗議してくるチノ。普段は大人びている彼女だが、こうして少しからかうと、年相応の感情が溢れ出してくるから面白い。
(……まぁ、からかった俺が言うのもなんだが。誰かティッピーが『アンゴラうさぎ』っていう立派な生き物だって説明してやってくれよ……)
腕をまくり、自分専用の台の前に立つ。パン作りは初めてだ。慣れない光景に、胸の奥が少しだけ高鳴る。
材料を前にして、俺は自然と「どんなパンができるのか」を想像していた。目の前に並ぶのは、俺が買い出しを頼まれた品々ばかり。正直、この量を一人で運ぶのは骨が折れた。
途中、見知らぬ女性に手伝ってもらわなければ、今頃まだ道端で途方に暮れていたかもしれない。
……確か、青山……ぶる、ぶるー……なんとかさん、だっけ?
恩人の名前すら思い出せない自分の記憶力を呪うべきか。いや、余計なことを早々に忘れるのは俺の特技だ。
誰だ、今「ただの鳥頭だ」って言った奴は。
「それにしても、ココアがパン作りなんて意外だな。実は焦がす専門だったりしないか?」
「えっへへ~、でしょ~? ……って、失礼だよっ!」
照れ笑いから一転、ココアは調理器具を構えて燃えるような瞳で俺を指差した。
「いい? パン作りを舐めちゃダメだよ。これは、コンマ一秒の判断が完成度を左右する真剣勝負なんだからねっ!」
「……お、おう。気合入ってんな」
リゼと千夜もその熱気に同調し、厨房の温度がみるみる上がっていく。横を見ると、チノが「暑苦しい……」とでも言いたげな目で三人を眺めていた。
「そんで?皆中身は何にするか決まってる?」
俺が尋ねると、三人は待ってましたとばかりに自慢の具材を掲げた。
「私はパン界の新星、焼きそばパンならぬ『焼きうどんパン』を創造するよ!」
「私は自家製の小豆、それから隠し味に梅干しと海苔を持ってきたわ」
「……冷蔵庫にイクラと鮭、あと納豆と昆布がありましたので」
「待て待て待てぇぇい!!パン作りだよな!?おにぎりと勘違いしてない!?」
イチゴジャムを手にしたリゼと、バターを握りしめた俺は、三人の前衛的すぎるラインナップを前にツッコミを入れざる得なかった。
パンに対する冒涜か、あるいは新種の兵器開発か。少なくとも、それを口にする勇気は今の俺にはない。
とりあえずココアの手元を盗み見ながら、ボウルに強力粉を投入していく。一通りの手順を終え、いよいよ最大の難関、こねの作業が始まった。
「パンをこねるのって、こんなに重労働なんですね……」
「腕が……もう、感覚がないわ……」
千夜が肩を回しながら、力なく笑う。
パンの生地は粘り気が強く、弾力がすごい。男の俺でも腕がつりそうな作業だ。
ふと横を見ると、リゼだけが涼しい顔で生地を叩きつけていた。この人、コーヒー豆を挽く時も思ったが、一体何者なんだ。
「リゼさんは、さすがに余裕そうですね」
「な、なぜそう決めつける……っ! 私だって、乙女の筋力、なんだぞ……!」
リゼが動揺して生地を潰すのを横目に、俺も必死に格闘する。
俺は見かねて「手伝おうか?」と千夜に声をかけたが、彼女は青白い顔で首を振った。
(ココアちゃんの足を引っ張るわけにはいかないわ。私だって、みんなについていけるってところを見せなきゃ!)
「ここで折れたら武士の恥ぜよ! 息絶えるわけにはいかんけぇ!」
「だから、なんでパン作りで命懸けてんだよ。死ぬな。相手はたかが小麦粉だ」
千夜の迷走する叫びにツッコミを入れつつ、格闘すること数十分。
ようやく形になった生地を、一時間ほど寝かせる。その後の成形の時間は、まさにカオスの一言だった。
「チノちゃんは、どんな形にしたの?」
ココアが覗き込んだ先には、パン生地で再現された老人の顔があった。
「おじいちゃんです。コーヒーを淹れる姿には尊敬の念を抱いていました。……ではこれから、おじいちゃんを焼きます」
「ほわあああ!? 」
頭上のティッピーが必死に嘆いているが、チノは真顔で、パンを冷酷にオーブンの中へと滑り込ませた。
……む、むごい。
後ほど、出来上がったパンを全員で試食してみた。
ココアの作ったティッピーパンは、味こそ絶品だった。
ただ、焼き立てを割った瞬間に、中から真っ赤な苺ジャムがドロリと溢れ出し、おじいちゃんのパンが血の海に沈んだようなビジュアルになったのは、ご愛嬌ということにしておこう。
ここまで読んでくれてありがとうございます!
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