ご注文はうさぎです!Re 作:新生兎丸
パン作りの後、皆で千夜の店に向かったみたいだけど、俺は行かずに一人で部屋に篭り、新しく購入したテレビゲームを堪能していた。
千夜の店には一回入ったし。
そして日は過ぎて、とあるお昼時。
開店前の穏やかな空気の中、俺たちラビットハウスの従業員四人は、軽くティータイムと洒落込んでいた。飲んでいるのは、もちろんチノが淹れたコーヒーだ。
「……美味しい」
俺はそう満足そうに小さく呟く。
「本当に美味しいねぇ。チノちゃんのコーヒーを飲んでから、よそのが飲めなくなっちゃった。これって恋かな?」
「……ココアさんはいい加減、銘柄を当てられるようになってください。それじゃただのカフェイン中毒です」
「中毒扱いされちゃった……」
そんな二人のやり取りを横目に、俺は立ち上がる。
「ほら、そろそろ開店だ。準備するぞ」
「はーい」
俺は布巾を手に、全てのテーブルを磨き上げる。我ながら神がかった仕事ぶりだ。高級ホテルのラウンジ並みに輝くテーブルを見て、密かに優越感に浸る。雑用に関しては、俺の右に出る者はいない気がしてきたぜ。
ふと、ココアがチノと自分のカップを手に取って首を傾げた。
「ラビットハウスのカップって、シンプルだよね」
「シンプル・イズ・ベストです。コーヒーが主役ですから」
「でもさ、もっと色んな形があったらお客さんも楽しいよっ! この前、素敵なお店を見つけたんだ。ねえ、みんなで新しいカップを買いに行かない?」
「へぇ、どんな店だ?」
俺の問いに、ココアは目を輝かせて答える。
「えっとね、火が揺れてて、すっごく良い匂いがするの!」
「……それ、アロマキャンドルじゃないか?」
カップとキャンドルの見分けもつかないのか、ココア。前途多難な予感がした。
というわけで、俺たちは今、カップ専門の雑貨屋へと足を運んでいた。
所狭しと並ぶ陶器の数々に、ココアは案の定はしゃぎ倒している。
「あんまり走るなよー」
リゼが注意を飛ばした、その直後だった。
「あわわっ!?」
ココアが盛大に足をつまずかせ、商品棚に頭を激突させる。その衝撃で、棚の上の写真立てがひらりと舞った。
((予想を裏切らない!!))
俺たち三人の心の声が一致した瞬間。
リゼがココアの体をがっしり支え、チノが落下する写真立てを空中で鮮やかにキャッチした。
「……ふぅ、危ないところでした」
「ナイスだ二人とも。だてに長く一緒に働いてないな」
俺の感心する声に、ココアは「えへへ、ごめんねぇ」と赤くなったおでこを擦りながら笑う。
チノが手にした写真には、ティーカップにすっぽり収まった子ウサギが写っていた。
「可愛い〜! ティッピーもこれに入ったら、注目度アップだよ!」
「いや、ティッピーが入れるほどデカいカップなんて……」
「……ありました」
チノが指差した先には、彼女が両手で抱えるほどの巨大なスープカップが鎮座していた。
「あるんかい」
とりあえずティッピーをその中に入れてみるが……。
「……なんか、違うね?」
「……ごはんにしか見えないです」
「ああ。盛り付けられた大盛りライスだな」
納得の回答を得て、ティッピーを早々に救出する。
改めて店内を物色していると、ココアがあるカップに手を伸ばした。同時に、反対側からも細い指がそのカップに触れる。
金髪のセミロングが印象的な、凛とした雰囲気の少女だった。
「……漫画でよくある、運命の出会いってやつか?」
「よくここから恋愛に発展しますよね」
チノと俺がボソボソ話していると、リゼが隣で「あ」と声を上げた。
「なんだ、シャロじゃないか」
「り、リゼ先輩!? どうしてここに……?」
少女――シャロは、リゼを見た途端、弾かれたように背筋を伸ばした。
「二人は知り合いなんですか?」
「ああ。シャロは私の学校の後輩だ。ココアとジンと同い年だな」
「「え?」」
今、聞き捨てならない言葉が混ざっていた。
「リゼちゃんって……年上なの!?」
「今さらーーっ!?」
リゼの絶叫が店内に響く。嘘だろ、俺は今日まで、彼女のことをてっきり同い年だと思って……。
俺は裏切られた気分でチノに視線を送る。
「……面白そうだったので、あえて黙っておきました」
「せめて俺には教えておいてくれよ! ココアはともかく!」
「なんで私だけ仲間外れなの!?」
俺たちの騒がしいやり取りを、シャロが変な人たち……と言いたげな、引き攣った笑みで見守っている。
止めてくれ。俺とココアを同じ括りにしないでくれ……。
「先輩は、何を買いに?」
「バイト先の喫茶店で使うカップの下見だ。シャロはもう買ったのか?」
「いえ、私は……その、眺めているだけで十分ですから」
そう言ってシャロは、一つの高級そうなカップを手に取り、うっとりとした表情で見つめ始めた。
「それはまた変わった趣味ですな~」
こ、ココアが……引いてる…………?
「二人は学年が違うのに、どうやって知り合ったんですか?」
ふと気になったことをチノが尋ねる。
「それは……昔、暴漢に襲われそうになったところを助けてもらったの」
シャロが頬を染めて、映画のワンシーンのように語った。
「へぇ〜、カッコいいなリゼ」
俺が素直に感心すると、当のリゼは顔を真っ赤にして全力で否定した。
「ち、違う! 野良ウサギがシャロの進路を塞いでたから、ひょいっとどけてやっただけだ!」
……ジー。
チノとココア、そして俺の三人の視線が、無言でシャロに突き刺さる。
「う、ウサギが怖くて悪い!? あの時は本当に命の危険を感じたんだから!」
悪いことじゃない。誰だって苦手なものの一つや二つはある。実際、俺だってこの店でティッピーが未だに怖い。……というか、理解が追いつかない。あの虚無を見つめるような瞳に見守られながらコーヒーを淹れるのは、虎の檻の中で背中を向けているような気分になるのだ。
「こ、このティーカップなんてどう!?」
シャロが強引に話題を切り替える。
「ほら見て、このシェイプ。香りが横に広がるように設計されてるのよ」
彼女のカップへの造詣は、もはやマニアの域だ。コーヒーそのものだけでなく、器まで含めて「時間」を楽しむ。なるほど、喫茶店で働く身として一つ勉強になった。
俺も近くの棚から、一つカップを手に取ってみる。だが、良し悪しなんてさっぱりわからない。自販機の缶コーヒーで満足している俺には、カップなんて生涯、縁のない代物だと思っていた。
「ジンくんこれっ、取っ手のカーブがすごく指に馴染むんだよ〜」
ココアが笑顔でカップを見せてきて、促されるまま、その部分を撫でてみる。
「……確かに。滑らかで、いい触り心地だな」
「でしょ? ジンくんもこういうの選んでみればいいのに」
「けどココア、うちは喫茶店だ。紅茶用のカップを買っても、店に置くには不自然じゃないか?」
リゼの冷静なツッコミが入る。シャロが勧めたのは紅茶専用のカップだったらしい。
「そうなんですか!? リゼ先輩のバイト先でお茶したかったのに……」
「もしかして、コーヒー苦手なのか? 砂糖をたっぷり入れたアレンジコーヒーもあるぞ」
シャロがコーヒーを避けるのは、味の好みではなく体質のせいみたいで、カフェインを摂取すると、まるで酒に酔ったようにハイテンションになる。カフェイン酔いというやつだろう。
「あ、このカップオシャレ! ……って、高ぁぁぁい!?」
騒がしくココアが指差したカップの値段を見て、俺も思わず二度見した。
……ご、五万円? カップ一個で?
「高いのはだいたいそんなもんよ?」
シャロが事も無げに言う。
「だとしても五万って…………」
すると、隣のリゼが懐かしそうに目を細めた。
「あ、これ。昔、庭で射撃の的にして撃ち抜いたやつだ」
「「「…………」」」
リゼの言葉に全員が絶句した。五万円の磁器を的にするお嬢様が、この平和な街に実在したとは。
そんな中、ココアがチノの袖を引く。
「チノちゃん、お揃いのマグカップ買おうよ〜」
「私物を買いに来たんじゃないですよ。……と言いたいところですが、少しだけなら」
ココアのペースに巻き込まれつつも、チノもどこか嬉しそうだ。
その光景を羨ましそうに見ていたシャロが、一つのペアカップを手に取る。……が、それはどう見ても恋人用のデザインだった。
「あっ……」
自分の失態に気づき、顔を真っ赤にするシャロ。だが、それを見たリゼが意外な提案をした。
「よし、それ買うか。片方はシャロにやるよ」
「えっ! ありがとうございます、リゼ先輩!」
シャロの笑顔が弾ける。その様子を見たココアが感心したように言った。
「シャロちゃんって、食器にも詳しいし、立ち振る舞いもお嬢様って感じだね」
「その制服の学校は、お嬢様と秀才の集まりですからね」
チノも同意する。
「お、お嬢様なんて……。そんな、リゼ先輩に比べたら……っ」
謙遜して震えるシャロ。だが、端から見れば美しくて、金持ちで、完璧なお嬢様にしか見えない。
「このカップの値段も、シャロにとっては端した金なんだろうな……」
俺は苦笑いしながら、庶民の想像力を働かせる。
「シャロは、普段どんなもん食ってるんだ? やっぱりキャビアとかか?」
「私は……その、卵かけご飯とか」
「ああ、いいよな。手軽で食べやすいし。お茶漬けとかも最高だよな」
俺は、彼女がいかに効率よく腹を満たすかを考えているのだと親近感を覚えた。
だが、周りの反応は違った。
(……キャビアかけご飯!?)
(……特製のお出汁でいただく、高級茶漬け!?)
ココアとチノの脳内では、シャロの食生活がとんでもない贅沢三昧へと変換されている。
本当は、特売の卵を大事に食べているだけだなんて、この時の俺たちは知る由もなかった。
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