ご注文はうさぎです!Re 作:新生兎丸
正月休みなのでガツガツ行くぞ~!(行けたら)
「……リゼ先輩、好きです」
消灯した暗がりのなか、私は誰に聞かせるでもなく、その言葉を零してみる。
途端、自分の言葉の熱に当てられたように、頬がカッと熱くなった。恥ずかしさに耐えきれず、枕に顔を埋めてバタバタと足を動かす。
今日買ったばかりのお揃いのマグカップ。
指先に残る陶器の滑らかな感触を思い出し、胸の奥が甘い痺れを帯びる。けれど、その幸福感のすぐ隣には、いつも鋭い棘のような不安が潜んでいた。
(先輩は、私のことをただの『可愛い後輩』としか見ていない……)
当たり前のことなのに、それがひどく苦しい。
それに、昼間に店で見かけた三人のことも気にかかる。特に、あの目つきの鋭い『ジン』と名乗っていた男子。彼と先輩は、一体どんな関係なのだろう。
仲睦まじく話す姿が、どうしても頭から離れなくて、羨ましくて。
「……今度、聞いてみよう。先輩と仲良くなる秘訣を」
私は小さく決意して、そっと瞳を閉じた。
明日はバイト。お肌を整えて、少しでも綺麗な私で、また先輩に会いたいから。
◇
「いってきます」
「……シャロちゃん、それは何かしら?」
翌朝。家を出ようとした私の足を止めたのは、幼馴染の千夜だった。
言い忘れていたけれど、私は現在、千夜の家の隣にある……その、いわゆる物置に住んでいる。
特待生としてお嬢様学校に通ってはいるけれど、実情は火の車。この生活感だけは、リゼ先輩にだけは絶対に知られるわけにはいかない。
「バイトで配るチラシよ」
「私にも一枚くださる?」
差し出したチラシを見た瞬間、千夜の顔がみるみる強張っていく。
けれど、今の私に彼女の奇行に付き合っている暇はないの。
私は不穏な表情を浮かべる千夜を背に、バイト先へと急いだ。
◇
「ジンくん、今日は一段と眠そうだね? 」
「早起きは三文の徳だぞ。夜更かしして何をやっていたんだ、お前は」
ラビットハウスのカウンターで、ココアとリゼから交互にツッコミを入れられる。
正直、身に覚えはない。早めに寝たはずなのに、どうにも頭が重いのだ。
「……わからん。夜更かしはしてないはずなんだが」
答えようがない。ただ、平日はあんなに眠そうにしているココアが、休日になるとチノに起こされるお陰で無駄に元気なのが、今の俺には少しだけ恨めしい。
そんな中、店のドアベルが激しく鳴り響いた。
「シャロちゃんが大変なのぉーーー!」
飛び込んできたのは、息を切らせた千夜だ。その手には一枚のチラシが握られている。
「「なにごと!?」」
「……息、ピッタリですね」
ココアとハモってしまった自分に、心の中で毒づく。
「ジンくん、今ひどいこと思ったでしょ!?」
「気のせいだ、仲が良いなと思っただけさ」
なんて不毛なやり取りをしていると、千夜が震える手でチラシをテーブルに叩きつけた。
「シャロちゃんがこんなチラシを持って……! きっと、何か『いかがわしい店』で働かされているんだわ!」
全員の視線がチラシに集まる。『フルール・ド・ラパン』。
確か、うさ耳制服が特徴的な喫茶店のはずだ。街に来て日は浅いが、健全な店だという認識はある。……が、暴走した千夜の耳には届かないらしい。
「どうやって彼女を止めれば……!」
「お店が終わったら、様子を見に行ってみようよ!」
「……潜入、ですね」
チノの呟きが、よりによってリゼの導火線に火をつけた。
「潜入だと……!? お前ら、潜入捜査を舐めるなよ! 装備を整えろ!」
「「サー!!」」
ノリノリのココアと千夜。完全に軍人気質が爆発したリゼ。
……不味い。これは絶対に面倒なことになる。
俺はそっとその場を離れようとしたが――。
「ジンさんも、行きますよね?」
背後から、チノにガシッと肩を掴まれた。
振り返ると、そこには一切の反論を許さない静かなる威圧感を湛えたチノが立っていた。
「……はい、喜んで」
ダメだ。目が怖い。
これは付いていかざるをおえなくなったな……。
「フルール・ド・ラパン」の店先まで来てみたはいいものの、これじゃまるっきり不審者だ。
窓の外から中の様子を窺うが、お目当てのシャロの姿はまだ見当たらない。他の店員たちの制服を見る限り、別にいかがわしい雰囲気はないんだが……。
「というか、シャロと千夜って幼馴染だったんだな」
「そうなの。家を出るときにチラシをもらったから、心配になっちゃって……」
千夜とシャロ。どこか対照的な二人だと思っていた。和風の千夜と、洋風のシャロ。……まあ、俺は断然、千夜派の落ち着いた雰囲気だが。
しばらく覗き込んでいると、ようやくシャロが接客に出てきた。うさ耳カチューシャが特徴的な可愛らしい制服に身を包み、顔には営業用の明るい笑みを貼り付けている。
次々と入る注文を器用に捌いていく姿は、なかなかの働き者に見えた。
「いらっしゃいませ~!」
活気のある声。だが、ふとした拍子に窓の外の視線に気づいたのか、彼女の笑顔がピキリと凍りついた。
「なんでいるのよっ!」
……あ、バレた。
観念して店の中へ入る。
店内は意外に広く、ラビットハウスのコーヒーの香りとは違う、鼻をくすぐるようなハーブの香りが漂っていた。
「なんだか、独特な匂いがするな」
「ここはハーブティーがメインの喫茶店なの。ハーブには色んな効能があるのよ」
ハーブティー専門か。コーヒーならともかく、そっちはあまり詳しくない。少し興味をそそられるが、それより今は……潜入早々に見つかるとはどういうことだ。某伝説の傭兵さんに知られたら、無線越しにたっぷり説教を食らいそうだ。
「だいたい、勘違いしたのは誰よ……っ!」
シャロが例のチラシを握りしめ、プルプルと拳を震わせる。
「私たちはシャロちゃんに会いに来ただけだよ~」
「いかがわしいお店って、どういうことです……?」
「こんなことだろうと思ったよ……」
「まあ、予想はしてたけどな……」
俺たち四人の冷ややかな視線が千夜に注がれる。だが、本人はどこ吹く風。というより、自覚が一切ないらしい。マジか、こいつ。
千夜はニコニコと穏やかな笑顔のまま、シャロの手を取った。
「その制服、とっても素敵っ!」
(こいつか……!)
とはいえ、確かにその制服はシャロによく似合っていた。ラビットハウスもこれくらい華やかな制服にすればいいのに……なんて、一瞬だけ野郎の願望が頭をよぎる。
……いや、待て。もしそうなったら客層が激変する。首にカメラをぶら下げたチェック柄の集団が押し寄せる未来しか見えない。それだけは全力で阻止しなくては。
「でも、シャロちゃんの制服、本当に可愛いわ~」
「て、店長の趣味よ……」
うさ耳型のカチューシャを手で隠すようにして、千夜の後ろに隠れるシャロ。リゼの視線が気になるのか、どこかバツが悪そうだ。
シャロは軽蔑されていると被害妄想を膨らませているようだが、あいにくリゼの頭の中は「ロップイヤーもいいな……」なんて可愛いことで一杯なはずだ。
ふと周りを見ると、急いでいたせいか俺以外のみんなはラビットハウスの制服のままだ。
実は俺だけ、店を出る前に私服に着替えてきた。流石にあの制服で街を歩くのは、男として抵抗がある。
いや、百歩譲ってタカヒロさんのような渋い制服ならいい。だが、俺用に新調された制服は、なぜか女性用に寄せたデザインなのだ。スカートこそないが、客からは「可愛い店員さん」として認識されている節がある。
先日も女性客に「その制服、可愛いね」と褒められ、ニヤニヤしていたココアに軽いチョップを見舞ってやったばかりだ。
「店員さん、注文いいかしら?」
「こっちもお願い!」
「「ただいま~!」」
客の呼び出しに、条件反射で返事をするココアと千夜。
「おい、お前らはここの店員じゃないだろ……」
立ち話もなんだし、折角なのでお茶をしていくことになった。
「せっかくだから、お茶していってもいいかしら、シャロちゃん」
「……しょうがないわね。はい、これがメニューよ」
受け取ったメニューに目を通すが、カタカナの羅列でさっぱり分からない。そもそも俺の家は紅茶を飲む習慣がなかった。
他のみんなもメニューを睨みつけながら難しい顔をしている。……ココアと千夜を除いて。
「紅茶って、何を頼めばいいか迷うよな」
「やっぱりダンデライオンだよねっ!」
ココアが意気揚々と注文する。確かタンポポのハーブだったはずだが。てか、なんでそんなこと知ってんだろ俺。
「お前、分かって言ってるのか?」
「ライオンみたいに強くなれるよ!」
「……オーケー分かった。お前がタンポポの意味を理解していないことだけはな」
そんなことだろうと思ったよ。
「もう……私がそれぞれに合ったものを選んであげるわよ」
シャロが呆れ顔で助け舟を出してくれた。
いかがわしい店かどうか調べに来たつもりが、結局シャロの仕事を増やしている気がする。だが、彼女が一人ひとりの体調や好みに合わせてハーブを解説する姿は、素直に感心するほど詳しかった。
「ティッピーには腰痛改善と、老眼防止の効果があるものをお願いします」
「ティッピーってそんなにフケてんの……!?」
あの機敏な動きで実は結構なご高齢だったとは。というか、メスだってことも最近知ったばかりだ。
「あー、シャロ。俺は普通の……一番安いやつで頼む」
「いいの? ジンくん、せっかくだから選んでもらえばいいのに」
「いや、無駄遣いはしたくない性分なんだ」
「ケチくさいですね……」
チノから手厳しいブーイングが飛んできたが、出費を抑えるのは基本だ。
結局、みんなはシャロお勧めのハーブティーを、俺は一番手頃な一杯を注文した。
シャロが準備のために下がると、テーブルにしばしの沈黙が流れた。
それを破ったのは、千夜の唐突な一言だった。
「ねえ、ジンくんは、一体どういう女性が好みなのかしら?」
全員の視線が俺に集中する。好きなタイプ、か。あまり考えたことはなかったが。
「え、急に…………?…………まあ、強いて言うなら気品があって、力強く、元気な、将来性のある人、かな」
(気品があって……)
(力強い……)
(元気な人かぁ……)
「将来性、ですか。ジンさんって意外と欲張りなんですね」
「まあな。少し盛り込みすぎたか」
「本当よね。私たち全員が好みだなんて……ジゴロね」
「……ん? いつそんなこと言った……?」
どうやらあらぬ誤解を招いたらしい。俺はいつからジゴロになったんだ。
仮にそうだとしても、ココアだけは対象外だ。
……うん、絶対ない。
「ジンくん、今すっごく失礼なこと考えなかった!?」
「おい、心を読み取るな。怖いだろ」
「ヒドイ! やっぱり考えてたんだ!」
そんな茶番を繰り広げていると、シャロがハーブティーを運んできた。
お湯を注ぐと、鮮やかな赤に変わるハーブ。レモンを入れると青からピンクに変わるチノの一杯。
化学実験のようで面白い。ハーブティーというのも、なかなか奥が深そうだ。
「あの、もしよければ、ハーブを使ったクッキーはいかが? 私が焼いたんだけど……」
シャロが差し出したのは、香ばしい匂いのするアーモンド入りのクッキーだった。
リゼが一口食べて「美味しい」と漏らすと、シャロの顔がみるみる赤くなっていく。
(シャロちゃん、真っ赤だぁ)
(こっちを見てる方が面白そうね)
ココアも一つ手に取り、ひょいと口に放り込んだ。
「あれ? このクッキー、甘くないよ?」
「そんなことないわよ?」
俺も食べてみるが、控えめながらも上品な甘みがある。ハーブの香りが効いていて、これならコーヒーとも合いそうだ。
「ココア……お前、味覚もおかしいヤツだったのたか?」
「元からおかしくないよぉ!」
「んっふふ、それは『ギムネマ・シルベスタ』を飲んだからよ!」
シャロが勝ち誇ったように言った。
「ギムネマとは、ヒンディー語で『砂糖を壊すもの』という意味……それを飲むと、一時的に甘みを感じなくなるのよ!」
「そ、そんな効果が……!」
なるほど。
だが、せっかくの菓子が甘くなくなることに何のメリットが……。
「シャロちゃんはよくダイエットで飲んでたわよね」
「い、言うなバカー!」
ああ、なるほど。甘いものを食べる気を失せさせる作戦か。合理的といえば合理的だ。
「けど、シャロは普通に可愛いんだから、それ以上自分を磨く必要なんてないだろ?」
俺が何気なく言った瞬間、シャロの顔が沸騰しそうなほど真っ赤に染まった。
「か……かわっ……!? 変なこと言わないでよっ!」
「流石ですジンさん。シャロさんまで手中におさめるつもりですか」
「ヒドすぎるよジンくん!」
「わ、私との愛は遊びだったのね……!」
「誰彼構わず手をつける気か、お前は……!」
褒めたつもりが、なぜか四方八方から非難を浴びる。
解せぬ。
「ふぅ……結構飲んだな」
「お腹の中に花が咲きそうだよ~」
ココアの口からツボミが突き出ているグロテスクな光景を想像したが、口に出すのはやめておいた。
「何か手伝えることがあったら言ってください」
「ありがとう、チノちゃん。年下なのに偉いわねぇ」
食器を片付けるシャロが、チノの頭を優しく撫でる。されるがままのチノも、どこか気持ちよさそうだ。
それを隣で見ていたココアが、猛烈な勢いで立ち上がった。
「チノちゃんは私の妹だよっ!」
「何言ってるのよ……」
「そうだぞココア。チノは俺の妹だ。勝手に所有権を主張しないでくれません?」
「そういう問題じゃないわよ! なんで急に敬語なのよ!?」
シャロのキレのあるツッコミ。彼女はラビットハウスに欠けている常識人枠として非常に優秀な人材かもしれない。
「また来ても大丈夫か?」
「ええ、歓迎するわ」
「ハーブって、自分でも育てられるものなのか?」
今日この店で飲んでみて、少し興味が湧いた。自分でブレンドしたやつを試してみたくなったのだ。
「ええ、自家栽培する人も多いわよ。興味があるの?」
「まあな。暇ができたら挑戦してみるよ」
少し嬉しそうに微笑むシャロ。……うん、やっぱり美少女だよな、こいつ。
「さて、そろそろ帰ろうか。……って、おい」
テーブルを見ると、ココアが満足げな顔で突っ伏して熟睡していた。
結局、こいつをおぶって帰る羽目になった。
数日後。
「ジンくん! ハーブティー作りたいって言ってたよね? これで作ろー!」
ココアが鼻息荒く、何かを店に持ち込んできた。
その右手に握られている「草」をひと目見て、俺は深い溜息をついた。
「ココア、お前が持っているそれは何だと思う?」
「ふぇ? ハーブだよ!」
俺は彼女の肩を掴み、現実を突きつけた。
「違う。……雑草だ」
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