呪詛返シ請負人   作:とも667

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 警告します。これは、僕の自己満足であり、鬱憤晴らしです。先に進んで不快になったとしても、僕は一切の責任を負いません。


狂犬の呪い

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!!」

 

 ──ダダダダダダッ……

 

 なんてことはない、ある日の夕方。小学生や中学生が下校し始める時間……ある男の子が、必死に逃げていた。追ってくる恐怖から、脇目も振らず必死に逃げる。

 

「追いかけろ、行けぇぇ!!」

 

「ぎゃはははははは!!」

 

「はぁっ、はぁっ、うぁぁぁはぁぁぁっ!!!」

 

 恐怖に顔を歪めて、大粒の涙を流しながら必死に走る男の子を、子供たちが笑いながら追い回す狂気の光景。そして、追う子供たちの前を走る、男の子の恐怖の象徴。それは……凶暴に吠える、犬だった。辛うじて子供が持つリードに繋がれているが、それがなければ今にも飛びかかりそうだ。

 

「ギャウギャウギャウギャウッ!!!」

 

「どうだ、怖いかぁ!? あっははははは!!!」

 

「わぁぁぁぁぁんっ!! ……あぅっ!!」

 

 ──ドギャッ!!

 

 涙で目の前が見えていなかった男の子は、盛大に転倒してしまった。すっかり野性を解放した犬が、その隙を逃すはずがない。子供が握っているリードを引きちぎる勢いで、男の子へ飛びかかり……ズボンに牙を剥き、思い切り噛み付いた。自分が獣に引っ張られる感覚に、男の子は今まで生きてきた中で、最大の恐怖を覚える。

 

 ──ガギィッ!!

 

「うわぁぁぁぁーっ!!!」

 

「いいぞぉ、やっちまえ!!」

 

「グゥルルルルル……!!」

 

 必死に藻掻く男の子、それを嘲笑う子供たち、噛んだものを離そうとしない犬。強い力に耐えきれなくなったズボンの布が、だんだんと破れ始めた。そしてついには……

 

 ──バリバリバリィッ!!!

 

「うぁぁぁぁぁぁ!!! おかあさぁぁぁんっ!!!」

 

「あ、逃げられちゃった!! ちぇっ……」

 

「まぁいいや!! あー、楽しかったっ!!」

 

 追うものを失った犬が布を吐き出し、電柱におしっこをかけ始めた。それを見ながら、子供たちは心底愉しそうに笑い続ける。まさに、悪魔である。

 

 ──チョロチョロチョロ……

 

「それにしても傑作だったな!! 犬が苦手って知っててよかったぜ!!」

 

「面白かったね、ちょうど犬借りられるところがあったし!!」

 

「また明日もやるか~?」

 

 まだ子供だというのに、子供とは思えないほど悪辣な会話をしながら、犬を連れ帰る子供達。イジメという名の重犯罪は、子供の心に深い傷を遺す。それは生涯続く呪いとなり、永遠に消えることはない……

 

 

 

 ここは街の外れ。寂れた建物に書かれた、『呪詛返します』という文字……その中に、暗い顔をした青髪の痩せた青年が、一人で座っている。何かを待っている様子だ。

 

 ──カチッ。

 

 機械的な音に反応して、青年が立ち上がる。その音の主である、電気ケトルを持ち上げて……カップ麺に注いだ。カップ麺の蓋を皿で閉じて、青年が三分と書かれたタイマーのスイッチを押す。

 

 ──ピピピピピピ。

 

 タイマーが鳴り、青年が皿をどけると……出来たてのカップ麺が顔を出した。もっとも、工場で作られたものなので、厳密には出来たてでもなんでもないのだが。

 

「……いただきます」

 

 ──ズズズズッ。

 

 暗い声でそう言った青年は、箸を持ってカップ麺を啜り始めた。全くの無表情で食べ進める姿は、この青年に同居人がいれば不気味がられそうだ。しばらくすると、空になったカップ麺の容器が、お盆に置かれた。

 

 ──カコンッ。

 

「ごちそうさまでした」

 

 そう言って、今度は青年が薬を出し始めた。合計、なんと30錠。青年はそれを全て口に放り込み、水で飲み下す。

 

「はぁ……さてと。書類の確認するか」

 

 ファイルにまとめられた書類を、ひとつひとつ出して確認していく。まずは、前に解決した『呪い』を見直し始めた。

 

「善意でシャーペンを貸したら、返してもらうどころか分解され、壊れたシャーペンを返された……これはもう解決したな。捨てていい」

 

 青年は紙をクシャクシャに丸めて、ゴミ箱に放った。しかしそれは穴を外れて、地面に落ちる。

 

「学校で金銭を奪われた……これも解決したな。弁当を毎日取られる、これも解決っと……」

 

 どんどん丸められて、ゴミ箱に投げ捨てられる書類達。それらは運の悪いことに全てが穴を外れてしまい、紙くずの山を作っていた。

 

「……あれ? なんだよもう、全部ハズレかよ」

 

 それにやっと気づいた青年が、ため息を吐きながら紙くずをゴミ箱に入れに来た。ゴミ箱がいっぱいになりそうになったら、無理やり押し込む。

 

「はぁ、一発くらい入れよな……」

 

 そんなことを愚痴りながら、カップ麺の載ったお盆を青年が片付けていると……

 

 ──ピンポーン。

 

「お客さんかな……はーい」

 

 インターホンが鳴り、片付けを中断して青年が玄関へ向かう。そこには、一人の女性が鞄を持って立っている。その女性はドアを開けるなり、青年に縋り付いてきた。

 

「お願いします!! うちの息子を助けてくださいっ!!」

 

「ま、待って、やめてください、揺らさないで……」

 

「あなたにしか頼めないんです!! お金ならいくらでも払いますから!!!」

 

 そう叫びながら、痩せた青年を振り回す女性。青年はそれに抵抗できず、そのまま押し倒されてしまった。

 

 ──ドコンッ!!

 

「いったぁぁ……わ、わかりましたから。とりあえず、こちらにどうぞ」

 

「あぁ、本当ですか!? よかった、ダメだったらどうしようかと!!」

 

「はぁ……こういうお客さんばっかりだな」

 

 だが、それもそのはず。何故なら、この事務所に来る人達は全員……一人残らず、とんでもなく切羽詰まっているのだから。

 

 

 

 とりあえずのおもてなしで青年は、暖かいお茶を差し出した。それを飲みながら、二人は話し始める。

 

「改めて、初めまして。僕は如月 福司(きさらぎ ふくじ)といいます。あなたの名前をお伺いしても?」

 

「自己紹介が遅れましたね。私は新野 スミレといいます。今回は私の息子を助けて欲しくて、ここに駆け込んできたんです」

 

「……具体的に、どういう状態ですか?」

 

 ようやく本題に入れて、如月から安堵の息が漏れる。新野さんは相当切羽詰まっているのか、焦り気味だ。

 

「それが、部屋から出てこなくなったんです……いじめられてしまったようで、私たちがいくら言っても一歩も出てきてくれなくて……」

 

「……いじめとは、具体的にどのようなことを?」

 

「元々嫌いなのに、よく吠える凶暴な犬をけしかけられたみたいで……もうそれがトラウマになっちゃったみたいで、テコでも動かないんです。動かないから精神病院にも行けないので……ここを頼れないかなと」

 

 如月は顎に指を当てて、思考する。まず必要なことは男の子を外へ出すこと。それは如月の仕事にとっても、新野さんにとっても最重要事項だ。

 

「その男の子のお名前は?」

 

「新野 大樹です」

 

「大樹くんですね。わかりました、僕に任せてください。この件ですと、成功報酬は……初回なので割引して、20万円でいかがでしょうか」

 

「はい!!」

 

 すぐに返事は返ってきた。まぁ、他の依頼人達も同じような感じだったが……何はともあれ、これで契約成立だ。如月は立ち上がって、荷物を持った。

 

「さて。行きましょうか」

 

「えっ、今からですか!? もっと書類の準備とかあるんじゃ……」

 

「そういうのはいいんですよ。早く行きましょう、手遅れになる前に」

 

 新野さんに案内をお願いして、如月は早歩きで家へと向かっていく。その顔は打って変わって、やる気に満ち溢れていた。

 

「……ここですか?」

 

「はい、今鍵を開けますから……大樹ー!! お母さん、帰って来たよー!!」

 

「返事がありませんね」

 

 返事をする気力もないのだろうと、如月はすぐに察した。思ったより深刻な状況に、如月が顔を顰める。

 

「せっかく来てもらいましたし、お茶でも……」

 

「必要ありません。大樹くんは、どの部屋に?」

 

「えっ、あっ……二階の、奥の部屋です」

 

「ありがとうございます」

 

 そう言って、如月は階段を登っていく。『呪い』が、最悪の結果を招く前に。如月はドアの前に辿り着くと……鍵の閉まったドアをノックした。返事は、ない。

 

「はじめまして。僕は如月 福児……好きに呼んでくれていいよ、大樹くん」

 

「……」

 

「君の身に何があったのかは、お母さんから聞いたよ。辛かっただろうに、よく死なずに呪いに耐えたね」

 

 それは、心からの賞賛の言葉。それ程までに『呪い』は強烈なのだと、如月は身をもって知っていた。

 

「……」

 

「もう、お外に出たくないのかい?」

 

「……うん」

 

 はじめて返事が返ってきた。それを優しい笑顔で聞き届ける如月。明確に拒絶を示されても、如月は全く怯まない。

 

「そうなるのも無理はない。君にかけられた呪いはそれだけ重いからね」

 

「……呪いって、なに?」

 

「君が今感じているものの、源さ」

 

 優しく語りかける如月に対して、大樹は少しだけ心を開いたのか、あちらから話しかけてきた。

 

「お兄さんはどうして、ここに来たの?」

 

「君のお母さんに頼まれて、君を助けるためにきたんだ。犬をけしかけた奴らのかけた呪いから」

 

「そうなんだ……」

 

 家にいた時の無気力さが嘘のように、優しい空気が二人の間に広がっている。

 

「ここを開けてほしい。そうすれば、君を助けることができる」

 

「わかったよ、お兄さん」

 

「……ありがとう。君のおかげで、仕事ができる」

 

 ──ガチャリ。

 

 鍵の開く音がして、扉が開く。如月は部屋に入って、大樹と対面した。何の変哲もない、普通の子供。それが如月の第一印象だった。決してそんな奴らの食い物にされていい人ではない。

 

「こんにちは、僕は大樹っていいます」

 

「自己紹介ありがとう。さて……僕がここに来た理由を話そうか」

 

「僕を助けてくれるんだよね?」

 

 如月が頷く。そして、大樹の目を見て言った。

 

「大樹くん。君は奴らが憎くはないか?」

 

「えっ?」

 

「君をこんなことにしたあいつらが、憎くないか?」

 

 いきなりの問いに、大樹はぽかんとするしかない。それもそのはず、急に『憎くないか』などと尋ねられたら、誰もが困惑するだろう。

 

「って、言われても……」

 

「怒らないのか? あれだけやられて、やり返したいと思わないか?」

 

「やり返す?」

 

 そう。それこそが、如月の仕事なのだ。

 

「君は、奴らに呪いをかけられている。人々が『トラウマ』とか呼んでいるあれだ」

 

「呪い? トラウマ?」

 

「そうだ。そして僕は、その呪いを奴らに返してやることができる。条件は厳しいけどね……君が望むなら、奴らを倒すことができるってことさ」

 

 倒す。自分をあんな目に遭わせた奴らを、倒す。そう言われても、大樹は簡単には決意できなかった。

 

「だけど、人に暴力を振るっちゃダメだって……」

 

「このまま君が呪われたままでいいと言うほど、君の親は冷酷な人間なのかい?」

 

「……ううん。二人とも優しいよ」

 

 当然だ。私財を投げうって、自分のところにまで辿り着いたのだから。その愛情を疑う余地はない。だからこそ、如月はこの家族を助けたいのだ。

 

「そうだろう? それなら、躊躇することはない。君の正直な気持ちを話してくれ。あいつらにあれをやられて、君はどう思った?」

 

「嫌だったよ。酷いって思った」

 

「その通り。嫌なことだ、酷いことだ。君がそんなことをされる筋合いはどこにもない。それなのに奴らは君を狙った。それは何故だと思う?」

 

 大樹は、ムッとしながら口にする。

 

「僕が弱そうだったから!!」

 

「そうだ!! 奴らは弱いものイジメがしたかったのだ、自分より弱い者が欲しかったのだ!! それに君は利用されたんだよ!!」

 

「なんで僕がこんな目に遭うの!?」

 

 それを聞いた如月が、拳を握って叫ぶ。

 

「奴らの頭がおかしいからだ!! 全て奴らのせいだ!! そんなことをしてくる奴らがいたとして、君は何をしたい!?」

 

「……負けたくない!! 怖いけど、許せない!!」

 

「それでいい!! その気持ちを忘れるな、大樹くん!! 君の心は呪いを振り払おうとしているんだ!!」

 

 大樹を焚き付けるだけ焚き付けて、如月は大樹の両手を握りしめた。

 

「ありがとうお兄さん、僕……あいつら許せない!!」

 

「あぁ、お兄さんもだ。だから……明日、奴らに会いに行こう。それまでに準備をしておくから……君は、その心だけ持ってきてくれればいい」

 

「うん、絶対忘れない!!」

 

 大樹の目にもう恐怖はない。あるのは、立ち向かうための怒りと勇気のみ。

 

「よし。それじゃあ、お兄さんは準備のために帰るよ。いい子で待ってろよ?」

 

「はーい!!」

 

「……さて。新野さん、事前準備は終了ですよ。うるさくしてすみません」

 

 如月は頭を下げたが、新野は首を横に振った。

 

「いえいえ。大樹さえ元気になってくれたなら、私達はそれで十分です」

 

「そう言っていただけると有難い。それでは、私は明日のための準備をしに行きますので、失礼します」

 

「はい、ありがとうございました」

 

 新野に見送られながら、家を後にした如月。家を出た瞬間、如月の目から光が失われる。どこまでも冷たい、凍てつくような目で……明日の獲物を見据えた。

 

「覚悟しろ。お前たちのような呪いの塊に未来などないことを、俺が教えてやる」

 

 そう言って如月は、『準備』のために冷たい目のままどこかへ歩いていった。




呪う者は、呪われるべし。
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