呪詛返シ請負人   作:とも667

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 本当にこれで、最終回です。


呪詛返シ請負人

逃げ出した如月は、気づいた時には自分の事務所に戻ってきていた。余程の勢いで走っていたのか、如月の足は棒のようになっている。

 

「やるって言ったのに、俺は……」

 

 逃げ出してきてしまった。その事実が、とにかく情けなく思えた。やると誓ったのに、あの子供に笑いかけたのに。

 

「だけど……あの人は……」

 

 しかし、それと同時に如月は気づいていた。吉田良太と自分は、同じ存在であることに。ほぼ、同一の存在。ただ、足がついたかどうかの違い。つまり、吉田良太を非難することは……自分への、存在否定である。

 

「じゃあ、この仕事を辞める……? そんなこと、できるわけない……」

 

『頑張って、如月さん!!』

 

「どっちにしても、何かへの裏切りだ……」

 

 吉田を殺せば、これまでの自分への裏切りになる。しかも、自分のやってきたことが同じことである以上、正に『お前が言うな』だ。如月はそこまで厚顔無恥にはなれなかった。ここはみんなの協力でできた場所なので、この仕事を辞めることは彼らへの裏切りでもある。

 

 しかし、この依頼を蹴れば……契約不履行の上、あの子供達を裏切ることになる。仕事ができなくなっている以上、あの家庭は長くは持たないだろう。そして、吉田家もいずれは暴虐に潰される。そんなことを、彼らが望むはずもない。

 

「俺は、どうすればいいんだ……」

 

 吉田を倒して、ダブルスタンダードを起こすか。それとも、彼らの破滅をただ黙って見ているか。最低な人間になることは避けられない、最悪の二択。如月は部屋の隅に座り込んで、頭を抱えていた。

 

「いや、もう最低な人間だな……逃げ出したんだから」

 

 そう言って自嘲する如月は、必死に考え続けている。だが、全く答えは出ない。彼らを救うには呪詛返しが必要不可欠、しかしそれを使えばダブルスタンダードが起きる。如月はこの仕事をやってきて、初めて『詰み』の感覚を感じた。

 

「これまでやってきた人達にも、家族がいたのかもしれない……」

 

 犬をけしかけた子供達。人の心を壊したサトウ。三人で男の子を取り囲んだ上、売春を行ったマルヤマ達。人を痛めつけて、その上失明させたウテビ。そして……障害者達を食い物にし、人生を奪ってきたアクティングの……カタヤマと、自分の母。

 

 彼らにはきっと、親がいた。他の家族もいたかもしれない。如月は、目の前の被害者を救うことだけを考えて、彼らのことを何も考えなかった。吉田だって、そうである。どこまでも二人は同じだった。間違いだったと、否定するのは簡単だ。しかし……

 

『如月さんのおかげです!! ありがとう!!』

 

『学校の遠足の写真なんですが、目が見えなくても幸せだって言ってくれて……これも、あなたのおかげです』

 

『全員が助かったのは、今幸せに暮らせているのは全てあなたのおかげなんですよ。私達は、あなたに感謝してもしきれません……私達も、まともな場所で就労支援を受けられています』

 

 彼らは自分のおかげで助かったのだと、自信を持ってくれと言っていた。それを否定するなら、彼らすら否定することになる。如月は、自分のことを好きでいてくれる人たちを、否定することだけはできなかった。

 

「……見放すしか、ないのか」

 

 如月にとっても、苦渋の決断。しかし……これまでやってきたことを考えても、自分に吉田を殺すことはできないと考えた。そんな時に、インターホンが鳴る。

 

「誰だろう……はい、今行きます……ッ!?」

 

「こんにちは、如月さん……この子が、どうしても行くって……」

 

「如月さん、こんにちは!!」

 

 如月が後ずさりする。目の前の子供は、とても純粋な笑顔を自分に向けていた。これから裏切られるとも知らずに。

 

「あ……あぁ……」

 

「お忙しい中すみません、この子がこれを渡してあげたいって聞かなくて」

 

「如月さん、どうぞ!!」

 

 手渡されたのは、市販のココア味のビスケットだった。だが、如月はそれを受け取れない。できるはずがない。こんな子供を、家族を。今から、自分の意思で裏切るのだから。

 

「……」

 

「その子が好きなお菓子で……それがあれば、如月さんも頑張れるって思ってるみたいで」

 

「パパが元気になったら、また遊園地連れてってもらうんだ!!」

 

 その男は、一人の人生を壊した男。でも、この子にとっては理想のパパ。矛盾していることは、何も無い。身内に優しい犯罪者など、よくある話だ。

 

「そういうことですから……受け取ってあげては、くれませんか?」

 

「俺は……」

 

「如月さん、これ嫌い?」

 

 これを手に取ることは、つまりこれまでの全てを裏切るということだ。しかし、このままでは目の前の人を裏切る。吐き気のするような、地獄の選択肢。如月は、必死に考えた。

 

『この人達には罪がない。このままでは、吉田のせいで破滅する。ただの被害者だ……でも、吉田はこの人達の夫の被害者だ。その上、自分の父親とカタヤマの被害者でもある……俺なら、確実に呪詛返しで破滅させている人達だ……』

 

「如月さん……? どうしました? 顔色が悪いですよ?」

 

『どちらかは絶対に、破滅する。俺を好きでいてくれる人達か、それとも目の前のこの人達か……どちらを裏切ればいい?』

 

 如月は考えた。どちらも裏切らずに、この件を解決できないかと。それを可能にする理論はないかと。しかし、何も浮かんでこない……

 

『俺はなんなんだ。如月福司、お前は何者だ?』

 

 自分に問う。自分が何者なのか、と。その答えは一つ。

 

『呪詛返シ請負人。復讐の代行者だ』

 

 そう。呪詛返しは復讐。いくら取り繕っても、社会的には許されない。吉田と何が違うだろう。

 

『お前はどうして、そうなりたいと思った?』

 

 自分の中の自分に、答える。

 

『人のために、この力を使いたくて……この力で、人を救えるんだって、証明したくて……』

 

 自分の反逆から始まった職業。それは確かに、罪なき被害者達を救ってきた。

 

『お前はどうなりたいんだ? 最低の裏切り者か? それとも、逃げ続ける臆病者か?』

 

 否。断じて否。自分がなりたいのは、なりたい物は。

 

『俺はいつだって、()()()()被害者の味方だ……!!』

 

 目の前にいる、自分に助けを求めてきた被害者の味方。正義も悪もない、ただそれだけ。如月は目の前の被害者を、救う存在なのだ。如月が目を開き、お菓子に手を伸ばした。

 

「……ありがとう。もらうよ」

 

「ホント!? やったぁ!!」

 

「お手数お掛けしました。ほら帰るよ、バイバイしなさい」

 

「如月さん、バイバーイ!!」

 

 手を振って二人を見送り、家の外に出る。心は決まった。自分を応援してくれる人も、彼らも。どちらも裏切らない。自分の手の届くところに、いるのならば。

 

「俺は、目の前の被害者を救う……」

 

 救えなかった被害者、吉田。もう手遅れ、全て遅すぎたのだ。もう一人の如月とも言える存在を如月は……今から、呪詛返しで破滅させに行く。

 

「そのためにも……まずは」

 

 如月はやる事を決めて、もう一度吉田の家へと向かった。その目に、いつもの憎しみや冷酷さはなく……ただ、強い決意のみがある。意を決して、インターホンを押した。

 

「……ごめんくださーい!! ここに吉田良太さんはいらっしゃいますか!?」

 

「帰らせろ!!」

 

「は、はいっ!!」

 

 もう迷わない。これから如月は、彼に呪詛返しを行う。そこで出てきたのは、父親だった。

 

「すみません、お引き取りください!!」

 

「……アクティングを潰したのは俺ですよ、吉田さん!! よかったら、話をしましょう!!」

 

「なに……? おい、通せ」

 

 主張をいきなり変えたことに、父親が驚く。

 

「えっ、だけど……」

 

「いいから通せ!!!」

 

「は、はい!! どうぞ、お入りください!!」

 

 父親に一礼して、如月が家の中に入る。そこに吉田はいた。体中に痛々しい痣のついた、冷酷な形相な男。それが吉田だった。異様な様子にも、如月は怯まず話しかける。

 

「はじめまして。如月福司……名前くらいは聞いたことありますか?」

 

「……アクティングに、何をした?」

 

「一言で言うなら、呪いをかけました。超強力なやつをね」

 

 それを聞いて、吉田が疑いの目線を向ける。しかし、如月の目が嘘をついていないのは吉田にもわかる。

 

「やけにファンタジックだな」

 

「元々はアクティングがやってた、暗殺とストレス発散の人体実験から生まれた技術。それを今も使ってるのが俺ってわけです」

 

「あいつら、そんなことしてたのかよ……お前も、大変だな」

 

 同じ被害者だと知り、吉田の態度が軟化する。それを見て、如月は内心ほくそ笑む。これも計画の内だ。

 

「ありがとうございます」

 

「おい、母さん!! お菓子くらい出してやれ!!」

 

「あ、はいっ!!」

 

 吉田が命令をすると、母親はすぐにお茶とお菓子を用意した。

 

「いえいえ、お構いなく……」

 

「下がってろ。二人で話するから」

 

「はい」

 

 二人が部屋を出ていき、吉田が姿勢を崩す。口調はさっきよりも、ずっと穏やかだ。

 

「……お前、なんでここに来たんだ?」

 

「ここに、アクティングの生き残りがいると聞いて、いてもたってもいられなくなりまして。僕もその一人ですから……」

 

「そうか……お前もカタヤマのヤツに……あの野郎め、ホントクソ野郎だな!!」

 

 吉田が怒りを露にする。如月はそれに共感していた。

 

「そうですね。まぁ、だからこそあれだけの呪いを食らったんですが」

 

「相当な量だっただろうな……」

 

「えぇ、本当に……あ、このお菓子美味しいですね」

 

 如月がお菓子の話に軌道を逸らし、吉田の怒りを止める。吉田もお菓子に手を伸ばし、一口。

 

「あ、これ美味いよな。お前もわかるか」

 

「えぇ、もちろん」

 

「カタヤマのせいで、これすら食えない時期が……くそっ、あいつ……!!」

 

 またスイッチが入ったらしい。如月は、それを宥めるついでに窘める。

 

「吉田さん。すみません、お気持ちはよくわかりますが……今は楽しい話をしたいので、恨み言は控えて欲しいです」

 

「あ、そうか……ごめん。気をつける」

 

 やはり親しい人の言ったことなら、ある程度素直に聞くらしい。如月はとりあえず、火急の問題である職場での行動を止めるつもりでいた。

 

「ありがとうございます。こっちのお菓子は食べたことないな……」

 

「あ、それ美味しいぞ。食べてみな」

 

「本当だ、美味しいですね」

 

 しばらく談笑し、ある程度空気が解れたところで、今日言いたいことを言う。

 

「そういえば、吉田さん。ひとつお願いが……」

 

「ん、なに?」

 

「父親さんと母親さんに、もう少し優しくしてあげてくれませんか? 乱暴すぎる気がして……」

 

 そう言われて、吉田が顔を顰める。機嫌を損ねてしまったらしい。

 

「……親父は、いつも俺を脅した。勉強ができない俺に、延々と暴言を吐き続けた!! あいつもそれを止めない!! これは復讐だ!!」

 

「復讐するにしても、あそこまでこき使ってたら、いつか動けなくなってしまいます。何もしてくれなくなるのは、吉田さんも困るのでは?」

 

「……わかった。もう少し抑えるよ」

 

 火急の危険を二つ排除できて、如月が内心安心する。

 

「ありがとうございます……助かります」

 

「なんでお前が助かるんだ……まぁ、いいけどさ。もう遅いな……母さん、飯!!」

 

「それでは、僕はこの辺で。失礼します」

 

「またいつでも来いよ、待ってる!!」

 

 如月は吉田に手を振って、事務所に戻っていく。今日できることを全て実行し、如月が笑う。

 

「吉田は被害者でもある。今吉田は、受けた呪詛を溜め込んでる状態だ……まずはそれを、ある程度相殺しないとな。じゃないと、呪詛返しの意味が無い」

 

 呪詛返しは、被害者の呪詛を相手に呪いとして叩き返す物。しかし既に溢れているコップに水を注いでも、溢れ続けるだけなのと同じように、今呪詛返しをしても、彼には意味がないのだ。

 

「それに……あまり手荒な真似はしたくないしな」

 

 個人的な感情として、同族を痛めつけることはあまりしたくなかった。なので、如月はこの手段を取ったのだ。

 

「タイミングを見計らって、彼にできれば納得してもらおう。それがダメなら……いつも通りやればいい」

 

 如月はもう、選択していた。誰の味方になるかを。

 

「絶対に君達を救う。待っててくれ……」

 

 ──サクッ。

 

 彼から貰った、ココアビスケットを齧る。ほろ苦い味が、如月の口の中に広がった。

 

「頑張るよ、俺」

 

 そのためにも、如月は明日の準備をしに事務所へ戻っていった。そして、次の日。

 

「……なんか、吉田のやつ大人しくなったか?」

 

「気をつけろよ、何してくるかわからないからな」

 

「はい、今日はこれで終わりです。解散」

 

 吉田はいつもよりも大人しく家に帰っていく。すると、家の前で如月が待っていた。吉田はそれに喜んで、如月に声をかける。

 

「おーい、如月!! 遊びに来たのか?」

 

「はい。家に入ってもいいですか?」

 

「もちろん!! 今鍵開けるからな!!」

 

 鍵を開けて、如月と吉田が家に入る。

 

「手洗ったらおやつ食べようぜ」

 

「いいですね、おやつ食べながら話しましょうか」

 

「おう!!」

 

 吉田と如月は、完全に友達同士だった。如月にとって、思い通りの計画の進み方だ。お菓子が用意されて、如月が母親に一礼する。

 

「さてと。何の話するんだ、如月?」

 

「吉田さん、好きなことはなんですか?」

 

「えーっと……食べることと、ゲームかな。最近の日課は筋トレだけど」

 

 楽しく談笑して、呪詛を少しずつ相殺していく。それと、吉田がこちらの主張を受け入れてくれるようにしていく。

 

「そうですか……僕は本を読んだりしてます。吉田さんは好きな本、あります?」

 

「読書ってことは、漫画は含まれないんだよな? じゃあ、今んとこないなぁ……」

 

「面白いですよ。読んでみるといいかと、世界が広がりますから」

 

 如月がそう言うと、吉田は今度は落ち込み始めた。どうやら、ネガティブな捉え方をしたようだ。

 

「そうか……俺の世界って狭いんだな……小説って文字だらけで読めないんだけど、読めるのが普通か……」

 

「そんなこと言ってませんよ。僕はただ、面白いから勧めてるだけです。悪い方に捉えないでください」

 

「あ、ごめん……やめる。はぁ、いつもこうだ……自分が嫌になるな」

 

 如月は吉田にまた注意して、人格を矯正していく。これも、呪詛返シを受け入れやすくするための措置のひとつだ。

 

「あと、自己嫌悪するのも控えてくれると助かります。僕は他人を下げて、マウントを取りたいわけではないので……行為だけ反省してくれればいいです」

 

「あ、あぁ……わかったよ」

 

「空気を悪くしてすみません。そういえば、その体……よく鍛えられてますね」

 

 如月は吉田の気分をポジティブにするために、褒めておく。褒められて悪い気はしないようで、機嫌が戻った。

 

「そうか? へへへ、だろ? 鍛えてんだ!! あいつらに復讐するために始めたんだがな……」

 

「吉田さん、すみません」

 

「あ、悪い……なんなら一緒に筋トレするか?」

 

 そう言われて、如月も立ち上がる。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて……」

 

「よし、決まりだ!! 行こうぜ!!」

 

「はい」

 

 如月はその日、吉田と筋トレをして過ごした。如月は事務所に帰って、筋肉痛で倒れ込む。

 

「……やりすぎたな」

 

 そして次の日も、また遊びに行く。全ては呪詛返シのため……被害者の、あの子たちのために。

 

「いや、それに関しては僕はこう考えます」

 

「違うだろ!! 俺はこう思ってるんだよ!!」

 

「吉田さん、怒らないでください。僕は、意見を押し付けてるわけじゃないです。怒られると怖いですし……」

 

「あっ、ごめん……気をつける」

 

 人格面も、少しづつ変えることで反感を買わないようにしつつ、施設のみんなの負担を減らしていく取り組みをする。

 

「あいつ、最近大人しいな」

 

「なんか……穏やかになったか?」

 

「最近の彼は接しやすくて助かる……前までは、手がつけられなかったからな」

 

 如月の目論見通り、施設のみんなの負担は減少していた。実行日が近いことを悟り、如月は彼らの妻達に連絡する。

 

「というわけで、そろそろ実行できそうです」

 

「本当ですか!? よかった……本当に、ありがとうございます!!」

 

「それと、動機なんですが……これは、被害者には伝えないでください。呪詛返しに支障が出るので」

 

「あ、はい……?」

 

 そこで如月は、調べたいじめのことを話した。とてつもなく残酷な、いじめの数々。それを聞いて、彼女達は顔を顰めている。

 

「これらの理由から、暴行に至ったようです」

 

「うちの人が、そんなことを……」

 

「……だけど、彼は子供にも好かれてます。私も、彼のことを愛しています……離婚なんてできませんよ」

 

 松田に続いて、他の二人もそれに同調する。

 

「彼はしっかりと働いて、うちの生命線になってくれてるんです。それに関しては謝罪しますが、依頼は取り下げません」

 

「私だって、離婚なんてできませんよ。このままじゃ、生活もままなりません」

 

「……そうですね。それでは、皆さんで彼らの復讐心を煽っておいてください。必要不可欠なので」

 

 彼女達の了承を得て、如月は次の日……いつものように、吉田の家へと向かう。

 

「ほら入れよ、おやつあるぞ!!」

 

「ありがとう。もらうよ……うん、美味い」

 

「だろぉ? へへっ、いい物買ってこさせたんだよ」

 

 如月はもう、覚悟を決めていた。意を決して、話し始める。

 

「……大事な話があるんだ、良太。いいかな?」

 

「おう、いいよ。なんだ?」

 

「まだ覚えてるか? お前がボコボコにした、いじめっ子達のことを」

 

 それを聞くと、吉田は顔を顰めながらも答えた。

 

「うん、覚えてる。あいつらはボコボコにしたな」

 

「……そうだな。復讐が悪いことだとは、言わない。言うつもりも、その資格もない」

 

「そういえば、お前って噂の『呪詛返シ請負人』なんだっけ。すげぇな、羨ましいよ」

 

 如月は話を続ける。ここからが、本題だから。

 

「でもな、良太。あの人達には……実は妻と子供がいたんだ」

 

「えっ? あんな奴らに……?」

 

「いたんだよ。そして、俺のところに来て……俺に言ったんだ。夫を……パパを助けてってな」

 

 それを聞いて、良太が怒りを露わにする。

 

「まさか、受けたのかよ……」

 

「……あぁ」

 

「ふざけんな……!! お前のことは信じてたのに!!」

 

 このままでは、自分は撲殺されるだろう。そう思って……如月は吉田に感情を吐き出す。

 

「俺だって悩んだんだよッ!!!」

 

「えっ……」

 

「お前は、俺の同類だ……いじめも、教育虐待も、アクティングにいたのも!! 復讐をやってるのも全部、同じだ……」

 

 吉田は何も言えずに、その場に座り直す。如月は話し続けている。

 

「だから、なんだよ……」

 

「俺は必死に考えた。罪のない子供と、女の人を裏切るか。今までの自分と、自分を応援してくれた人を裏切るかの二択……そう思ってた」

 

「……違うってのか」

 

 如月が頷いて、相手の目を見て言った。

 

「俺は、目の前にいる被害者の味方だ。それ以上でも、それ以下でもない」

 

「俺は被害者じゃないのか?」

 

「お前はもう、復讐を果たした。俺と同じ、加害者側に回ってる……ごめん。俺が、代わりにやってやれなくて」

 

 吉田が顔を伏せる。救えなかった自分の同類が目の前にいる。如月は、申し訳ない気持ちで心がいっぱいになっていた。

 

「俺と友達になったのも、嘘かよ……」

 

「いや、あれは嘘じゃない。打算もあったけど、お前を変えてやりたかった……せめて、同類としてな」

 

「……そうか、ありがとう」

 

 まだ友達だと思ってくれている。それを知って如月は、心が暖かくなった。

 

「このままじゃ、あの人達の……あの子達の人生は滅茶苦茶になる。奥さんや子供に罪がないのは、お前もよくわかってるはずだ」

 

「そうだな……」

 

「他人の人生を潰してきた俺が、言っていいことではないけど……目の前にいる以上、俺は救わないわけにはいかないんだ。だから頼む……この呪詛を受け入れてくれ」

 

 如月が、大きく頭を下げた。そこで良太が苦笑して、言う。

 

「いいよ。わかった……バレないようにやった時点で、後ろめたい気持ちがあったのは確定だしな。その人達を連れてきてくれ」

 

「……すまない。ありがとう」

 

「謝んなって……親父にも迷惑かけたな。しっかり謝らねぇと」

 

 良太はどこかスッキリした様子で、そう言っている。

 

「呪詛を喰らえば、一生苦しむことになる。でも苦痛を和らげるのは、薬でできるから……お前も、処方してもらうといい。病院を紹介するから」

 

「何から何まで、ありがとな。お前のおかげで、変われた気がするし」

 

「……彼らを連れてくる」

 

 如月は外で待っていた彼らを、家の中に連れていく。そして、松田は開口一番……

 

「死ね!!」

 

 ──バゴォッ!!

 

「ごふっ……」

 

「よくもやりやがったなぁ……情けねぇクズめ!! ゴミ野郎の癖に、図に乗るなよ!! 今からお前を殺してやるッ!!!」

 

 そう言って、もう一発を構える松田……しかし、それを止めたのは子供だった。

 

「パパ、なんでそんなに酷いこと言うの?」

 

「だって、こいつが俺のことボコボコに……」

 

「聞いてた。酷いことしたんでしょ? そんなパパ、嫌い!!」

 

 一番親に響くのは、子供の言葉だ。子供にそう言われては、反省するしかない。

 

「わ、悪かったって!! もう言わないよ、反省してるからさ!! な!? 後でアイスやるから!!」

 

「いらない!!」

 

「俺も家で言われたよ……あれは結構応えた。全然機嫌直してくれねぇし」

 

「でも、それはそれとして……やることはやらせてもらうぞ」

 

 吉田は、一切抵抗しようとしない。どころか、彼らに謝罪までした。

 

「……悪かった。あそこまでやることなかったな」

 

「えっ、謝った……もっと乱暴なんじゃ?」

 

「いえ。僕が説得しました……では、始めましょうか」

 

 松田と秋月と鈴木の三人と、如月が吉田の目の前に立つ。そして、吉田に声をかけた。

 

「良太。呪われてもらうぞ」

 

「わかってる、やってくれ」

 

「……呪怨には呪怨あるべし。悪逆には悪逆あるべし。因果応報、人を呪わば穴二つ」

 

 彼らの呪いが、如月の手に集まった。それを如月は……吉田へと、叩きつける。

 

「如月。ありがとうな」

 

「……天罰覿面!! 呪詛返しッ!!!」

 

「うっ……」

 

 呪いを受けて、吉田が気絶する。呪詛が抜けた三人は、スッキリした表情をしている……

 

「終わりましたよ。調子はどうですか?」

 

「いい感じだ。これなら仕事にも行けそうだよ」

 

「あなた……!! 本当にありがとうございました!! なんとお礼を言えばいいのか……」

 

 しかし、如月にとってはお礼を言われるようなことはしていない……どころか、罪を犯していた。他でもない、同族を倒した罪だ。いくら取り繕おうとも、ダブルスタンダードには変わりない。

 

「あとで請求書を、お送りしますね」

 

「はい。それでは……!!」

 

「ありがとう、如月さん!! またねー!!」

 

 如月は子供に手を振って、見送る。あの家族はこれから、また普通に暮らすだろう……

 

「もう、この家族は戻らない……」

 

 下で物音が聞こえて、下に降りてみる。そこで聞こえてきた内容。

 

「お父さん……本当に出ていくの?」

 

「当たり前だ。こんなところにいられるものか、あんなやつを産むんじゃなかったよ。ほら、母さんも手伝ってくれ」

 

「……わかった」

 

 如月はそれを聞いて、吉田を見に行く。どこか安らかな表情で、気絶している……

 

「今からでも、薬を……」

 

 如月はそう呟いて、吉田を連れ出した。

 

 

 

 吉田が目を覚ますと、そこは病院のベッドの上だった。そこで吉田はまず、激しい頭痛と幻聴に襲われる。

 

「グゥッ……アッ!!」

 

『お前のせいでぇぇ!!』

 

『死ね、今すぐ死ねっ!!』

 

 それからの、目眩。強い吐き気と共に、血反吐を吐き出す。

 

「がぼっ、おがぁっ……」

 

 まだまだ終わらない。吉田の体中が、殴られているように痛む。そこにはおびただしい量の刻印が浮き上がっていた。

 

「俺が殴った痛み、か……がふっ、がふ……」

 

 口から溢れる血は、まだ止まらない。これが、呪いなのだ。

 

「……自業自得か」

 

 そんな状況でも吉田は、とても落ち着いていた。刺さっている点滴のおかげか、症状は比較的すぐ治まる。そこに、如月が現れた。

 

「よう、良太。どうだ?」

 

「キツいなぁ、呪いって」

 

「そうだろうな……とにかく、発生している症状が似てるみたいだから、薬も同じものが出るらしい。朝昼晩、飲んでくれってさ」

 

 良太が頷く。如月はとても申し訳なさそうだ。

 

「……悪かったな」

 

「いいんだよ、俺の自業自得だ。大体、俺のような……」

 

 必然的に自罰的な思考になり、それを口にしようとした時。突然吉田は、息ができなくなった。呼吸ができずに、のたうち回る。

 

「良太!? おい良太!! しっかりしろ!!」

 

「かっ、が……っはぁ!! はぁ、はぁっ……なんだ、今の……言おうとしたら、急に息が……」

 

「どうやら、愚痴や恨み言を口にすると窒息するようだな……これも呪いの内容か」

 

「やめるいい機会だな。やめるよ、この機会に……悪かった。色々世話かけたな」

 

 そう言って吉田は、飽くまで自業自得として、気にしていない様子だ。如月はその様子を見て、一言言う。

 

「これからも、俺はお前の友達だ。忘れるなよ」

 

「ヘッ、誰が忘れるかよ」

 

「……じゃあ、また今度」

 

 そう言って如月は、事務所に戻っていった。

 

 

 

 それから良太は、誰もいない家で暮らすようになった。時間通りに目覚ましが鳴り、それに合わせて起きる。

 

「よし、時間通りだな」

 

 いつも通り起きて、着替えたらご飯を食べて薬を飲む。

 

「よし、あとは荷物を用意して……」

 

 お弁当を用意して、必要なものを詰め込む。そして事業所に向かって、丁寧に挨拶をする。これまでの吉田からは、考えられない行動だ。

 

「おはようございます」

 

「おはようございます。吉田くんは今日はこの作業ですね」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 何も言わず、大人しく作業を行う。その様子に、周りからは疑念の声が上がっている。

 

「なんだあいつ、急に大人しくなって……」

 

「まぁなんでもいいだろ、苦労しないで済むし」

 

「点数稼ぎか? 今頃遅せぇよ」

 

 作業はあっという間に終わって、解散の時間になった。吉田は事業所を出て、いつものところに向かう。如月との待ち合わせ場所だ。

 

「よう、如月!!」

 

「良太。どうだ、呪いは?」

 

「キツイなぁ……まぁ、仕方ないさ」

 

 完全に受け入れられた様子に、如月は申し訳なくなる。思わず、吉田に謝罪してしまった。

 

「……悪いな」

 

「いいって、お前のせいじゃないし。ほら、なんか食べに行こうぜ!!」

 

「……そうだな」

 

 仕事が終われば友人と遊んで、帰って寝る。特別さなどない、普通の一日。それでも、吉田は幸福だった。そんなある日、吉田は思い立つ。

 

「そろそろ、如月がいなくてもいいか……」

 

 自分が如月に依存気味なことは、自覚していた。だから距離を置いて、自立しようというのだ。次の日、吉田は早速如月にその旨を伝える。

 

「ってわけで……毎日遊ぶのは、今日からやめる!!」

 

「そうか……わかった。いつでも連絡しろよ、絶対行くからさ」

 

「ありがとう、それじゃ!!」

 

 そう言って、吉田は家に帰り……いつも通り、風呂を済ませて部屋に戻る。

 

「さて、明日からも頑張るぞ……がぁっ!?」

 

 しかし、呪いは残酷であった。背中を殴られたような感覚と共に、地面に倒れる。そこで吐き気の発作、血反吐を吐いた。そして、怨嗟の声と頭痛も襲う。

 

「ごげっ、ごぶ……」

 

 ──ビチチチチッ。

 

『死ね、今すぐ自殺しろ!!』

 

『聞こえねぇのかぁ!? この無能がぁ!!!』

 

「……ごっ、ぐ……」

 

 吐き気で声を出せない吉田は、薬を追加で飲むために階段の方へ這っていく。もう少しで、階段だ。

 

「うが……があぁ!?」

 

 階段に体を乗せたところで、頭を殴られたような感覚に襲われる。そのまま吉田はバランスを崩し、階段を転がる。

 

 ──ズドドドドドォォォン!!!

 

「げぁっ、え……」

 

 血反吐を吐いて、その中に顔を突っ込んだ。体中が曲がってはいけない方向に曲がり、とても動けるような状況ではない。頭を強打し、脳出血を起こしたのか……意識が朦朧としていた。

 

「なん、で……」

 

 自分は、ここから頑張るのに。そう思ったところで、吉田は思い出す。殴られる最中に、彼らが言っていたことを。

 

『がごっ、ごぶぅっ、がっ……ま、待て、待って!! 謝るから……ゆ、許して……!!』

 

『ま、待ってくれ、死にたくない……!!』

 

『ぎゃっ、うがっ……やめてくれぇぇぇぇ!!!』

 

 それを走馬灯のように思い出して、吉田が自分を嘲笑する。そして、最後に呟いた。

 

「最後まで……自業自得……だ」

 

 それを言った瞬間、吉田は窒息した。脳出血があるところに窒息したことで、吉田の体は持たず……そのまま、吉田は孤独死した。

 

 

 

 それからしばらくして。腐り切った死体が、心配してここに来た事業所の人と、警察に発見され……それを知った吉田家が言う。

 

「あ、死んだの?」

 

「あの男は死んだのか、清々するな。生命保険を請求しとけ、あんな奴でも金になる」

 

「そうね」

 

 もう彼らにとっては、吉田は赤の他人同然であった。何の感情も抱かず、金勘定だけを考えている。肉親に対して残酷かつ、冷酷に接した業はここで返ってきたのである。

 

 

 

 そして、もちろん吉田の死亡の知らせは、如月もすぐに知ることになった。

 

「……良太が、死んだ?」

 

 気付かぬうちに、そう呟いた如月の目から涙が溢れる。

 

「そんな……決意したその日に死ぬなんて……良太……うぅっ」

 

 殺したのは、自分のようなもの。選択して、殺したのだ。それでも、如月は友人の死に泣かずにはいられない。如月は涙が枯れるまで泣いた後……立ち上がって、空を見て言う。

 

「……良太。お前に誓うよ、俺は死ぬまでこの仕事を続ける」

 

 呪詛返し請負人の仕事は、目の前の被害者の味方をすること。如月は、確かに吉田にそう言った。だからこそ……死んでしまった友人に、如月は誓う。

 

「何があっても、やめたりしない。もう、お前みたいな人を出さないために……」

 

 彼は救えなかった被害者が、加害者になった人間だ。手の届かなかった、同類。だからこそ、如月にとって大切な友人だった……

 

「これからも、復讐は俺がやる。被害者が、呪われなくていいように」

 

 体に走る、殴られたような痛み。吉田に呪詛返しを行った時についた、拳の形の刻印が……いつでも吉田を思い出させてくれるから。

 

「だって、俺は……」

 

 被害者が加害者になり、呪いを受けないように。罪のない被害者が、理不尽な呪いで死なないように。被害者が普通に暮らしていけるように。復讐の罪も含めて、請負う。それが……

 

「呪詛返シ請負人、だからな」

 

 吉田のような者を、二度と生み出さないために。如月は、呪われた加害者であり続ける。いつか死んで、地獄に落ちるまでは。




人を呪わば、穴二つ。
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