呪詛返シ請負人   作:とも667

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逆恨みの呪い

ここは、障害者の就労支援施設。作業着を着た者達が、椅子に座って淡々と作業をこなしている。ある場所では造花が箱の中に詰められていき、またある場所では指輪やネックレスなどのアクセサリー、キッチンではお菓子が作られている。

 

「ったく、あのクソ野郎はもう本当に……あのクズめ!! クソが!!」

 

「うわ、また始まったよ……」

 

「ほっとけ。どうせ言っても止まらねぇよ」

 

 そんな中、作業をしながら誰かへの暴言を吐き散らす者がいた。丸々と肉ついた、明らかなメタボ体型。無精髭が伸びきったその顔が、余計に不細工さを増幅させている。全員もう諦めた様子で、無視して作業を続けているが……隣にいて、無理矢理聞かされる者からすれば、たまったものではない。

 

「やめてくださいよ、佐藤さん……」

 

「えぇ? あぁ、はいはい。すいませんね……それにしてもあいつ……!!」

 

「やめてくださいってば……!!」

 

 隣から延々と聞こえてくる、誰かへの中傷。それをBGMにしながら作業するのは、男にとってはとてつもない苦痛だった。男は顔を顰めながら、佐藤を制止し続けている。しかし佐藤は男の制止に耳を傾けず、それどころか顔を顰めて、青筋を浮かべている。

 

「チッ、うるせぇな……クソが。それにしたって、あのクソ野郎め……!!」

 

「もう……やめろって!!」

 

「無駄だよ。何言ったって止まらない、諦めな」

 

 佐藤は、自分のことを棚に上げて、迷惑を訴える声を一蹴してしまった。それでも諦めない男に、隣の男が肩に手を置いて、諦めるように促した。男はなにか反論しようとしたが……何も言えずに黙り込んでしまった。

 

「うぅっ……」

 

「もうすぐ休憩時間だ。頑張ろうぜ」

 

「……はい」

 

「……それにしてもクソッタレ野郎め、死ねよ!!」

 

 隣から聞こえてくる、止まぬ暴言の雨。それだけでも男への精神ダメージはあった。しかし佐藤は、それから信じられない行動をし始める。次の日、男が手を動かしていると……

 

「あぁ、そこ違うぞ。そうじゃない」

 

「そうなんですか? すみません」

 

「……プッ、フフフフッ……」

 

 隣から聞こえてきたのは、誰がどう聞いても嘲笑の意を込めた声。その声の主はもちろん、佐藤である。真面目に働いている者を、気に入らないという理由だけで嘲笑い始めたのだ。無論、男は顔を顰めて佐藤の方を向いたが……佐藤は狡猾にも、その瞬間に笑うのをやめて、何事も無かったかのように作業を続けている。

 

「……ッ!!」

 

「教えるから見ててね、ここは……」

 

「は、はい!!」

 

「プププッ……」

 

 笑いを噛み殺したような声。それが向けられているのは、自分自身である。そして佐藤の嫌がらせは、それに留まらなかった。

 

「あっ、そこはそうじゃないよ」

 

「すみません! くっそぉ、難しいなぁ……!!」

 

「ププッ、全然できてない……フフフフ!!」

 

 職場であるという枷がなければ、今にも大笑いし始めそうな程の笑い方。一日中、笑われ続けるのだ。やめるように言ってもやめるわけがない。そしてもちろん、誰かへの中傷の声も止まってはいない。

 

「あんのクソ野郎が……!!」

 

「あぁ、また始まったよ……」

 

「あのっ、やめて……」

 

「あぁ、はいはい。フヒヒヒヒ……それにしてもあいつは……!!」

 

 中傷は止まるどころか、自分への嘲笑まで加わってしまった。そして、しばらくしてからのこと。それは突然起こった。いつも通り職場に来て、配置についた時……佐藤はこちらを見ると、いつもの嗤いを貼り付けた顔で言った。

 

「あ、出た。詐欺師……」

 

「……はっ?」

 

「あぁ、なんでもない。フフフフ……」

 

 なんでもないはずがない。常に嘲笑われ続けているのだから。この男はウザい相手に、犯罪者のレッテルを貼りつけたのだ。そこまでされて黙っている程、男も寛容ではない。昼休憩の時間にて……男は佐藤に尋ねた。

 

「佐藤さん。朝、僕に詐欺師って言いませんでしたか?」

 

「いや? そんなこと言ってないけど、『さきち』って言ったんだよ。『さ』に『きち』で、さきち。ごめんね、それじゃ」

 

「……くそっ!!」

 

 男は思った、めちゃくちゃな誤魔化しかただと。そんなことを、俺の方を向いて言うはずがない。一応意味を調べてみたが、さきちは戦国武将の幼年期の名前である。この前、奴は歴史が嫌いだと言っていたのに、そんなことわかるはずがない。我慢ならなかった男は上の人に、さっきの録音データを使って訴えた。すると、次の日からは笑われなくなった……しかし。

 

「あの、佐藤さん……」

 

「あぁ? また来たよ……なんだよ?」

 

「もう少し静かにお願いします」

 

「あぁ、はいはい……チッ」

 

 あろうことか佐藤は、男を逆恨みし始めたのだ。そこからも、佐藤の男への態度は悪いままだった。男もここまで立て続けに嫌がらせされると、精神ダメージを受ける。しかし、詐欺師と言われた瞬間が撮れていないので、警察も弁護士も頼れない。一人で頑張り続けた男はついに……

 

「……あいつ病欠だってよ。ずっと吐いてるって」

 

「佐藤のやつが原因だろうな……はぁ、俺達も嫌だよ。なんとかならねぇのか?」

 

「無理だろ、今辞めてないんだから」

 

「フフフ、フヒヒヒ……」

 

 ──グチャグチャグチャ。

 

 そんな会話を気にも留めず、美味そうに弁当を頬張る佐藤。豚のような男は、今日も美味い食い物を貪り続ける。誰かがそれを食べられなくなっていることを、何も考えずに。当然だ、屠殺されるための豚に高い知能を求めることが間違っている。この者は、その同類なのだ。

 

「ウヒヒヒヒヒッ……!!」

 

 口元に食べカスをつけた醜い豚は、周りに迷惑を振りまきながら、今日も楽しそうに笑っていた。

 

 

 

 場面は変わり、如月の事務所。如月は玄関で、誰かに応対していた。如月の顔は冷たく、相手への嫌悪感が顔に表れている。女の事務員が、何かをしつこく言っているようだ。

 

「何度でも言いますが、そちらに戻る気はありません」

 

「そうですか……あなたも強情ですね。こちらに来ればこんな寂れた事故物件じゃなくて、衣食住が保証されるのに」

 

「人を真っ白の何も無い部屋に閉じ込めて、自分達が新鮮な物を食う横で残飯を与えて、ヨレヨレの服を着させておいてよく言えたものだな」

 

 冷たい顔に、青筋が走る。二人の間には、強い緊張が漂っていた。それに折れたのか、事務員がため息を吐いて嘲笑の視線を向ける。

 

「わかりました。それでは、もし気が変わりましたら、いつでもいらしてください」

 

「二度と来るな」

 

「それでは、また」

 

 ──ビリビリビリビリッ!!!

 

 そう言って女は去っていった。如月は渡された名刺を見ることもなく、バラバラに破り捨てて空へ放り投げた。それは風に乗って、どこかへ飛んでいく……

 

「クソくらえだ。ゴミ共が……」

 

 そう吐き捨てて、如月はキッチンに行って……玄関先に塩を撒いた。それから如月はまた座り込んで、書類の整理を始める。

 

「さて、この書類は……あの事件のやつだな。もういらない」

 

 ──ピンポーン。

 

 その時、またインターホンが鳴った。さっきの招かれざる客のこともあって、少々警戒しながら如月はドアを開ける。そこに立っていたのは、大きな紙袋を持った女性だった。

 

「……どちら様でしょうか」

 

「ここって、如月さんの事務所であってますか?」

 

「えぇ、僕が如月ですが」

 

 目の前の女性は、どうやら如月のことを調べてきたらしい。あまり表に情報は出ていないのだが、どこから入手したのだろう。そんなことを考えた如月であったが、すぐに疑問を振り払い、警戒を解いた。

 

「よかった……!! あなたにしかお願いできなくて!!」

 

「立ち話もなんですから、こちらへどうぞ。お茶くらい出しますよ」

 

「あ、ありがとうございます!!」

 

 女性を家に招き入れて、熱いお茶を出した如月。そんな中如月は、女性の持っている赤く大きな袋に、目線を寄せていた。

 

「さてと。ご要件をお聞きしましょうか」

 

「はい。あ、こちら……つまらないものですが」

 

「あ、ありがとうございます……え?」

 

 中に入っていたのは、大量の食料品だった。野菜とかではなく、レトルト食品やカップ麺の山。普通こういう時は野菜とかではないのか? 如月は口に出さなかったが、そう疑問を持った。

 

「前にあなたに依頼したっていう、新野さんから聞いたんです。無気力そうな人で、家にはカップ麺やレトルト食品ばっかりが置かれてたって。だから、野菜とかよりこれが喜ばれるかなって」

 

「い、いえ。ありがとうございます、嬉しいですよ」

 

「喜んでもらえてよかったです!」

 

 その時如月は、母親達のローカルネットワークを少し恐ろしく思った。

 

「それでは、改めて……僕は如月 福司と申します。あなたは?」

 

「申し遅れました。私、山田 美結と申します」

 

「山田さんですね、今回はどのようなご用件ですか?」

 

 如月が尋ねると、母親は重い口調で話し始めた。

 

「それが、うちの息子が仕事に行けなくなってしまいまして……どうやら行っている職場で、佐藤って人に酷い嫌がらせをされてるみたいで」

 

「嫌がらせですか。具体的にはどのようなことを?」

 

「仕事の最中に、他の人の悪口をずっと言っている人がいて、その人の声に耐えられなくて注意したら、自分が悪口を言われるようになって……詐欺師って言われたところで、上の人に言ったらしいんですが、今度は逆恨みされちゃったみたいで……耐えられなくて、ずっと仕事休んでるんです」

 

 不当な怒りと憎しみによる嫌がらせ。心を病んだ山田の息子……如月は詳細な状況を知るために、更に深堀りする。

 

「息子さんの状態はいかがですか?」

 

「食べ物を食べられなくなってて……ストレス性の色んな病気みたいで、どんどん痩せていってるんです。薬も全然効かないし……このままじゃ、入院することになるかも……カウンセリングも効果なかったし、どうしようと思ってたら……」

 

「なるほど。そこに僕という選択肢が現れた、と……」

 

 確かに、自分以外の選択肢はない。如月は、そう判断した相手にしか手を貸さないのだ。いくら取り繕っても自分のやっていることは犯罪。他の手段がありそうならそちらを勧めて、家に帰す。だが理不尽なことに、そういうものが働いてくれない状況というものがある。如月は、その者達を救うために動くのだ。なので……

 

「お願いします、息子を救ってあげてください!! このままじゃ、息子は廃人になっちゃいます!!」

 

「……お言葉ですが、山田さん。弁護士や警察を頼ることはしましたか? 今回の場合、役に立ちそうだと思うのですが」

 

「それなんですが……実は息子は就労支援施設に通ってる、障害者の一人でして。こういう時って、障害者同士の喧嘩として処理されることが多いらしくて……なので、あなたに頼るしかなくて……!!」

 

 障害者の、就労支援施設。その言葉を聞いた瞬間、如月の目が冷えきった。その目を見た山田は、思わず体を震わせる。

 

「ひっ!? あ、あの、どうしたんですか……?」

 

「っ、あぁ……すみません。個人的な考え事をしてしまいまして……僕の悪い癖です」

 

「そうですか、それならいいんですが……どうでしょうか、助けてもらえませんか?」

 

 改めて考えてみても、自分が出向くには十分な理由だ。この人の息子さんが、精神を痛めつけられなければならない理由が見当たらない。そう思った如月は、快く了承した。

 

「えぇ。僕にお任せください……絶対に息子さんを救います」

 

「あ、ありがとうございます!! それで、お代の方は?」

 

「……こんなに食べ物もいただきましたし。初回料金から、少し割引して……18万円でいかがですか?」

 

 如月の値段提示をすぐに受け入れた山田は、懐から大きな財布を取り出した。そこから万札を18枚出して……如月に差し出す。

 

「どうぞ、18万円です」

 

「確認しますね……はい、大丈夫です。それでは、行きましょうか」

 

「はい、お願いします!!」

 

 最低限の荷物を持って、如月は山田の家へと向かった。

 

 

 

 山田の家に辿り着き、山田が家の扉を開ける。二人で中に入ると、誰かが歩いてきた。

 

「友也!! お母さん帰ったよ!!」

 

「お帰り、母さん……その人は誰?」

 

「あなたを助けてくれる人の、如月さん。連れてきたの」

 

 山田はそう言っているが、友也は如月に興味を示さない。顔色が悪く、肌もボロボロ。痩せ細って服がブカブカになっている。如月は、一目で不健康だとわかった。同時に、その原因となった佐藤を憎む気持ちが顔を出す。

 

「ふーん……はじめまして。山田友也です」

 

「はじめまして、如月です。よろしくお願いします」

 

「とりあえず、上がってください。ほら友也、あっちで座ってなさい」

 

 三人が同じ部屋に揃う。如月は友也の隣に座り、下準備のための話を始めた。

 

「山田さんから聞きました。さぞお辛かったでしょう」

 

「そういうのいいです。何度も聞きました」

 

「……そうですよね。申し訳ない」

 

 どうやら、下手な慰めや同情などは逆効果になりそうだ。そう判断した如月は、話題を考えて……決めた。

 

「君は何か好きな物あるかい? ゲームとかさ」

 

「ゲームできない。苦しいから」

 

「……そうか、辛いね」

 

 彼はもう、趣味すらできない状況に追い込まれている。それを知った如月は、まずは会話で心を開く作戦を放棄した。そして、本題を話し始める。

 

「もういい? 苦しいからあんまり喋りたくないんだ」

 

「友也!!」

 

「山田さん。少し静かにしていてください」

 

 そう言った如月は、友也の目を見つめて言った。

 

「聞かせてくれ。こんな状況に追い込んできた佐藤を、どう思う?」

 

「そりゃ嫌いだよ。大嫌いだ」

 

「奇遇だな、僕も大嫌いだ。そんな卑劣なことをする奴が、嫌いなんだよ」

 

 友也は少し心を開いたのか、ずっと顰めたままだった顔が緩む。

 

「あなたも、嫌いなんですね」

 

「もちろん。嫌いだから、一緒に奴を倒したくてここに来た」

 

「倒すなんて無理だよ。何言っても聞かないし、絶対に辞めない」

 

 如月は諦めたような口調に対し、首を横に振って言う。

 

「いや。俺なら、それを可能にする手段を持っている。その自信があるんだよ」

 

「……本当に?」

 

「嘘なんて言わない。俺が佐藤の同類に見えるか?」

 

 友也が首を横に振る。反逆の意志を今一度与えるため、如月は友也に呼びかける。

 

「いえ、見えません」

 

「そうだろう!? 間違ってもあんな奴と一緒にされたくない!! 誰だって嫌だよ!! 君の精神状態は当然のことだ、君は自分を抑えられないクソ野郎の被害者だ!!」

 

「……そうだ。あんな奴にどうして、あんな嫌がらせを受けなきゃいけないんだ? 笑われるべきはあいつだろうに!!」

 

 友也がそう言ったのに合わせて、如月も叫ぶ。

 

「その通り!! 断じて、笑われるべきは君じゃない!! 体調を崩すべきなのも君じゃない!! ましてや、そんな状態のまま、死んでやるべきでもない!! それを味わうべきは佐藤だッ!!!」

 

「そうだ!! ふざけるな!!」

 

「そう思うなら俺を信頼してくれ、友也くん!! 俺には奴を辞めさせた上で、完全に破滅させる手段がある!!」

 

 ──ガタンッ。

 

 それを聞いた友也が、椅子から立ち上がる。如月もそれに合わせて立ち上がった。

 

「邪険にしてすみませんでした、如月さん」

 

「構わない、余所者には当然の態度だ」

 

「短い間ですけど、よろしくお願いします!!」

 

 そう言って、拳が差し出される。意図を察した如月は同じく拳を出して……拳と拳を合わせて、鳴らした。

 

 ──カツンッ。

 

「こちらこそ。絶対に、奴を許すなよ」

 

「言われなくても!!」

 

「それでいい」

 

 こうして、今ここに……二人は志を同じくした仲間となったのだった。




敵を許すな。
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