雉も鳴かずば撃たれまい。
晴れて仲間となった二人は、改めて作戦会議を始めた。友也の目からさっきまでの暗さは消えて、やる気に満ち溢れている。
「さて、君にして欲しいことは一つ。その施設の、音声データをできる限りたくさん取ってきて欲しい」
「音声データ、ですか?」
「あぁ。それさえあれば、俺は奴を追い詰める算段がある」
そう言われた友也は、二つ返事で了承した。断る理由などない、千載一遇の好機なのだから。
「わかった、全員分取ってきます!!」
「よし。それじゃ、俺も作戦のために必要なものを色々取りに行く。そっちは任せたぞ」
「おう!! 絶対あいつを倒すぞ!!」
「もちろんだ。それじゃ、またな……山田さん、お騒がせしました」
話し終わった如月が、山田に頭を下げる。
「構いませんよ、私は友也さえ元気ならそれで……友也。なにかするのはいいけど、怪我だけはしないようにね?」
「わかってるって!!」
「それじゃ、また明日データを取りに来る。頼むぞ」
そう言って如月は山田の家を出て、必要なものを買いに向かった。
「お前の天下はもうすぐ終わる。首を洗って待っていろ、佐藤」
どこまでも、冷たい目のままで。
次の日、友也は言われた通り施設へと向かった。友也は何も無いかのように振る舞って、録音対象に警戒されないようにしておく。
「おはようございます。今日からまたよろしくお願いします」
「それじゃあ、あなたはこの作業ね。お願いします」
「はい、わかりました」
そう言って録音をオンにし、色々な人の声を拾う。
「おい。あいつ、また来たぞ……」
「精神強いなぁ。あんなことやられて、立ち直れるなんて」
「でも、佐藤がいる日に来ちゃうなんて……あいつもアンラッキーだなぁ」
周りから聞こえてくる、こちらを気にする声。そして何より……
「うわっ、来たよ……なんであいつが……クソッ、それにしてもあの野郎、あんなことしやがって……!!」
「あぁ、また始まった……お前も災難だな、山田」
「いいんだよ。これも作戦のうちだからな」
「えっ?」
前まではあれ程苦痛そうな顔をして聞いていたのに、今の友也はニッコリ笑って答えてみせた。突然の変化に同僚は困惑するしかない。佐藤の中傷をものともせず、淡々と作業をする友也。そして、あっという間に時は過ぎていき……帰る時間となった。
「今日も皆さんお疲れ様でした。それでは、解散」
「ありがとうございましたー!!」
「また明日もよろしくお願いします!!」
全員が家に帰っていく中、友也はスマホを確認する。そこには、とても長い録音データが記録されていた。作戦の成功に友也は、ほくそ笑みながら家に帰った。
「ただいま、お母さん」
「おかえり友也。如月さん来てるわよ」
「如月さん!? 来てくれたんだ!!」
考え込んでいる如月が友也を見て、微笑みながら片手を上げた。友也は笑顔でそこに駆け寄り、ハイタッチをする。
「友也くん、昨日ぶり。音声データはどうなってる?」
「取ってきたぜ!! ほら、これだろ?」
「……よし。上出来だ、よくやってくれたな。後は俺に任せておけ。あいつを徹底的に追い詰めて、君に謝らせるから」
そう言って、如月は友也に笑いかけてみせた。友也はそれに笑って返した。
「あぁ、後は任せたぜ!! バトンタッチだ!!」
「もちろん。友也くんは頑張ったのに、俺だけしくじるわけにはいかないからな……絶対に成功させるさ。結果を楽しみに待っててくれ」
「何から何まですみません、如月さん」
山田が如月に頭を下げたが、如月は首を横に振って答える。
「頭を上げてください。これは依頼ですし、何より……僕個人としてもあいつが許せませんから」
「頑張ってくれ、如月さん!!」
「任せろって言ったろ? それじゃ、結果が出たらまた会おう」
そう言って、如月は彼らに手を振りながら家を出た。その瞬間、如月の目は獲物を見据える冷たい目に変化し……遠くにいる佐藤を、ここから見えずとも捉えた。
「さて。これを編集して、AIに読み込ませないとな……」
次の予定を呟きながら、如月は事務所へと歩いていった。
次の日。いつも通り施設に行って、佐藤は家に帰ってきた。マスクを外して、施設でも言っている文句をブツブツ呟き続ける。
「あいつ、あんなに機嫌良さそうにしやがって……チクリ魔のくせに生意気なんだよ!!」
──ズガァン!!
佐藤は机を思い切り叩き、物に怒りをぶつけ始めた。クッションを投げ飛ばしたり、紙を破いてばら撒いたり……やりたい放題だ。
──バンッ!!
「クソッ、クソッ、くそぉぉっ!! どいつもこいつも、俺のことを悪く言いやがって!! 舐めてんのか!!」
近所迷惑も考えず、理不尽な怒りをあちこちにぶつける佐藤。そんな佐藤の元に……突如、声が響いてきた。
「何を言っている。悪いのはお前だろう」
「は!? 誰だよ!?」
「わからないのか? 俺だよ、同僚の太郎だよ」
そう言われて佐藤は、少しゾッとしたが……すぐにまた怒り始めた。
「なんでここに……さてはストーカーだな!? ふざけんな、どうしてそんなことされなきゃならないんだ!!」
「自分のことを棚に上げてよく言えるね」
「えっ、職員さん!? なんでここに……」
佐藤を責める声は、どんどん音量も数も増えていく。これまで犯してきた罪を責める、怨嗟の声たちが。
「注意されれば悪口。自分の中傷は悪口じゃない、随分都合がいいんだなぁ」
「うるさい、うるさぁい!! 何もしてないのに、あいつが色々言ってくるのが悪いんだぁぁ!!!」
「お前はたくさんの人に迷惑をかけた。その人にもだ、だから責められて当然だ」
四方八方から部屋の中に響く、佐藤の行いを責める声。しかし佐藤は聞き入れず、どんどん怒りを増している。
「ふざけんなっ!! お前らが勝手に迷惑かけられたって思ってるだけだろ!? いい加減黙れ!!」
「黙るのはお前の方だ、卑劣な逆恨み野郎め」
「お前は自己中心的すぎるんだよ、もっと人のことを思えないのか?」
いつまでも止まない罵倒の嵐に、ついに佐藤の堪忍袋の緒が切れた。あちこちの物に当たり、声を止めようとしている。
──ガッシャアァァッ!!!
「どこだぁぁぁ!? どこにいやがる!? 出てきやがれ、クズ共ぉぉぉぉぉ!!!」
「クズはお前の方だろう、俺もお前が憎いんだぞ」
「誰もがお前を憎んでいる。早くみんなに謝れ」
──ドゴォォォォン!!!
声の主を探す佐藤は、あちこちの物をひっくり返し、壁を殴って凹ませて……佐藤が疲れきった頃には、家はもうボロボロだった。
「どこだ、どこに……いるんだぁぁ……」
「俺はいつでも貴様の近くにいる。お前が自分の行いを反省するまで、永遠に」
「誰もお前を愛さない。このままだとお前は、死よりも辛いことになるだろうな」
被害者の怨嗟の声は、復讐のために佐藤を追い詰める言葉をかけ続ける。
「もういい!! トイレ行く!!」
「言ったはずだ、どこに行っても同じだとな」
「追ってくるな!! ウザいんだよぉぉ!!」
佐藤がトイレの中でも、風呂の中でも、ベッドの中で耳を塞いでも……声はどこまでも追ってくる。
「まだ逃げ続けるのか? 自分は悪いことをしていないなどと、最悪な嘘をつき続けるお前こそ詐欺師だ」
「おい詐欺師、さっさと俺達に謝罪しろよ。俺はお前のせいで吐きそうなんだぞ!!」
「黙れ黙れ黙れぇ!!! 俺は、風呂に入ってるんだ!! 邪魔するなぁぁぁぁぁ!!!」
風呂の中で大暴れして、お湯と泡が風呂中に飛び散る。それでも怨嗟の声は止まない。
「無駄だ。どこに行こうと、絶対に逃がすものか」
「何があっても、お前を許さない」
「私たちはお前が憎いんだ、全身全霊でお前を憎む」
佐藤は最初こそ怒り狂っていたが、途中からは疲れてきたのか勢いが落ち、今は布団を被って耳を塞いでいる。しかし、それでも声は全く止まない。
「その程度のことで逃げられると思ったのか? 哀れな姿だな」
「眠りたければ眠るがいい。その間にお前を殺してしまうかもしれんがな」
「やめろ、やめろぉ……!! 俺は寝たいんだぁ!!」
佐藤はそう叫ぶが、声は全く止まない。それどころか音量が大きくなった。
「誰に向かって言っている。お前は立場をわかっているのか?」
「貴様が寝ている時だけ黙ってやるほど、俺達は優しくないのでな」
「どうしてもやめて欲しいなら、今すぐに謝ることだ。誠心誠意、俺達に謝罪しろ」
怨嗟の声たちはそう言って、謝ることを促す。しかし佐藤は謝ろうとしない。謝れば、自分の負けであるからだ。
「謝るなんて、そんなことできるわけないだろ!! 俺は悪くないんだぞ!!」
「どの口が言うんだ、詐欺師め。無駄口叩いてないで、さっさと謝れよ」
「俺たちは、貴様の心からの謝罪が聞きたい。そうすればやめてやる、早く謝れ」
音量がどんどん大きくなる。耳を塞いでも耳を貫く、聞き覚えのある声。それらが全員で謝るように言ってくる……佐藤は産まれて始めて、底冷えするような感覚を味わった。
「ほら、さっさと謝れよ」
「どうして謝らないの? 謝りなさいよ!!」
「謝れと言っているんだ、謝れよ!!」
「嫌だ……嫌だァァ!!」
そう叫ぶと、更に声の量が増えた。四方八方から怨嗟の声が響く。同じような内容で、佐藤への憎しみを叫ぶ。
「謝れよ!!」
「謝りなさいよ!!」
「「謝れ謝れ謝れ謝れ謝れ謝れ謝れ謝れ謝れ謝れ謝れ謝れ謝れ謝れ謝れ謝れ謝れ謝れ謝れ謝れぇぇぇっ!!!」」
「う、うわぁぁぁぁっ!!! やめてくれぇぇぇぇぇ!!!」
そう叫んでも、謝らない限り永遠に声は止まらない。結局朝になるまで、その声は続いた。そして、次の日。結局眠れず、目の下に深い隈を作った佐藤は、職員から心配されていた。
「うっ、うぐぅぅぅ……」
「佐藤さん、大丈夫?」
「大丈夫じゃないです……休ませてください……」
そう言って、休憩室に歩いていく佐藤。すると、そこに声が響いた。
「また逃げるのか、臆病者が」
「ひぃっ!?」
「佐藤くん? どうしたの?」
追ってくる。日をまたいでも、追ってくる。絶対に、逃げられない。休憩室と反対の方向に逃げたが、それでも声は佐藤を追い続ける。
「逃がさないと言ったはずだ。早く謝れ」
「ひ、ひぃぃぃぃ……なんで、どうしてぇぇ!!」
「佐藤さん!! どうしたの!? 何があったの!?」
職員が佐藤に尋ねると、佐藤は必死に声の存在を訴えた。
「声が、声が追ってくる……!! 俺を憎んで追ってくる!!」
「声……? そんなの聞こえないけど……」
「俺が憎むのはお前のみだ。お前にしか聞こえないのは当たり前だろう」
何を言ってもやめてはくれない。自分を壊そうとする悪意の塊は、自分が死ぬまで追ってくる。そう確信した佐藤の恐怖心が、ついに最大に達した。
「うわぁぁぁぁぁーっ!!! 助けて、お願いだから助けてぇぇぇ!! ごめんなさいぃぃっ!!!」
「佐藤くん、何かあったの!? 病院に行こう!! 連れて行ってあげるから!!」
「病院に行っても治せない。誰にも振り払うことはできない。貴様は永遠に逃れられない……誠心誠意謝らない限りはな」
佐藤はもう、従う以外の選択肢を持っていなかった。ただ意味もわからず、許して欲しいと懇願する他ない。罪悪感を心の底から持って、必死に泣いて叫ぶ。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいぃっ!!! お願いだから許してぇぇぇぇ!!!」
「ならば仕事が終わったあと、外で待っているぞ。そこで改めて謝ってもらおう……そこで謝らなければ、永遠に我々は貴様を追い続ける」
「は、はいっ!! わかりました!!! だからもう、やめて……」
ようやく怨嗟の声が止み、佐藤は気絶して倒れ込む。それを見た全員がザワついているが、友也だけは真実を知っていた。
「すごいや、如月さん……あいつが、こんなになるなんて」
「とりあえずあっちに運べ!!」
「薬持ってこい!!」
そんな声がしながら、その日は早めに終了となった。げっそりした佐藤は、一晩で少し痩せたように思える。佐藤が歩いていると、また声が響いてきた。
「出てきたな、そこで曲がれ」
「は、はいぃっ!!!」
「今度はそこを左、そこは右だ。間違えるな」
帰り道を外れて、人気のない道に誘導される。そして辿り着いた、誰もいない路地裏……
「こ、ここですか……?」
「動くなよ」
「ひっ……だ、誰っ!?」
そこに立っていたのは……冷たい目で腰の抜けた佐藤を見下す如月だった。更に後ろから、また誰か近づいてくる。
「如月さん、やったな!!」
「あぁ、君のおかげだ」
「なんだ……どうなってんだよぉ……?」
もう叫ぶ気力すらない佐藤は、ただ困惑する他ない。如月は手に何かを持っており、それの正体を友也が尋ねた。
「如月さん、それなんだ?」
「これか? これは『音波収束装置』さ。これで言葉を発すると、そいつにしか聞こえない声で、遠くから声を届けられるのさ。こいつを使えば、どこからか聞こえてきて、どこまでも追ってくる……人工生霊の完成さ」
「なるほど、如月さん頭いいな!!」
背を壁につけて、悲鳴を上げる佐藤。如月が一歩踏み込んで、言う。
「どうだった? 自分が迷惑をかけてきた者達に責められるのは。あれが相当効いたと見えるが」
「もしかして、それも如月さん?」
「あぁ、その通り。あいつの家に、大量の音声受信機を仕込んだ。家のどこにいても、俺が送った音声信号が再生されるようになってる。AIに学習させて作った、奴の知ってる人たちの声でな」
完全に追い詰められきった佐藤は、必死に謝って許しを乞う。
「ゆ、許してくれ……俺は悪くないんだ!! あいつが、俺に優しくしなかったからだ!! 俺に優しくしてくれる人がいい人なんだ!!」
「注意されたら悪いやつってことか? 自分勝手すぎるぞ!!」
「気に入らないことを言われて、ダダをこねて悪いやつ認定する……か。救えないな、佐藤」
呆れと侮蔑を込めた声でそう言って、無感情な顔のまま佐藤を見下す如月。挟み撃ちにされているせいで、どこにも逃げられない……
「俺は……俺は障害者だ!! 障害者なんだから、許してくれよ!! そういうものなんだ、我慢できない障害なんだ!!」
「俺だって障害者だよ!! 悪いことしたら怒られるし、認めて謝る!! 誰だってしなきゃいけないことだろ!!」
「障害を言い訳にして、それが障害者全体のイメージダウンと、差別の助長になるとも気づかず、傲慢な主張を続けるか。悪いが、俺も社会も貴様のような奴を助ける義理はないのでな」
二人は正論を叩きつけて、佐藤の逃げ道を物理的にも精神的にも塞いだ。最早佐藤にできることは、無様に喚くことだけだ。
「違う、違う違う違う……!! 俺は間違ってなんかない、俺はぁぁ……!!!」
「もういい。貴様の話など聞くに値しない……トドメだ。行くぞ、友也くん」
「おう!!」
友也の肩に手を置いて、如月が呪文を唱えた。友也の中から、禍々しく黒いモヤが現れる。
「呪怨には呪怨あるべし。悪逆には悪逆あるべし。因果応報、人を呪わば穴二つ」
「ひっ、ひぃぃやぁぁ……!!」
「呪われろ!! 天罰覿面!! 呪詛返シ!!!」
黒いモヤが佐藤に降りかかり、佐藤が気絶する。佐藤に呪いが降り掛かった証だ。
「やった……?」
「あぁ、俺の役目は終わりだ。よく頑張ってくれた」
「如月さん、ありがとう!! これで俺、安心して仕事ができるよ!!」
如月はその様子に笑顔になりながら、その場を去っていく。
「そいつの運搬は君に任せる。適当に言い訳しておくといい」
「うん!! また会おうな、如月さん!!」
「あぁ、機会があったらな……」
如月はそう言って、手を振りながら事務所へと帰っていった。
それからしばらくして。佐藤はあの発狂のこともあり、精神病院に入れられていた。看護師の噂話が聞こえてくる。
「……414号室の彼、佐藤さん。ストレスがあまりに強くて、脳にダメージがいっちゃったみたいで……失語症になってるんですって」
「喋るのも、文字の読み書きも難しいとか。治る見込みほぼないって……」
「それにしても不思議ねぇ、これまで元気だったらしいのに……なんで突然、あんなことに?」
佐藤はベッドの上で、何も喋れず横たわっている。もう二度と、言い訳も悪口も人を嘲笑うこともできないだろう。
一方、如月はまたもや刻印に苦しんでいた。頭の中に声が響き続ける。
「貴様のような奴に生きる資格なんてないんだよ!!」
「ううっ、ぐぅぅぅ……!!」
「黙っていろ、失敗作め!!」
過去のトラウマを掘り起こす怨嗟の声たちが、如月を追い詰める。如月の肩に、喉仏のように膨らんだ刻印が刻まれた。
「死ね、化け物が!!」
「……はぁ、はぁ……薬、飲まないとな……」
「何やってんだ、とっとと死ねよ!!」
苦しんでいた如月だったが、しばらくすると無表情に戻って、ふらつく足取りで薬を飲みにいった。
黙っていろ、永遠に。