呪詛返シ請負人   作:とも667

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 学校はいじめの巣窟だ。


羞恥の呪い

ここは、とある普通の高校。進学校と言えるほど学力は高くないが、名前を書けば受かる程受験が緩いわけでもない。普通の、中くらいの高校だ。今日もいつも通り、授業開始を知らせるチャイムが鳴る。

 

 ──キーンコーンカーンコーン。

 

 次の授業の欄には、体育と書いてあった。みんな体操服を着て、グラウンドで楽しそうに運動をしている。そんな中、一人の男子高校生が三人の女子高校生に囲まれて、逃げ道を塞がれた状態で立っていた。辺りには男子高校生が脱いだ……否、脱がさせられた上着が無惨に転がっている。女子高校生はしばらくの沈黙の後、汚い物を見るような目をして、後ずさりした。

 

「うわっ……やれって言ったら、本当にやったよ。こいつ」

 

「キモッ、キモすぎ!!」

 

「早く行こう!!」

 

 男子高校生の行動を心底軽蔑する言葉を口にしながら、女達はその場を去った。そして、何事もなかったかのように授業に合流している。被害者の男子高校生は、自分が『やらされた』行為に対して、心底絶望していた。自分の尊厳を徹底的に踏み躙られたのだから、当然の反応だろう。

 

「あ……あああ」

 

 ようやく頭が状況を理解して、男子高校生は頭を抱えて蹲る。強い寒気とそれから来る震え、強い息苦しさと羞恥心。様々な物が合わさってぐちゃぐちゃに混ざり、男子高校生は、被害を訴えに行く気にもなれなかった。できたことといえば……

 

「うぁぁぁぁぁぁぁーっ!!!」

 

 ただ、苦しみを叫びとして吐き出すことだけだった。誰もいない教室、ボールの音が絶え間なく響くグラウンド。誰一人気づかない叫び声が、空っぽの教室と心に反響する。それが更に男子高校生の痛みを増幅させ、ただ泣き叫び続けることしかできない。

 

「あああああああああ!!!」

 

「こっち、パス!!」

 

「丸山さん、ナイス!!」

 

 丸山、さっきの女子高校生の名前だ。他にいた者達の声も聞こえてくる。心底楽しそうな声で、まるで何事もなかったかのように運動している。自分達が行った所業によって、何が起きているのかも知らずに。

 

「ああっ!! あがぁっ、うわああああああっ!!!」

 

「やった、一点!!」

 

「はい、皆さん水分取ってくださいねー」

 

 男子高校生は、最早何をすることもできずに地面をのたうち回る。何かの角に頭をぶつけて、激痛が走っても自分で自分を止められない。男子高校生は、確信した。

自分は、奴らに負けたのだと。

 

「ひぃ、いぎぃっ、ああ、が……」

 

 しばらくすると、叫び続けて疲れたからか、それとも全てを諦めてしまったのか……男子高校生の動きが止まる。呻き声を上げながら、額から流れる血と一緒に虚ろな目から、涙を流していた。

 

 ──キーンコーンカーンコーン……

 

 そこで無慈悲に、チャイムが鳴り響く。全員が自分を見捨てて、去ってゆく。誰にも頼れない絶望の底で、男子高校生が手を伸ばす。しかし、誰も来なかった。

 

「……あ」

 

 男子高校生が最後に見た景色は、教室の窓から自分を見下す、三人の女子高校生だった。

 

 

 

 如月の事務所にて。インターホンが押されて、如月が立ち上がり……インターホンのカメラから、誰が来たのかを確認しようとした。しかし、それは相手が名乗ったことで必要なくなる。

 

「如月さーん。株式会社アクティングの物です、開けてください」

 

「……チッ」

 

「お話しましょう、酷いこと言わないからー」

 

 子供をあやすような、馬鹿にした口調。誰がどう聞いても、こちらへの『勧誘』だろう。前までは、無視しても居座ってくるから、諦めて適当に追い払っていたが……最近はそれですらしつこいので、完全に無視している。

 

「如月くん、いい子だから出てきて?」

 

「くそ……まだいなくならないのか」

 

「おやつあげるから、ね?」

 

 そんなもので釣られると思っているのか。如月は内心そう呟いて、侮蔑の意を示す。それからまた、しばらく待つと……

 

「わかりました。今日は先生帰るからね、また来るよ」

 

「……二度と来るな」

 

「はいはい、それじゃあね」

 

 明らかに聞き入れる様子がないことにため息を吐き、如月が立ち上がる。奴らに色々言われていては、まともに仕事もできない。

 

「さて、書類仕事の続きを……」

 

 ──ピンポーン。

 

 またもやインターホンが鳴り、顔を更に顰める如月。しかし、客である可能性を考慮して見に行く。すると……そこには40代くらいの男性が立っていた。

 

「ごめんください、如月さんはいらっしゃいますか!?」

 

「はい。私が如月ですが……あなたは?」

 

「あ、私は神谷 仁哉と申します。息子が、息子が大変なことに!!」

 

 あまりにも切羽詰まった様子に、演技ではないと確信した如月は、神谷を中へと招き入れた。

 

「とりあえず、立ち話もなんですから入ってください。寒いですし」

 

「はい、お邪魔します」

 

「お茶を入れますので、少々お待ちを」

 

 熱いお茶をお椀に入れて、如月は向かい合わせに神谷と座った。神谷はずっとそわそわして、落ち着かない様子だ。

 

「あ、ありがとうございます……早速ですみませんが、用件を話しても構いませんか?」

 

「どうぞ、聞くのが遅れましてすみません」

 

「いえいえ……私の息子の、名前は貞義(さだよし)というんですが……学校から帰ってくるや否や、バタッと倒れちゃいまして……起きて何があったか聞こうとしても、何かに怯えて叫ぶだけで何も話してくれなくて……もう何日もその状態なんです」

 

 少し聞いただけでも、恐ろしい目に遭ったことが察せられる。如月は顔を顰めながら、神谷に尋ねた。

 

「すみません、ひとつお聞きしたいのですが……貞義くんは、今お幾つで?」

 

「16歳、高校二年生です」

 

「……高校生がそこまで怯える程の仕打ち、か」

 

 高校生ともなれば、精神も成熟してくる頃だ。少しの刺激でそこまでになるとは思えない。一体、何をされたのか。如月は疑問を持って考えたが、今は情報が少なすぎた。親である神谷すらほぼわかっていないのだから、当然の結果だ。

 

「精神病院やカウンセラーのところにも連れて行ったんですが、何も話さずに怯え続けるだけで……このままだと閉鎖病棟行きだと言われて、連れて帰ってきたんです」

 

「そんなことが……」

 

「怯えてるところから見て、どう考えても誰かに何かをやられたと思うんです。貞義は強い子だ、滅多なことでそうなるとは思えない……私は犯人が許せない。貞義を救ってやりたいんです!!」

 

 如月は少し考える。やるかやらないかの話ではなく、『やれるかどうか』だ。今回の場合は閉じこもっていたり、口を閉ざしているわけではない。既に発狂しているような状態なのだ。しかし……目の前の人を放っておくことはできなかった。

 

「……成功報酬は20万円で、構いませんか?」

 

「っ!! はい!!」

 

「死力を尽くさせてもらいます。最も、発狂しているのが難しいところですが……」

 

「私も手伝いますので、どうかお願いします!!」

 

 そこまで言われてはやってみるしかない。如月はそう覚悟を決めて、歩き出す。

 

「あなたの家はどちらに?」

 

「こっちです」

 

「……さて、やるか」

 

 できる限り口調を優しく、丁寧に。相手の気持ちを考える状態にシフトする。家に到着して、神谷が鍵を開けると……家の中は、やけに静かだった。発狂しているのではなかったのか、と如月が疑問を持つ。

 

「おかしい……貞義? どこだ、どこに行ったんだ?」

 

「どこにもいない? ……まさか!! 神谷さん、着いてきて!!」

 

「えっ? あ、はい!!」

 

 神谷と如月は、急いで二階へと駆け上る。そこには、案の定……家から飛び降りようとしている、貞義がいた。

 

「……貞義!? 何やってるんだ、やめろ!!」

 

「待て、刺激しちゃいけない!! 本当に飛び降りるぞ!!」

 

「は、はい……!!」

 

 貞義の目は虚ろで、何も思っていない様子だ。今にも落ちそうな体勢で、下を見つめ続けている。説得のために、できるかぎり刺激しないように如月と神谷が話しかける。

 

「貞義くん、はじめまして。僕は如月……君の味方だ」

 

「ぁ……ぅあ……」

 

「貞義、この人は怖くないぞ。早くこっちに来なさい、ゲーム買ってやるから」

 

 何も聞こえていない貞義は、ただ呻き声を上げながら下を見つめ続ける。

 

「君の身に何が起こったのかはわからない、でも絶対に君は悪くない!! 頼む、こっちに来てお話しよう!!」

 

「死ぬな、貞義!! 俺にはもう、お前しか……!!」

 

「……あ」

 

 貞義がバランスを崩す。真っ逆さまに、落ちてゆく。二人が同時に走り出し……信じられないスピードで、神谷が貞義の足を掴んだ。

 

「ぐっ、うぅぅぅ……貞義ッ!!」

 

「神谷さん!! 僕も……ぬぅぅぅあっ!!」

 

「あぅっ」

 

 宙ぶらりんの貞義が、持ち上げられて……部屋に体が叩きつけられた。意味のある言葉を発さない様子は、まるで赤子のようだ。

 

「お前、この……馬鹿野郎!!」

 

 ──ドゴォッ!!

 

「ぶっ……」

 

「死ぬなってあれ程言っただろう!! 死んだら終わりなんだぞ、わからないのか!? えぇっ!?」

 

 神谷は貞義の凶行に怒りを露わにし、拳を貞義の顔に向かって振り抜いた。そして神谷は貞義を、涙を浮かべながら叱りつける。しかし貞義は、それを虚ろな目で見つめ続けているだけだった。

 

「神谷さん……」

 

「頼むから、なんとか言ってくれ……嫌味でも、何でもいいから……」

 

「……ぱ、ぱ……」

 

 如月も神谷も驚いた。神谷の強い思いが通じたのか、貞義が喋り始めたのだ。一言だけだが、確かに父を呼んだ。

 

「貞義!! そうだぞ、パパだ!! お前のパパは、俺一人だ……!!」

 

「神谷さん……よかったですね」

 

「えぇ、あなたのおかげです……!!」

 

 貞義が涙を流す。それはどんどん溢れ出て、泣き声も出し始めた。

 

「あ、ああ、うああああ……」

 

「辛いよな、ごめんな……助けてやれなくて!! 俺は、ダメな父親だ!!」

 

「……下でお待ちしてますね」

 

 そう言って、如月は階段を降りていった。二階からは二人の泣き声が、ずっと響き続けていた……

 

 

 

 それから一時間ほど経った頃。神谷が貞義を連れて、降りてきた。二人とも、目が腫れている。

 

「貞義、座りなさい。お待たせしました、如月さん」

 

「……うぅ」

 

「全然いいですよ。さて……改めてはじめまして、貞義くん。僕は如月、君の味方さ……君に何があったのかはわからないが、強い君がそこまでなったんだ。目も当てられないほど残酷なことをされたに違いない」

 

 何があったかを如月は知らない。しかし、それだけは確かだった。人を人と思わない、最悪の行為が行われたのだ。

 

「……」

 

「だから、僕に教えてほしい。できる範囲でいいから、君が何を行われたのかを」

 

「貞義。パパからも頼むよ」

 

 神谷がそう言うと、貞義がゆっくり口を動かしはじめた。

 

「たたかれた……いたかった」

 

「……初っ端から暴行か」

 

「やなこと、いわれた」

 

 暴言も追加。この時点で十分酷いのだが……ここまでなるには、如月は不十分な気がしていた。

 

「それで、どうなった?」

 

「にげ、られない」

 

「え?」

 

 貞義が頭を抱える。神谷が急いで駆け寄って、背中をさすって落ち着かせようとしている。

 

「大丈夫だ貞義、ここは危なくないぞ!!」

 

「かこまれて、にげられない」

 

「……数人に囲い込まれたのか?」

 

 如月の脳内を過ぎった可能性は、集団リンチだった。それならトラウマになるのも合点がいく……しかし、その可能性はすぐに薄まることとなった。

 

「みんな、おんなのこ」

 

「犯人は女か……それも二人以上」

 

「ぬげって、いわれた」

 

 二人が目を見開いた。予期していなかった可能性が、貞義の口から飛び出してきたのだ。

 

「無理矢理脱がさせられたのか、貞義?」

 

「やだって、いった。でも、にげられ、なくて」

 

「脱ぐほかなかった、ということか……」

 

 ここまでだけでも卑劣な行為だ。しかし、貞義の話は続く。

 

「うえ、ぬいだ。ぜんぶ」

 

「やけにしわくちゃだったのは、そういうことか……」

 

「でも、ゆるして、くれなかった。だから、だか、ら……あ、あああああ」

 

 また発狂しそうになった貞義を、神谷が宥める。全てを察した如月が、貞義を褒めた。

 

「わかった、ありがとう。おかげで全てがわかったよ」

 

「貞義、よく頑張ったな。もういいぞ、ありがとう」

 

「あばれた。いたかった、あたまいたい。くるしい」

 

 聞くだけで痛々しい、陰惨ないじめの記録。如月が、酷く顔を歪める。あまりの痛々しさに、如月の額から冷や汗が流れ落ちた。

 

「もういい。もういいよ、貞義くん。君はよく頑張ったと思う。そして、だからこそ……そいつらが許せない」

 

「まる、やま……まるやまさんが……」

 

「丸山さんだね? わかった、僕が何とかしよう……後はお願いします」

 

 今、貞義に復讐心を抱かせるのは危険だ。余計な刺激を与えてしまうと、また自殺を誘発しかねない。そう考えた如月は、あとを神谷に任せることにした。

 

「如月さんはどこに?」

 

「丸山でしたね。そいつを追い詰める算段があります」

 

「本当ですか!?」

 

 そこまで様子がおかしくなった時点で、学校が調べて警察が入っていないところを見るに……恐らくは、隠蔽だろう。そうでなければ、自分をわざわざ調べて頼りに来ないはずだ。高校は自由入学である以上、評判が落ちるのはイコール生徒数の激減に繋がりかねない。人間の本能としては、当然の思考だ。倫理的に正しいかは別として。

 

「はい。あとは僕に任せておいてください……神谷さんはできる限り、彼の傍にいて声をかけてあげてくださいね」

 

「はい、もちろんです!!」

 

「貞義くん。君の仇は僕が取るよ、だから……ゆっくり休んでくれ」

 

 そう言って如月は、家をあとにした。そこで如月の目が、一気に冷たくなる。如月が見据えたのは、貞義の通う高校。

 

「そういう奴らは、何をしても自分が悪いとは思わない。ましてや今回は女だ、下手に暴力を振るうのは悪手だろう……ならば」

 

 冷徹な声が、静かな住宅街にやけによく響く。

 

「証拠を集めて、倫理的に追い詰めてやるまでだ。覚悟しろ、丸山とその取り巻き……貴様らに地獄を見せてやる」

 

 どこまでも冷えた声でそう言って、如月は学校に向かって歩いていった。




貴様らに未来はない。
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