呪詛返シ請負人   作:とも667

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 暴虐には、暴虐を。


目には目を、刃には刃を

ここは打樋の自宅。今日は土曜日なので、学校は休み。打樋は楽しそうに、親に自分が晴輝にやったことを話していた。

 

「でさぁ、なんて言ったと思う? 『やめてぇ』だってよ、ヒャハハハハハハ!!! ウケるだろ!?」

 

「あはははは、そんなにムカつくの? そいつ」

 

「そりゃそうだよ、あいつが俺の行動に余計な口出しして、上から目線で言ってきやがったから、完膚なきまでに叩き潰してやったんだ!! 俺は悪くないぞ!!」

 

 そう言って、飽くまで自慢げにいじめの記録を語る打樋。そして親もそれを叱るのではなく、微笑ましそうに見ている。これを如月が見れば、間違いなく唾棄するだろう。そんな時、外にいた父親が手紙を取ってきた。

 

「おーい泰、お前に手紙が来てるぞ」

 

「は? 誰からだよ」

 

「わからん。とりあえず読んでみろ」

 

 そう言って手渡された手紙を、怪しみながらも打樋が開く。そこには、如月からの予告が書かれていた。

 

『打樋 泰へ。お前の悪行を俺は知っている。貴様らがいくら言い訳しようとも、俺たちはお前を許さない。今から貴様を呪いに行くから、覚悟しておけ』

 

『P.S 人混みには気をつけるんだな。きっと俺がいるぞ』

 

「……意味わかんねぇ。呪いだぁ? そんなもんあるわけねぇだろ、アホらし……もしかしてあいつが書いたのか? うわっ、ダッセー」

 

 そんなことを言いながら、打樋はその予告状をくしゃくしゃに丸めて、ゴミ箱に放り投げた。しかし、それは穴に入らずに落ちてしまう。

 

「あ、落ちた。結局なんだったの、泰?」

 

「意味わかんねぇ手紙。捨てといて」

 

「はいはい」

 

 打樋の母親によって、予告状がゴミ箱に押し込まれる。これが真実だとは、誰も思っていない。

 

「それより聞いてくれよ。あいつさぁ、面白いのが……ハサミで『髪切って』やったら、めっちゃ悲鳴上げるんだよ。血も出てきたし、もう爽快だったな~」

 

「はぁ、やるのはいいけど……もう少し隠れてやれよ、隠すのだってタダじゃないんだぞ?」

 

「へいへい、気をつけまーす」

 

 予告状を無視して、打樋達は狂気の会話を続けている。自分達への報いが下るなど、全く思っていない様子で、傲慢に言い続けていた。

 

 

 

 そして、次の日。打樋はゲームセンターに遊びに行きたいと思って、一人で都市部の中心のゲームセンターに行こうとしていた。そこで……何か、おかしな声が聞こえてきた。電車の喧騒の中で、やけにはっきり聞こえる声で。

 

「『天地(あめつち)八方(やも)に蠱毒の(まじな)い』」

 

「……何言ってんだ? 厨二病か?」

 

「『(たが)える八つに六度(むたび)十文字(とおふみ)』」

 

 はっきり聞こえてくるそれに、打樋が思わず近づく。しかし、それの正体はわからない。次の駅に到着して、打樋はここが自分が降りる駅であることに気づいた。急いで降りて、電車を見る。

 

「なんだったんだ、今の……」

 

 そう呟いた打樋は、一つの可能性が脳内を過ぎるのを感じた。昨日の『おかしな手紙』に書かれていた内容。

 

『今から貴様を呪いに行くから、覚悟しておけ』

 

「いやいや、あんなの嘘に決まってる。きっとあの野郎が書いたんだ、ダサすぎだろ」

 

 そう吐き捨てて、打樋が歩を進める。そして、駅の中の人混みをすり抜けてゆく。そんな時だった。

 

「さて、1番出口は……あっちか」

 

「『引きて祓えば装うなかれ』」

 

「ッ……またか!?」

 

 やけにはっきり聞こえる、おかしな声。人混みの中の喧騒に掻き消されず、何故か聞こえてくる……

 

「『汝、許しに報復を』……」

 

「おい!! お前なんだろ、吉川!? 出て来やがれっ!!」

 

「『信頼に裏切りを』……」

 

 そう言っても出てこない。声がどこから聞こえるのか掴めない。不気味に思った打樋は、その場をさっさと離れることにした。

 

「チッ、付き合ってらんねぇよ。クソが……」

 

『P.S 人混みには気をつけるんだな。きっと俺がいるぞ』

 

「……そんなわけねぇ。呪いなんてない、有り得るわけねぇんだ!!」

 

 自分に言い聞かせるようにそう言って、打樋はゲームセンターへ向かっていく。しかしその間にも、人混みを通ることになる。

 

「ッ……いねぇな?」

 

 警戒しながら、打樋が進む。決して呪いを信じたわけじゃない、気味の悪いストーカーが嫌なだけだ。自分に言い聞かせて、歩いていく。

 

「どうやらいないようだな。ようやく撒いたらしい」

 

「『希望に絶望を』……」

 

「ッ!? どこまで追ってきやがるんだ……!? くそっ!!」

 

 ──タッタッタッ……

 

 打樋は悪態をつきながら、ゲームセンターへと走る。あの中にまでは入ってこれまい。人もそこまではいないはず、もし来たら捕まえてぶん殴る。そう決めて、打樋は逃げるように走った。

 

「はっ、はっ……!!」

 

 ゲームセンターに辿り着いて、打樋は周りを確認し、ほっと一息つく。

 

「よし、撒いたな……さて、始めるか」

 

 打樋がアーケードゲームを始める。しばらくやって、打樋が立ち上がって呟いた。

 

「……喉乾いたな。ジュース買おう」

 

 そう言って、打樋はゲームセンターの中にある自販機コーナーに行った。炭酸ジュースを買うために130円を投入して、ボタンを押す。その時だった。

 

「『光ある者に闇を』……」

 

「なっ……!! どこだっ!! どこにいやがる!?」

 

「なんだなんだ、急にどうした?」

 

 いきなり声を張り上げた打樋に、自販機コーナーで休憩中の者達が反応する。しかし、怪しい者と言える者はどこにもいない。打樋はそれにどうしようもなく、恐怖を覚えてしまった。迷信を、信じてしまった。

 

『今からお前を呪いに行くから、覚悟しておけ』

 

「ち、違う……呪いなんかない!!」

 

「呪いってなんだ……?」

 

 全員がザワついている。後ろのジュースのことも忘れて、打樋はゲームコーナーに走った。集中すれば、あんなもの聞こえない。聞こえてきたら、今度こそ捕まえる。そう思って……

 

「来るなら来やがれ、クソが……!!」

 

「『生あるものに暗い死を』……」

 

「そこかぁぁぁッ!!!」

 

 ──ズガァァッ!!

 

 打樋はそう叫んで、拳を振りかぶる。目の前にいた、一人の男を……殴りつけた。

 

「ぐっはぁぁ!?!?」

 

「ヘッ、ざまぁみやがれ!! 正体見せやがれ、呪い野郎が!!」

 

「な、なんなんですか!! 急に殴ってくるなんて!!」

 

 目の前にいたのは、背の高い男だった。打樋はこいつが言ったと確信し、脅してでも吐かせようとする。

 

「とぼけんじゃねぇ!! なにが『生あるものに暗い死を齎すもの』だ!!! テメェの考えた口上に、興味なんざねぇんだよ!!!」

 

「なんだ、何の騒ぎだ!?」

 

「俺はそんなこと言ってねぇぞ!! 言いがかりも大概にしろ!!」

 

 あくまでとぼけるつもりか。そう思った打樋が、もう一発振りかぶる。

 

「それなら、殺してでも吐かせ……」

 

「おい、こいつをつまみ出せ!!」

 

「なっ……!?」

 

 打樋は大量の人に囲まれて、出禁の紙を渡されると……外に放り投げられた。

 

「グハッ!? ち、畜生……俺をコケにしやがって、覚えてやがれっ!!!」

 

 そう吐き捨てて、店の前に唾を吐き……打樋は別の店へと行こうとする。その時……

 

「『生あるものに暗い死を齎すもの』……」

 

「えっ……そ、そんな!! 嘘だろ!?」

 

「『悪因には悪果あるべし』」

 

 ゲームセンターから、いなくなった者はいなかった。今さっき、追い出されたからわかる。あの喧騒に紛れて逃げていたのか? どうして俺に見つからずに逃げられたんだ? そんな考えが、打樋の中でぐるぐると巡る。その理由を一言で片付ける方法を、打樋は知っていた。知ってしまっていた。

 

「呪い……俺への、呪い……?」

 

「『善因には善果あるべし』」

 

「く、来るな……来ないでくれぇぇ!!!」

 

 ──ダッダッダッ……

 

 打樋は情けなくそう叫んで、その場から逃げ出した。どこに逃げるのかもわからないまま。そうだ、家に帰ればいい。家に帰れば、奴も追ってこれまい……そのはずだ。打樋はそう思い込もうとしたが、追いかけてくる声がそれを許さない。

 

「はぁっ、はぁっ……!!」

 

「『呪詛には呪詛を』」

 

「ひっ、ひぃぃぃぃっ!!!」

 

 ──ダッダッダッダッ!!

 

 力でも法律でも、どうにもできない。呪いは超常現象だ。誰も何もしてくれない、最悪の状況。どこで、誰が言ってきているのかもわからない。だからこそ、打樋は家に帰ろうと走る。しかし、声はどこまでも追ってきた。

 

「来るんじゃねぇ、クソ野郎!! ぶっ殺すぞ……!!」

 

「『報賀には報賀を』……」

 

「やめろって言ってんだろ……!!」

 

 次はどこからやってくるのか。どこからこの声を届けてくるのか。最後まで言われたら、自分はどうなるのか。なにも分からない、その事実が打樋の恐怖を煽る。

 

「『因果応報』」

 

「来ないで、くれ……死にたくねぇ……!!」

 

「『人を呪わば穴二つ』」

 

 恐怖が限界を突破した打樋が、その場にしゃがみ込んで……叫んだ。

 

「俺のそばに近寄るなァァァァーッ!!!」

 

「なんだ、大声出して……」

 

「おいどけよ、邪魔なんだよ!!」

 

 ──ダダダダダダッ!!!

 

 打樋は心の底から恐怖しながら、必死で家に帰っていく。それを冷たい目で見つめる、人混みの中の目立たない服装の男が呟いた。

 

「……下準備は終わったな。これだけでは終わらんぞ、打樋泰。貴様には地獄すら生ぬるい」

 

 そう言って目立たない服装の男……如月は、その場を静かに去っていった。

 

 

 

 時間は何日か前に遡り、事務所に帰った如月は何をしていたのかというと……まず、打樋に関しての噂を集めた。そこまでできるなら、この辺りでは有名なのではないかと思ったのだ。

 

「あった。これが奴の父親の会社だな?」

 

 そこから更に情報を集めて、その辺りの一帯にいる『打樋』を調べた。それも平屋ではなく、二階建てなどの大きめの家を。すると、絞り込むことができた。

 

「後は、ここにこの手紙を届けに行くのと……目立たない服装。それと奴にこっそりつける、小型のGPS装置と……あと盗聴装置だな」

 

 如月は次々に必要なものを準備して、深夜三時。みんなが寝静まっている時間に、こっそりと手紙を入れていき……如月は、紙の裏に頑丈な盗聴装置をつけておいた。くしゃくしゃに丸めても、壊れないくらいに頑丈なものを。

 

「これでいい。明日には見つかって、奴が手に取るはずだ。明日は燃えるゴミの日ではないし、大丈夫だろう」

 

 そして、その二日後。盗聴した通り、電車に乗り込んだ打樋にGPS装置を貼り付けておく。満員電車なんだ、指一本が腕に触れた程度でバレはしない。そこから呪文の詠唱を開始し……ゲームセンターにて。

 

「『生あるものに暗い死を』……おっと」

 

「そこかぁぁぁッ!!!」

 

「ぐっはぁぁ!?!?」

 

 如月は、殴られてしまった人には申し訳ない気持ちになったが……心の中で謝りながら、打樋が間違った相手に集中している間に、こっそり立ち去る。それから物陰に隠れて、つまみ出されたタイミングでまた詠唱を始めた。

 

「『生あるものに暗い死を齎すもの』……」

 

「えっ……そ、そんな!! 嘘だろ!?」

 

「『悪因には悪果あるべし』」

 

 打樋が逃げていくのを見ながら、如月は呪いの言葉を口にしていく。そして、必要な部分を全て詠唱し終わった頃に、打樋が恐怖のあまり叫んだ。

 

「俺のそばに近寄るなァァァァーッ!!!」

 

「ハッ、無様だな……」

 

「おいどけよ、邪魔なんだよ!!」

 

 バレないように距離を取って、逃げる打樋を見つめる如月。怯えて逃げたのを確認し……次の日。吉川に会いに行った。

 

「……すみません、如月ですが」

 

「あぁ、如月さん!! どうぞ入ってください!!」

 

「お邪魔します」

 

 そう言って家の中に入り、如月はお茶やお菓子を出された。

 

「どうぞ、如月さん」

 

「いえ、お構いなく。作戦は成功しました、あと一言で奴を呪うことができます」

 

「本当ですか!? よかった……!!」

 

 ユミと吉川が胸を撫で下ろす。如月は、最後の条件のために必要なことを言った。

 

「最後に必要なのは、晴輝くん本人です。なんとか連れ出せませんか?」

 

「多分、私たちが付き添いの元なら……少しくらいは」

 

「お願いします。善は急げですので」

 

 そう言われて、二人が頷く。

 

「わかりました。それでは、連れてきます」

 

「学校裏の路地裏。そこに打樋を誘導しますので」

 

「そちらはお願いしますね」

 

 それに頷いて、如月は学校前に歩いていく。そして、放課後。打樋が出てきた……昨日のことを引きずっているのか、辺りをキョロキョロ見回している。音波収束装置を使って、打樋に呼びかけた。

 

「おい、打樋泰」

 

「なっ!? お前は……どこだ、どこにいやがる!?」

 

「お前と戦いたい。こっちに来い、それとも逃げるか?」

 

 そう言うと、打樋は挑発に乗って走ってきた。如月は声で打樋を誘導していく……

 

「こっちだ、打樋」

 

「待ってやがれ!! ぶち殺してやるッ!!!」

 

「やってみろ、できるものならな」

 

 打樋が追ってくる。彼らはもうすぐ来るはずだ、それまで追いかけっこを続けよう。如月はそう思って遠回りさせる。

 

「ついてこい」

 

「待ちやがれっ!!」

 

「どうした、こっちだぞ?」

 

 打樋はまんまと誘導されて、規定の位置に来た。そこには、盲目となった晴輝と……ユミと吉川も立っている。

 

「待たせたな、打樋。ここが終点だ」

 

「お前らは……やっぱりテメェか、晴輝!!」

 

「違う。お前をやったのは俺さ、打樋」

 

 如月も出てきて、怒り狂う打樋に冷たい視線を送る。

 

「貴様はもう終わりだ、諦めろ!!」

 

「ふざけんな、お前が悪いんだろうが!!! 俺が気持ちよく授業中に寝て、トイレでスマホ触ってたってのに……勘のいい先公どもに連れ戻されて愚痴った俺に、『アホじゃねぇの』だとォ!? テメェに言われる筋合いねぇんだよォォォ!!!」

 

「そんな下らないことの報復のために……こんな惨いことを!? 貴様は……!!」

 

 如月が吉川を制止する。打樋は怒り狂い続けているが、如月は飽くまで冷たい声で答えた。

 

「確かに、それは晴輝くんの口調に問題があったかもしれない。しかし、暴虐を振るう理由には全くならない。平和的な解決手段など、いくらでもあった。それを一切無視し、最悪の犯罪行為に走った時点で晴輝くんの非はゼロだ。残念だったな」

 

「言いたい放題言いやがって!! 殺してやる、晴輝みたいに目を潰してから、殺してやるッ!!!」

 

「殺されるのはお前だ!!」

 

 晴輝がそう叫んで、如月が肩に手を置く。打樋が全力で殴りかかってきたが……もう、遅い。

 

「黙れ黙れ黙れぇぇぇッ!!! 死ねぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

「天罰覿面!! 吹きて放てよ、呪詛返シ!!!」

 

「がっ……」

 

 打樋の拳はギリギリで届かず、晴輝から出た黒い物が全て降りかかり、その場で倒れ込む。

 

「……終わったか」

 

「やったの?」

 

「あぁ、終わったよ。よく頑張ったな」

 

 そう言って、如月は晴輝の手を握る。晴輝は口角を上げて、ニッコリ笑った。

 

「そっか……これで学校にも行ける!! ありがとう!!」

 

「どういたしまして。あと、こいつは学校前に置いていきます。何れ回収されるでしょうし、手袋をつけていれば指紋は出ませんから」

 

「何から何まですみません、本当にありがとうございました。なんとお礼を申し上げたらいいか……」

 

 そう言われたが、如月は首を横に振る。

 

「いえ、仕事ですので。また請求書をお送りしますね、それでは……また機会があれば」

 

「ありがとうございましたー!!」

 

「さよなら、如月さん!!」

 

 三人に手を振りながら、打樋を肩に載せて……如月は去っていった。

 

 

 

 次の日。打樋は自分の家で療養していたが、酷い体のだるさに襲われていた。一階のソファに寝転がって、ほぼ動けずにいる。

 

「くそっ、動けねぇ……なんでだ……!?」

 

「酷い風邪だって言われたけど、急にこんなになるなんて……不幸ねぇ」

 

「あいつがなんかしたんだな、クソが!! ふざけんな、俺がなんであんな目に……」

 

 ──パリン。

 

 そんな音がして、窓ガラスが割られた。打樋の父も母も、打樋自身もそちらを見る。すると、そこから複数人の目出し帽を被ってナイフを持った、男たちが現れた。

 

「な、なんだお前たちは!?」

 

「死ね、打樋家」

 

「は? がっ……ぐぎゃあぁぁぁぁ!!!」

 

 ──ザシュアッ!!

 

 ──ズジャアァァ!!

 

 一瞬で、部屋が地獄に変わった。自分の父が、夫が、滅多切りにされて、滅多刺しにされている。父が動かなくなってしまい、母は窓から逃げようとしたが……銃を取りだした男に撃たれて、地面に倒れる。

 

 ──パン。

 

「がっ……や、やめてっ……」

 

「貴様らのせいだ」

 

「ぎぃぃあぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 ──ズシュアァァッ!!

 

 ──ザシュシュシュシュッ!!!

 

 打樋はそれに、本能的な恐怖を覚えた。目の前に刃物があるという恐怖。それを持った者が、こちらに殺意を向けてきている恐怖。そして何より、これから殺されるという恐怖。その瞬間、気づいた。これが晴輝が感じたものだったのだと。しかし、もう遅い。暴虐の精算は、この恐怖をもって、今行われるのだ。逃げることは許されない。

 

「や、やめてっ……嫌だ……!!」

 

「お前も死ね」

 

「どうして、なんで……俺を殺すんだ!!」

 

 打樋は答えを知っている。知ってしまっているのに、口にしてしまった問い。答えはもちろん、一つだけだ。

 

「お前が気に入らない。お前が悪い」

 

「いや、だ……!!!」

 

「死ね」

 

 ──ズシュアッ。

 

 無慈悲な刃と、肉を引き裂く音。鮮血が飛び散って、絶叫が響いた。無慈悲な刃は、その声が止まるまで振り下ろされ続けた。自分がかつてやったように。そして、次の日のニュースにて。

 

「では、次のニュースです。打樋さん一家三人を殺害しようとしたとして、殺人犯の三人グループが逮捕されました。調べに対し、男たちは『間違いありません』、『打樋社長に個人的な恨みがあった』と、容疑を認めているとのことで、警察は計画的な犯行と見て調べています」

 

「また、打樋さん一家は一命を取り留めましたが、脊髄損傷による半身不随や、出血多量による脳への障害などが残っているとのことです。また警察の調べによりますと、『打樋社長が経営する会社に不正な取引や、パワハラの記録が多数見つかった』とのことで、事件との関連性を調べています。それでは、次のニュース……」

 

 

 

 帰ろうとした如月は、今までにない程の症状に襲われていた。誰もいない路地裏で、声を殺しているが……血が体中から溢れてきている。血反吐も無論、吐いている。

 

「がっ、ぐぉっ……うがあっ……!!」

 

 ここまでだとは思っていなかった。このままでは、死んでしまう。そう思って、如月は緊急用に入れている薬を取り出した。血反吐を吐きながらも、それを無理やり飲み込む。

 

「ぐっ、おっ……んぐ、ゴホッゴホ!!! がっ……はぁ、はぁ……」

 

 少しフィードバックが落ち着き、如月がなんとか立ち上がる。

 

「……血を拭いとこう、騒ぎになる」

 

 血をできる限り拭き取り、ふらつく足取りでなんとか歩いてゆく。胴体に一際大きな、ナイフで刺された痕のような刻印が刻まれる。

 

「次やったら、俺は……」

 

 死。如月は、それが間近に迫るのを感じていた。しかし如月は……それでも仕事を止める気はない。

 

「この力は、あんな奴らの、ために……あるわけじゃ、ない……証明、するんだ……」

 

 うわ言のように呟きながら、家に戻る。しかし、家の方が騒がしいことに気づいた。サイレンが聞こえる……何がどうなっているんだ。そう思って、見てみると。

 

「……ッ!!」

 

 燃やされている。如月が帰ってきたのは、家が全焼している真っ最中だった。

 

「あ、如月さん!! 誰かがここに火をつけてるの、私が見ちゃって……あれ、誰かわかる?」

 

「アクティング……」

 

「え? 如月さん!?」

 

 如月はそれだけ言うと、家を無視して走っていった。アレが本当に最後通告だったのだと、如月は今気づく。しかし、立ち止まってはいられない。走りながら如月が呟く。

 

「上等だ。最後の勝負と行こうぜ」

 

 如月はそう言って、遠くの敵を……いや、敵達を見据えた。冷たい目ではなく、深い憎しみの籠った……感情的な目で。

 

「……クソ野郎共が」

 

 そう言いながら、如月はまだふらつく足を無理やり動かして、血の味を飲み込んで走っていった。




次回、最終決戦開始。
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