呪詛返シ請負人   作:とも667

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 全ての始まりの場所へ。


始まりの呪い

如月は、ひたすらに走っていた。自分の家を焼いた者達のいる場所へと。今の自分が、生まれた場所へと。

 

「はぁっ、はぁっ……片山ァァァァ!!!」

 

 如月が、憎い相手の名前を叫ぶ。株式会社アクティングの主任である、片山(かたやま) 金美(かねみ)。この者と……あと、もう一人。如月には憎い者がいる……それを叫ぶ前に、如月がアクティングの前まで辿り着いた。

 

「こんな山奥に作るとは、やはり後ろめたいんだな……お前たちも」

 

 如月は、どうやってここまで走ってきたのかを覚えていなかった。周りには高い山々が見える……悪行が万が一にもバレないように、秘境のような場所に建てているのだ。

 

「障害者自立支援センター、アクティング……嘘も大概にしやがれってんだ」

 

 如月が、そうボヤく。同時に、ずっと忘れていた嫌な記憶たちが、記憶の底から這い上がってきた。

 

『待て!! 逃げるな、如月福司!! みんなを見捨てる気なのかっ!!』

 

『こんなところで、死んでたまるかぁぁぁぁ!!!』

 

『くそっ、どこに行きやがった……!?』

 

 他の利用者を全員見捨てて、一人逃げ出したあの日のこと。如月にとっては、最悪の思い出だ。

 

「それもこれも、奴らのせいだ……奴らさえ、いなければ!!」

 

 怒りを露わにしながら、如月は正面玄関の方へと歩いてゆく。鞄から道具を取りだして、準備万端だ。

 

「いつか何とかしなきゃいけない、とは思っていたが……好都合だ。ここで終わりにしてやる、覚悟しろ」

 

 そう呟きながら、如月は施設の非常階段を登る。二階の鍵穴に鉄の棒を入れて、ピッキングを行った。

 

 ──ガチャン。

 

「よし……誰もいないな?」

 

 如月が、今までの経験を活かして侵入する。まず聞こえてきたのは、片山の怒鳴り声だった。如月にとっては馴染みのある声だ。

 

「貴様ぁぁぁ!! 何度言ったらわかるんだ、何故これができない!? 『反省部屋』行きだ!!」

 

「や、やめてください!! いやです!! あそこは!!」

 

「おい、連れて行け!!」

 

 如月が急いで隠れる。男の職員に羽交い締めにされて、エレベーターへと持っていかれている……この後、何が起きるかを如月は知っていた。だからこそ、苦い顔をする。

 

「いやだ!! いやだいやだいやだぁぁぁ!!!」

 

「……反省部屋、ね。拷問部屋の間違いじゃねぇのか?」

 

『ほら、入れ!! 一時間『反省』するんだな!!』

 

 自分が入れられた時のことを、如月は思い出す。白く殺風景な部屋に、何一つ娯楽がない中で一時間。人間はずっと真っ白な空間にいると、気が狂ってしまうという……事実、如月が見ていた中でも精神をやられて、おかしくなってしまった『利用者』がいた。

 

『あぁぁぁぁ、あーっ!!』

 

『あ、こいつ壊れちゃいましたよ。主任、どうします?』

 

『障害が思ったより重くて、ここじゃ対処しきれなかった……とでも言っておきなさい。こちらの責任にだけはならないように』

 

 流れるように隠蔽の命令をして、発狂させられた利用者が乱雑に引き摺られていっていた……最悪の思い出が次々思い出されてゆく。如月は湧き上がってくる吐き気を抑えつつ、資料室へと息を殺して歩いていった。

 

「だからここには来たくなかったんだ……チッ」

 

「はぁ、どいつもこいつも……まぁ、金ヅルになるから許してやってるけど、もしならないなら殺してやりたいよ。社会のゴミ共め」

 

「主任。今月の決算書です、ご覧下さい」

 

 職員が片山に書類を渡す。それを見た片山が、職員を怒鳴りつけた。職員は怯えた目をしながら、一歩後ずさる。

 

「なんだ、この書類は!! あぁっ!? 貴様、やる気あるのか!? それとも、お前も社会のゴミか!? えぇっ!?」

 

「も、申し訳ございません……!! だからどうか『処分』だけは……!!」

 

「絶対に許さん!! 大体貴様は……」

 

 如月はその怒鳴り声を聞きながら、必要な物を取るために資料室へと歩いていく。その間にも如月は、過去のことを思い出していた。あの日怒鳴られていた職員が、どこかに連れていかれた時のことを。

 

『お、お許し下さい!! 主任、私には家族もいて……』

 

『そんな言い訳が通用すると思うのか!? 決めた、お前は処分してやる!!』

 

『ひぃぃぃぃ!! 助けてぇぇぇぇ!!!』

 

 あの日、職員が無慈悲に引き摺られてゆくのを、如月は黙って見ていた。そこに片山が来て、如月を怒鳴りつけてくる。

 

『貴様、何見てるんだ!! 仕事に集中しろ、それとも『反省部屋』に行きたいか!?』

 

『申し訳ありません』

 

『ったく……障害者如きが、身の程を弁えろ!!』

 

 それを思い出した如月が、小声で呟いた。

 

「犯罪者の貴様らこそ、身の程を弁えろっての……」

 

 そう言いながら、如月は資料室の前まで辿り着く。

 

「いつまでもピッキングで無理やりこじ開けながら進むわけにもいかないし、鍵が必要だ……ここにあるはず」

 

 そう呟いた如月が、またピッキングを始める。資料室の鍵が開いて、中に入って電気をつけた。

 

「よし、鍵は……これか?」

 

 恐らくは予備の鍵と思われる、職員が持っているのと同じ鍵。それを奪って、資料室を出ようとするが……

 

「……おっと」

 

「利用者の皆さん、『給食』の時間ですよー」

 

「着いてきてください」

 

 全員の足音が聞こえる。どうやら、『給食』の時間のようだ。最も、人が食べられる物ではないが……如月はまたしても、最悪の思い出を思い出す。

 

『ほら、取れ!! お前少ないぞ、遠慮するな!!』

 

『……食欲、ないんです』

 

『それならいいが、仕事に支障を出すなよ』

 

 こんな物を食べられるはずがない。如月はそう思って今日のメニューを見る。そこには、肉の身が全く入っていない脂身のみの『トンカツ』と、何日も放置されて固くなった白米しかなかった。他の日にはワサビが大量に入った、まるで嫌がらせのような揚げ物だったりしたこともある。職員達は、その横で新鮮そうな野菜や食べ物を独占していた。如月はそれに、強い嫌悪感を覚えていた。

 

『はい、皆さん一緒に言いましょう。いただきます』

 

『いただきまーす』

 

『……ごちそうさまでした』

 

 始まってすぐ、口をつけるフリをして全て捨てる……ここは弁当を持ってきてはならないので、これを食べるか、何も食べないかしかない。無論、栄養など全くないので、胃のことを考えるなら食べない方がマシまである。

 

「あれを食べてる人たち、みんな不味そうに食べてたな」

 

『ママの弁当がいるのか!? 本当にいるのか!? その歳にもなってか!? えぇ!?』

 

『ひっ、ひぃぃ……わかりました……!!』

 

 脅してでも持ってこさせない。その理由も如月は察している、金が懐に入るからだ。『給食を出している』という事実があるなら、それによって一定の金が貰える。そこで、障害者達にはゴミのような飯を食わせて、自分達は新鮮な美味しい物を食べて……金だけ毟り取る。それが、この者達の卑劣な戦略なのだと……そう気づいていた。

 

『そうだろ!? みんな我慢して食ってんだよ、美味しい飯は家で食べていろ!!』

 

『……三人で囲い込んで脅して、最後には不味いことさら認めるのか。救えないな』

 

『オラ、わかったらさっさと仕事に戻れ!!』

 

 その彼は腹をたびたび下しており、毎日のように吐き気で座り込んでいた。それ程までにここの食事と呼べぬ食事は、健康に悪いのだ。その子がどうなったのかは、如月にもわからない。

 

「だけど、それも今日で終わりだ……!!」

 

 そう言いながら、資料室を出た如月は近くの階段のドアを開けて、三階へと登る。今は給食時間のはず、職員も少ないはずだ……如月はそう踏んで、こっそり移動する。

 

「……やはり、いないな」

 

 給食室の中では、明らかに何日か前の残り物が出されていた。一方で職員は新鮮そうな物を独り占めしている。

 

「何も変わってねぇな、本当に」

 

 そう吐き捨てて、進む。ここに来た目的は一つだけ、『反省部屋』の人達を出して、協力者を増やすのだ。

 

「……さっき連れていかれてた人か」

 

 彼は中で泣き続けているが、その声は一切外に聞こえない。一つ一つが防音室になっているのだ……その用意周到さに、如月はため息を吐く。とりあえず、ノックをして中の人を呼ぶ。

 

「誰ですか……?」

 

「今はどうでもいい。俺に協力してくれ、ここを潰す」

 

「えっ、急にどうして……」

 

 目の前の障害者は、突然言われたことに困惑し続けている。しかし、如月には時間がなかった。

 

「悔しいだろ、こんなことされて!! 俺はやり返す……ここはすぐ潰れる!! 死にたくなかったら、協力してくれ!!」

 

「わ、わかりました……」

 

「それでいい。とりあえず出してやるから、待ってろ」

 

 ──ガチャン。

 

 鍵が開いて、囚われていた障害者を出す。まず一人目だ。

 

「次はあっちか……くそ、一体何人入れられてるんだ?」

 

「わかりません」

 

「そりゃそうだよな、とりあえずみんな出すぞ!!」

 

 如月達は次々に鍵を開けて、囚われた人達を開放していく。そして、最後の一人に差し掛かった時……

 

「ごちそうさまでしたー」

 

「ッ、まずい!! 先生が来る!!」

 

「落ち着けみんな、この鍵を使って逃げろ。俺が引きつける!!」

 

 そう言った如月が、全員を庇って立ちはだかる。

 

「でも、それじゃあなたが……」

 

「死にたいのか!? こんなところで死にたくないだろ、お前ら!!」

 

「わ、わかったよ……!!」

 

 みんなが階段の方に押しかけて、逃げていく。そこで給食室から、職員が現れた。逃げている様子が見えないように、階段の前に立っておく。

 

「……あれ、誰だ?」

 

 気づかれた。そこで如月は、仕込めるだけの仕込みをしておく。しゃがんで顔が見えないようにし、怪しんだ職員が近づいてくる。

 

「何してるんだ……? すみません、どなたでしょうか?」

 

「……オラッ!!」

 

 ──ズガァッ!!

 

「ぐはぁぁっ!?」

 

 職員の一人を殴って、首にかけているカードキーを奪う。これでエレベーターも使えるようになった……職員を跳ね飛ばして、如月は走る。目指すは一階、別の建物。『レストラン Fruits』、そう書かれた建物だ。引きつけるために、如月はみんなが降りたのとは逆の方向から降りようとする。

 

「なんだ、なんの騒ぎだ!?」

 

「侵入者です、何者かが侵入して……!!」

 

「とにかく追え、逃がすな!!」

 

 追ってきていることを確認しながら、如月は階段を滑るように降りていく。そして、終点の一階……ドアの鍵を内側から閉めて、しっかりと握る。みんなが蜘蛛の子を散らしたように逃げてゆく……ここにいる利用者は、全員逃げることに成功した。

 

「おい、開かないぞ!?」

 

「くそっ、内側から閉じてるのか!!」

 

「突き破るぞ!!」

 

 ──ドゴォォン!!

 

 職員達の体当たりを受けて、ドアと如月の腕が軋む。

 

「ぐっ……そろそろ、限界か……!!」

 

「破れるぞ、構えろ!!」

 

「……そらっ!!」

 

「うわぁぁぁぁ!?」

 

 せめてもの抵抗として、破られる直前にドアを思い切り開く。全力の攻撃が空振りして、職員達が倒れ込んだ。

 

「く、くっそぉぉ……」

 

「……まさかお前が出張ってくるとはな。そんなに慌てたか? 片山」

 

「何故、私の名前を……ッ!? 貴様は!!」

 

 ようやく正体に気づいた職員達が、驚愕の声を上げた。それもそのはず、目の前にいたのは自分達が必死に連れ戻そうとしていた、如月福司その人だったのだから。如月はその様子を見て、皮肉の笑みを浮かべる。

 

「久しぶりだな、クソ野郎共。相も変わらず元気らしいな……全く嬉しくないぜ」

 

「貴様ぁぁ、どういうつもりだ!?」

 

「ここを潰すつもりで来たのさ。お前らはここで会社と共倒れだよ。じゃあな!!」

 

 如月がそう言って、ドアを開けて走り出す。そこで片山が、怒声を張り上げた。

 

「追えッ!! 絶対に逃がすなァァァァ!!!」

 

「うぉぉぉぉぉっ!!!」

 

「さて、目指すのはあっちだ。行こう……!!」

 

 追ってくる職員達を尻目に、レストランへと向かう。如月はまだ、やらなければならないことがあった。自分の過去の記憶の通りなら、この者達はあれが可愛く見えるほどの、邪悪な行為をしているのだから。その記憶が脳裏に蘇る。あの日味わった、忘れられない激痛が。

 

『あ゛ぁぁぁぁぁぁっ!!! うわぁぁぁぁぁぁーっ!!!』

 

『……よし、成功のようだな。この技術を使って、邪魔者を排除することもできそうだ』

 

「確か、こっちのはず……」

 

 奴らの邪悪な精神が、辺り一帯に漂っているのを感じる。如月はそれに覚えがあったから……

 

『ありがとうねぇ、福司。あなたのおかげで私、ストレスフリーになったわ』

 

『ぐぁぁぁぁ、ぎゃあぁぁぁぁぁっ!!!』

 

「カードキー、使えるか?」

 

 線に沿ってカードキーを入れる。するとエレベーターが動いて、下の階層のボタンと閉じるボタンを押す。

 

「待てぇぇぇッ!!!」

 

「あばよ、クソ野郎共」

 

「がはっ!?」

 

 入ってこようとした職員に、如月がそう吐き捨てて前蹴りを繰り出す。それは職員の腹に命中して、職員達が後ろに倒れ込んだ。そのまま扉が閉じる……

 

「どうにか撒いたな……あそこは地下だった、それは間違いない……これで合ってるはずだ」

 

 行き先は地上と、地下行きのボタンしかない。それを押して、如月は一息つく。

 

「はぁっ、はぁっ……こんなに動いたのは久しぶりだ。疲れた……薬飲んどこう」

 

 如月は薬を出して、万が一にも効果が切れないように飲んでおく。しかし集中する物がないと、如月の脳内に否が応でも最悪の思い出が蘇ってくる。

 

「……母親気取りのクソ野郎が」

 

『どうしてこんな問題もできないの!? わからない? ふざけないで!! できろって言ってるの!! できなきゃおかしいのよおおおおお!!!』

 

『障害ィ? 学習速度が遅いィ? 関係ないわよそんなの!! 覚えられないのはお前の自己責任よ!!! 泣いて許されるとでも!? 貴様には本当に反吐が出るわね!! どうなってもいい? それじゃあ、今すぐに殺してあげましょうかぁ!?』

 

 如月は自分の母親……アクティングの所長に行われた、虐待まがいの『教育』を思い出す。如月自身も障害者だった、そしてかけられた言葉はこれだ……如月は、怒鳴られ続けても何もできないでいた。当然だ、怒鳴られて出来るようになるなら、ブラック企業には有能以外いないはずなのだから。

 

『何するの、お母さん!?』

 

『お前には利用価値がないことがわかった。捨てようと思ってたけど、別の利用価値があるみたいだったのよね。感謝しなさい』

 

「……『呪詛の押し付け』実験」

 

 如月が呟く。それこそが、アクティングがやった最低最悪の、人を人とも思わない行い。その者の体内の呪詛を、他人に無理矢理押し付ける実験。その量が多ければ人を殺す事もできる。しかも証拠を一切残さず、ただの『不幸な事故』として。

 

『あなたが実験台の一号なの、嬉しいわよね? お前のようなクソ野郎でも、親の役に立てるんだから』

 

『やめて、やめてよお母さん!! ごめんなさい!! 言うこと聞くから!!』

 

『お前に存在価値なんて、最初からないのよ。生まれた意味が今もらえるんだから、感謝しなさい。さぁ、実験開始よ』

 

 そこからは、如月の絶叫が部屋の中に響くことになった。それを心底愉快そうに、片山と母親は見つめ続けていた……

 

「本当に、狂ってやがる……」

 

『実験成功ね。どう、まだ使えそう?』

 

『えぇ、まだまだ使えます』

 

 体に刻まれた、痛々しい『刻印』達をなんとも思わずに、母親は冷たい声で如月に言い放つ。

 

『しばらく監禁しておきなさい。また『使う』から』

 

『かしこまりました』

 

『い、たい……よ……』

 

 それが何回も続いて、如月はその度に絶叫した。今の刻印の殆どは、その時につけられた物だ。他の障害者も運び込まれてきたが、母親の拘りだったのか……使われるのはほとんど、如月一人だった。

 

『こちらに抵抗する予兆のあった家族に、呪いをかけたら大成功。あいつら、完全に破滅したわ……どう、愉快でしょ? あ、お前には理解する感性がないんだったわね。とりあえず、受けなさい』

 

『がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』

 

『あー、気持ちいい……ストレスがなくなるっていい物ね』

 

 しばらくそれをやられ続けて、如月は思った。何故、自分がこんな目に遭う必要があるのかと。他の閉じ込められている人達も、必死に出してくれと叫び続けている。

 

『出してください、お願いします……』

 

『家に帰らせてくれぇぇ!!』

 

『……逃げ、ないと』

 

 ふと、そう思って。油断しきっている職員が、給食を運んできたところで……

 

『おい如月、食事だ』

 

『……すみません。こちらに近づいてください、大事なお話があります』

 

『なんだ。手短に済ませろ』

 

 フォークを、手に取る。それを振り上げて、まだ子供だった如月は……それを、首に向かって振り下ろした。

 

 ──ズジャッ。

 

『がっ、ぎ……』

 

『……あ』

 

『うわあぁぁぁぁ!! 人が、人がぁぁ!!』

 

 鮮血が散って、どくどくと職員の首から血が流れる。如月は人を殺した。生き残りたい一心だったから、とはいえ……人の命を奪ったのだ。そのショックは、如月にもダメージを与える。

 

『う……ごげっ、げぇあぁぁ……』

 

 如月は、覚悟していたつもりだった。しかし、そんな覚悟など……人を殺す覚悟など。まともな人間が、簡単に出来ていいものではないのだ。しばらく吐いたあと、如月は死体から、カードキーを奪い取り……ドアを開けた。

 

『ひ、人殺しっ!!』

 

『この化け物め、死んじまえ!!』

 

『……そうだな』

 

 如月は、何も反論しなかった。人殺しであることも、化け物であることも。どちらも事実だと思ったから。そんな時、如月は男が持っていた物が気になった。如月の母親に持っていくはずだった資料だ。

 

『……ついでだ、書類は全部持って行こう』

 

「あの時からだな。『悪』を苦しめることに、何も感じなくなったのは」

 

『さてと、このエレベーターで逃げられるのかな……』

 

 そこで如月は、このエレベーターに乗り込み……一目散に逃げた。どこに逃げるのかもわからないまま、必死に。そして……気がつけば、あの街に辿り着いていた。

 

『ここは、どこだろう……』

 

「迷子かと思われて連れていかれて、傷とかから虐待を疑われたけど、奴らが隠蔽したせいでそうはならず……孤児院行きになった」

 

『孤児院……それ、なに?』

 

 そこでの暮らしも、いい物ではなかった。変な刻印があるせいで、いじめを受けたのだ。

 

『オラッ!!』

 

『ぐぶっ……』

 

『変なやつだな、なんにも言わねぇし!! もっと虐めてやろうぜ!!』

 

 され得ることは全てされた。刃物で皮膚を切られたこともあるし、泥水をかけられたこともある。仲間外れにされたり、単純に殴られたり悪口を言われたり……だが先生は、何もしてくれなかった。精神崩壊してしまっても、おかしくないくらいの仕打ちを受けて……そのまま大人になった。

 

「それで今の俺が生まれた……」

 

 大人になった如月は考えていた。なにか、自分の経験を誰かのために活かせないかと。刻印の症状がいつ顔を出すかわからないので、普通に働くことが極端に難しいのだ。そこで如月は、子供の頃読めなかった書類を読んでみた。そして……そこに書いてあった物こそ。

 

「例の呪文と、短縮版の呪文……それを機械で行う方法とか、誰かに押し付ける方法だとか……そういうものが書いてあった」

 

 そこから如月は、安い事故物件を借りて……事務所を開いたのだ。この力と経験を、人の役に立てようと。

 

『俺は、アイツらとは違う……証明してやる!!』

 

「……もっとも、人を一人殺した時点で同じだったのかもしれんがな」

 

 そう自虐する如月。そこで、エレベーターが目的地に到着した音がした。

 

「待ってろよ、クソ野郎……」

 

 そう言って如月は、開いた扉から外へ出た。





 次回、最終回。
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