星見雅(偽) 作:─────
数日後の夜のこと
その日は珍しく、六課の全員がいまだにオフィスに居た。
その理由は、雅の溜めた書類の処理がやっと終わりそうな気配を見せたからだ。
しかし、職務を終えた彼女は……
「……ん、ぐぅ────雅、貴様……」
「寝てても言うって、相当じゃないですか…副課長?」
机に突っ伏して、授業中に机の上で組んだ腕を枕にする格好で眠っていた。
「……そうですね。ですから、課長に謝る場を作り、フォローを入れるべくこうして残ったのですが、これでは──」
「暁は寝ているのか?」
すると、そこへ
暁の耳がぴくりと動く。
焦った柳と悠真が同時に、口の前に人差し指を立てて静かにしろとジェスチャーで伝える。
しかし、雅は躊躇うことなく暁の元へと向かうと、その肩を揺すり始めた。
「……っちょ!?何やってんの課長!?」
「手を離してください、危ないですから……」
二人は小声で雅に呼びかけるが、彼女はそれを無視してさらに彼女の肩を揺する。
彼女の口から呻き声が漏れ、黙って見ていた蒼角が雅の手を止める。
「危ないよボス、アカツキはいますっごく怒ってるから……」
「大丈夫だ。暁の最も機嫌が良い瞬間は起きてから仕事に行く準備をするまでの三十分間。午睡などの普段行わない睡眠の際は、目覚めから三分間……この時が好機だ」
その時、暁の目がパチリと開いた。
「……ん?雅?」
「あぁ、私だ。今回の件について、詫びの品を持って来た」
先ほどまでの、地雷原を素足で踊り狂うような一連の動作で全員が見逃していたが、雅はその手にケーキ屋の箱を持っていた。
暁の大好物であるクリームで釣る作戦らしい。
「……ふむ、食べ物に罪はありません。いただきます」
彼女は寝ぼけ眼でそれを受け取ると、書類を整理してクリームが飛ばない位置に移動させて机の上に箱を置く。
それを開くと、中のクリームたっぷりのケーキを雅から渡されたフォークで食べ始めた。
普段は大体のものをフードファイター顔負けの速さで完食する暁だが、寝起きだったこともありゆっくりと一切れずつ味わって食べている。
そして、食事の合間に口を開いた
「食べ物に罪はないので受け取りますが─────お前の罪は別の話だぞ、雅」
どうやら、彼女の目は完全に覚めたようだった。
まさに、怒耳天を衝く──その耳はピンと天井を指し、その毛は完全に逆立っている。
その言葉に、雅の体がピシリと動きを止めた。
「……何故あの書類を隠したの?」
「…………少し、申し訳なさを感じ──」
「は?」
雅の言葉を遮って発せられた、たった一文字の言葉。
それとともにただならぬ怒気が発せられ、六課の全員──雅までもが思わず萎縮した。
「申し訳ないと思うなら、期限に余裕を持って渡してください」
「……しかし、私とお前は──」
「雅に思うことがあるのは事実です。しかし、私たちは好敵手である以前に同じ名前と身分を共有する仲で、大切な友人です。そして、さらにそれ以前に、あなたの影武者として動きながらあなたの身辺の雑用をこなすのは、私がお給金を貰って行っている仕事です。わかります?」
「……仕事」
「そうです。あなたがそれを邪魔することは、私への不信を露わにすることであり、私の仕事を邪魔することです。わかりますか?──これは私に出来る最大限の侮辱だぞ」
少しずつ、暁の口調に熱が入り始め、その口調が素の彼女の粗野な口調に近づき始める。
「今回は良い、だがもう一回同じことをしたら……」
そこで、暁は言葉を止めた。
目の前の星見雅の様子に気がついたからだ。
怒りで耳をピンと逆立てる暁とは対照的に、彼女は耳を伏せ、今にも泣きそうな表情で目を伏せている。
「……はぁ、わかればいい。二度目はないぞ」
「あぁ……、すまなかった」
「そんな顔をしていたら怒鳴ることも満足にできやしねえだろ、まったく……」
苛立ちを隠しもしない彼女は、雅の頬に手を伸ばして痛いほど強く抓った。
「これで許してやる。……二度と同じことをするなよ」
そう言って背を向けた彼女に、雅はひりひりと痛む頬をさすりながら
「ならば、お前も私たちを信頼して、このオフィスの中でくらいは今のような素の口調で喋るべきではないか?」
その言葉に、暁は思わず振り返って反論する。
「……っそれは、仕方ないだろ。万一でも聞かれちゃマズイ──」
「お前が言ったことだ。お前は仕事として私の影武者を請け負っている以前に、私の大切な友人だ。私は、影武者としての
呆気に取られたような表情をしている暁の頬に雅が手を伸ばす。
しかし、暁は優しくそれを払って
「……考えとく」
そう言ってもう一度背を向けた。
その時彼女からは既に先ほどのような怒気は感じられず、逆立っていた耳もいつも通りに戻っていた。