モモトークをこまめに確認するタイプの先生と生徒たちの話 作:fenderlemon
「はぁっ、はぁっ!」
突然の強い夕立に濡れるトリニティ自治区を走る女性がいた。平均から少し高い長身で胸元のタブレット端末を雨から守っているようで、その人影は住宅街の一件の家の軒先を見つけた事で酷く安堵しているようだった。
「ごめんね! 軒先借りるよ!」
女性はキヴォトスの中であるにも関わらず銃を携行していない。人間にも関わらず頭上に神秘の証のヘイローを持たない。さらに百七十センチの長身の──それも人間の女性ともなると、キヴォトスにおいてそれはもう殆ど個人を指すことになる。独立連邦捜査部・シャーレの先生であった。
◇
トリニティの生徒からのモモトークでの相談を受け、半日の休みをどうにかもぎ取った先生を待ち構えていたのは、勿論、不良による銃弾の嵐だった。トラブルに巻き込まれる才能はピカイチである。
しっちゃかめっちゃかになりながらも自警団の生徒や正義実現委員会の生徒と協力し、果てはブラックマーケットの企業の尖兵と戦闘となり、と言った有様で半日の休暇はさりげなく半日の依頼消化のための出張へと書き換えられた。
連戦に次ぐ連戦で、戦闘指揮に使用したタブレット端末の充電も怪しくなってきた。トリニティの生徒会であるティーパーティーへの報告も必要だったため、ブラックマーケットからトリニティへと移動している最中だったのだが──そこに夕立が追い打ちを掛けたのであった。
困ったな。が第一に思うことだった。先程の戦闘で珍しく至近で爆風を食らった先生はド派手に吹き飛ばされたのだ。怪我こそしていなかったが、タブレット端末の保護ケースに小さな傷をつけてしまった。特段操作に支障はないが、隙間から雨が入ってしまう。雨に濡れ続けていい精密機械など無い。傘は持ち歩いていなかったし、シャーレの制服のジャケットも撥水加工をされてる訳では無い。雨が早く止む事を祈るしかない。そう思った矢先、先生が背にしていた扉からキィ、と小さな音が立てられた。
「おっと、ごめんね。雨が急に降ってきたから軒先を借りてたんだ。止まなそうだし、すぐにどくから──」
「えぅ、せ、先生……?」
「──ウイ?」
慌てて捲し立てるように言い訳を立て並べて離れようとして、それに対して困惑する声音に先生はとても聞き覚えがあった。トリニティ総合学園、図書委員会委員長。古関ウイ。
トリニティにおいて特に関わりの深い生徒であった。
◇
「はい、先生。アメリカーノで良かったですか?」
「冷えてるから助かるよ。ありがとね」
慌てて雨宿りした先が生徒の自宅だったとは夢にも思わなかった。雨粒に急かされて無我夢中で走っていたものだから気が付かなかったのだ。少し濡れた長髪をタオルで水気を吸わせ、冷えたお腹にアメリカーノを流して温める。キヴォトス基準で身体が貧弱な先生に対するウイの気遣いは手厚かった。本人曰く、慣れない事をしているそうだが、先生から見れば十二分に暖かいものだ。
「そうですか。ティーパーティーへの報告のために……」
「事件のお陰で天気予報を確認する暇もなくてね……お陰で助かったよ」
「いえ、いえ。先生のためならば、このくらい……」
「……ふふ」
「な、なんですか。変なこと言いましたか」
「いや、ウイも変わったなって」
「そうですかね。私は……あんまり変わった実感なんてありませんけど」
「少なくとも会ったばかりのウイは私に軒先すら貸してくれなかったと思うし、中に入れるなんてとんでもない事だよ」
「それはまぁ、確かに」
「でしょ? だから私は嬉しいんだよ。こんなに美味しいアメリカーノまで用意してくれるし」
「それは先生が以前、『美味しい』って言ってくださった訳ですし、それに倣ってもう一度、と」
「じゃあわざわざ覚えてくれたんだ。やっぱり嬉しい」
「うぅ、ムズ痒いです。そこまで褒めなくてもいいじゃないですか。私が普通に褒められても素直に喜ぶタイプじゃないのはご存知でしょう?」
「先生ってのは出来るだけ皆に分かりやすいように話す癖があるんだよ。出来るだけ砕いて、飲み込みやすい表現でね。まぁ、わざとじゃないってことで許してくれると」
「もう……」
生徒の成長に喜ばない先生は居ない。少なくともキヴォトス唯一の先生がそう思っているからにはそうなのだろう。ましてや、人間嫌いでコミュニケーション能力に難があり、陰謀論にハマりそうなくらい頑固で、『あの』トリニティで一勢力を率いている生徒が先生のために心を砕くなど、昔からは想像も付かない光景だった。
対して先生がまじまじと顔を見て喜ぶものだからウイはすっかり恥ずかしくなり、足先を畳んだ。キヴォトスにおいて唯一の先生。しかもそれなり以上に容姿が整った特別な存在が、ウイの自宅で、ウイの淹れたコーヒーを飲み、ウイの成長を褒めちぎるのだ。一体何の罰ゲームなのだろうとウイは疑った。今日は非番だが、昨日一昨日のシャーレの当番において何か落ち度があったのだろうか。今日の出来事が外に漏れようならば、先生に対して懸想を抱く生徒の目の敵にされかねない。
決して先生に褒められて嬉しくない訳では無い。同じ目線で本を大切にしてくれて、図書委員会の苦悩を聞いてくれて、古書の修繕能力を高く買ってくれていて、ウイの数少ない交友関係の中でも特に頼れる大人だった。そんな存在から褒められるならば少しは頬が緩む程度には嬉しい。嬉しいのだが、先生は自身の優しさと想われ方に対して無頓着過ぎる。それが彼女からの分かりやすい『イベント』を罰ゲームと称した訳だった。
こんなイベントが広められようならウイは一日もかからず狐の面を被るテロリスト、美食と全てを言い負かすテロリスト、あのゲヘナの最高戦力、あまつさえティーパーティーの一員によって吊るされることになる。過剰戦力だ。そんな訳でウイは素直に喜ぶ反応を見せることが出来なかった。
「……それにしても止まないね。雨」
「明日まで降るらしいですよ」
「明日かぁ。流石に泊まる訳には行かないし、傘貸してもらってもいいかな? 勿論後日返しに来るから」
ざぁざぁと降る雨が弱まる気配は無かった。むしろ、轟々という音を鳴らす始末で、風が出てきたのか窓を叩くような音すら混じり始めた。傘だけで帰れる様な天気には到底思えなかった。
雨具があっても出かけるのは躊躇う天気だが、ウイはそもそも雨具を持ち合わせていなかった。それでも先生は傘で帰ろうとするので、ウイはどうにか引き留めようと言葉を考えたものの、意地の悪い言葉ばかりが出てくるので少しだけ自分が嫌になった。
「先生」
「うん?」
「嫌です」
「そっかぁ……。まぁ最悪タブレットさえ濡れなければ……」
「いやここを出る前提で話さないでくださいよ! こんな風の出てる大雨の中傘を貸したら壊されるから嫌です、という事です。言いたいこと、分かりますか?」
それがウイに言うことが出来る精一杯だったのだ。先生が大雨で風邪を引いたり、最悪の場合川まで流されるかもしれない中で家から追い出す程薄情な人間ではない。しかし先生としては生徒の家に泊まる訳にはいかない。在り方の問題だった。先生は流石に困った顔をしてウイを見て、そのまま窓の外の惨状を見て、ガックリと項垂れた。流石の先生もこの大雨には参ったらしい。
「……ごめんね。私は──」
「ソファがあります。鍵付きの浴室でもなく廊下でもなく、その私がいつも昼寝に使ってるソファがありますから。ね?」
「う、でも……」
「先生?」
ちょっと圧を掛けたら先生は本当に折れてしまった。半日以上走り回って疲れきった身体を、床やら何やら硬い所で寝て回復するとは思えなかったのだろう。そもそもシャーレの過労死ライン手前のブラック加減を見るに、既に何徹しててもおかしくはない。ウイは先生に近づいてタオルで目元を拭った。やっぱり化粧で隈を隠していた。先生は今度こそ本当に困った顔をしたが、目の下の隈が酷く、実に不健康そうな顔つきになっていた。
「その、下心とか全く関係なく先生がベッドの方がいいんじゃないかと……思いますね」
「いやいやいや。それは本当に勘弁して欲しい。流石にダメだよそれは。泊まるだけでもかなりダメなんだけど、ベッドだなんて」
ウイは無言でそんなに使っていない手鏡を突きつけた。自分の顔を見た先生はまた何も言えなくなった。普段ならどうにか誤魔化す気力があったのかもしれないが、少なくとも今は無いようだった。
◇
夕飯はウイが作ることにした。先生は相変わらず無駄な抵抗をして料理をしようとしたのだが、普段からカップ麺だらけの不健康人間が何を言ったところで無駄なのだ。ウイも別に料理が得意な訳では無いし、困ったら宅配を頼む派閥だったが、レシピ通りに作って最低限の体裁を整える程度には料理が出来た。朝食兼古書の復元作業に使うパンが一斤余っていたので、無造作に冷凍庫に放り込んでいた野菜とレトルトのシチューのルーを併せて晩飯にしてしまった。先生の前でいい格好をして見たかった、という心はあれどここまで上手く作れたのは望外の喜びだった。
「ウイ、これすっごい美味しい」
「先生、泣きながら食べられると、その、なんだか悪い事をした気分になるので泣かないでください」
「だってぇ……ジャンクフードとレーション以外を食べたの久しぶりで……」
「他の子と食べたりしないんですか」
「大体仕事が凄くて食べる暇もなくて……見かねた子が連れ出してくれるんだけど、出先でそのまま事件に巻き込まれたりしてて……」
「そ、それは……その……」
余りに容易に想像が着く絵面だったのでウイは閉口した。
経緯はともあれ、ウイは自分の手料理を食べてもらいながら褒められるという経験をした。怖い生徒達に詰められる材料が増えたが、それはもう先生をちゃんと飢えさせない様に努力しなかった奴が悪い、という事にした。家に泊めるといつ超ビックイベントを発生させてしまった以上、もうウイには後がないのだ。なので開き直ることにした。
どうせこの後先生がウイの家の風呂を利用し、最終的にウイのベッドで寝るのだ。ここまで罪を重ねた場合極刑は免れないため、むしろ罪は重ね得であった。これ以上罪は重くならないため、バーゲンセールのような状態であった。ウイは免れられない執行に怯える訳ではなく、ただ今現在を精一杯楽しもうという刹那的な思考に囚われつつあった。普段のウイよりはずっとらしくない考え方だったが、そもそも先生が家に来るようなイレギュラーが起きてもなお平常で居られる生徒なんて存在しないのだ。先生が悪い。
「ごめんねウイ。お風呂先にもらっちゃって」
「客人が後回しの方がおかしいので、き、気にしないでください」
「うん……」
「……」
「……その、そのまま見られてると恥ずかしくて着替えられないな〜って」
「へぇあっ!? はい!」
先生が、悪い。
◇
湯上りの先生は実に目の毒だった。火照った頬が赤らんでいて、なんだかいけない物を見たような気持ちになった。入れ替わるように脱衣所に入ったウイを迎えた自分のものでは無い柔らかい匂いを感じ取った時なんて最悪だった。妙にドキドキして心臓が高鳴り、さっきまで先生がここで着替えていたのだと考えるともう頭はそれでいっぱいだった。
書物で描写されるアレコレを読んだ時に浮かぶ情景よりも余程真に迫った想像がウイを追いかけ回し、慌てて頭を振って想像を掻き捨てて湯船に全身を沈めるも、普段よりもずっと水位が低い浴槽に足を滑らせ鼻に水が入る。ゲホゴホとむせているとドタドタと足音が近づいて「ウイ!? 大丈夫!?」と慌てた声が聞こえてくる物だからウイは(今余計に大丈夫ではなくなりました)と心の中で独りごちた。
どうにか風呂から脱出して着替えて出ると、泊まらなきゃいけないと察した時よりも肩をしゅんと竦めた先生がソファに鎮座していた。
「さっきはごめんね……なんだか謝ってばかりだ」
「じゃ、じゃあ、贖罪として、ですけど。髪を乾かすのを手伝ってはくれませんか」
「うん。いいよ。長いし大変そうだよね」
「実際面倒ではあるんですが、ここまで伸ばしちゃうと切るのも勿体なくて……。美容院に行くのが嫌な方が大きいですが……」
さっきから先生に振り回されてばかりなのでウイは少しばかりの意地悪を口にしたのだが、二つ返事で了承されてしまうとどうにも立つ瀬がない。そこらを歩く生徒の倍はあるだろうウイの髪は乾かすのにも一苦労だ。それを軽々と肯定してもいいのかと先生に尋ねてみると、「生徒が困ってるんだからね。それにウイの髪が綺麗になったら嬉しいし」と反省の欠片も無いような言葉が出てきたのでウイは先生に全部任せることにした。乾かすのに失敗したら先生のせいにするためだ。
一冊の小説を読み終わる頃、先生がようやく髪を手放した。ウイは本に集中していたから気が付かなかったが、本当にウイの髪はサラサラにされていた。他人にドライヤーを掛け慣れていないとこうはならないだろうけど、ウイはその技術の出処を聞かない事にした。胸の中の意地悪な自分が暴れそうな気配がしたからだ。
努めて平静を装うウイを差し置き、先生はそろりそろりと余ったクッションを片手に廊下へ逃げようとしていて、ウイは早速キヴォトス人らしい膂力をもって先生をベッドへ放り投げた。非力なウイでもこの位は出来るのだ。先生がより非力なのか、キヴォトスの住人が力持ちなのか分からなかったが、今ハッキリしているのは病人同然に調子の悪い先生はキチンとベッドで寝かさないといけないという事だった。
「ねぇウイ?」
「はい。何でしょう先生」
「ウイは今晩どこで寝るのかなって」
「ソファです。安心してください」
「そっかぁ」
「……先生」
「んぅ……」
先生はそう言うなり即座に規則正しい寝息を立て始めた。もう少し意地悪なりワガママなりをぶつけてみたかったところはあるものの、同衾しないという最終確認が済んだ今は眠気に耐えきれなかったのだろう。そんなボロボロの先生を起こす訳にもいかず、ウイは先生の寝顔を見ていた。
優しい顔をしていた。少し垂れた目元が人好きのする印象を強くしていて、それでいて綺麗な鼻筋が通って、生徒顔負けの柔らかそうな唇があって、すらりとした眉があって、書物に出てくる美女でもここまでの者はいないだろうとウイは思った。見てるだけで溜め息が出るのだ。そういう情欲に疎かったウイですらこうなるのだから、あからさまに懸想をしている生徒だったら既に襲われているのでは無いだろうか。そう思うと今日泊めたのが私でよかった。と見当違いな感想を抱いた。
しばらくすると先生が寝返りを打ってタオルケットから手がはみ出た。ウイは手が大きい訳では無いが、それに比べても大きく長ったらしい手だった。白くて血色を感じられず、透き通るような肌はどこか現実味がない。指先で掌をつつくと少しだけ赤らんで、すぐに元に戻った。関節一つ分の大きさの違いはキヴォトス平均よりもずっと長身なウイをしても意外だった。つい、ウイは指を絡めた。
私の手と全然違う。得もしれない形の無い笑みが腹の底から沸いてくるようだった。幸福感とも言えないポカポカした感覚が、手を重ねる度に下腹部から沸いてくる。熱のようなそれが頭へと登って行き、脇腹をすぎる度にむしろ熱が逃げて寒さを感じるほどだった。説明がつかない感覚だった。じゅんとした熱が沸いては登り、全身の熱を奪っては頭から消えていく。頭に血が上る、というのはこれを指すのだろうか。
欲望が背中を押す。ウイはベッドを揺らさない様に乗り、そっとタオルケットを捲った。隠されていた首筋が覗いていた。さっき風呂上がりの先生に感じた、いけない物を見てしまったような感覚は首筋から来ていたのだ。普段は制服で襟が立てられていて見えない肌を、誰にも邪魔されない場所で観察している。故にいけない気持ちになっていたのだ。
恐る恐る指を首筋に這わせると、先生が「ん……」と息を吐いて身動ぎした。ベッドの上で聞く吐息は艶めかしく、耳朶を揺らす低い周波数があまりに刺激的だった。もう一度指でなぞると今度は抵抗することなくウイの指を受け入れた。やはり感じるのはほっそりとしているということ。柔らかく、しなやかさを感じる。しかし首が凝っているのか、背骨の左右だけは全く指を受け付けない硬さを誇っていた。今度、マッサージでも覚えたら喜ぶだろうか。
次はなぞる訳ではなく指を置くだけにした。すると寝息に合わせたリズムの脈がゆったりとウイの指を揺らし、呼吸をする度に音もない振動が肌から感じられた。音もないのに、耳朶を打つ。形容しがたい熱がウイの耳を赤くした。
(流石に、このまま寝るのはマズイ)
残った僅かな理性がそう叫んでいた。先生の肌を弄んでいるだけで全身がめちゃくちゃになっているのだ。一方的におもちゃにしているだけでこうなのだから、逆が起きたならば──逆、逆って、なんだろう。そこに思い至った時、先生がまた寝返りを打った。
ウイの身体を巻き込んで。
(えぇっ!?)
悲鳴を上げなかったのは奇跡だった。肩を中心にくるりと回る先生に絡め取られ、ウイは先生の腕の中にすっぽりと収まっていた。抱き止められている形になる。
(へぇっ!? いや!? えっ!?)
混乱の極地だった。
少し顔を傾けると、アウターの外からだと分かりにくい豊かな胸部がウイを迎えた。寝間着にされたシャツの正面に鼻を差し込む形で抱き込まれたウイは脳が焼け付くような感覚を覚えた。じゅんとした焼き付きがお腹から暖かい感覚を呼び起こす。母性の塊に包まれていて、顔の全体で受け止める柔らかさと甘い香りが先生に包まれているという実感を与えていた。
首の左右を腕で挟まれて、ちょっと力を込めれば呼吸を止められてしまいそうだった。非力な先生では叶わないことは分かっていても、少しばかりの血が引く感じがして、けれどあの人はそんな怖いことをしないから今のまま抱きとめてくれるはずだからと飲み込んで、前後左右を包まれている現状も飲み込もうとして先生の身動ぎに心も動かされる。
(ああああっ!?)
姿勢が崩れて甘いな香りが体温へとすげ変わる。ウイの鼻先に当たったボタンが外れ、はだけたシャツの胸元がウイの顔に当たっていた。生々しい生を感じるしっとりした肌がウイの肌を擦る。スベスベしたなんてものではなく、白絹ですら比較にならない肌触りだった。ウイの頭部は煮えるように熱くなっていた。皮膚一枚の向こうにはマグマが溜まっているんじゃないかというほどに熱かった。こんなに熱いと先生が寝苦しいんじゃないかと思うほどだった。キヴォトスに生きるものとしての力を振り回せばすぐにでも逃げ出せそうだったが、それでは先生が起きてしまうし、もしかしたら怪我をさせてしまうかもしれない。そう思うとウイは赤熱する肌を重ねつつ息を潜めるしかなかった。
先生の肌に触れていると少しだけ揺れているのを感じた。心音だ。心臓の鼓動が伝わっていたのだ。ウイは思わず首を引いて、すぐに先生の腕にぶつかった。先生が思わぬ衝撃を受け、むしろウイを抱き寄せた。首に添える程度だった腕は後頭部を包むように囲んでいて、とてもじゃないが身動きが取れるとは思えなかった。
とくん。とくん。大きな胸が脈打っていた。ただの9mm弾で容易く失われる命が、そこにあった。大きくて、でも弱くて、頼りたくて、でも近くには居なくて、それなのに今日だけはこんなに近くにいる。めちゃくちゃになりそうだった。わーっと叫んでやりたかった。ウイの胸を駆け巡る小さな宇宙が音の力で爆発しそうだった。
何故だか分からないけど、ウイは泣きそうになっていた。どうしようもなく安心感があるのに、明日の朝には失われてしまう事が受け入れられなかった。ずっとそこにあって欲しい体温が、遠くなってしまう事が嫌だった。遠くから聴こえる雨音が何時までも止まないで欲しかった。先生を帰したくなかった。
「先生……いかないで……」
小さくはない独占欲が暴れている。どうすればいいのか分からないウイはひたすらに先生の胸に顔を埋めた。先生は寝ているはずなのに、ウイの衝動に付き合うかのように抱きとめていた。時計の音も忘れた頃、ウイは意識を手放した。
◇
変な夢を見た気がする。先生が家に泊まっていく夢だった。先生に手料理を振る舞い、髪を乾かしてもらい、あまつさえ同じベッドで眠りに落ちるという、随分とリアルな夢だった。妙に首が痛くて慣れない枕で寝たみたいで、髪はいつもより調子が良く、変なところはあちこちにあったが、あれを現実だと思うにはあまりに夢見心地が過ぎた
起きたら先生は居なかったし、家は特に片付いても散らかってもない。ただ、ただ──弱まった雨と無くなった傘だけがウイの頬を染めた。
前に支部で上げてたヤツを手直ししたものになります。
C105でナギサ×ミカの本が出ますよという告知です
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