モモトークをこまめに確認するタイプの先生と生徒たちの話   作:fenderlemon

2 / 3
カヨコが先生のギターを見つける話

 

「あれ、先生。このギターは何?」

「あぁ、それは私が昔使ってた愛機だよ」

 

 青天の霹靂だった。

 

 カヨコは便利屋の仕事が無い日は今みたいにシャーレの当番として、もとい事務のアルバイトとして仕事をしている。

 

 今日は先生宛に届いた陳述書や要望や何やらを処理していた。積み重なるプリントアウト済みのご意見を山のように積んでいるためか、先生のオフィスには死角が多い。ミレミアムの警備技術でありとあらゆる保護を行われているから危険は無いのだけれど、たまに物を失くすと全く出てこなかったり、今みたいに予想しない品が出てきたりするのだ。

 

 実直な2ハムバッカーのディンキータイプ。いわゆるスーパーストラト。遊びの少ない構造に裏打ちされた堅牢そうなギター。塗装面に付けられた無数の打痕や静かな擦り傷を見ていると、確かに先生の愛機っぽいなとカヨコは思った。

 

「外からキヴォトスに持ち込める荷物には限界があってね。致し方なく古い家具とかは処分しちゃったんだけど、流石にこの子とボードは処分できなくてさ」

「……バンド組んでたの?」

「うん」

 

 弾けるの? という質問を一段飛ばして聞いたつもりだったが、先生からすれば同じことだったのだろう。キヴォトス唯一の人間の大人。先に生きる人。沢山の生徒から信を置かれる先生の過去は、全くと言っていいほど知られていない。知られているのは連邦生徒会長から指名されてシャーレに着任したこと。その辺の生徒も羨む程度のスタイルであること。先生という呼び名をそのまま人格にした様な不思議な思想を持つこと。そしてそこに元バンドマンという情報がくっついた。

 

 どうにも並びの悪い単語だと思った。が、肩口を通り越して腰まで伸びる美しい黒髪を見ていると少しだけ納得する思いもあった。

 

 キヴォトスでは髪をいくら伸ばしてもどうにかなってしまう。ミレミアム謹製のコンディショナーやドライヤーが解決してくれるのだ。そもそも神秘の力を利用すればある程度は可変が効くというもの。

 

 しかし外の世界はそうでは無いと聞く。その外から来た先生がロングヘアを保っているということは相応の苦労と努力があったはずだ──前に触らせてもらった時、凄いサラサラしてたな。不意に先生との触れ合いを思い返してカヨコは耳を赤くした。先生のパーソナルスペースの範囲で何か行動していると、僅かな気恥ずかしさを感じるようになっていたカヨコは、頭を軽く振って有耶無耶にしてから口を開いた。

 

「前にクラシックとかは聴くって言ってたけど、ギター使わないでしょ」

「あー、うん。あれはね……」

 

 先生は少しバツが悪そうな顔をした。

 

「……もしかしてテキトーな嘘?」

「いやいや、クラシック“も”聴くんだよ。ごめんね。ラウドな音楽が好きだってあの時初めて知ったからさ。こだわりの強い生徒の前で『私もそういうの分かるよ!』って出てきても、まぁ的はずれな事を言って微妙な距離感になりかねないからね」

「……」

 

 先生に睨みを効かせると長身を縮こませて「うっ……分かった。今度はちゃんと先生の趣味も晒すよ」と言い始めたので「うん。それでいい。先生の好きな曲、聴かせて」とカヨコは言った。

 

 一拍。

 

「今」

 

 カヨコの言葉に先生は目をパチクリとさせた。

 

「ほら、出して。愛用のポータブルプレイヤー、あるでしょ」

 

 うぅ……。と大人らしからぬ声を上げながら先生はポケットからポータブルプレイヤーを渡した。キヴォトスでは見かけない機種だ。林檎のロゴが付いてて、タッチパネルやARではなく、円形の物理ボタンで操作する様な物だった。使い倒されたのであろう傷が沢山付いていて、先生の物持ちの良さが表に出ていて、カヨコは知らない面を独占できた気持ちになり少しだけ口角を上げた。

 

「えっと、その真ん中のボタンで決定。そう、そこからフォルダに飛べるから」

「ん……」

 

 「お気に入り」と書かれたフォルダが入っていたのですかさず再生。オールドスクールなロック、ポストロック、ファンク、スラッシュメタル、アイドルソング、サイケデリック、フューチャーベース、アニメソング、メロディアスデスメタル、森メタル、ポストハードコア、スクリーモ……。スキップをする度に楽曲の顔がガラリと変わる。

 

「先生、凄い趣味してるね」

「うぐぅ、これ、すっごい恥ずかしい! 背中がぞわぞわする!」

「ていうか、こんなにメタルとか聴くならあの日語ってくれても良かったんじゃ──」

「私が聞いてるの、全部キヴォトスの外の曲なんだよ。だからこっちの音楽史とか相関図を知らなくて……下手なことを話したくなかったんだ」

 

 あぁ、とカヨコは納得した、先程から流れている曲の言語はキヴォトス公用語のものもあるが、全く聞き馴染みのない言語の物もある。音楽性の多様さは共通のようだったが、再生される曲の音質や空気感にも違いを感じられた。何にせよ、キヴォトスの外にも沢山の音楽がある。カヨコが知る音楽史は狭い世界の中でしかないのかもしれない。未知への興味が湧くと同時に、先生が生まれ育てられてきた環境にも期待がかかっていた。

 

「あれ、このフォルダーだけ階層分けしてない。アルバム直置き?」

 

 お気に入り以外にも幾つかフォルダを漁っていると、先生は几帳面な事に「ジャンル」「バンド名」「アルバム名」の順番でフォルダを組み上げていた。だからこそジャンル名が並ぶ階層にアルバムらしきものが置いてあるのは不自然に思えたのだ。

 

「これは私が書いた曲だよ」

 

 本日二度目の青天の霹靂であった。

 雷霆のような衝撃がカヨコを襲い、手先がビリビリと痺れた。先生が、書いた曲。それは流石に期待しない方が嘘だろう。話しぶりを見るに、先生は音楽趣味をひけらかした事は無いはずだ。ましてやポータブルプレイヤーの事を知っているのはカヨコ位のものだろう。その中に収められていた先生の曲。カヨコの胸の奥に隠した怪物のような感情が鎌首をもたげて大口を開いた。

 

 どんな曲なんだろう。あんなギターを使って、髪を伸ばしていたくらいだからヴィジュアル系のような耽美な曲なのだろうか。安直すぎるなら、むしろエモ・パンクに振り切った感情的な曲。いや、むしろ爽やかなポップスでも良かったし、グラインドゴアが飛び出してきてもカヨコは受け止める所存だった。

 

 先生が書いた曲という事は、先生の文脈が乗った曲ということだ。先生が育った世界の楽曲ジャンルの歴史的な意義。先生が幼い頃から胸の内に育ててきた音楽の力。先生がより選び抜いた言の葉の集合体。どうしようもなく人生が刻まれているはずだ。逃げられない程に語っているはずだ。震える手でフォルダを開き、一曲目に指をかけた。

 

 イントロのリズムはありきたりなダンスロックだった。カヨコは少しばかり拍子抜けし、しかしバンドを始めた人間が最初にマスターするのは分かりやすいコード進行と分かりやすいリズムだろうと考えると納得はした。期待しすぎていたのだろうか。

 

 そう思ったのだが、歌が入った途端に様子がおかしくなる。殺人的にはね飛ぶスラップベース、エフェクトを掛けすぎて弦楽器とは思えないビットクラッシュを起こすギター、瞬間的にフィルインの手数が狂い出すドラム。キャッチーではあるものの動き続けるボーカル。バンドというのは誰かが突出するのは不可能な存在だ。どこかで帳尻合わせをしないと楽曲は成り立たない。しかし、これは、異常なレベルでバランスが保たれていた。誰かがハチャメチャな演奏をしたのならば、全員が同じレベルのハチャメチャな演奏をする事によってバランスを保っているのだ。

 

 カヨコの知るダンスロックはもっと簡単で、四つ打ちのドラム、すぐにループするギターリフ、ルート弾きしか出来ないベースが混ざった、気軽に踊れる音楽のはずだった。

 

 だがこの曲は、踊れるようなら踊ってみろと言わんばかりに暴れ回っていた。申し訳程度にバスドラが四つ打ちを残しているものの、他のパートが暴れたらバスドラも三連符とか七連符くらい叩き込んでいた。こんな状態で耳障りが良くまとまっているのははっきり言って狂気の沙汰である。

 

「すごい」

「……懐かしいなぁ。これライブで演るの馬鹿みたいに大変でね。最初の頃は何度も腱鞘炎になりかかったんだよ」

「こんなに動き回ってたら指も疲れるよ。先生、本当に上手かったんだね」

「ふふ、さっきまでは恥ずかしかったんだけど、これは結構な自信作だったからね。まぁ、嬉しいかな」

「他の曲は──」

 

 続けて再生したのはバラード。のはずなのだがギターがどんどんファジーに歪んでいき最早シューゲイザーの様になっていた。更に次の曲に飛べばBPM260にも到達する様なカッティングギターの飛ぶ高速ロックが現れる。急にドロップチューニングされたギターになり轟音が刻まれ、激しくなるのかと思えば急にLo-Fiなトラックをバックにラップが始まるものもあった。どれもこれも全てのパートのレベルが高く、高いままに狂った演奏をしていた。無節操で遠慮がなく人を選ぶが、これは相当な評価を受けていたに違いない。少なくともカヨコはこのアルバムを今年のマストバイに加えることを決めていた。

 

「うわぁ、若いな〜。とりあえず知ってるもの全部入れて、暴れられたらなんでも良さそうにしか聞こえないなぁ」

 

 先生が懐かしむような顔をする。複雑な色をしていた。酸いも甘いも思い出にギュッと詰まっていたのだろう。それだけはカヨコにも分かった。もう一つ分かることがあるなら、

 

「先生、変な音好きでしょ。全部すごい音が入ってる」

「うん。ギターってね、デカくて変な音が出せるからサイコーの楽器なんだよ」

 

 逡巡する間も無く先生は答えた。心の底からそう思っているという顔だった。ちょっとだけ今までの先生のイメージからズレた感じがあった。先生はもっと理想論者で、綺麗なものを愛でている印象があった。こんなに野性的で、荒々しい音楽を好んでいそうにはあまり思えなかったのだ。

 

 それは、先生の印象なのだ。先生ではない、この人はもっと荒々しい人なのかもしれない。だから先生の音楽は、生徒の守護者である先生という役割の外──キヴォトスの外にあるままなのだろう。

 

 キヴォトスの外にあるこの人の素顔。それを知る唯一の生徒となった事を理解したカヨコは、形容しがたいざわめきと、それなりの独占欲と、もっと暴きたいという知識欲に突き動かされた。

 

「他に、他に書いた曲は無いの?」

「あー、うん。実は無いんだ」

「……ほんと? 人気出てそうなのに」

「まぁまぁ売れてたね。事務所の人からも声かけられたことあったし、新宿の──ええっと、100人位の箱でワンマンして完売した位には売れてた」

 

 シンジュク、という街に聞き覚えは無いが、キャパシティが100人のライブハウスを埋めるとなると、それはかなりの実力であることをカヨコは知っていた。バンドなんて片手で数える客が聴いていたら儲けものだし、次のライブにその客が来ることはほとんど無い。継続したリスナーを作り出すには途方もない研鑽と運が必要で、ワンマンライブを開催するレベルにはブッキングライブを重ねるだけでは中々到達出来ないものである。実力は間違いない。となるとそれなりに運も良かったのだろう。そんなバンドが8曲入りのアルバム一枚しか出していないなんて。カヨコの表情から言いたいことを察した先生は、なんとも言えない顔をしながら昔話をする。

 

「これは恥ずかしい話なんだけどね。ベースの人がファンに手を出しちゃってて、それだけなら良かったんだけど、いや、良くないけどさ、“デキちゃって”。まぁ、うん。その後は察して欲しい」

「最悪」

「皆真剣にやってたから大喧嘩になっちゃって、SNSも炎上するし、事務所の話も消えちゃうし、メンバーは抜けちゃうし、代わりの人は定着しないし、散々だったよ」

 

 やっぱりバンドマンってアレだよねぇ。と自嘲する先生は哀愁に塗れた背中をしていた。聴いたアルバムの完成度の高さの裏を考えるとカヨコの胸が痛くなった。先生はこんなに真剣に音楽をしていたのに。どうして先生がそんな目に。

 

「結局私しかオリジナルメンバー居なくなっちゃうことになって、それならって解散しちゃったんだ。それで手に職付けようとして、大学で取ってた教員免許使って先生を始めたんだよ。それで数年してから連邦生徒会長に呼ばれたって感じ」

 

 思わぬ所で先生がキヴォトスに現れた経緯を話され、カヨコは話を聞きながら飲んでいた缶コーヒーを吹き出しそうになった。ひょっとしなくても先生の数ある謎の一つが解明されたのである。

 

「じゃあ、解散してなかったら──」

「先生じゃなくて外のバンドマンのままだったかもね」

 

 解散してて良かった。思わずカヨコはそう思った。この一年、例年にも増してキヴォトスでは大規模な事件や事故、あるいは事象が起きていて、その殆どは先生の指揮により解決を迎えた。まさか外部世界のバンドの命運一つでキヴォトスが消えていたかもしれないと聞くと驚くし、カヨコの個人的な感情としても、先生に出会えないのは嫌だった。

 

 でも、

 カヨコはアルバムのデータを眺める。

 

 音楽史に残る傑作とまでは褒めないが、誰かが人生を掛けたと聞けば納得する程の素晴らしい作品群だ。これが最初で最後のアルバムになるのはとても惜しいと感じた。

 

「それ気に入った?」

「うん。かなり」

「ちょっと待ってて。確か──」

 

 先生はそう言うとパタパタと私室へ駆け込んだ。数分後に戻った先生の手には、一枚のCDがあった。

 

「これって、もしかして……」

「うん。さっきのアルバムの物理版。これ一枚しかないけど、カヨコにプレゼントだ」

「そんなっ、先生にとっても大事なものでしょ?」

「ううん。リスナーが大事にしてくれる方が、作曲者冥利に尽きるという物だよ」

 

 そう言われると、弱い。

 明らかな個人制作である薄手のパッケージに収められたCD。キヴォトスの外であろう街中で撮影されたジャケット写真に写り込むメンバー。先生も、だ。これは宝物にしよう。カヨコはそう決意した。

 

「あ、それなら先生」

「なんだい?」

「サイン、頂戴」

「──いいよ。」

 

 先生がデスクからマーカーペンを取り出し、何の印刷もされていないパッケージの裏面にペンを走らせた。

 それは先生としての名前ではなかった。

 でも本名という風体でもなかった。

 彼女の、きっと心の奥底に座っていた名前なのだろう。

 それを知ってしまったカヨコは、ちょっとだけ胸がいっぱいになって、頬を赤らめてから「ありがとう」と零した。先生が「大事にしてね」と寂しそうに言って、カヨコの胸に抱かれたCDを見送っていた。




支部に上げてたヤツの手直しです。

C105でナギミカ本が出ます。
https://x.com/teatonyusk/status/1870418681001611755?t=gothmuGmUjuJhk5D36nWSg&s=19
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。