走り続ける歓びを   作:散髪どっこいしょ野郎

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走り続ける歓びを

『走れ、走れ』

 

「ああ、分かってるよ」

 

 

 いつものことだ。絶え間なく囁いてくる幻聴に一言返し、俺はベッドから起き上がる。

 

 

『走れ、走れ』

 

「まあ待ってろ、あと少しだ」

 

 

 『声』の望みはもうすぐ叶う。なにせ、今日は俺がトレーナーになる日だからだ。

 

 

──────────────────────

 

 

 生まれついた頃から、俺には声が聞こえていた。

 

 ただ、『走れ』と。ウマ娘と走れと、それだけを囁いてきた。

 

 ウマ娘に人間が勝てるわけがない。

 

 周知の事実。変わらない絶対法則。

 

 それでも俺の中には絶えることのない闘争心が湧き上がっていた。

 

 ──勝ちたい。ウマ娘に、ウマ娘(おまえら)に走りで勝ちたいと、ただそれだけを願っていた。

 

 何故俺は人間に生まれてきたのだろうと何度も考えた。俺がウマ娘なら、その声に応えることもできただろうに。

 

 しかし──否、否である。人間だから、男だからウマ娘に勝てないなんて誰が決めた?

 

 闘争心が渦を巻く。

 

 名だたるウマ娘のレースを見てきた。勝つための方策をその都度考えた。

 

 闘争心が渦を巻く。

 

 勝ちたい、そして走りたい。そのために牙を研ぎ続けた。

 

 だからまあトレーナーとして中央に来ることも、当然の帰結なわけで。

 

 

「ここが……中央」

 

 

 日本ウマ娘トレーニングセンター学園、通称『トレセン学園』。

 

 広大な校舎を真正面から見上げながら、俺は拳を握り締めた。

 

 だが問題はここからだ。人間とでも全力で走ってくれるような、そんな物好きなウマ娘を探し出して更には契約もしなければならない。

 

 業腹だが成果を上げなければ大人は生き残れない。……それはウマ娘も同じか。

 

 とにかく、走るために、生きるために仕事はこなさなければならない。選抜レースまでにはまだ猶予期間がある。とりあえず校舎の全容を頭に叩き込んでおくべきか。

 

 

──────────────────────

 

 

「えっほ、えっほ……」

 

「────」

 

 

 ──そのウマ娘は、決して速いとは言えなかった。フォームには無駄があり、スタミナもからっきし無い。いつもの俺であれば気にも留めなかったであろう存在。

 

 だが、何故か、その少女の走る姿から、目を離せないでいた。

 

 時刻はちょうど真っ昼間。当てもなく校舎を彷徨いコースに足を運んでいると、少女が走っているところを目撃した。

 

 

「えっほ、えっほ……ごおお~る……」

 

 

 息は絶え絶えで、クールダウンもままならないウマ娘。何本走ったのか分からないが、今にも倒れそ──

 

 

「────あ」

 

 

 ──倒れた。

 

 

──────────────────────

 

 

「おい、大丈夫か」

 

「だ、大丈夫~……」

 

 

 思わず胸をなで下ろす。どうやら突発性の病気などではなく、単に疲労で倒れただけのようだ。

 

 

「心配してくれてありがとう!えーっと……」

 

「俺か?俺はトレーナーだ」

 

「トレーナー……トレーナー!?」

 

 

 何を驚くことがあるのか、目の前の少女は桜色の瞳をよりいっそう輝かせて此方を見やる。

 

 

「トレーニングしてたのか?」

 

「うん!種目別競技大会のために、いっぱい走ってたんだ!トレーナーも見に来てよ!ぜったい一着になってみせるから!」

 

 

 ……新米の俺でも分かる。コイツの走りで一着を獲るのはかなり難しいだろう。

 

 だが、来たる種目別競技大会の日はコイツのために空けておくのも悪くないと思い始めていた。

 

 俺は何を血迷っているのか。たった一度きりの、ヘロヘロの走りを見ただけで、コイツに関心を持ち始めている。

 

 

「お前、名前は」

 

 

 まずは名前を聞いてみよう。話はそれからでも遅くない。

 

 

「わたしはハルウララ!よろしくねー!」

 

 

 そう言うと再び走り去っていくハルウララ。その後ろ姿を眺めながら、軽く嘆息した。

 

 

──────────────────────

 

 

 俺が見たのはあくまで走りの一端だ。あれだけで遅いと決めつけるのは早計かもしれない。

 

 と、いうわけで種目別競技大会の日、俺はハルウララの走りを見ることにした。

 

 しかし──

 

 

「……ドベか」

 

 

 気概はあるが実力がない。ハッキリ言って俺が研究してきたウマ娘たちとは悪い意味で比べものにならなかった。

 

 

「あ!あの時のトレーナー!見に来てくれたんだー!」

 

「来てくれって言われたからな」

 

 

 惨敗した後だというのに、微塵も気に負っていない。能天気と言えばそうなってしまうだろうが、決定的な現実を前にしても飽くことなく勝利を目指せるのは素晴らしい才能だ。

 

 

「なあ、ハルウララ──、っ?」

 

「うん?なにー?」

 

 

 自分自身に感じた違和感。俺は今──コイツをスカウトしようと思ったのか?誰よりも遅かったコイツを?

 

 

「……なんでもない。そういやお前、選抜レースには出るのか」

 

「うん!なんか次こそ勝てる気がするんだよねー。トレーニングがんばらないと!」

 

 

 ハルウララは勝利を諦めていない。それだけでも、コイツの『次』を見るには十分な理由になった。

 

 

──────────────────────

 

 

『走れ、走れ』

 

 

 『声』は未だに止まず。寮の自室にて有名ウマ娘のレース動画を見ていても、戯れに筋トレをしてみても、一方的な号令は途切れない。

 

 

『走れ、走れ』

 

「あと少しだ」

 

 

 気休めにしかならないが返答する。声と会話できたことはこれまで一度もない。

 

 

「……何を考えてるんだ、俺」

 

 

 俺が求めるのは強く従順な好敵手(ウマ娘)。だのに何故か思い浮かぶのはアイツ──ハルウララの顔だった。

 

 

──────────────────────

 

 

「えっほ、えっほ……」

 

「…………」

 

 

 ハルウララは今日も走っていた。そうすることが当たり前のように、俺ができなかったことをここぞとばかりに──いけないいけない。私怨が入った。

 

 とにかく、ハルウララは前向きな性格だということをこの数日で理解した。

 

 

「なあ」

 

「あれ、トレーナー?どうしたの?」

 

 

 明らかに俺は血迷っている。だが、この″熱″に身を任せるのも悪くない──と、柄でもないことを考え始めていた。

 

 

「選抜レースまで俺がトレーニングの指南しようか」

 

「え!?いいの!?」

 

「俺のことはいい。お前はどうしたい、ハルウララ」

 

「もっちろんお願い!よろしくね、トレーナー!」

 

 

 喜色満面の笑顔を浮かべるハルウララ。その表情に思わず毒気を抜かれる昼下がりだった。さて、いよいよ俺のトレーナーとしての手腕が試される時だ。

 

 

──────────────────────

 

 

 それから分かったことだが、ハルウララはひたむきでありながら飽き性な部分もあり、トレーニングに顔を出さない時があったと思えば商店街で売り子をしていたり蝶を追っかけたりしていた。注意をすれば直そうとはしてくれたが。

 

 ……よく考え直せ。俺は本当に、ハルウララのトレーナーになろうとしているのか?

 

 生半可な覚悟を持ってきたつもりはない。ただ、俺の悲願は普通のトレーナーとは一線を画するものだ。

 

 強いウマ娘と走って勝ちたい。それだけのために生きてきた。

 

 対するハルウララは最強とは程遠い実力。俺の目的に該当する相手じゃない。

 

 ああだのこうだの考えながらハルウララを指導していると、気がつけば選抜レースの日を迎えていた。

 

 

──────────────────────

 

 

「キングちゃんにスペちゃん!?見に来てくれたの!?」

 

「ええ。特訓の成果を思いっきり見せてきなさい!」

 

「頑張ってね、ウララちゃん!」

 

「うん!あ、それとトレーナーも!今日までありがとー!」

 

 

 出走前、どんな言葉をかけるべきか悩むところではある。だが俺が言い伝えるのはいつだって頂への道。

 

 

「勝ってこい」

 

「うん!いってきまーす!」

 

 

──────────────────────

 

 

「……素質は有り、か」

 

 

 声援と熱狂の渦に巻かれるレース場で、一人呟く。

 

 今回、ハルウララは十人中七着だった。

 

 

「やったやったー!九着どころか七着なんて、初めてだよー!」

 

 

 スペシャルウィークとキングヘイロー、そして農家の方から賞賛を受けるハルウララ。

 

 確かに俺が求めていたのは生まれながらにして最速のウマ娘。しかしこうも考えられる。

 

 ──″最強″と競い合いたいのなら、自ら育てればいい。

 

 今回ハルウララは俺の予想を上回った。よくて九着だろうと考えていたが、圧倒的ドベから七着にまで滑り込んだのだ。

 

 それにコイツは走ることが好きだ。俺との競走も受けて立ってくれるだろう。

 

 そんな打算もあるが、とにもかくにも俺からの言葉は一つだけだった。

 

 

「ハルウララ、お前をスカウトさせてくれないか」

 

「……え!?スカウトって……それじゃ……!」

 

「お前とトゥインクル・シリーズを走りたい」

 

「ええ~!?ほ、ホントに!?」

 

 

 スペシャルウィークも農家の方もその言葉に驚いている様子だ。しかしキングヘイローだけは違った。真剣な目つきで俺を見据えている。

 

 

「……本気なの?」

 

「俺はいつだって本気だ」

 

 

 ハルウララとの三年間はきっといいものばかりではない。時には辛酸に、時には屈辱に彩られることもある筈だ。

 

 それでも、一度吐いた言葉を曲げるつもりはない。

 

 

「トゥインクル・シリーズに出るってことは……いろんなレースでいっぱい走れるんだよね?」

 

「そうだな。後はお前の返事を待つだけだ、ハルウララ。俺と契約してくれないか」

 

「するする!それじゃ、これからもよろしくねトレーナー!一緒に一着、たくさんとろうね!」

 

 

 斯くして、契約は結ばれた。

 

 

──────────────────────

 

 

「あ、キレイなちょうちょだ!待って待って~!」

 

「…………おいおい」

 

 

 今日から本格的に熱を打ち込んでいくことになったというのに、ハルウララは空に攫われるように(いざな)われてしまった。

 

 その後学園を出て行ったハルウララを探して丸一日潰れることに。これじゃ最強を造るなんて夢のまた夢……いや、待てよ。

 

 集中力が散漫でも、アイツはレースが好きだ。そして俺は、俺の『声』はレースを望んでいる。

 

 ──切るか?ジョーカーを。

 

 

──────────────────────

 

 

「うっらら~♪」

 

 

 改めて思うが、コイツは純粋無垢をそのまま形にしたようなウマ娘だ。

 

 ハルウララを育てるにあたって、いくつか育成目標を決めることにした。それを達成できなかったら──俺は腹を切るつもりだ。

 

 とはいえ流石にまだ死にたくはない。故に提案する。

 

 

「ハルウララ、俺と走ってみないか」

 

「トレーナーと?いいよー」

 

 

 コースは既に予約してある。ありがたいことにスターティングゲートまで使わせてもらえる充実ぶりだ。

 

 

「トレーナーと走るなんて初めてだよー!楽しみー!」

 

「とりあえず今のお前の全力で来い。メイクデビューに向けて調整もしておきたいからな」

 

「分かった!」

 

 

 分かっているような分かっていないような表情でゲート入りするハルウララ。対する俺は──生まれて初めての景色に口元を歪めていた。

 

 

『走れ、走れ』

 

 

 待たせたな。お前たちの願いはようやく叶う。

 

 

『走れ、走れ』

 

 

 この時を待っていた。体は英気に満ち溢れ、走りだすのは今か今かと待ち望んでいる。

 

 

「スゥー…………フゥー…………」

 

 

 呼吸をする度に襲い来る感覚。体全体がみなぎるような、何かが入っていくような充足感。

 

 走る。ただそれだけのために俺は生まれてきた。

 

 

「────あ」

 

 

 割れる。溶ける。潰れる。砕け散る。

 

 ありとあらゆるイメージに殺されていく『俺』。

 

 なるほど、これを『降ろす』と言うのだろう。

 

 

「────ッア────!」

 

 

 声にならない叫びが心を(つんざ)く。ゲートが開き、今ようやく大地を踏みしめて、(オレ)は駆けだしたのだった。

 

 

──────────────────────

 

 

 ゲートからのスタートダッシュは初めての経験だったが出遅れは無し。快速に■はトバしている。

 

 位置情報を確認する。スタートして間もなく、ハルウララは現在約六バ身差をつけて後方にいる。差は広がる一方だ。

 

 メイクデビュー前の選手に期待するのは酷かもしれないが、■が奴に求めるのは″最強″。将来的にはここまでついてこられるようにしなければならない。

 

 なら──一旦ここは手を抜くか?いや──くだらん。

 

 今、(ワタシ)は一人の走者だ。真剣勝負に手心を加えるなど、愚の骨頂。

 

 (オレ)の望みは(ワタシ)の願い。であれば、最後まで受け止めるのが筋というものだ。

 

 コースはダート1600m。第一コーナーを回り、さらに差をつける。

 

 体は飢え渇き続けていた。十数年以上に渡り囁き続かれた者の未練を、熱情を、懇願を知る者は■を除き誰もいない。

 

 故に──さらに降ろす。

 

 

「────ギ、い」

 

 

 あまりの痛みに一瞬トびかけた。間違いなくこの体はウマ娘レベルまで無理やり引き上げられている。この崩壊も自明の理。

 

 それでも

 

 それでも。

 

 それでも、レースの愉悦を感じるのをやめられない。快楽物質はドバドバで脳が今にも蕩けそうだ。

 

 現在第二コーナー。体はとっくに死に体。

 

 止めるな、走り続けろ。この苦痛に目を向け始めるぐらいの余裕があるならもっと、もっとよこせ。

 

 降ろす。ただ無慈悲に、冷徹に、残酷に降ろし続ける。

 

 

「ごふっ────」

 

 

 いよいよもって体が終わりかけてきた。それがどうした。無傷でレースを終えられるなどと、そんな甘っちょろいことはハナから考えちゃいない。

 

 (からだ)はやるからお前(しょうり)をくれ。

 

 

「────」

 

 

 全身の血流が加速していく感覚。

 

 第三コーナーを過ぎた。未だに体は加速し続けている。

 

 視界が、(あか)い。

 

 境界が、(くずれ)る。

 

 それでも前を見る。

 

 脳天を駆け巡る快感。軋む体、焼けるように熱い両の足。今は全てが心地よい。

 

 第四コーナを回り最後の直線に差し掛かる。

 

 息を吸い込む。ロジックは完璧。仕掛けるのは今。──じゃ、行くぞ。

 

 

「ゲホッ、が、ア、ああああぁぁあっ!」

 

 

 自分自身が均されていくどこまでも壊されていく焼け落ちる腐り爛れる忌み熟れる──

 

 破砕音が二つ。一つは体の内側から、もう一つは蹴り抉った土から。

 

 

「ア、あぐ、ッ、アああぁあぁあっ!!」

 

 

 痛い。苦しい。楽しい。気持ちいい。

 

 相反する感覚が交互に襲い来る。あ、あと、なんハロン、だ?

 

 

「ゴフッ、ゲホッ────」

 

 

 ま、ずい。アドレナリンが、尽きた、か。この体に発生した、げん、現実が、おれの、いしきを、かりとろうと、

 

 あ、と。なんめーとるだ?

 

 

「あ───」

 

 

 ──ゴール。

 

 思わず倒れ込みそうになる体を何とか起こし、今俺の体に起きている症状を確認する。

 

 力を振り絞り、小走りにして勢いを緩める。

 

 ……勝った。俺は、ウマ娘に勝った。

 

 

『──楽しかった』

 

「ッ!?」

 

 

 ──なんだと?今俺は確かに聞いた。普段囁いてくる声の、『走れ』以外の声を。

 

 

「────ッが、あづ、がふっ……!」

 

 

 しかし痛い。途方もなく痛い。思考はそっちに割かれるばかりで、脳を回す余裕も無い。

 

 血涙に鼻血、吐血の三コンボ。更には内臓の損傷と骨折etc……

 

 本来であれば立つことすら叶わない程の重症だが、俺はここにいる。

 

 

「────」

 

 

 何故だろう。全力で走るのはこれが生まれて初めてだが、こうなることを前から知っていたような気さえする。

 

 そして後悔は無かった。例えこの一戦で死ぬことになろうとも、この体と『声』は本望だったに違いない。

 

 ……しかし不思議だ。とっくに全壊してるであろう体だが、どこか急速に治っていくような感覚がする。

 

 

『走れ、走れ』

 

 

 先程の発言を確かめる暇もなく、声はいつも通りに戻った────と、いけない。そういえば俺は今アイツと走っていたんだ。

 

 

「ごおお~る……!」

 

 

 最後まで全力で走ってくれたハルウララ。礼でも言うべきか、と考えるより先に──この重傷をどうやって誤魔化すか。

 

 

「わわわっ!?どうしたのトレーナー!血が──!」

 

「ああ……いや……これは手品みたいなものだ」

 

「ホント!?すごいすごーい!」

 

 

 ……まさかこんな言い訳で騙されてくれるとは思わなかった。

 

 ひとまずその後は俺の体に起きた結果を確認するためにお開きとなった。血痕の処理は面倒だったことを付け加えておく。

 

 

──────────────────────

 

 

 日を跨いで分かったことを簡潔に並べていく。

 

 

・この『降ろす』能力は『声』に起因している

 

・能力を使用するとその代償に重傷を負う

 

・そしてその傷は時間の経過と共に治っていく

 

 

 とまあここまでが判明した事実だが、それ以外にも研究の余地はありそうだ。

 

 走った時の感覚は今も鮮明に思い出せる。これならハルウララの指導にも繋げられるだろう。レース中はハイになっていたため手加減できなかったが、トレーニングに活かすためにはこの力を上手くコントロールしなければならない。

 

 ……目的を履き違えるな。最終目標は最も強いハルウララに走りで勝つことだ。

 

 しかし──走るということがこんなにも楽しいことだとは思わなかった。

 

 あの時の感覚を夢想するだけで思わず身震いする。砕けていく体と共に溶けていく意識が夢の中のような幻想性を秘めていた。

 

 閑話休題。

 

 この力をトレーニングに活かすということは、他ウマ娘にも俺の走る姿を見せるということだ。あの時は人気が無い時間帯を狙ったため誰にも目撃されなかったが、いつまでもこうして誤魔化せるとは思えない。

 

 ということで秋川理事長に直談判しに行くことにした。代償として負傷することは勿論隠して。

 

 

「私に相談……とは何事だ?」

 

「その前に──たづなさん。今ここに俺たち三人以外の人物はいませんか」

 

「?はい……」

 

「そうですか。ありがとうございます。──理事長。相談事についてですが──俺は恐らく、この学園のウマ娘全員に勝てます」

 

「……ほう?」

 

 

──────────────────────

 

 

 思いのほかすんなりと了承された。

 

 俺……というより『声』の力を打ち明けるのはたづなさんと理事長が初めてだったのだが、実際に貸し切ったコースを放課後の夜走ることでその実在性を証明できた。血を吐かないようにある程度手加減をしての試みだったが。

 

 実際に走った経験は唯一無二のもの。ハルウララ以外の助けにもなれるだろうということで、理事長はいい笑顔で『承認ッ!』と仰っていた。

 

 どうやらこの世界は俺が思っているより優しいのかもしれない。まあササバリィンクルシリーズなんてものがあるのだからウマ娘並みに速い男がいたとしても不思議ではないのだろう。

 

 さて、これで俺は大手を振って走れるようになった。

 

 なのだが──

 

 

「それにしてもすごかったねトレーナー!ばひゅーんって速くなって、わたし全然追いつけなかったよ!」

 

「それはどうも。……なあ、ハルウララ」

 

「?」

 

「補習ってどういうことだ」

 

「あ、あはは……」

 

 

 今は眼下の目標に集中したい。メイクデビューに向けてやれることは全部やっておきたいのだが、残念なことにハルウララは勉強が苦手らしい。

 

 

「今日から放課後は一時間勉強にする。いいな」

 

「はーい……」

 

 

 この際情け容赦は捨てる。補習にならない程度の学力を意地でもつけさせてやろう。

 

 

──────────────────────

 

 

『走れ、走れ』

 

「──と、ここまでが素因数分解だ。分かったか?」

 

「そいんすう……?ぶんかい……?」

 

『走れ、走れ』

 

「……もう一回説明するぞ」

 

 

 俺には走ること以外の趣味は無い。その分勉強に励んでこられたがその間にも声はずっと聞こえ続けていた。

 

 そのため雑音が多い中でも知識を吸収する能力が育ち、かえって集中できるように。

 

 『声』については両親にも打ち明けたことは無い。恐らくこれから先誰にも告げることはない。

 

 メイクデビューまであと少し。俺の走りがコイツの役に立つのであれば、トレーナーとしての『俺』も本望に違いない。

 

 ……ああまた計算間違えてる。

 

 

──────────────────────

 

 

「メイクデビューだー!ワクワクするね、トレーナー!」

 

「とりあえず俺から言えることは一つだけだ。勝ってこい」

 

「うん!ぱぱーって一着とってくるね!」

 

 

 勝つための策は用意してないわけではない。だが、それを実行に移すだけの経験(かしこさ)はまだ微妙なところ。

 

 フィジカルトレーニングに加え俺の経験(スキル)をある程度積ませてある。後は結果を待つのみ。

 

 ──レースが始まった。

 

 

──────────────────────

 

 

「やったやったー!三着だー!」

 

「よく頑張ったねえウララちゃん!」

 

「本当によくやったねえ……!うう……」

 

 

 まあ、手応えとしては悪くない。九人立てのレースで三着。確実に成長はしている。

 

 とはいえ、これはメイクデビュー。できることなら勝ってほしかったが……今までと比べれば走り方はよくなった方だ。ひとまずはそのレベルアップに思いを馳せるのも悪くない。

 

 我ながららしくない感想だが、ハルウララのデビュー戦はこのような結果に終わった。

 

 

──────────────────────

 

 

「よし、勉強終わり。トレーニング行くぞ」

 

「~~~…………」

 

 

 目を回しているハルウララを起こして練習に向かう。しかしトレーニングを始めたからといって油断はできない。

 

 散漫な集中力を強化させるためにも日々の鍛錬に様々な要素を取り入れてある。軽いゲーム形式で鍛えさせたりだとか、一気に集中できるやり方にしたりだとか。

 

 話は変わるがコイツは商店街の方々や一部ウマ娘から人気がある。どれだけ負けてもへこたれない姿に熱い何かを感じ取っているようだ。

 

 加えて、本人の愛嬌。実の娘のように愛されるのも共感はできないが理解はできる。

 

 だがコイツはウマ娘だ。貪欲に、どこまでも際限なく勝利を求めるのがスポーツ選手というもの。

 

 どれだけ負けてもへこたれない。何度も繰り返すがそれは素晴らしい才能だ。だが、臥薪嘗胆と言えるほど敗北に重みを感じないのもどうかと思う。

 

 ……それはおいおい考えよう。今のところは未勝利戦からの脱却を目指す。

 

 

──────────────────────

 

 

「二着だー!ねえねえトレーナー!ウララ、次は一着とれる気がするんだ!」

 

「そうだな」

 

 

 残念ながら二着だったが、今日は運による負けだったと言える。最初から最後まで目の前のウマ娘からブロックを受けて、尚二着。確実に勝利を手繰りよせている。

 

 闘争心は程よくついている。次のレースは早めに設定してもいいだろう。

 

 

──────────────────────

 

 

「ゲホッ、ゲホッ」

 

 

 誰もいなくなったコースで一人、水道に鮮血を吐き出し続ける。

 

 早めにこの代償を知っていてよかった。もし周りに知れ渡るようであったら、きっと止められていた。

 

 吐血を我慢するのは走っているとかなり厳しいが、連日に渡り『慣らし』たことである程度コントロールできるようになった。

 

 ……何を考えていたのだったか。

 

 ……ハルウララ、そうだ、ハルウララについてだ。

 

 通常ウマ娘にとってレースというものはかなりの負担を強いる。無理してレースを組み込んで破滅に追い込まれた選手、骨折に終わった選手も少なくない。

 

 しかしハルウララはかなりの健脚だった。俺とは違い、繰り返されるレースにも耐え抜いていた。これで集中力があったならもう言うことは無かったのだが。

 

 ……俺は恵まれている。トレーナーになることを許してくれた両親、俺にレースの歓びを味わわせてくれた『声』、そしてなにより一緒に走ってくれるハルウララ。

 

 

「ゴボッ、ゲホッ…………あ゛、あ」

 

 

 喉を鳴らす。問題ない。俺はまだまだ走れる。

 

 

──────────────────────

 

 

『ハルウララがんばれ!ハルウララがんばれ!ハルウララ初めての勝利が見えてきた!』

 

 

 実況の興奮にあてられるように、観客席も賑わい出す。今度こそやってくれるのか、いやとにかくがんばれハルウララ。と。

 

 

「……獲った」

 

 

 俺がそう呟くと同時にゴール。一バ身差でハルウララの勝利だ。

 

 三度目の正直は成った。ハルウララは、競走人生初の勝利を手にした。

 

 

「やったやったやったー!トレーナー!一着とったよ!」

 

「ああ。よくやった」

 

『走れ、走れ』

 

 

 声は早くも闘争心を燻らせている。流石にレース直後にまたレース、とはいかないため暫く間をおかなければ。

 

 

「ウイニングライブでセンターに立つなんて初めてだよー!楽しみ~……!」

 

 

 そういえば俺は普段ウイニングライブというものを一切観てこなかった。……たまには観るのも悪くないだろう。

 

 

──────────────────────

 

 

「それでね、わたし、一着とったんだ!」

 

「すごいねぇ~、頑張ったねえ……!」

 

「流石俺たちのウララちゃんだ!はっはっは!」

 

 

 『初めての一着を来られなかった商店街のみんなにも知らせたい』というハルウララたってのお願いにより、俺たちは商店街に足を運んでいた。

 

 ハルウララは大勢に褒められて嬉しそうにしている。その度に人参をプレゼントされたり菓子を持たされたりしていて、俺としては余分なカロリーを摂取してほしくないと内心冷や汗ものだった。

 

 そんなハルウララを遠くから眺めていると、商店街の一人が話しかけてきた。

 

 

「あんた、ウララちゃんのトレーナーさんなんだろう?ありがとうねえ、あんなに嬉しそうにしてるウララちゃん初めてで……!……いかんいかん、この歳になると涙もろくなっちゃって」

 

「お礼を言うのは此方の方です。いつもハルウララをありがとうございます」

 

 

 実際俺は感謝していた。この人たちの存在がアイツのモチベーションに繋がっている所もある。今日の賑わいも愛されウマ娘ならではの特権だ。

 

 

「これからも、ウララちゃんをよろしく頼むよ、トレーナーさん」

 

「はい。精進します」

 

 

──────────────────────

 

 

 こうしてジュニア期は終わり、俺たちはクラシック戦線に挑むこととなった。

 

 課題は多い。しかしそれらを乗り越えてこそのトレーナーだ。

 

 

『走れ、走れ』

 

 

 ……お前とも、いつか話せたらいいな。

 

 

 

 



















運がよかったら続きます
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