冬の約束   作:びーびー

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出会い

 

「……葉、葛葉ー?」

 

 冬特有の澄み切った空気を感じながらロスサントスの市街を車で流す男は耳元の無線から聞こえてきた声に空に飛ばしていた意識を手元に手繰り寄せる。

 葛葉と無線で呼ばれたその男は雪のように白い肌を黒い服で覆い、灰のような色の長髪を後ろで括っていた。

 10人がいれば10人が振り返るだろう整った顔立ちも今は気の抜けた表情でハンドルを握り、通り過ぎる街並みを流し見していた。

 

「おー、どうした叶?」

 

「こっちはフリーカやってるけど、そっちは何やってる?」

 

 この夢の世界に降り立って早3日目。

 ギャングとしての自分をこの世界に求めた葛葉は昔馴染みとともに【鴉】というチームを引継ぎ、そのリーダーに収まっていた。

 夢の中という、犯罪に対する敷居が低く、ギャングはもとより、市民や果ては警官まで犯罪を行ったりする無法地帯ロスサントス。

 その中でも車両窃盗から始まり、空き巣、コンビニ強盗等様々な犯罪を行い力を付けた彼らはこの3日間でロスサントスの中でも有数のギャングに成長していた。

 

「フリーカ……銀行強盗ね」

 

「ボスひとりじゃ難しいでしょ。人質とのコミュニケーションとk」

 

 無線の向こうで薄ら笑いを浮かべる叶の顔を幻視し、無線の電源を落とす。

 昔馴染みだからかギャングのボスとその構成員という関係にしても何かとからかわれる ことが多い。

 別に鉄の掟だとか上下関係なんてものを望んでいるわけではない葛葉として今くらいの気安さに助けられてもいるが、こちらをからかおうとしてくる叶は別だ。

 いつかぎゃふんと言わせてやると決意する。

 

「フリーカぐらいひとりでも十分だろ」

 

 叶の煽りにあっさりのった葛葉は銀行強盗の計画を立て始める。

 

「銃、車、ドリル、テルミット」

 

 口に出して装備を確認するが、幸いにして強盗に使用する道具については準備万端手元にある。

 問題は叶の煽り通り。

 

「人質か」

 

 葛葉自身は自分のことをコミュニケーションが苦手ではないと考えている。

少し初対面の人間が苦手なだけなのだ。

 

「人質をとる問題点がなぁ。二人っきりだと気まずくないか?」

 

 ぽつりと苦々しくつぶやく。

 会話が続かなくなり、何を話せばいいのかわからなくなる。

『デッキを作るんだ葛葉』

 葛葉の背景にある初代鴉の言葉が浮かぶ。

 会話デッキという言葉がある。

 簡単に言ってしまえばあらかじめ会話の話題を用意しておくことを言うが、初代鴉は確かに寡黙な人だったと思い出す。

 寡黙な彼の隣は妙に居心地がよく、彼も葛葉の面倒をよく見てくれていた。

そんな彼も娘を葛葉に託し、いなくなった。

 その娘ときたらギャングの娘なのに何を血迷ったか警察に就職してしまい彼の心労の原因の一つになっていた。

 

「好きな食べ物と、好きな季節あたりでまあいけんじゃないか?」

 

 頭を軽く振り、バカ娘のことを脳裏から振り払う。

 今はもっと大事なことがある。

 

「普通に質問してきゃあいいだけだからな」

 

 気分を明るくするために楽観的に考えるようにすることも大事なことだと知っている。

 

「天気は、逆に気まずいよな。話すことがないって言ってるようなもんだって前に叶に言われたし」

 

 そう言いながら街中を走る葛葉の前から黄色いコンパクトカーが走ってくる。

 信号などの交通ルールがあってないようなこのロスサントスで、なぜか律儀にのろのろと走る車に葛葉のギャングとしての直感が獲物だと告げる。

 

「っし」

 

 自身に気合を入れながら流れるような運転でコンパクトカーの前を自身の車体でふさぐ。

 

「えっ」

 

「っ」

 

 停車したコンパクトカーから漏れる困惑交じりの声。

明らかに若い女性の声に葛葉は己の失敗を悟る。

 アクセルを再度吹かそうとする足を叶の笑顔(嘲笑)を思い出すことで無理やり止め、車から降りる。

 犯罪に対する緊張とは別の緊張で表情が強張るのを感じるが、始めた犯罪はギャングのプライドが逃げることを許さない。

 コンパクトカーの運転席には葛葉の予想通り、若い女性座っていた。

 葛葉の銀髪とは対照的な金髪をシニヨンにまとめ、キレイ、よりかわいいと言われることが多いだろう白衣を来た彼女は困惑した表情で葛葉を見上げていた。

 

(別に女が苦手なわけじゃねーし)

 

 誰に言っているのこわからない言い訳を胸の内で愚痴りながら葛葉は銃を女性に向けて構える。

 

「……」

 

「……えっ……はい」

 

 突然のことで固まる女性に対して、葛葉は無言で彼女に向けていた銃を車の外の方向に少し動かす。

 

「……何も、言わずに?」

 

「……オリテクダサイ」

 

「わかりました……はい」

 

 片言の葛葉の様子にまだ困惑しながら彼女は素直に車から降り、手をあげる。

 医者なのだろうか、彼女の来ている白衣の胸元には【とおこ】という名前が書かれていた。

 

「な、なんですか。やめて、くだ「イキマ、ショウ」」

 

「……ハイ」

 

 葛葉の緊張が伝わったからなのか、彼女まで片言で返事をし始める。

 コントのような一幕だがそれでも彼女は葛葉のあとについて車の助手席におとなしく乗り込む。

 

「とおこちゃん、人質に取られてるね~」

 

 夢の中特有の犯罪に対してのんきな通りすがりの人間からの声を振り切るように葛葉は車を発進させる。

 何度も言うように夢の中なので実際の人質と違って危険もなく、人質側からすれば本来は体験型のアトラクションのようなものであるはずの人質なのだが、

 

「……あ、葛葉デス」

 

「……あ、とおこデス」

 

「「……」」

 

 とおこはなかなかに厄介なアトラクションに乗り込んだようである。

 

「いやー。好きな食べ物、っすか?」

 

「好きな食べ物っすか!?」

 

 自分に銃を突き付けてきた男の突然の話題提供に驚くとおこの声に葛葉も自身のデッキのデッキパワー不足にいまさらながら気づく。

 

「「……」」

 

「好きな、食べ物す「今日も、いい天気ですねっ、はい」」

 

「「……」」

 

 言葉が重なり黙りこむ葛葉と対照的にとおこは会話を続けようと、質問の答えを探す。

 

「好きな食べ物……うーんと、カレーすかね?」

 

「……カレー。カレーって何日から飽きますかねぇ」

 

「カレーは、そうですね。私は2日くらいからが好きっすかねぇ」

 

「カレー……」

 

 これから強盗に向かうとは思えない気の抜けた会話にとおこからは笑い声も漏れ始めるが、運転と会話デッキを回すことで一生懸命な葛葉の耳には届かない。

 

「あ!じゃあ葛葉さんは何が好きなんですか?」

 

「……俺も、カレー好きっすよ」

 

「あ、カレー好きですか。甘口、辛口、中辛どれが好きですか?」

 

 とおこの質問を探す葛葉の目にカーナビがセットされていない事実が飛び込んでくる。

気まずい気持ちを押し殺し、葛葉は一旦車を脇に寄せる。

 

「ここっすかね?」

 

「ここじゃ、ないですね……」

 

「ここじゃあないですね!」

 

 徐行しながら路肩に車を寄せて手早くセットし再度車を発進させるが、もはや助手席のとおこの表情からは最初にあった困惑や緊張は完全に消え去っていた。

 

「あの、人質を取るのが初めてってわけじゃあ「シズカニ!」」

 

「取ったことありますよ、俺だって」

 

 会話の介護をされるかのようにとおこと会話をしながら目的の銀行へ向かう道すがら、 様々なことを話したが、そのどれもが会話と呼ぶのもおこがましいような物ばかりだった。

 それでも目的地が近づいてきて、少しは葛葉にも余裕が生まれ始めた時にそれは起こった。

 

「どおっすか?慣れましたか?」

 

「そうですね、私はまだびっくりすることも多いですけど「ん?」」

 

 車からガス欠を知らせる音がむなしく響く。

 黙り込んで車を止める葛葉の様子にとおこが助手席から葛葉の顔を伺う。

 

「これ、ガス欠しました?」

 

「まぁまぁまぁ。大丈夫です、大丈夫です。ちょっと待ってくださいねぇ」

 

 そう言って全く大丈夫ではない顔をして葛葉は車を降りる。

 

「っすー」

 

 『頑張れ、頑張れ』というとおこの応援を背に受けながら通りがかる車に拳銃を突き付けると葛葉の必死の表情も功をそうしてか、ドライバーは驚いて逃げ去る。

 

「おぉー、さすが」

 

「静かに、してくださいね」

 

 そう言いながら葛葉は奪い取った車にガソリンがあることを確認する。

 

「っと。コッチニ、ノレー」

 

「あ、ハイよろこんでー!」

 

 そう言って二人のドライブがまた始まる。

 

「あの、これ今から悪いことをしに行くんですよね?」

 

 目的の銀行近くで、とおこが葛葉に尋ねる。

 

「っすー、ハイ」

 

「悪いことはもう手慣れてる感じですか?」

 

「手慣れてますよー」

 

 とおこの言葉にそう答えた葛葉の目の前には目的の銀行が見えてくる。

 しかしなぜかそこにはすでに赤と青の回転灯が何台か止まっている。

 

「あれー」

 

 そう言いながら葛葉は緩めかけていたアクセルを再度踏みなおす。

 不審に思われないように慎重に現場から距離を取っていく。

 どうやら先客がいたらしく目的地を変えるしかなさそうだった。

 目的の銀行がダメになってしまった葛葉は脳内で街中のマップを開き次のターゲットへと車を走らせる。

 

「私、人と喋るのが苦手で」

 

「アレ、モシカシテキマズイデスカ?」

 

「いえ、今はすごく楽しくて!今はすごく楽しいんですけど、初めて会う人とかだと緊張

とかしません?」

 

「スルッスヨネ」

 

「そういうときって、どうされてます?」

 

「……あんまし喋らないようにします」

 

 そんな会話?をしながら街中を走り続けるも、行く先々の銀行がクールタイム(襲われた直後で強盗ができない)していたり、先に襲われていたりと襲撃する銀行はなかなか見つからない。

 

「あ、給油シマス」

 

「あ、はい」

 

 またガス欠になる前に、とガソリンスタンドに車を滑り込ませる。

 とおこを車の中に残し、ガソリンを入れながら葛葉はため息をつく。

 

(上手くいかねぇな)

 

 そんなことを思いながらぼんやりと給油を終え、車に乗り込む。

 とおこはもはや勝手知ったる我が家とばかりにハンドバックからご飯を取り出して食べていた。

 

「あ、食べますか?」

 

「や、俺も自分のあるんで」

 

 そう言って二人はしばし車の中で食事にいそしむ。

 とおこを人質に取ったのは朝だったのにと考えながら葛葉が空を見上げるとあたり一面がオレンジに染まっていた。

 

「うぉっ。めっちゃ、オレンジですよ」

 

 思わずそう言葉にしていた。

 あまりの語彙の無さに頭を抱そうになる葛葉を止めたのは、夕陽以上に目を輝かせたとおこだった。

 

「めっっっちゃ綺麗ですねぇ!」

 

 そう言いながら窓ガラスに顔を押し付けるように空を見上げる。

 

「あぁ……なんか絵になりますね」

 

 しみじみとつぶやくとおこはしばらくそうしていた。

 さきほどまでの焦りが嘘のように時間がゆったりと流れる。

 

「・・・・・じゃあ、行きますか」

 

「……っす」

 

 どれくらいそうしていただろうか、とおこの言葉で我に返った葛葉はゆっくりと車を発進させる。

 目的地までのルートを確認し、付き合わせてしまったとおこのために少しでも景色の良い道を選んで走る。

 道は市街を抜け、海岸線に差し掛かる。

 夕陽はゆっくりと海に向かって落ちていき、世界は青とオレンジのグラデーションに包まれる。

 

「あー綺麗だ!うわー綺麗!」

 

 そう言って先程と同じよう夕陽を見ていたとおこはふと運転する葛葉の方に顔を向ける。

 

「でも夕陽、葛葉さんとスポーツカーも似合いますね。かっこいい感じが」

 

「っすー。ソウッスカ」

 

 突然の言葉に車体が揺れる。

 動揺を悟られないように平静を貫こうとするが片言の言葉と揺れる車体がそれを示していた。

 

「そうですよーふっふっふ」

 

(からかってんな)

 

 無邪気に笑うとおこの笑顔が葛葉のなけなしのプライドを刺激する。

 

「あ、あれっすね。とおこさんも、」

 

 そう言いながらあたりを見回す。

 何かこじゃれたものに例えてこの人を動揺させたいという幼稚な自尊心。

 

「この、壁が……似合うっすね」

 

「壁?」

「これ誉め言葉ですか?」

「褒められてますよね?」

 

 とおこを動揺させることには成功したがどうやら正解の回答からは遠く離れた物だったようだ。

 とおこから笑顔が消え去り、能面のような表情が張り付く。

 

「やまっ、山似合います。山がーる、森がーる的な」

 

「山がーる?」

 

 致命的に女性を褒め慣れていないのが露呈していた。

 そんな中でもとおこは楽しそうに笑っている。

 

(いい人なんだな)

 

 ぼんやりとそう考えていた葛葉の視界に目的の銀行が近づいてくる。

 今回は警察もいないようだった。

 

「すいません。じゃあ来い、と!」

 

 滑り込むように銀行の前に車を止めて運転席から飛び降りる。

 

「来い!」

 

「はい。はい!」

 

 ほっとした様子で車から降りてくるとおこを連れて銀行に飛び込む。

 拳銃を掲げ、意気揚々と行内を進む葛葉の目に飛び込んできたのはクールタイムを示す数字だった。

 

「ダメミタイッスネー」

 

 消え入りそうな声でそう言い放ち、葛葉は踵を返す。

 足早に再び車に乗り込む葛葉を笑いながらとおこも追いかける。

 

「ダメっすか。わかりました次行きましょう」

 

「う~……」

 

「大丈夫です!行きましょう!」

 

 なぜか人質が犯罪者を励ますというストックホルム症候群のような状態になりながらも葛葉はマップを確認する。

 条件は大きく二つ。

 強盗できる銀行がある場所。

 そしてとおこが喜びそうな景色。

 この二つの条件から葛葉が選び出したつぎの目的地は。

 

「……砂漠、行きますか?」

 

「はい!砂漠行きますか!砂漠、もねなかなか行く機会ないですからね!」

 

 とおこの答えを聞き、葛葉は車を走らせる。

 落ち込んでばかりはいられない。

 結構な時間付き合ってくれているのだから、せめて当初の目的だった銀行強盗は達成しなければ。

 半ばやけくそになりながらも広い道路を進んでいく。

 

「砂漠、と言えば……サボテン」

 

「サボテン、ですか」

 

 とおこが笑いをこらえながら聞き返す。

 

「食べたこと、あります?」

 

「え、ないです!食べたことあるんですか?」

 

「ナイデスゥ」

 

「あっはっは。ないっふっふっふ」

 

 そうやって会話と言えるのかも怪しい物を続けることしばし。

 砂漠に近づいていた葛葉の携帯電話に着信が入る。

 

「ながら運転はだめですよー!」

 

 というとおこの声を流して、確認すると同じ【鴉】のメンバーのABOからだった。

 

「どうした?」

 

「ちょっと大きいのをやろうと思うんだけど手が足りなくて。葛葉いける?」

 

 ちらりと助手席に目をやる。

 助手席では見ざる、聞かざる状態のとおこが縮こまっている。

 

「人質っていりますか、それ?」

 

 祈るようにつぶやいた葛葉の言葉。

 

「全然いらないです」

 

「っすー」

 

「じゃあアジト集合で」

 

 その言葉を最後にABOからの電話は途切れる。

 残されたのは沈黙に包まれた車内。

 世界を色づけていた夕陽もとうに落ち、暗闇に包まれた世界だけだった。

 

「あ、お電話終わりました?」

 

 ほっとした様子で声をかけてくるとおこに葛葉の捨て去ったはずの罪悪感が血を吐き痛み出す。

 それでもギャングのボスとして、葛葉は歯を食いしばる。

 

「……本当は畑を見せたかったんです」

 

「あっ……もしかして」

 

「本当に申し訳ないんですけどぉ!」

 

 結局何も上手く行かなかった。

 ここまでフォローしてくれた彼女に申し訳がない。

 すいません。

 ごめんなさい。

 そんなこぼれそうになる弱音を奥歯で噛み殺す。

 

「帰りません?」

 

 虫のいい言葉に自己嫌悪が襲ってくる。

 とおこの顔を見ることができず前を見つめながら絞り出した言葉が車内にむなしく響く。

 

「「……」」

 

 今までで一番長く、気まずい沈黙が車内を覆う。

 

「葛葉さん!」

 

 どんな罵倒をされても受け止める覚悟でいた葛葉の耳に聞こえてきたのは先ほどまでと変わらない、楽しそうなとおこの声だった。

 

「悪いことをするんですよね、これから」

 

 とおこの言葉に葛葉は小さく頷く。

 

「じゃあこれから、危ないこととかして危なくなった時に……私を呼んでくれますか?」

 

「……呼びます、呼ばせてください」

 

 ここまで彼女に気を使わせている自分の未熟さに、そして何よりも彼女のやさしさに泣

きそうになりながら葛葉は車を市街地の方へと走らせる。

 

「悪いことはできないんですけど、あのーお得意先のお医者さんとして連絡先を交換してくれますか?」

 

「し、します」

 

「そしたらここで大丈夫ですよ」

 

「え?」

 

 葛葉を気遣ってのとおこの言葉だったが、それが余計に葛葉の罪悪感を刺激する。

 

「大丈夫ですよ。急ぎなんですよね?」

 

「いや、届けます。届け、ます」

 

「本当に大丈夫ですよ。近くに同僚がいるみたいなんで、送ってもらいますから」

 

「いや、届けたい!」

 

 最後に残されたちっぽけな自尊心。

 せめてそれだけはと葛葉は車を走らせる。

 

「家まで、送って下さるってことですか?本当に無理しなくても大丈「好きな、季節!」」

 

 遠慮するとおこを封殺するように会話デッキを回し始める。

 ライブラリーアウト寸前のラストドローで引き当てたそれを相手にたたきつける。

 

「好きな季節!」

 

「好きな季節?んー冬!冬が好きだ!」

 

「冬!冬は、雪ですか!」

 

 かつてお茶の間で流れていた青少年の主張のような勢いで会話をし始める葛葉に、律儀にそれに付き合うとおこ。

 

「雪、いいですね!雪、綺麗じゃないですか!」

 

「雪だるま見に行きませんか、今から」

 

「い、行きましょう!え?いいんですか?」

 

「俺、行きつけの雪だるま知ってんすよ!」

 

「行きましょう!行きましょう!見たい!めっちゃ見たい!」

 

 一瞬とおこの中で『行きつけの雪だるま』という謎ワードが刺さったが、それも葛葉の勢いに押し流されていく。

 

「雪合戦とか!」

 

「したい!めっちゃしたい!」

 

「それは、ちょっと積もってないんで、あれっすけど」

 

「ぃひっひっはっはっは」

 

 勢いに流される会話の中でとおこは目じりにたまった笑い涙を拭う。

 行きあたりばったりな会話にもだいぶ慣れてきた彼女は運転席の葛葉の方に顔を向ける。

 

「じゃあ」

 

笑い疲れ苦しくなった呼吸を整えるように一つ息を吸う。

 

「じゃあ、雪が積もったら……雪合戦しましょ?」

 

「はい!」

 

 そこからはまたたわいもない会話が車内で繰り広げられることになる。

 いつの間にか景色は市街へと変わる。

 葛葉は無線機の電源を再び入れる。

 

「ABO、今どこにいる!」

 

「今はー砂漠にいるよ」

 

「っぁアジトに来てくれ!」

 

 先ほどまで自分たちがいた場所にいるメンバーが必要だった。

ことごとく上手く行かない今日という日に食いしばった歯の隙間から弱音が零れ落ちる。

 

「すれ違ったぁ。何も上手くいかないぃ」

 

「大丈夫です!私めっちゃ応援してます!」

 

 とおこにも何のことかわかってはいないのだろうが、こぼれ出る葛葉の弱音に彼女のボルテージも上がっていく。

 もともと弱った人間を放っては置けない性分なのだろう。

 純粋な彼女の笑顔に葛葉は自分がよりみじめな気分になっていくのを感じる。

 そうこうしている間に葛葉たちはギャング【鴉】のアジトに辿り着いていた。

 あたりは街灯に照らされてうっすらとオレンジに輝いている。

 

「見せたい物があるんすけどぉ、まだここにないっていうか」

 

 そう言いながらあたりを見回すが、まだABOは到着していない。

 

「あ、はい。じゃあ待ちます」

 

 そう言ってとおこは葛葉に続いて車を降りる。

 冷たい冬の空気が彼らの息を白く染める。

 ABOを待つためかあたりをしきりに見回す葛葉と少しだけ距離を開けて立つとおこは何かを思い出したかのように自分の服のポケットを探る。

 

「葛葉さん。今のうちに連絡先交換をしませんか?」

 

「ア、ハイ」

 

 そう言ってお互いに自分の携帯電話に視線を落とす。

 

「あんまり今までお話する機会がなかったので、もし……もしよろしければ」

 

 そんなとおこの言葉に顔をあげた葛葉の携帯電話にとおこから着信が入る。

 

「これからも仲良くしてください」

 

 そう言ってとおこは笑みを浮かべる。

 どこか照れたようにはにかんだ彼女の顔にしばし言葉を失う。

 

「葛葉さん?」

 

「っABOどこー!」

 

 固まっていた自分を誤魔化すようにインカムをつけてABOに呼びかける。

 幸いにしてとおこは不審に思っていないようで葛葉の名前などを電話帳に登録する作業に戻っている。

 

「もう着く、もう着く」

 

「おっけぃ、おっけぃ」

 

 ABOの答えを聞き、葛葉はあたりを見回す。

 もう着くという言葉はあるが、付近にまだABOの姿はない。

 焦る葛葉の目に満点の星空が飛び込んでくる。

 

「あ、星……!」

 

「星!」

 

「あれが、ベガタイル……」

 

「わっ!」

 

 ありもしない星の名前を口走る葛葉の前に、待ち望んでいた男が爆音を立ててやってくる。

 

「はい、どうしたー?」

 

 葛葉たちの目の前に飛び込んできた車から葛葉と同じく黒い衣装で身を包んだ男が降りてくる。

 軽薄そうな雰囲気を醸し出しながら笑みを浮かべるその男が葛葉が呼び出したABOだった。

 葛葉はABOの肩を掴みとおこから距離を取ると、小声で怒鳴るという器用なことをし始める。

 

「着替えてくれ!いつもの服に!」

 

「おっけおっけおっけ」

 

 葛葉の言葉に軽く返事をすると、ABOは軽やかに車で走り去っていく。

 突然現れて、突然消えたABOの姿に混乱しているとおこに説明をと葛葉が振り返ると、  彼女の前には別の黒い衣装を来た男が立っていた。

 

「初めまして。どうしたんですか?」

 

「あ、初めましてとおこと申します」

 

「あぁ。どーも」

 

 そう言ってさわやかな笑顔を見せる男もまた同じ【鴉】のメンバーである不破だった。

 彼は困惑するとおこに笑みを見せながら、視線で葛葉に説明を求める。

 

「いや、ちょっとドライブしてただけで」

 

「あ、はい。ドライブに誘われて」

 

「はいはいはいはい。ナンパされたんですね?」

 

「え、や、は、えっと」

 

 不破の爆弾で若干バグり始めるとおこをかばうように葛葉が半歩前にでる。

 馴染みのないとおこにはわからないかもしれないが、昔馴染みの葛葉にはわかる。

 今彼らの目の前に立つ不破は人をからかうときの目をしている。

 

「人質に、してたんだけど……」

 

「話が合っちゃって!」

 

 不破に説明しようとする葛葉を遮り、混乱したとおこが説明を始める。

 それを見て不破がしてやったりという表情を浮かべる。

 

「気が合っちゃって、星見に行くかー!みたいな話をしてました!」

 

「いいですねー!」

 

「……とおこさん、ちょっと待ってて下さい」

 

 さらにとおこから話を聞き出そうとする不破に視線で着いてこいと伝え、葛葉はとおこから少し距離を取る。

 

「人質に取ったんだけど、行く先々でクールタイムとかばっかりでなんにも上手くいかな

いまま時間だけ取っちゃって」

 

「はいはいはい」

 

「で雪だるまが見たいっていうからそれだけでもって」

 

「あーなるほどねぇ」

 

 そう密談をする葛葉と不破の前に、先程風のように立ち去って行ったABOが戻ってくる。

 

「どうしたー」

 

 そう言って車から降りるその姿は先程の黒い衣装とは一転して白い雪だるまスーツに雪だるまの被り物をした、まさに葛葉の行きつけの雪だるまであった。

 

「ABO、ちょっとはじっこの方にいてほしい。時間取っちゃったから、せめてそれだけでも満足してほしいから」

 

「どういうこと?」

 

「まぁ後で僕が説明するから。葛葉はとおこちゃんを呼んできなよ」

 

 そう言って葛葉にいい笑顔を見せる何かを察した様子の不破。

 何かを勘違いしているのは明白だが、その誤解を解いている暇はない。

 不破に引きずられていくABOを横目に葛葉はとおこのもとへ走り出す。

 とおこは少し寒そうに空を見上げていた。

 近づいてくる葛葉の足音に気づいたのか葛葉の方に振り向く。

 

「見せたいものがあります」

 

「はい。なんですか?」

 

 そう答えたとおこを先導するように葛葉は歩き出す。

 不思議そうな顔で葛葉の後を追うとおこ。

 

「あの、寒いの好きっすよね」

 

「はい。葛葉さんは寒いの「あぁ!」」

 

 しばらく歩いたところで突然大声をあげる葛葉。

 その彼が指差した先には雪だるま(ABO)がピースサインを作っていた。

 

「雪だるまー!」

「雪だるまー!」

 

「クリスマスダヨォ」

 

「喋ってんのかよ」

 

 自己主張の強い雪だるまの姿に葛葉からも苦笑がこぼれる。

 

「僕ハ自我ヲ持ッタ雪ダルマサァ」

 

「喋る雪だるまっすよ!」

 

 もはややけくそになって笑う葛葉だったが、とおこの反応は悪くない。

 むしろいろいろな角度から雪だるまを眺めて笑っており、そのとおこの反応に葛葉はほっと胸を撫でおろす。

 

「これ記念撮影しますか?」

 

「記念撮影しましょう!写真!思い出とりましょう!」

 

「あ、じゃあすいませんそこの人。写真撮ってもらっていいですか?」

 

 葛葉の背後で待機していた不破は喜んで、とスマートフォンを構える。

 

「すいません。まだ雪降ってないのに」

 

「僕ダケ先ニキタンダ。雪ヨリ先ニ!」

 

「ありがとうございます、雪だるまさん!私本当にうれしいです、ここに来れて!」

 

「ジャア僕ソロソロカエラナキャ。トケチャウカラ!」

 

 そう言って雪だるまは風のように近くの建物の中に消えていく。

 なぜかその白い背中に似合わない黒いサブマシンガンを揺らしながら。

 

「お前、武器下ろしてこいよ」

 

 疲れたようにつぶやく葛葉の声が聞こえたのか、とおこも顔を引きつらせる。

 

「武器、ですよね?」

 

「いや違うんですよ。最近街が物騒だから雪だるまも武装するんですよ」

 

「なるほどなるほど。そうですよね。危ないですもんね」

 

 あっはっはと白々しい笑いをする葛葉の携帯電話に不破から今取った写真が送られてくる。

 

「あ、じゃあとおこさん写真送りまーす」

 

「あ、ありがとうございます!わー嬉っしぃ!」

 

「喜んでもらえてよかったです。気を付けてお帰り下さい。素敵な写真でしたよ」

 

 そう言って不破もまたABOと同じ建物の中に消えていく。

 去り際に不破が残した上手くやれよと言わんばかりのサムズアップに葛葉は苦い顔をしながら、アジトにあった自分の車に向かう。

 

「じゃあ、送り届けますよ」

 

「はい、失礼しまーす」

 

 そう言って車に乗り込もうとしたとおこは動きを止め、葛葉をまじまじと見つめ始める。

 突然の行動に困惑する葛葉にとおこが近づく。

 

「けがとか、大丈夫ですか?」

 

「あ、まぁ。大したことないんで全然」

 

「じゃあ、あの、一回止まってください」

 

 そう言ってとおこは葛葉の怪我の治療を始める。

 小さな傷がほとんどだったが、彼女は適切な処置で治療していく。

 

「俺、今金ないっすよ」

 

「そんな。楽しい旅をさせていただいたのでね」

 

 そう言ってとおこは葛葉の治療を続ける。

 

「あ、ちょっと指見してください」

 

 照れくささからか葛葉はとおこの指に気を止める。

 

「はい?指ですか?」

 

「ネイル、きれー」

 

「わぁ!そういうとこ気が付いてくれるのとても嬉しい!」

 

 若干棒読みだったのは葛葉がそういうことを言いなれていないからだろうか。

 それでも葛葉に褒められ、とおこもまんざらでもない表情を浮かべる。

 

「はい。じゃあこれは遊んでいただいたのでサービスで」

 

「いいんですか?」

 

「はい。いいですよ」

 

 そう言ってとおこは車に乗り込む。

 二人が乗り込んだ車は静かに発進する。

 夜の街並みを二人を乗せた車が走り抜けていく。

 ぽつりぽつりと話題が生まれ、会話をしては消えていく。

 無理に会話をつなげようとしなくても焦らないのは、葛葉が少しとおこといることに慣れたからだろうか。

 

「あんまり悪いことしちゃダメですよ。ね?」

 

「でも患者が足りないみたいな話じゃないですか。だから、もっと人を傷つけますね」

 

「んー」

 

 葛葉の回答に困った顔をするとおこを乗せて葛葉の運転する車は病院へと近づいていく。

 

「じゃあ自分たちが傷ついた時は呼んでくださいね!」

 

 そのとおこの言葉と同時に車は病院の玄関前に到着する。

 

「あ、着きました」

 

「ありがとうございますー」

 

 そう言ってとおこは車を降りる。

 

「ありがとうございました」

 

「いえ、こちらこそ楽しかったです!」

 

 車から降りたとおこと窓ガラスを開けた扉越しに少し、会話をする。

 

「あの、なんでも大丈夫なんで、本当に」

 

「あ、はい!じゃあ連絡しますー!」

 

 最後の言いたかったことを口ごもっている間にとおこに先に言われてしまい思わず葛葉は車を発進させる。

 バックミラーでこちらに手をふるとおこの姿を追い、それが見えなくなった瞬間無線のインカムの通話ボタンを押す。

 

「ありがとう、みんなー!」

 

 ギャングの無線は葛葉の声をきっかけに祝福の声であふれることになる。

 

 とおことデートしていたわけではないとギャングたちの誤解を解こうと葛葉が奮戦するのはまた別のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




葛葉:葛葉(にじさんじ)
とおこ:URS-No1005(REJECT)
ABO:エクス・アルビオ(にじさんじ)
不破:不破湊(にじさんじ)
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