「ボスー!」
「「「「「「「「「ボスー!お帰りー!」」」」」」」」
盛大な歓迎の声が葛葉に投げかけられる。
何度か味わってはいるが、やはり刑務所から娑婆に出るのは解放感が違うと考えながら葛葉は空を見る。
抜けるような冬の空でさえも葛葉の出所を祝っているかのように感じる。
葛葉はそのままメンバーたちと出所祝いの宴会に突入する。
今回は大型犯罪が成功した後ということもあり、豪勢な会場を貸切っての豪華な食事、浴びるほどの酒が用意されておりメンバーたちもそれぞれが騒ぎながら宴会を楽しんでいる。
「あ、そうだボス」
「ん?」
そんな宴会の最中、叶が葛葉のもとに近づいてくる。
普段はそんなに酒を呑まない叶が、酒精で頬を赤らめながら近づいてくる様子に物珍しさを覚えながらも少し席をずれて叶の座るスペースを確保する。
片手にグラスを持ちながら叶は葛葉の隣に腰を下ろし互いのグラスで乾杯をかわす。
「どうした、叶?」
「とおこさんが、連絡見てって言ってたよ」
「はぁ?」
「連絡しといたのでって言ってくださいって言われたよ」
「見ないとダメだぞって言ってたよ」
叶の言葉に現れたとおこの名前に鴉のメンバーたちも注目していたのだろう。
ABOが近づいてきて茶々を入れ始める。
「お前、絶対嘘だろ……!」
「ボスー!だ・め・だ・ぞ!」
「早く見てあげてー!」
「仲直りしたのかボスー!」
「うるせぇー!酔っ払いどもが!」
そのまま葛葉は押し寄せてきた仲間たちにもみくちゃにされてしまう。
次々と背中を叩かれることに耐えきれず席を立ち、近くにいるメンバーに殴りかかる。
もちろんその照れ隠しのような様子にさらにメンバーがはしゃいで騒ぎはさらに盛り上がっていく。
いつの間にか目的が葛葉をはやし立てることに変わっているが、それも鴉のメンバーに慕われている証拠だろう。
「いつ……」
あの後宴会は殴り合いの大騒ぎに発展はしたもののいつもの事でもあるのでそれぞれが帰宅していった。
会場にはまだ残っているものもいたが、傷一つない叶がにこやかに笑っているのを見て後のことは任せてきた。
日が落ちた街路を吹き付ける冷たい風に体を小さくしながら歩いていく。
時間を確認するために開いたスマートフォンに着信を告げる明かりが灯っていることに気づき、葛葉は叶が言っていたことを思い出す。
「メッセージ、ね」
かじかんだ手でスマートフォンを操作すると確かにとおこからのメッセージが入っている。
『ごはんの話はまた今度。』
『緊急でもどしてくださいました。わるいこときをつけるように!』
慌てていたのかとおこが送るにしてはやや拙い言葉で書かれたそのメッセージを見て、葛葉は足を止める。
「ごはんの話?はっ……?」
まるでデートの約束のようなメッセージに、葛葉は刑務所内でのとおことの会話を必死に思い出す。
しかしいくら思い出してみても、葛葉の記憶にはとおこをデートに誘った覚えが見当たらない。
「ご飯の、話……あぁー刑務所でってことか」
それは葛葉が刑務所でとおこに提案した事の一つだった。
筋トレをするか、料理をするか。
果たせずに終わってしまった約束へのとおこの返事に葛葉は胸を撫でおろす。
そ して疑問が一つ解決すると、別の疑問が湧き出てくる。
「ってか何、今度って?……今度?今度が、あるのか?」
またとおこが刑務所に送られるようなことはないだろうが、どこかで一緒に料理をする機会があるということなのだろうか。
葛葉の中でありもしない想像が広がっていく。
料理をできる場所など、料理人でないならばある程度限られてくる。
店舗でできないとなると、刑務所か、それとも。
「家?……さっぶ!」
火照った頭を冷やすように強い風が葛葉の髪を揺らす。
気づけばだいぶ時間が経っていたようで体もすっかり冷えてしまっている。
とおこのメッセージにも既読がついてからしばらく経ってしまっていた。
「いやなんて返すんだよてか、これ!」
人通りもある路上で葛葉は頭を抱える。
そもそもとおこが葛葉にメッセージを送ったのもだいぶ前のことで、これになるべく早く返す必要はあるだろう。
しかしこういうのは急かされれば急かされるほど頭が回らなくなるものだ。
「なんて返せば良いんだよ……」
夜、冬の路上で頭を抱えて唸り声をあげている葛葉の耳に付けている無線から鴉のメンバーが今日公開される映画に行くという会話が聞こえてくる。
葛葉が無線を聞いていることも承知しているのだろうかメンバーからは彼女を連れてきても良いよなどという酔っ払いのたわごとが流れてくる。
手詰まりの葛葉には一瞬映画も良いのではと考えが浮かぶが、すぐに首を振ってその考えを打ち消す。
「いやいやいや映画は無理。映画は無理。だって鴉皆来るから無理無理無理!」
もし誘ってOKがもらえるとも思えないが、万が一OKが出てとおこを連れて行こうものなら鴉全員からいじられてしまう未来しか見えない。
そうなったらそうなったで葛葉にはこぶしがあるが、そこにとおこを巻き込むのはあまりにも迷惑すぎるだろう。
「あー、忙しくて……連絡が、おそく、なりましたぁっと。ちょっ改行が!」
「あーやばい!どうしよ……あーなん、んー」
「謝謝、んーどうしよっかな……」
書いては消して、書いては消しての繰り返し。
伝えたいことはたくさんあるが、意地と誇りがそれを素直に伝えることを許さない。
それでも思いが伝われば良いとそう願いながら星空の下で冷たくなった手でスマートフォンを操作する。
『忙しくておそくなりました』
『いつも治してくれてありがとうございます』
「ま、これでいっか……」
そこそこの時間格闘して出来上がった二つのメッセージを見て葛葉はスマートフォンをしまう。
到底納得できるものではないが、だからといって何をどうやって伝えればいいのかわからない。
何を伝えたいのかさえも葛葉自身にも未だによくわかっていない。
もやもやした気持ちを振り切るように葛葉は走り出す。
明けて翌日。
本日の鴉のメンバーたちは全員で街のいたるところに散っていた。
彼らはスプレー缶を片手に建物の壁に黒い鴉の意匠を塗りたくっていく。
彼らが何をしているのかということを簡単に説明すると、彼らは今島取りといういわばなわばりバトルをしているということになる。
ロスサントスの街を多くの区画で分け、自分たちの意匠を塗ることでその区画を占拠していく。
そして占拠した区画からはみかじめ料などを徴収することができるといったものだった。
メンバーたちが街のあらゆるところでスプレーを振り回している中、葛葉もまたリモーネとともにスプレーで鴉の意匠を壁という壁に塗りつけていた。
「ここもオッケーよ、ボス」
「オッケー次いくべ」
頬を黒いインクで染めたリモーネの言葉に葛葉は次の区画を確認するためにスマートフォンを開く。
自分たちが塗った区画をアプリで黒く染めて近くの未占拠区画を確認する。
ロスサントスの街も三分の一ほどが黒く染まり始めているが、他のギャングたちも負けじと自身の占拠区画を広げていっている。
「次は、こっちか」
「ふーん」
「何?」
「いやぁ、別に?」
葛葉のスマートフォンを後ろから覗き込みながら意味ありげな声をあげるリモーネを振り払いながら葛葉は歩き出す。
リモーネが意味ありげな声をあげた理由は何となくわかるものの、それを自ら口に出して指摘すると藪蛇になる可能性があるのでわざわざ口に出すことはない。
そう考えながら黙々と歩く葛葉の視界の片隅には病院の白い建物が映っていた。
「ここは絶対取らねえといけねぇ」
「あー、なんか守りたい人とかいるの?」
病院近くの建物の壁に鴉の意匠を塗り始めた葛葉ににやにやしながらリモーネが話しかける。
島取りで占拠した区画は取り返すのに同じように島取りで取り返すしか出来なくなる。
つまり不用意なギャング同士の銃撃戦がなくなるということになる。
大切な人をギャング同士の銃撃戦に巻き込まないために、リモーネは葛葉の決意をそう解釈した。
そしてこの病院近くの区画ということも合わせて考えれば答えはおのずと見えてくる。
「っし!静かに。今塗ってるんで」
「あ、あぁ……」
リモーネのからかいを気にも留めず、一心不乱にスプレーを振り回す葛葉の姿にリモーネも気圧されるように周囲の警戒に戻る。
もっと楽しい反応が返ってくると思っていたが、想像以上に葛葉の中での決意が固いようでそれはそれで愉快なそれでいて微笑ましい気分になる。
「完全統治下に置かないとこの辺で抗争が起き続けるからね」
「まー起き続けるねー」
もはやあまり隠す気がないのか、塗るのに一生懸命で隠すことを忘れているのかわからないがぽろぽろこぼれる葛葉の本音にリモーネは周囲を警戒しながらも葛葉の成長を感じる。
子供のように意地を張っていた葛葉もここまで素直に自分の気持ちを表現できるようになったということにリモーネの目頭も熱くなる。
それはそれとして、葛葉をからかえなくなるのは寂しいとリモーネは少し離れたところにいる葛葉に直接ではなく耳元のインカムに手を伸ばす。
「これって病院も塗れんのー?」
「俺が塗る」
「あー、塗りたい?」
「やっぱ塗りたいんすかボス、病院は」
「じゃあ残しとくわ病院は!」
リモーネの設置した目に見える罠をまんまと葛葉は踏みぬいていく。
そして鴉たるもの目の前に餌が落ちて来れば喜んでそれを食い漁る。
葛葉が自身の失言に気づいた時にはすでに鴉たちは餌に食らいついた後だった。
「いやいいよ。塗っていい、塗っていい、塗っていい!」
「ごめんてボス!」
「塗れ塗れ塗れ!あーもう俺塗らない!」
見事なまでにいじけてしまった葛葉をなだめすかすことしばし。
それでも以前だったら本当に塗りに行かなかったであろうところを病院に鴉の意匠を塗りに行ったのはこれも一つの成長だったのかもしれない。
そんなこんなで島取りがひと段落ついてしばらく経ったとき、葛葉はメンバーたちとは離れ一人歩道を歩いていた。
ふとスマートフォンを見るとまたとおこからのメッセージが着信していることに気づく。
『犯罪は応援できませんが、悪いことするなら全部倒して最強になってください。救急隊はいつでも救います』
『頑張ってください。現場からは以上です』
「現場……忙しそうで草」
実際にとおこは忙しい最中に作ったのだろう。
最近はギャングがそれぞれ活発に活動するようになってきて負傷者も多く出ており、それに比例して救急隊の出動回数もうなぎ上りだと聞く。
期せずして初めて会った時の別れ際に葛葉が宣言したとおりの状況に陥っていた。
「忙しいんだろうな、言うて」
少し考えた後、葛葉はスマートフォンをゆっくりとしまう。
べつにとおこが自身のメッセージの返信に長々と時間をかけているとうぬぼれているわけではないが、それでも忙しい時に手を煩わせることもないだろう。
「あぁー体力が少ないなー、点滴に行かないとなー」
そんな棒読みをかまして葛葉は車に乗り込む。
実際に体力は減っているから点滴を受けた方が良いのも間違いない。
もちろんとおこが病院にいるとは限らないし、いないからと言ってとおこを待つということもない。
ただ、少しでも会えたらいい。
そんな青い願い事を胸に車は病院へと走り始める。
それほど遠くない距離はすぐに消えて葛葉を乗せた車は病院のエントランス前に滑り込む。
「「あっ……」」
葛葉が車を止めて身体を冬の寒い空気にさらしたときに、ちょうどとおこもどこかへ向かうところだったのか病院の自動ドアから外に出てくるところだった。
とおこは葛葉の顔を見て、叶に盗撮された葛葉との写真が出回っていることを思いだし、頬を赤く染め、葛葉の近くで足を止める。
葛葉としても本当に会えるとは考えていなかったため驚きで考えていた言葉が一気に吹っ飛んでしまう。
言葉を発しないまま自然に歩み寄る二人だったが、とおこが忙しそうにしているのを思い出し、葛葉が建前を話し出す。
「て、点滴いいですか?」
「あ、はい」
「ありがとうございます」
「お疲れ様です」
本当に疲れているのはとおこかもしれないが彼女はそっと葛葉の腕を取り、柔らかく微笑む。
別に色のある話ではなく、ただ点滴を注射するためのものだがそれでも体温まで伝わりそうな距離に自然と葛葉の拍動も早くなっていく。
腕を取られ点滴を受けている間、黙っていてはこの心臓の音まで伝わってしまうのではと思い至った葛葉は何かないかと言葉を探す。
「最近……やられてないっすよ、俺」
「え!えらい!すごい!」
「大変なんすもんね、最近」
「最近ちょっと忙しいんですけど、はい。でもえらいですね!」
そんな微笑ましいやり取りをしているうちに点滴が終わる。
もう少しだけ話したい、そんな自分の気持ちを押さえつけ葛葉は車に乗り込む。
見れば病院内では救急隊の隊員たちがてんやわんやの様子で走り回っている。
もちろんとおこも例外ではないだろう。
そんな中でわがままを言うわけにはいかない。
「手ぇ煩わせないんで」
「はい、お大事にー!」
「頑張ってくださーい」
「はーい!」
そのまま葛葉は走り去る。
とおこはその姿を見送っていたが、耳元の無線が急患の発生をがなり立て始めたので慌てて踵を返す。
救急隊とギャング。
どんなに近づいても決して交わることのない二つの線はこうして今日も離れていく。
しかし、それを許そうとしない者の魔の手がとおこに迫っていることにまだ二人は気づいていない。
夢の終わりまで、あと少し。