「ここいいね!ここエモいよ!」
「ここで写真撮りたいね!」
見渡す限りすべてのものが眼下にあり、オレンジに染まっている。
そんな山の頂上には鴉のメンバーが集まり、はしゃぎまわっていた。
これから命がけでここから道なき道をかけ降りるとは思えないほどにはしゃぎまわり、全員で記念写真を撮影していく。
和気あいあいと過ぎる時間の中で葛葉はこの夢が終わることを実感し、若干しんみりとしていた。
そんな中でその時は突然訪れる。
『ハル社長、お電話ですよ』
「あっ!社ー長ー!」
突如流れ出した渋ハルの着信音に葛葉はいち早く反応する。
知り合いの女性に自分のことを社長と呼ばせるボイスの業の深さに渋ハルが入手して以降、渋ハルに着信がありこのボイスが流れるたびにこれをいじるのが鴉では定番化していた。
しかし妙なことに今回渋ハルをいじるために声を上げているのは葛葉一人で、当の渋ハルもにやにやと葛葉の方を見ている。
「お電話ですよぉ、社長ぉ!」
「何ですか?何ですか?」
慣れてきたとはいえ、もう少し反応があるはずの渋ハルから思った反応が得られない中で葛葉は首をかしげる。
妙に渋ハルが自信ありげな顔を崩さない。
その時ここにいるはずのない女性の声が流れ始める。
『いつもお疲れ様です』
「あれっ?」
「何だこれ?」
そして流れが変わる。
明らかに渋ハルのスマートフォンからではないボイスが流れ出し、しかもそれは葛葉の聞いたことがある声をしている。
危険な雰囲気を感じ取り葛葉はその場から離れようとするが、なぜか周囲を鴉のメンバーに囲まれていた。
『いつもお疲れ様です。頑張れ頑張れ葛葉さん!頑張れ頑張れ葛葉さん!』
「はっ?」
「あれー!?」
「頑張れ頑張れ葛葉さん?」
「何これー?」
「待て待て待て待て待て!何これ!?」
混乱する葛葉をはやし立てる声が続く。
先ほどまで渋ハルにやっていたことを渋ハルを中心にはやし立てられさらに混乱が広まっていく。
そんな中で叶がメンバーに声をかけ、混乱を落ち着かせようとする。
「皆一回静かにしよう。一回静かにしよう!」
鴉のメンバーも、叶が言うならばと口を閉じ、山頂に静寂が訪れる。
『いつもお疲れ様です。頑張れ頑張れ葛葉さん!頑張れ頑張れ葛葉さん!』
「まじ男子高校生だなお前ら!本当に!」
「「「「「「「「「頑張れ頑張れ葛葉さーん!」」」」」」」」」
「だーるっ!いつ誰が何のために!?」
「ボスありがとうー!」
「がんばってー!」
嬉しくないと言ったら嘘になる。
それと同じくらいの照れくささのために葛葉は赤く染まった顔を仮面で隠しながら囲みを突破しようともがく。
「あー!お前らMVK(Most Valuable Karasu)な、全員な?」
「デスマウンテンも一番早いんだろうなー、頑張るから!」
「うぜぇー!」
そこから騒ぎが収まるまでしばらくの時間を要した。
そして騒ぎが収まったころ、渋ハルが葛葉の前に出てきて説明を始める。
「これが我々からのリモーネ先生に乗っかったプレゼントです」
「リモーネ先生考案のプレゼントです」
「「「「「「「「おめでとーう!」」」」」」」」
「おめでとうじゃねーよ!頼んでないって!」
「いつもありがとうボス!」
「ありがとう、ボス!」
「もう早く行くぞ、高速下山!早く!下山して行かなきゃいけないとこ出来たから!」
そう言い放つと葛葉は率先垂範を示すように自転車にまたがり山をかけ降りていく。
飛び出した直後、大きく地面を跳ねながら目的地に向かって一直線でかけ降りていくがそこから 少し行くと、もはやかけ降りるというか飛び降りるに近く、ルート選び何もない。
気が付けば走るべき地面はなく、葛葉の身体は宙を舞っていた。
「死んだわ……」
距離にして100メートルを超えようかという大ジャンプ。
何とか着地するもそのまま岩壁に身体をたたきつけ、ダウンする。
「死にましたー」
「頑張れー」
「頑張れーボス!」
「頑張れ頑張れ葛葉さん!」
「頑張れじゃないんだよ……黙れ黙れ!」
そうやって岩肌の冷たさを感じていると、一番の新入りのカゲツが葛葉の元までやってくる。
「今、皆のとこまで連れていきますんで!頑張れ頑張れ葛葉さん!」
「黙れってっはっはっはっは」
もはや笑いしか起きない現状でカゲツに連れられて向かった別の谷には鴉のメンバーが軒並みダウンしている状況だった。
皆ダウンした状態で頑張れと言い続けるその気力に苦笑いを禁じ得ない。
「おい、誰も俺に電話すんなよ!」
「そうだぞカゲツ君、リモーネ先生にだけは電話しちゃダメだからね!」
「だるすぎ……!」
恐るべきは鴉の執念か。
どんな状態からでもボスをいじろうとするリモーネと叶から離れようと葛葉はダウンした身体に鞭を内ながら這ってでもその場から逃げようとする。
「おい、逃げるぞ!」
「逃がすな、逃がすな!」
「連れて来い、連れて来い!」
そうこうしている内に救難信号を受けた救急隊までもが現場に現れ、辺りは混沌とし始める。
リモーネを起こしたい鴉メンバーと自分が先に起きてこの場から逃げ出したい葛葉の熾烈な戦いが巻き起こり、その結果葛葉は起き上がったメンバーにダウンしたまま囲まれていた。
「ボス、元気ない?」
「元気出さないと!」
「これ蘇生したらだめなの?」
「ちょっと待ってリオンさん!」
現場に来た救急隊の中にとおこはいなかったようだが、ひまわりの友人である鷹宮リオンそして凛月がまぎれていたことが葛葉の不幸だった。
彼女達も救急隊メンバーとしてある程度の事情は把握しているようで叶の言葉を素直に聞いて葛葉の蘇生を止めて期待に目を輝かせている。
『いつもお疲れ様です。頑張れ頑張れ葛葉さん!頑張れ頑張れ葛葉さん!』
「え!とおこちゃん!?」
「蘇生お願いします!」
「ボスが逃げるぞー!」
「みんなもうやめよう!静かにしよう!」
にわかに活気づく現場を落ち着かせたのはやはり叶だった。
叶はにこやかに葛葉に向けてサムズアップをしながらも逃げようとした葛葉の両肩を押さえる。
傷が悪化しちゃうからと至極最もなことを言いながらもがっちりと葛葉を掴んで離さない。
『いつもお疲れ様です。頑張れ頑張れ葛葉さん!頑張れ頑張れ葛葉さん!』
「うわぁー!」
「おいだるいって!うわーって何!?」
「叶君さ、皆で病院来てよ」
「え?」
三者三葉を超える勢いでそれぞれの反応を示す葛葉たち。
叶とリオンは内緒話をするように中心部から離れ、対して凛月は目をさらに輝かせリモーネに近づいていく。
「もっかい!もっかい聞きたい!」
「え?もう一回?」
「だるいって!」
「みんな静かにして!」
「もうええて!」
静まり返った空気に耐えきれず葛葉は叫ぶが、その願いは聞き届けられずリモーネのスマートフォンから今日何回目になるかもわからないボイスが流れ始める。
『いつもお疲れ様です。頑張れ頑張れ葛葉さん!頑張れ頑張れ葛葉さん!』
正直に言えば自棄になっていたのだろう。
それでも、こういうことは苦手そうなとおこが恥ずかしさを押してまで録ってくれたその思いに答えたくなったのもまぎれもない事実だった。
「頑張ったよぉー!」
皆が見守る中で、とおこの声に答えるように叫ぶ葛葉。
周囲は喝采に包まれ、もみくちゃにされて葛葉が蘇生されるのにはしばらくの時を要するのだった。
「ボスーABOが帰り道で事故って運ばれたから病院集合でー」
「はぁ?あいつ何やってんだよ……!」
その後無事に山を下りきった鴉たちは何グループかに別れてアジトへ向かっていたが、その途中でABOたちが事故ったという方向が葛葉のもとに飛び込んでくる。
ABOたちのグループには叶もいたはずだが二人そろって何をやっているのか。
そんなことを思いながら葛葉は進路を病院に変える。
「ま、ちょうど用事もあったし、別にいっか」
そうつぶやきながら葛葉はロスサントスの街を疾走する。
この夕陽に照らされながらこの街を走るのも今日で最後になる。
今日が終わればこの街での生活は終わり、皆現実に戻ることになる。
終わってみればあっという間の騒がしく、それ以上に楽しい日々だった。
一種の郷愁に浸りながら葛葉は病院へと到着する。
外から見える病院内部ではABO以外にも負傷者がいたのか救急隊が総出で鴉の治療に当たっていた。
その中には、とおこの姿も見える。
「っし!」
一つ気合を入れて葛葉は病院の自動ドアをくぐる。
騒がしさを楽しむように笑っていたとおこが自動ドアの音に気づき入り口に目を向け、葛葉と目があう。
「とおこさん!」
とおこが何かを言う前に、葛葉ははっきりとした声でとおこに呼びかける。
声は思ったより病院内に響き、治療中であった救急隊メンバーや鴉のメンバーの注目も集めてしまう。
「お疲れさまでした!」
「とおこさん!俺、とおこさんのおかげで頑張れました!」
「おめでとうございます!」
「いっぱい蘇生してくれて、ありがとう!」
周りが期待したやり取りではなかったかもしれないが、二人らしい微笑ましさあふれるやり取りに周囲からも温かい拍手が降り注ぐ。
とおこもまた華やいだ笑顔を浮かべて葛葉を祝福する。
葛葉を治療したのはもちろんとおこだけではなかったはずだが、それでもこうやって最後に直接お礼を言いに来てくれるのは救急隊冥利につきるという物だろう。
「最強に、なれましたか?」
「最強には……いや、でもこの街で唯一中型大型犯罪全制覇ギャングはうちっすよ!」
「えー!すごーい!じゃあ最強だぁ!」
「……最初に人質やってくれて、ありがとうございました」
「はい!」
そこまで言い切って、葛葉は言葉を探すように口を閉じる。
その様子にとおこも、そして周囲の面々もまた押し黙り、事の成り行きを見守っていく。
少しの沈黙のあと、葛葉は踵を返す。
「じゃ、またどっかで!」
「あっ……」
あまりにもあっさりとした葛葉の様子に肩透かしを食らいながらとおこは前日のリモーネとの会話を思い出す。
救急隊とギャングってことを気にしてるのかもしれない。
ボイスを受け取りに来たリモーネは苦々しい顔をしながらボスのことをそう評した。
『ボスも古風な人だからやっぱり一般人とギャングって近すぎちゃいけないって考えてるみたいでさ。そんなのつまんないから俺もこうして暗躍してるってわけよ』
そう言ってあの時リモーネは笑っていた。
もし本当にそうなら。
葛葉の背中が病院の自動ドアに吸い込まれていくのを見た瞬間、その背を追ってとおこは走り出していた。
「葛葉さん!」
「……っ!」
とおこの声に振り向いた葛葉の顔は今にも泣きそうな表情にとおこには見えた。
それも一瞬のことで葛葉の表情はにこやかな笑みに変わり、立ち止まってとおこを待つ。
しかしその一瞬見せた泣きそうな葛葉の表情にとおこは自分でも思考回路が凍り付いたように何を言いたかったのかが真っ白になってしまう。
「病院の裏手なら邪魔は入らないよ!」
「あの、……いや、何でもないです。間違えました」
「そう、すか」
慌てたようにリモーネがフォローを入れるがそれも力及ばず、二人には届かない。
あからさまにほっとしたような、それでいて寂しいような表情を浮かべる葛葉にとおこは伸ばしかけていた手を固く握り、彼女も無理やり作ったような笑顔を浮かべる。
「さ、最強になったんですもんね?」
「まぁ、最強っすね俺らが!」
「おめでとうございます!」
「ありがとうございます!」
ぎこちない、無理やり作った笑顔のまま葛葉は病院を後にする。
「また、どこかで!」
「また、どこかで」
とおこの言葉は願いだ。
また会いたい。
そういうまっすぐな気持ちが込められた願い。
葛葉の言葉は決別だ。
もうこの世界では会うことはない。
いつか今度は別の立場で会いましょう。
そうすれば……
夜に侵略されたアジトの部屋で葛葉はぼんやりと光るスマートフォンの画面をそれとなく見つめる。
これも一つの未練かもしれない。
そんなことを考えながらスマートフォンを操作する。
『頑張ってるとこ見てました。えらいと思います救急隊は』
そこまで打って目を閉じる。
次にこの目が覚めた時にはもう夢は終わっているはずだ。
「楽しかったなー!」
思い返せば苦しいことさえも楽しかったような気がしてくる。
とおことも喧嘩したわけではない。
事実救急隊の中では彼女と一番親しくしていたと思う。
ただ、超えてはならない一線が葛葉の中にあるだけ。
熱くなる目頭を誤魔化すようにまぶたの上から腕を乗せ光を遮る。
最終日だけあって騒がしい周囲の音もやがては子守歌のように葛葉を眠りにいざなっていく。
「あぁ……終わった……」
そこで一度葛葉の意識は途切れる。
『最強になったの見れて良かったです。お疲れさまでした。とても楽しい時間でした』
『ギャングの皆さんもえらいです。お疲れさまでした、ボスさん』
『雪だるま見れて良かったです。また、ね。です!』
とおこからのメッセージを告げるスマートフォンの明かりには気づかないまま。