冬の約束   作:びーびー

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強盗

 『いえいえ、とても楽しかったです!こちらこそお役に立てなくて悔しかったので、また次ぜひお願いします!』

 

 「っすー」

 

 メッセージを送ってから一日が経ち、あたりは暗闇に包まれている。

 昨日の犯罪の結果は語らないでおくとして、葛葉は今自身の携帯電話を片手に深呼吸をしていた。

 昨夜葛葉たちが警察とドンパチやっていた最中に届いていた冒頭のとおこからのメッセージ。

 

 「また呼ぶって、約束したしな」

 

 そう言ってとおこの連絡先を呼び出す。

 思い返せば前回、話題を準備していた最初の方より、最後の方の勢いで喋っていたときの方が自然だったかもしれない。

 反省のできる鴉はそんなことを考えながら通話ボタンをタップする。

 数秒のコール音が響いた後に電話が繋がる。

 

 「はい、もしもー「どぉっすか、調子は!」し」

 

 「調子……ちょういいです!絶好調です!」

 

 妙なテンションの葛葉にも嫌がることなくとおこはすぐさま乗ってくる。

 

 「忙しいっすか?」

 

 「今暇ですよ。どうしました?」

 

 あいさつもそこそこに葛葉は本題を切り出す。

 

 「行きませんか?」

 

 「行きますか、いいですよ。どこ行けばいいですか?」

 

 緊張しているからなのか、照れているからなのかいろいろなものが抜け落ちた言葉だったがとおこには無事に伝わったらしい。

 打てば響くような答えが帰ってくる。

 

 「今、迎えに行くっすよ」

 

 「あ、じゃあ病院に……戻るので、じゃあ病院で!」

 

 「はい」

 「は」

 

 彼女の返事を聞き終わる前に電話を切る。

 最後の方は勢いが落ちてきて若干言葉に詰まったりもしたが、無事に約束を取り付けると葛葉は病院へと車を走らせる。

 

 「いくか」

 

 一言自分に気合を入れて夜の街を駆け抜けながらインカムに手を伸ばす。

 

 「叶、言語化できる範囲でチェイスのコツ教えてよ」

 

 「……山」

 

 「もっとあるって、言語化できる範囲!」

 

 鴉最速の男にコツを教授されたり、じゃれ合いながらガソリンスタンドに寄っていく。

 

 「ちなみに西のフリーサって誰か行ってる?」

 

 念のため給油を済ませ、仲間たちに今日犯罪をする地点を確認するが今のところ予定はい空いているようだ。

 そこまで遠くではなかったためガソリンスタンドから数分も走らせれば病院のエントランスが見えてくる。

 玄関前に車を止めると、外で待っていたとおこが小走りで近寄って来る。

 

 「どうも。寒い中外で待ってなくても着いたら連絡したっすよ」

 

 窓を開けてとおこを案じる葛葉だったが、彼女は挨拶もせずに焦った様子で葛葉の車の助手席に乗り込んでくる。

 とおこの様子を不審がる葛葉に彼女は声を潜める。

 

 「今すいません、警察のかたいるので」

 

 「え?」

 

 とおこの言葉に葛葉はすぐさま車を発進させる。

 幸い不審には思われなかったようで警察が追ってくる様子はない。

 バックミラー越しに小さくなっていく病院を確認してとおこは小さく息をつく。

 

 「言わなくて良かったですか?人質にされそうって」

 

 「うぅ……」

 

 意地悪な質問をしていると頭の片隅で思う。

 前回のときやメッセージのやり取りで夢の中とはいえ彼女が悪いことに罪悪感を感じるタイプの人間だと、自分とは正反対の人間だということはわかっていた。

 案の定とおこは葛葉の質問に助手席で頭を抱えている。

 

 「まぁでもぉ、さっきお世話になったし。まぁ……」

 

 「お世話に……お世話に、なったすか?」

 

 「楽しい思いでも……でも確かに市民としては通報するべきでしたねっふっふっふ」

 

 「っすー。まぁまぁまぁまぁチョット電話シマスネ」

 

 頭を抱えていたはずのとおこと葛葉の立場は一瞬で逆転していた。

 彼女は楽しそうに葛葉を見て笑っている。

 自身のふりを悟った葛葉はインカムに手を伸ばす。

 

 「結局どこのフリーサ行く?みんな」

 

 葛葉の呼びかけに仲間から次々と答えが返ってくる。

 

 「砂漠ねオッケィ。叶は西?……叶?捕まったようですね」

 

 メンバーの予定地点を再度確認し、目的地へと進路を変える。

 ここからそう遠くないフリーサ銀行のため葛葉たちはすぐに目的地へと到着する。

 

 「やりますか!」

 「今度はちゃんと「あれっ?」」

 「何見てんだ、こら!」

 

 目的地の前には見るからにギャングのような姿が3人たむろしていた。

 葛葉の視線に気づいたのかリーダー格の男が葛葉たちに近づいてくるなり因縁を付けようとしてくる。

 間違いなく彼らは銀行強盗のクールタイム明けを待っていた。

 

 「わ、危ない人だ」

 「あ、危ない人っふっふっふ」

 

 前回の焼き直しのような状況にとおこが笑いをこらえきれない。

 葛葉の背中には冷汗が伝いつつ、その場を離れる。

 

 「イヤ、危ナイトコダッタスネ」

 「危なかったですね」

 

 少し離れた場所でナビを操作しながら焦りからか片言になっている葛葉。

 そんな葛葉を見るとおこは楽しそうに笑っている。

 

 「西側、行きますか。また……同じ道なんすけど」

 「そうですね!でも、やっぱり夕方と夜ではまたほら!景色違うし!」

 「表情がまた……」

 「ね、そう。違いますね」

 「違いますよね……」

 

 焦る葛葉を励ますとおこという前回と同じ展開を繰り広げながら車は夜景を纏うロスサントスを走っていく。

 

 「あ、月!めっちゃ綺麗ですよ、月」

 「月ですか……どこですか?」

 「左、左です」

 

 とおこの言葉に葛葉は横目で空を見上げる。

 真っ暗に染まった空には葛葉の髪のような銀色の半月が浮かんでいた。

 

 「おぉ。……半月ですかね」

 「そうですね、半月ですね半月」

 

 その言葉とともにとおこの顔が月を見るためかわずかに運転席に近づく。

 いつもより近くに感じるとおこの息遣いに自然と葛葉の体が強張る。

 

 『月が綺麗ですね』

 

 明治の文豪夏目漱石は学校での授業で『I LOVE YOU』を我君を愛す、と直訳した学生に「それでは風情がない」と言ったそうだ。

 『いつも見ている月がこんなに綺麗に見えるのは隣にあなたがいるから』と直接的な表現よりも遠回しな表現を日本人は好むという例で出した言葉だそうだが、とおこがこれを知っていたかどうかはわからない。

 

 閑話休題

 

 そうしてしばらく無言で車は夜の海岸線を走っていく。

 因縁の”あの壁”を超えて前回は失敗したフリーサ銀行が近づいてくる。

 

 「今回は、見つかるといいですね」

 

 そのとおこの言葉がフラグだったのだろうか、フリーサ銀行の前には何台もの車が止まっていた。

 ぱんぱんになった鞄を持った男たちが行きかっているところを見ると、今まさに強盗が終わった瞬間のようだ。

 

 「……っすー。ヒキカエシマスカー」

 「引き返しますか!あっはっはっ」

 

 あまりの展開に笑い崩れるとおこを助手席に乗せて車をUターンさせる。

 まさかここまで同じことが起きるとは思わなかった。

 葛葉は神を呪いながら話題を探し始める。

 予定ではスマートに時間を取らせず強盗するはずだったので今日はデッキを用意してきていない。

 

 「曲、流れてますね」

 

 二人の耳に突然音楽が聞こえてくる。

 それは車に備え付けのオーディオ機器から流れてくる音楽だった。

 壊れているのか止まっていたり、動いたりするそれが陽気な音楽を垂れ流している。

 

 「好きな……曲!あります?」

 「曲!曲ですかー」

 

 そういうととおこは一旦言葉を区切る。

 少し考えるような素振りを見せる彼女の言葉を葛葉は待つ。

 

 「結構なんでも聴くんですけど洋「自分もっす」楽とかも聞くし」

 

 「あっ、そうなんですか?」

 「洋楽聴くんすか」

 「結構聴きます!」

 

 共通の話題が見つかり会話が弾む、とまでは行かないがそれでも前回の終盤くらいまでには葛葉もリラックスして話せるようになってきた。

 音楽、ゲームなどの話をしながら市街を回る。

 何件かの銀行を周りそのいずれでも強盗はできていないがとりあえず間は持っている。

 

 「っ!」

 「きゃっ!」

 

 油断していたからだろうか、危うく車両とぶつかりそうになり、葛葉はハンドルを切る。

 幸いなことにぶつかることはなかったが、急ハンドルのせいかとおこからも小さな悲鳴が上がる。

 

 「大丈夫ですか!?」

 「だ、大丈夫です。大丈夫です。葛葉さんは大丈夫ですか?」

 「大丈夫です。……人質生きてないと、ね」

 「そうですよね」

 

 とっさに葛葉の声が大きくなる。

 その後、取って付けたように心配した理由を話すがどちらにせよとおこのことは心配だったようだ。

 驚きで跳ねる胸を押さえながら葛葉に笑顔を見せるとおこの様子にほっと息をつき、ゆっくりと車を再度走らせる。

 

 「すいません、ちょっと。安全で行きますね」

 「大丈夫ですっ!いつでも治せますから。安心してください、ね?」

 「っすー」

 

 普段よりゆっくりと走る車の中でほっとしたのも束の間、葛葉に新たなる危機が迫る。

 

 「わぁ綺麗!」

 

 とおこが声をあげたのはロスサントス中心部にそびえたつひときわ大きな銀行の前だった。

 パシフィック銀行という名のそれは外観上はウォール街にあるような建物であり、他の銀行と比べても確かにその重厚感あふれる外観は他の銀行を圧倒している。

 一方でその他の銀行とは完全に区別されており、もし強盗をするのならば夢の中でも屈指の難易度を誇る銀行であった。

 正直葛葉ひとりでは話にならない。

 もっと力を付けた鴉でもほかのギャングの力を借りてやっと成功率5割といったところだろうか。

 

 「……ここそんな綺麗っすかぁ?」

 

 「あー、ソンナニキレイジャナイカモー」

 

 「ねぇ」

 

 「ここはやめましょ!」

 

 臓腑から絞り出したかのような葛葉の声にとおこも何かを察したのだろうとおこはすぐに言葉を翻す。

 さすがに今の葛葉たちではこの銀行に挑むには何もかもが足りなさすぎる。

 ただそれを葛葉自身の口で説明するのでなく、とおこに察してもらうという手を取った自分に嫌悪感を抱く。

 とおこもそんな葛葉の様子を察して窮屈そうに身じろぎをする。

 再び舞い降りた気まずい空気。

 しかし、それは長くは続かなかった。

 

 「おっ!」

 

 葛葉の声がワントーンあがる。

 車を左折させた先には車も何も止まっていないフリーサ銀行の姿。

 

 「いけますか!」

  

 「おい!降りますよー!」

 

 二人ともがほっとした雰囲気を漂わせながら、銀行前に車を止める。

 

 「あー助けてー、こわーい」

 

 「こらー。手ーあげて、ますね」

 

 「あ、はい。あげてます」

 

 あまりにも緊張感の抜けたやり取り。

 いくら夢の中とはいえ、もう少し演技をするべきなのではと言えるほどの大根役者が2人いた。

 

 「ア、シツレイシマース」

 

 一言断ると葛葉はとおこの後ろに回り込み、彼女に銃を突き付けて羽交い絞めにする。

 

 「こらー!」

 

 「助けてー、こわいよー」

 

 「人質がいますねー」

 

 「え?ぇっへっへっへ」

 

 「人質もいますよー」

 

 「わー助けてー」

 

 「逃げたら殺しますよー」

 

 「殺さないでー」

 

 そんなコントじみたやり取りをしながら銀行内へ入っていく二人。

 どこかで見た流れだった。

 具体的には前回の時に浜辺をドライブした後に向かった銀行と同じ流れだった。

 つまり、その結末も。

 

 「クールタイム……」

 

 「ぅっふっふっふ」

 

 「イコッカァ」

 

 肩を落とし車へ戻る葛葉と笑いながら葛葉についていくとおこ。

 一つこの銀行が良かったのは一連の茶番でふたりの間にあった重苦しい空気を払拭した点だった。

 車に乗り込んだ葛葉は深く息を一つ吐く。

 もう背に腹は変えられない。

 一つだけ間違いなく空いている銀行に心当たりがあった。

 

 「もう、警察署の前しか空いてない」

 

 掟破りの警察の目の前での強盗が今幕を開けようとしていた。

 

 「車に乗りますよー」

 

 「わー殺さないでー」

 

 茶番を挟んでとおこが車に乗り込むのを確認すると、車を発進させる。

 幸いにして車内の空気はだいぶ和らいでいる。

 

 「葛葉さんはどんな曲を聞かれるんですか?」

 

 「なんでも、聴きますねぇ」

 

 「あ、じゃあ……」

 

 そう言って葛葉があげた曲名にとおこが過去一番の反応を示す。

 声のトーンが跳ね上がり、その瞳は輝きを増す。

 頬をわずかに上気させた彼女は今までで一番楽しそうに見える。

 

 「あれ、イイですよね!」

 

 「いいですよね!めっちゃいいです!」

 

 「あれ聞きながらやるゲーム半端ないですよ、まじで!」

 

 「わかります!わかります!」

 

 このままゲームの話をした方が良いのではないかというほどに過去一の盛り上がりを見せる二人。

 しかし無情にも車は二人を銀行の前まで送り届ける。

 

 「こらー!」

 

 「助けてー!」

 

 「いいですよね、あれね?」

 

 「わかります、めっちゃわかります」

 

 一応銃を使ってとおこを後ろから羽交い絞めにしてはいるが、話すのはゲームのことばかり。

 たまに思い出したように葛葉が脅し、思い出したようにとおこが助けを求める。

 茶番感が増したまま二人は銀行行内へ入っていく。

 

 「人質がいるぞ!」

 「わー助けてくれー」

 

 そんなやり取りをしながら銀行内を奥へと進んだ葛葉の目に映るのは微妙な時間のクールタイム。

 どこかへ移動するのも微妙だが、待つのにもやや長いと感じる時間だった。

 

 「どうします?待ちます?」

 

 「そうっすね……」

 

 しばし考えたあと銀行の奥に設置された椅子に二人は並んで座る。

 ちょこんと2つ設置された椅子に並んで座るギャングと救急隊というシュールすぎる絵面にとおこも思わず笑いが止まらなくなる。

 

 「……救急隊は、結構忙しく、ないんでしたっけ?」

 

 しばらくしてとおこが落ち着いてきたころを見計らって葛葉が口を開く。

 

 「そうですね。このくらいの時間はそうでもないんですけど、事件が起きるとわぁぁって忙しくなります」

 

 「あー」

 

 「葛葉さんたちは大きい事件とか、もうやってるんですか?」

 

 とおこの言葉に昨日の事件を思い起こす。

 あの事件もそこそこ大きい事件だった。

 

 「結構やってますね、こう見えて」

 

 「ほうほうほうほう」

 

 「ここだけの話、結構悪いんですよね俺」

 

 そんな会話が続く。

 やっととおこにスマートに強盗をやる自分を見せられるとなると自然と葛葉の口も軽くなっていく。

 とおこ自身も人としゃべるのは好きな性分なのだろう。

 お互いの過去ややりたいことだったりと二人の会話は弾んでいく。

 そして会話に夢中になるあまり、葛葉は重大なことを見逃し、聞き逃した。

 

 

 

 このところフリーサ銀行への強盗が人気になりすぎて各地のフリーサ銀行がクールタイムになり、ギャングたちはそれぞれ空いている 銀行を探し、街中を走り回っていた。

 もちろんそれは鴉も例外ではない。

 

 「車があるんだよねぇ」

 

 それでも念のため確認するか、と不破は車を降りる。

 強盗が行われているにしては妙に静かな行内を進むと楽し気な話し声が不破の耳に聞こえてくる。

 ゆっくりと確認するために曲がり角から奥を覗く不破の目には、この間見たばかりの2ショットが飛び込んでくる。

 我らがボスと一緒にいるのは確か、とおこという名前の女性だったはずだ。

 椅子に並んで座りながら会話をする様子は少なくとも人質と犯人といった風ではない。

 

 「ふーん」

 

 そこまで確認して不破は踵を返す。

 その表情はここ最近多くするようになったあの笑みだった。

 と、グループ無線で最近鴉に加わった渋ハルの声が聞こえてくる。

 クールタイムばかりのフリーサ銀行に辟易していた彼は無線で弱音を吐く。

 

 「フリーサは大人気コンテンツだ」

 

 呆れが交じったその無線にすかさず不破もインカムに手を伸ばす。

 

 「流行ってるっぽいななんか……フリーサの中でデートしてるやつとかもいるし」

 

 「まじぃ?」

 

 それだけ無線で伝えると不破は銀行を出る。

 

 「や、いいねぇああいうの。青春を感じる」

 

 そうつぶやき彼は車に乗り込む。

 この時葛葉が不破に気づいていれば、耳元の無線から不破の言葉の意味を悟っていれば。

 それを逃してしまったため、今後鴉ではボスの女という認識がどんどん広まっていき、葛葉は頭を抱えることになるのだった。

 

 

 

 話はフリーサ銀行に戻る。

 話は弾み、葛葉は初回とは別人のようにとおこと会話をしている。

 話の話題は副業のことからパン屋さんをやってみたいというとおこの話になっていた。

 

 「俺、パン好きなんで買いますよ」

 「いやそんな。あ、じゃあこれあげますね」

 

 そう言ってとおこは葛葉にリュックサックから取り出したパンを手渡す。

 最後まで金を払うと言っていた葛葉をやんわりと断る。

 

 「これはうちの医療チームのパン屋さんが作ったパンなんです」

 「へー」

 

 そう言いながら手渡されたパンにかぶりつく。

 

 「おいしいですか?」

 「あっ!……おいしいっすわ」

 「よかったですっふふ」

 

 そんなやり取りのあと、ごみを捨てるために葛葉は立ち上がる。

 ゴミ箱を探し、食べ終えたパンのごみをゴミ箱に捨て、葛葉はちらりと振り返る。

 

 「……自分では、何か作られないんですか?」

 「いや、私は作ってないですねぇ」

 

 ただ、ととおこは言葉を続ける。

 

 「もし、作ることになったらお知らせして売りに行きますね」

 

 そう言うと、とおこはいたずらっぽく笑う。

 

 「押し売りしに行きます!」

 「買いますよ、やっぱ」

 

 そういうと葛葉はとおこの隣に再び腰を下ろす。

 

 「やっぱさっきの金払いますよ」

 「え?いや、でもいくらか忘れちゃったのでー」

 

 そう言いかけたところで何かに気づきとおこはリュックの中からメモを取り出す。

 さらさらとメモに何かを書いて、それを葛葉に差し出す。

 

 「じゃあ1005円で」

 

 自身の名前をもじったかわいらしい請求書だったが、残念ながらそこまで葛葉に伝わらなかったらしい。

 結局押し問答の末葛葉からとおこに8万円の現金が手渡されることになった。

 そのあとも二人の会話は弾み、ついにクールタイムが明ける時が来た。

 葛葉は銀行の扉に手早く解錠道具をセッティングする。

 

 「逃げるなよーもぉー!ダメですよー」

 

 「助けてー怖いよー」

 

 何度目かになる茶番を終え、解錠が終わった扉をくぐって二人は銀行の金庫まで向かう。

 葛葉は素早く金庫の解錠にとりかかり、とおこは邪魔にならないように壁際まで下がる。

 妙に手慣れた動きに首をかしげながら金庫を解錠する葛葉にささやくようなとおこの声が聞こえてくる。

 

 「喋ると聞こえないって言ってたんで静かにしないと……」

 

 「えっ?」

 

 とおこの言葉が葛葉の頭の中で木霊する。

 

 「あの」

 

 「あ、喋らないように?」

 

 「……他の人に言われたんすか?」

 

 「いや違います、違います。音聞いてるっていうのは聞いてたんで」

 

 焦ったように否定するとおこの顔に葛葉の疑問は確信に変わる。

 

 「……結構、人質やってんすか?」

 

 「今日、これ6回目です」

 

 そう言いながらとおこは働いているより人質やっている方が長いと苦笑いする。

 

 「ソウ、ナンスネ……」

 

 呟く葛葉の胸の中には理不尽な怒りがあふれ出していた。

 別にとおこが進んで人質をしているわけではないのだから彼女を責めるのはお門違いなことはわかっているが、それでも葛葉は口を開いてしまう。

 

 「じゃあもう滑稽ですか、俺とかみてると」

 「いやそんなことないですよ!そんなことないですよ」

 「すぐ終わらせますよ」

 

 そう言って黙ってしまった葛葉にとおこもやや焦った表情を浮かべる。

 

 「人によって、手捌きとか違うんで見事だと思います。慣れてる感じがしますね。悪なんですね」

 「……悪ですー」

 

 とおこのフォローにも子供っぽい対応しかできずそれがまた葛葉を追い込んでいく。

 二人の空気はまたぎこちないものへと戻ってしまっていた。

 

 「警察ー!じゃない!」

 「じゃ、ないのか……」

 

 金庫の外から突然声が響く。

 葛葉が外を確認するとそこには代表と呼ばれるギャングの一人が楽しそうに立っていた。

 

 「どう、葛葉君?」

 「代表」

 

 彼は葛葉たちとは敵対的なギャングというわけではく、葛葉からしてもたまに会えば世間話をするような気安い関係だった。

 彼は笑いながら葛葉たちに近づいてくる。

 少し近づいてくると代表は葛葉の後ろにいたとおこに気づいたのか声を張りあげる。

 

 「とおこちゃんまた人質!?人質ビジネスじゃん!」

 

 「あ、は、え?ビジネス!?」

 

 「違いますよ!やめてくださいよ!」

 

 必死に否定するとおこと呆ける葛葉を見て何かを察したのか代表もまた大きく笑い声をあげる。

 その後、代表は特段葛葉たちの邪魔をすることなく頑張ってーとさわやかに言い残してこの場を嵐のようにかき乱して去って行く。

 残されたのは必死に否定するとおこと力の抜けた葛葉の二人だった。

 

 「なんだよ!びびってんのかと思ったら、ビジネスかよ……」

 

 「いや違いますよ!」

 

 「俺のこと馬鹿にしてたんだろ、心の中で!」

 

 「してないですよ!何言ってるんですか、頑張ってください!」

 

 とおこのフォローも今の葛葉にとっては火に油を注ぐような行為になっていた。

 手だけはよどみなくドリルを使いこなし、現金を鞄に入れながら、葛葉のその口は止まることを知らない。

やってることは完全な八つ当たりだった。

 

 「こいつおっせーなーとか思ってたんでしょ!早くしろよこいつって!こっちは仕事があるんだよって!」

 

 自棄になった葛葉からとおこを気遣っていた心が薄れ、遠慮がなくなる。

 

 「本音を言えよ、本音を!」

 

 「思ってないですよ!この目を見てください!」

 

 「見えない!」

 

 子供が駄々をこねているようにも見える葛葉の独り相撲はもうしばらく続く。

 

 「逃げんじゃねーぞ!殺すからなぁ!」

 「まじ殺すよ!」

 

 先ほどまでは茶番じみていたが、ここに来て脅し文句に心が入ってきている。

 意図せず二人は強盗と犯人という関係に戻ろうとしているのかもしれない。

 それが本当に良いことかはわからないが。

 

 「俺より手際がいい人いっぱい見てきたんでしょ」

 

 「そんなことないです。葛葉さんが一番早いです!」

 

 「そんなわけないでしょ!……慰めの言葉はいりません!」

 

 その後もしばらく葛葉の強盗行為は続くが、とおこは葛葉が移動するたびに、彼の邪魔にならないような位置に移動したりして葛葉をフォローする。

 それさえも葛葉にとっては勘に触る行為だった。

 

 「本当は無線で俺のこと馬鹿にしてたんだろ!そうやって邪魔にならないとこに移動して!」

 

 「いやいやいやいや」

 

 「慣れてるじゃないですかー!」

 

 そんなやり取りをしている間についに強盗が終わる。

 再びとおこを羽交い絞めにして銀行の外に出ると、そこには警察官が葛葉たちのことを待ち構えていた。

 

 「人質がいるぞ!離れろ!」

 

 葛葉が銃をとおこに突き付けると、警察は葛葉たちから距離を取る。

 

 「人質開放の要求はなんだー!」

 

 警察からの質問を受け葛葉はとおこの耳に顔を近づける。

 

 「大体みんなどういう要求をするんですか、とおこさんこれ?」

 「いやいやいや。知らないですよ!」

 「6回も人質やったならわかりますよね!?」

 

 小声で怒鳴る葛葉にとおこは諦めたように記憶をさらう。

 

 「なんか、アタックが……2分とか3分とか……」

 

 「アタックが2分とか3分するな!」

 

 「アタック2分か3分禁止了解!」

 

 逃走の準備ができたため、人質開放の時間がやってきた。

 

 「ここで、開放しますから!」

 「わかりました。私は歩いて帰ります……」

 

 そう言葉をかわすと葛葉はとおこを優しく警察の方に押しやる。

 ゆっくりと歩いてとおこが警察に確保されるのを見届け、彼は自分の車へと走り出す。

 警察は制止をしようとするが、それを振り切り葛葉の車はアクセルを吹かす。

 弾丸のように飛び出した彼の車はあっという間に警察を振り切っていた。

 

 「なんだよ……くそっ……」

 

 それからしばらく走るもサイレンの音は聞こえてこない。

 どうやら無事に警察から逃げられたようだった。

 しばらく街を流していると葛葉にも多少冷静さが戻ってくる。

 路肩に車を止め、携帯電話を手にする。

 

 「……送り届けてやるよ!」

 

 なんだかんだで今日も長く時間を取ってもらったし、最後まで付き合ってくれたことには感謝している。

 最後は喧嘩分かれのようになってしまったが、それも本意ではない。

 意地っ張りな心を押さえつけるためにしばしの時間を要した。

 冷静になるために一つ深呼吸をして、とおこの番号をタップする。

 長めのコール音のあとようやくとおこが電話に出る。

 

 「もしもし」

 

 今まで聞いていた声より少し高めの声。

 いうなればよそ行きの声とでも言おうか。

 その声を不審に思いながら葛葉はぶっきらぼうに要件を切り出す。

 

 「どこですか、今?」

 

 「あの、今代表に捕まって……次の銀行に……」

 

 「はぁぁぁぁぁぁ!すぐそうやって人質に!」

 

 あまりの事態に声が裏返るほどに絶叫する。

 と同時に先程やっと押さえた怒りがまた湧き上がってくる。

 

 「馬鹿にしてたんだろ、俺のこと!次の人質があるのにこいつとろいわーって!」

 

 「誤解です!誤解!」

 

 「何がビジネスしてないだよ!」

 

 「葛葉さんが連れてってくれればこんなことには!」

 

 葛葉の一方的な物言いにとおこもやや声を荒げて言い返す。

 怒鳴り合っているが、連れてってほしかったととおこが言っていることに葛葉もとおこ自身も気づいてはいない。

 

 「あーあー、はいはいはい」

 

 「次は連れてって下さいね!」

 

 「あーもう。なんかパンもおいしくなかったわ!」

 

 「嘘だー絶対おいしか「はー、じゃあまた。はいー」」

 

 とおこの言葉を遮るように電話を切る。

 そのまま感情のまま街中を走り回り、夜が明けるころ彼はアジトに戻ってきていた。

 

 「金は、裏切らねぇ」

 

 無感情な目でそう呟き葛葉は今日の戦利品を見聞する。

 そうしてさらに時間が経ったあと、葛葉はふと携帯電話に手を伸ばす。

 冷静になった後ならとおこが悪くないこともわかるし、自分がいかに幼稚だったかもわかっている。

 

 「……かなり時間とったしな」

 

 言い訳じみたことを口にしながら携帯電話を操作しとおこの口座に150万円ほど振込の手続きをする。

 

 「迷惑料だ」

 

 友情や愛情などではない。

 金で雇った人質。

 そう考えれば今回の仕事は大成功だったし、とおこと疎遠になっても金の関係だったから仕方がない。

 そうやって鴉は自分の心を守ってきたのだった。

 小さな時からずっと、一人で。

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