冬の約束   作:びーびー

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決別

 あの衝撃の一日から時計の短針がぐるりと回り、ロスサントスには再び夜が訪れていた。

 朝日を厚いカーテンで遮りひと眠りした後、重くなった体をシャワーで叩き起こす。

 日はとうに沈み、鴉のアジト周辺は街灯でオレンジに照らされていた。

 

 「……」

 

 アジトから出てぼんやりと街灯の光を見上げる。

 彼女とこの明かりに照らされたのはつい最近のことのはずなのに、ずいぶん遠い日のことのように思える。

 しばらくそうしていると腹が空腹を訴えてきたためぼんやりとコンビニに向かって歩き出す。

 

 「こんにちはぁ!」

 

 歩き始めてしばらく経った頃、ゆっくりと歩く葛葉の前に黄色が歩道を突っ切って飛び込んでくる。

 葛葉を足止めするかのように止められたバイクにまたがっていた女性がヘルメットを外す。

 橙色の髪を手櫛で軽く整えながら女性は葛葉に笑いかける。

 関西人特有のイントネーションで葛葉に挨拶する彼女の目は好奇心で爛々と輝いていた。

 

 「……出たよ」

 

 五月蠅いのに会ってしまった。

 葛葉は表情でそう語る。

 彼女、ひまわりは小さいころから葛葉の姉を自称し、何かにつけて世話を焼いてくる人物だった。

 実際に葛葉もかなりの頻度で世話をしてもらったことがあり、葛葉の中でも頭が上がらない数少ない存在の一人である。

 大体彼女と会うと、「ちゃんと食べてる」だったり「病気はしてない」と心配されることが多く、子ども扱いが勘に触る葛葉としては 最近はあまり会いたくない人物と言えるだろう。

 そんな彼女はトレードマークの黄色のバイクを乗り回し、葛葉の前に現れた。

 

 「ねぇ、なぁなぁなぁなぁちょっと!」

 「あ?何?」

 「聞きたいことがあったんやけどさぁ」

 「な、何、何、何?」

 

 一応彼女も市民のはずで葛葉はギャングなのだが、昔からの関係があってか遠慮することなく声に笑いをにじませながらひまわりは葛葉に近づいてくる。

 あまりの圧にたじろぐように一歩下がる葛葉に彼女はさらに圧をかけてくる。

 

 「あんた、彼女できたん?」

 「は、はぁ!?」

 

 面白いことを見つけたと言わんばかりに目を輝かせるひまわりの言葉に葛葉は一瞬言葉の意味を見失う。

 心当たりは、なくはないがそれよりもなぜ彼女がそれを知っているのか。

 そんな疑問が葛葉の脳を支配し、言葉が口から上手く出ない。

 

 「な、なんの話だよ!」

 

 ようやく出た言葉や態度は心当たりがありますと白状しているようなものだった。

 その葛葉の様子にさらにひまわりは目を輝かせる。

 

 「噂に聞いたけども!」

 

 「できてねーよ!ってかできたとしても言わねー「恥ずかしがらんで!」よ!」

 

 ひまわりは葛葉の言葉を遮るように彼の肩に手をそっと乗せる。

 そうして葛葉を諭すようにゆっくりと話し続ける。

 

 「恥ずかしがらんでいいからゆーてみ?」

 

 「言わねえよ!」

 

 「紹介して、紹介」

 

 「ってか別にいねーよ!」

 

 そう言ってひまわりの手を振り払おうとする葛葉だったが、その手をさらに捕まれてしまう。

 普段なら簡単に振りほどけるはずだが、面白いことを逃さないという関西人の血の為せる力か今日のひまわりはなぜか振りほどけない。

 

 「紹介してもらわなあかんやん」

 

 「いないから!」

 

 こうなったひまわりはしつこい。

 彼女をよく知る葛葉はそのことをよく知っているため、話題をそらす方向に会話を誘導しようと試みる。

 

 「何その噂……!いないから!誰が言ってたの、その噂?」

 

 「待って待って、そんなおっきな声出さんでええから」

 

 「うぜぇー!まじで!」

 

 葛葉がひまわりをよく知るということはまたその逆もしかり。

 完全に押さえこまれ、事態は長期戦の様相を呈してきた。

 

 「しーしーしっ。静かな声で良いから」

 

 「そんなん関係ないでしょ、だって!」

 

 「関係ある!」

 

 「関係ないでしょ!」

 

 「知っとかなあかんの!」

 

 「知ってどうすんの……!」

 

 疲れたようにため息を吐く葛葉の問いにひまわりはまさに向日葵のように輝く笑顔を浮かべる。

 腕を捕まれたまま地面に座り込み、半眼で彼女を見上げる葛葉には彼女がろくでもないことを言う未来が見えた。

 

 「周りのことは知りたいやん!」

 

 単なる好奇心であると堂々と宣言する彼女にさらに葛葉はため息を重ねる。

 知りたがりの彼女はそれと同じくらいに自分の知ったことを周りにも伝えたがるところがあった。

 そんな彼女にとおことの話が漏れようものなら……

 

 「言うだろ、他の人に!」

 

 やはり昨日のこともあり疲れているのかもしれない。

 葛葉の口から漏れた言葉にひまわりの口角がさらに上がり、それと同時に葛葉の胸中を焦りが埋め尽くす。

 

 「ってか別にいねぇって!」

 

 「……なんやー」

 

 「言っといて、そんなのいないって」

 

 致命的な失言だったが、なぜかひまわりはそこで追及をやめる。

 昔から本当に嫌がっている時はそれを察して踏み込んでこない。

 そのバランス感覚が彼女と葛葉の関係を続けさせている要因の1つだった。

 

 「なんか葛葉が女の子引っかけまわしとるってABOが言ってたから」

 

 「ABOかよ、ふざけんなあいつ……」

 

 「言うてたから悪い女に引っかからんかって心配しとったんやで!」

 

 「いないから、そんなの!」

 

 話の終わりを察してひまわりの手を再び振りほどこうとするが、なぜか彼女の手は葛葉の手を掴んだままだった。

 葛葉が怪訝な顔でひまわりを見ると彼女は葛葉を子ども扱いするとき特有の笑みを浮かべて葛葉の手を自身の方へと引き付けてくる。

 

「葛葉待って!じっとして!」

 

 「……なに?」

 

 「じゃあ彼女出来たら、教えてな?」

 

 「言わねぇよ!」

 

 「約束して。げんまんね。げんまんして?」

 

 「しないしないしない」

 

 そう言ってひまわりが葛葉の手を離し、指切りげんまんをするために小指を差し出す。

 ひまわりの両手が葛葉の手から離れた瞬間、踵を返して走り出す。

 

 「あ、葛葉ー!」

 

 「だるいだるいだるい!」

 

 愚痴をこぼしながら葛葉はロスサントスの夜に消えていく。

 ひまわりは特にその背中を追うことなく走っていく葛葉の背中を見送り、その背中に大きく手を振る。

 

 「おやすみー!」

 

 そんなひまわりの声を背中に受けながら葛葉は耳元の無線のインカムに手を伸ばす。

 

 「おい、ABOぉ!」

 

 「なにー?」

 

 「噂されてんだけど俺。彼女ができたって!」

 

 「知らん知らん俺じゃないって」

 

 その無線の背後で無線に入っている鴉のメンバーからは祝福の声が上がる。

 祝福とからかいでしっちゃかめっちゃかになる無線に顔をしかめて葛葉はアジトに向かって走り出す。

 

 「アジトに集合で!」

 

 「彼女さん連れてきてもいーよー」

 

 鴉のメンバーのイブラヒムがからかいの言葉をかけてくるが、それには答えず葛葉はアジトまでの道を駆ける。

 しばらくして葛葉はアジトに辿り着く。

 古い劇場を格安で買い取ったアジトは廃墟じみた静けさを漂わせていた。

 メンバーはすでに集まっており、各々が劇場の席に座り葛葉の登場を待っている。

 

 「お待たせ、諸君」

 

 格好つけた葛葉の登場にメンバーからはヤジが飛ぶ。

 がちがちの上下関係よりも絆を大事にする。

 他のギャングはどうか知らないが、葛葉たち鴉はそうやって成りあがって来た。

 

 「はいはいわかったわかった。とりあえず会議を始めるぞ」

 

 そう葛葉が宣言すると騒がしかった雰囲気は収まる。

 

 「今日の議題は、メンバーの増員についてだ」

 

 鴉の今の規模だとこれから大きな犯罪をしていくのにも人手が足りない。

 傭兵として人を雇うよりまず組織の拡大に手を付けるためにそれぞれが良いと思える人物の名前をあげていく。

 そこそこの時間会議が続き、何人か名前は上がるものの決定的な要素がなく会議が煮詰まってくる。

 ずっと考えっぱなしで疲れたのだろうか、メンバーの誰かが新メンバーに女性を押し始める。

 といっても鴉は男所帯なので女性が入るとなるとなかなかハードルが高いと言える。

 

 「え、ボスの女は?」

 

 「確かにボスの女いるじゃん」

 

 「ボスの女はどうなんすか?」

 

 叶がにやりと笑い、不破とイブラヒムがそれに乗っかっていく。

 

 「いや、そんなのいねーよ……」

 

 普段だったら俺の女じゃねーよ、と語気強く言い返して来るだろう葛葉は叶の発言に力なく返す。

 何かあったらしいとメンバーが察し始めた頃に、葛葉は白けた空気を鼻で笑い飛ばす。

 

 「いや、俺6人目の男だった」

 

 もしかしたら強がりかもしれない。

 もしかしたら治りかけの瘡蓋から血がにじんでいるのかもしれない。

 それでも葛葉はあの日のことを笑い飛ばせるくらいには気持ちの整理をつけていた。

 

 「僕ら6人目の男の下っ端かよ」

 

 「お前ら6人目の下だ」

 

 すかさず叶もフォローに入り、葛葉もそれに乗っかって会議の雰囲気を盛り上げなおしていく。

 他のメンバーもそこそこの付き合いがある者たちだから、おかしな雰囲気になりかけたのはわかっているだろうが、それでも葛葉と叶に乗っかって会議を盛り上げていく。

 しばらくすると会議はまた踊り始める。

 会議が踊るということは進んでいないということでもあるが。

 

 「なんか良いな。今度から俺のこと六代目と呼んでくれ」

 

 「「「「六代目ー!」」」」

 

 そんな茶番を挟みながらも結局新メンバーは決まらず、それぞれの心当たりに確認してみてからという結論に落ち着いた。

 会議も終わりもう解散といった段階で葛葉は時間を確認するためにポケットに入れていた携帯電話を開く。

 

 「えっ……」

 

 携帯電話にはとおこからのメッセージが残されていた。

 

 『おかね!だめ!ぜったい!(口座)番号おしえろください!』

 

 そしてそのしばらく後に携帯電話で送金できることを知ったのだろう、葛葉が送った額から1円引かれた額がとおこから振り込まれていた。

 あまりにらしい文章に思わず顔が微笑みそうになる。

 一円は受け取るんすね、そんな風に返しそうになったその時、叶がこちらをじっと見ていることに気づく。

 

 「どうしたの、葛葉。女?」

 

 「んなわけねーだろ」

 

 務めて冷静にそう返し携帯電話をポケットにしまう。

 しかし叶の声を聞きつけた他のメンバーが再び騒ぎ始める。

 

 「行っても良いっすよ、ボス!」

 

 とメンバーのメイカが騒げばことの元凶である叶が「送ろうか?」と乗っかってくる。

 

 「やばい、噂が広がってる……!」

 

 この後、再び騒ぎ出すメンバーを蹴散らすのにもうひと騒ぎして、葛葉は自室に戻ってくる。

 扉を閉じるとそのまま閉じた扉を背にもたれかかる。

 

 「……鋭いね、叶君」

 

 そう言って先程しまった携帯電話を開き、苦々しい表情を浮かべる。

 

 「なんで……っ」

 

 断ち切らせてくれないのか。

 言葉にならない思いを奥歯をきつくかむことで封じ込める。

 先程数文字入力した返信の文章を消去する。

 

  「もういいんだ。俺は……ギャングだから」

 

 市民とは必要以上に関わる必要はない。

 そう何度も呟き、ふらつきながら室内を移動し、ソファに体を沈める。

 柔らかな感触を感じながらも携帯電話をソファの横のローテーブルに放り投げる。

 

 「そういうのは、いい」

 

 つぶやいた言葉は冬の乾いた空気に溶けていった。

 

 

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