あれから数日が経った。
鴉はこの数日の間に一人の新メンバーを加えて犯罪を繰り返し、その勢力を拡大させていた。
葛葉も鴉のボスとして忙しく走り回り、ギャングとしてよりたくましくなっている。
そんな彼は近所のスーパーに買い出しを頼まれ、訪れていた。
「ボスをパシリに使うとはね」
そんな文句を言いながら店内に入ると店内には妙にいかつい男たちが4人ほどたむろしていた。
その中の一人に見覚えのある顔を見つけて葛葉は片手をあげて近づいていく。
相手も葛葉に気づいたのだろう葛葉に対して片手をあげる。
「おいっすー」
「うーす。どもー。何やってんすか?」
「フリーサのやり方聞いてた」
葛葉が声をかけた男、リモーネ先生は一緒にいたチンピラ仲間を指差しながらそう答える。
ちょうど話が終わったところだったのだろう。
男たちは葛葉たちに手をあげるとスーパーを出ていく。
「むずい?」
そう聞かれた葛葉の脳裏に苦い思い出が流れる。
「いやぁ、俺むずかったっすね。人質、とのコミュニケーションが」
反射的に答えた葛葉の答えに笑いが起きる。
どうも冗談で言っていると取られたらしい。
「そんな気難しい人だったの?誰連れてったんだよ」
「……とおこさんって人なんすけど」
「え?救急隊の?」
リモーネの問いに葛葉は無言で頷きを返す。
どうやらリオーネも透子のことを知っているようで、葛葉のいう人質のイメージととおこが合わないようだった。
「とおこさん、優しくないか?」
「優しさが逆につらいみたいなね」
その葛葉の言葉にリモーネは納得の表情を見せる。
「ミスると、頑張れ!って言ってくれるのがつらいんすよ」
「あー、頑張れ。ちょっとやばいなそれ」
普段の彼女から想像がつく姿だったのかリモーネもまた葛葉の言葉にいやそうな表情を浮かべる。
市民に励まされるギャング。
本人に悪気はないのだろうが絵面としては笑い話のような物だ。
さぞかしプライドが傷つくのだろう。
「めっちゃ優しいんすよ……」
「それでまごまごしてるとこ見られてってことか」
「はい。それで俺、もう泣きそうになっちゃって」
「精神攻撃みたいなもんだな」
そう言って笑うリモーネに「人質が一番むずいんで。頑張ってください」と助言を残して葛葉はリモーネと別れる。
その後、なぜかボスの人柄に惚れたと言ってリモーネが鴉に加入してくるのはそのすぐ後のことだった。
リモーネ先生の加入から数日後、この日葛葉はリモーネと協力して銀行強盗をする準備に励んでいた。
「小型ドリル、テルミット、USB」
「たぶんね、たぶんそう」
二人はそれぞれ別に市街を回りながら無線で互いの装備の確認を済ませる。
「じゃあ空いていそうな銀行を探せばいいか」
「空いてそうな人質もお願いします」
「相手そうな人質ね、おっけ。了解了解」
葛葉の言葉に無線の向こうから笑い声が聞こえてくるが、それをあえて無視して葛葉はバイクを走らせる。
「やっぱ人質は任せないと。会話、がね」
苦い思い出が脳裏を過るがそれを振り払うようにバイクの速度をあげる。
それからしばらく後に葛葉は幸先よくクールタイムが間もなく明けそうな銀行を見つける。
「行けそうな銀行見つけた。この位置情報のとこ」
「おっけ」
無線を入れてリモーネの到着を待つ。
数の力はやはり偉大だ。
人質を長々連れまわさなくていいし、銀行の見つけやすさも段違いだ。
そんなことを思いながらリモーネを待っていると、しばらくして遠くからリモーネの乗った車が走ってくるのが見える。
「来ぃたー!」
手早く鞄の中の装備を確認しながら葛葉は声をあげる。
前回よりもスムーズな流れに自然と口角も上がっていく。
目の前に車が止まり、リモーネがにこやかな笑顔で運転席から降りてくる。
「連れてきましたー?」
「連れてきた、連れてきた。多分仲いいと思う」
「なっ……」
「オツカレサマデス」
装備を確認していた顔をあげるとちょうど人質であろう女性が助手席から降りてくるところを目撃する。
つい最近見たようなその女性は金髪をシニヨンにまとめ、綺麗よりかわいらしいと表現するほうが似合っている女性だった。
数日前に喧嘩別れのようになってから会っていなかった彼女は葛葉の方を伺うようにしながら気まずそうにしている。
説明を求めるようにリモーネの方を見るが彼はいつかの不破や叶のような笑みを浮かべてこちらを見ており、確信犯であることに間違いはなさそうだった。
「連れてきたよ。行こう」
「っすー」
微妙な距離を空けて互いを探り合うようにしている二人に車から鞄を下ろした先生が近づいてくる。
「帰ろっか」と日和る葛葉の肩を押してリモーネは銀行の方へ歩みを進めようとする。
「エー。ネコカフェハドコダァ?」
「え?ほら。猫猫猫!」
猫カフェに行くという理由で連れられてきたのだろうか、片言の声を出しながら猫カフェを探しているふりをして葛葉たちから距離を取ろうとするとおこに対して、リモーネは半笑いで葛葉の方を指差しながら猫という言葉を連呼する。
そんなリモーネの腕を掴み葛葉はとおこから距離を取る。
「何やってんすか!」
小声で怒鳴る葛葉に対してリモーネは無言で笑いながらサムズアップをする。
何が、と聞く前にリモーネは二人を置いて銀行の中へと足早に去って行く。
「「……」」
お互いにお互いを伺うような気まずい空気が流れる中で、覚悟を決めたように葛葉が口を開く。
「……久しぶりーっすね」
「あ、久しぶりーですねぇ。元気、でしたか?」
「あれ?なんか、気まずい?仲いいって聞いたのに……?」
銀行の中から顔を出して二人の様子にリモーネは煽るように首をかしげる。
以前葛葉に聞いた話ではとおこのことを優しいと褒めていたし、ギャングの仲間から聞いた話でもとおこはボスの女という話だった。
叶は少しすれ違っているようだと言っていたから仲直りのためにと思って張り切って連れてきたのは正解だったかもしれない。
「じゃー、やりますか……」
「や、やりますかぁ」
そう言って銀行内に入った葛葉ととおこだったがまだわずかにクールタイムは空けておらず、一旦リモーネも含めて3人で外に出てクールタイムが空けるのを待つことにする。
「あ、じゃあとおこちゃん一旦手ぇ挙げてもらえる?」
「きゃー助けてー」
「はいもっと大きな声でー」
「うー怖いよー」
リモーネがとおこの後ろから銃を突き付ける動作をするととおこは素直に手をあげて棒読みの声で助けを求める。
そのまま銀行の外に歩いていく二人を見て葛葉がぽつりとつぶやく。
「やっぱ、こなれてますね……」
「こなれてないです、違います!誤解です」
「あれ?なんか、仲悪いの二人?」
葛葉の言葉に先程の棒読みとは全く違う声色で答えるとおこ。
そんな二人の様子を見て、わざとらしく二人共に聞こえるようにリモーネは首をかしげる。
「いやそんなことはないですよね!?」「いやぁ、まーべつに……」
「ね?そうですよね!」
リモーネの意図した通りに二人とも否定の声をあげる。
とおこに至っては葛葉が否定したことをどこか喜ぶように声のトーンが上がる。
計画通り、という言葉が聞こえてくるような表情で笑うリモーネに葛葉は何かを察したのか苦い表情で応じる。
「まぁ最近ね、あんま話してなかったんで……」
「あ、そうですね。最近ちょっとお話してなかったので、はい」
「あ!そうなんだ」
「すっごい久しぶりな感じがして、ちょっと……緊張してます」
そこまで聞き届けるとリモーネはクールタイムを確認してきます、と言って銀行内に入っていく。
サムズアップをしながら銀行内に消えていくリモーネを見送ると冬空の下で葛葉ととおこが残される。
寒さからか若干頬を赤らめながら照れたように笑うとおこと目が合い葛葉は困ったように頭を掻きながら視線をそらす。
「最近、なっ何してるんですか?」
「最近ちょっと、事件が多くて。頑張って、仕事してます!」
「あぁ……」
「っふふ」
とおことしてもメッセージに返信もしなくなってしまった葛葉のことは気になっていたが、今こうして直接会って変わりがないように見える葛葉の姿にほっとして笑いが漏れる。
「ちょ、ちょっと……近いっすね」
寒さのせいか、照れのせいかわずかに赤くなった顔を誤魔化すように葛葉はとおこから顔をそむける。
葛葉が顔をそらした先にはいつの間にか銀行から出てきていたリモーネが生暖かい目で二人を見守っていた。
「あれ?なんか前、応援してもらって助かったみたいなこと言ってた気がしたんだけどな?」
「言ってないっす!言ってないっす!」
「言ってなかったですか……」
リモーネの言葉に明るくなったとおこの表情が葛葉の否定で苦笑いに変わる。
それにも気づかず葛葉はリモーネに近づいていく。
「いや言ってた気がしたんだけどなぁ……」
「言ってないっす!」
「言ってないか。あれぇ……?」
なおも言い募ろうとするリモーネの肩を両手で掴んで一文字ずつ言い含めるように言葉を発する葛葉にリモーネも一旦諦め、葛葉に同意する。
「ちゃんと場所をおさえてたんですもんね?」
「そーっすねぇ!」
少しの待ち時間だがどうにも落ち着かないというような葛葉の様子にとおこからフォローが入り、葛葉もほっとした様子でそのフォローに乗っかっていく。
それを温かい目で見守るリモーネ。
そんなリモーネの様子には気づかず、二人は自然な流れで思い出話に入っていく。
「まぁ前は、どこも空いてなかったっすもんねー」
「そうですよ、そうですよ!」
「ねー、本当時間奪っちゃってすいませんねぇ」
「あーいえいえ全然大丈夫ですよ!」
「何か卑屈だね?」
「そんなことないですよ!」
とはいえ思い出話となると情けない自分を思い出すことになり葛葉の言葉に若干卑屈さが交じることになる。
それを面白そうにリモーネはいじるがとおこが懸命に否定する。
「おしゃべりしてる時間もね、楽しかったですし!」
そう笑いかけるとおこの笑顔に葛葉の弱いところが刺激される。
頭では言ってはいけないとわかっている言葉が意思に反して口から滑り落ちていく。
「最近もぉ人質、やってるんですかー?」
「いや、そんなことないですーよー?」
「忙しいって、そういうことですか?」
「いや、違います違います」
「何人目ですか?今日」
「初めてです!」
一生懸命言い訳をするとおこやダメになっているボスを見て笑いをこらえるリモーネの腕を再び引いてとおこから少し離れる。
手持無沙汰な様子のとおこを片目に葛葉はリモーネに詰め寄る。
「なんでこの人連れてきてんすかぁ!」
「いやぁ、仲いいって聞いたから」
「あのー」
文句を言う葛葉とそれを笑って受け流しているリモーネにとおこが近づいてくる。
普段の明るい笑顔でなく、寂しげに笑いながら彼女は二人に声をかける。
「だめ、でしたか……?」
実際のところ彼女はリモーネが葛葉の仲間であることは知っていた。
喧嘩別れのようになってしまったが、すこしでも仲直りが出来ればと思い彼女はリモーネについてきたが、自分の前で言い争う二人を見て少し弱気になっていた。
「やっぱり、来ない方が良かったみたい、です……」
そう言って寂しげに笑うとおこを見た葛葉の口から思わず本音がこぼれる。
「いや、ダメじゃないっすよ!」
あまりの声の大きさに驚いた様子のとおこと、にやりと会心の笑みを浮かべるリモーネを前にして葛葉は言葉を探す。
「ダメじゃ、ないっす……けど」
どうしてもそれ以降が口から出ない。
そんなボスのピンチを察したリモーネが再びボスへとトスを送る。
「なんか前聞いた時に凄い応援してもらって助かったとか」
「いやだから、言ってないって!」
「あれ?」
「言ってねーし!」
まるでコントのような葛葉とリモーネのやり取りにやっととおこにも笑顔が戻る。
それを視界の片隅で捉え、胸の中でほっと息をつく。
「……最近はじゃあ救急隊をやってるんですか?」
「最近はっていうかずっと救急隊です!」
相変わらず憎まれ口しか出てこないがそれでも雰囲気はさっきよりもずっと良くなっている。
ほんの少しだけ、このクールタイムが終わらなければいい。
そんなことを考えながら冬の夜が過ぎていく。