長いようで短かったクールタイムが開ける。
「俺はもう、すぐ銀行強盗ができる男になったんだよ!」
フリーサ銀行を、そしてとおこを前に葛葉は宣言する。
「あの時の俺とは違いますよ、とおこさん!」
「本当ですか!」
「あの時はひな鳥だったんで!」
「あ、そうなんですか?でも……「でも?」十分手際良かったですけど」
「やっぱあの時も馬鹿にしてたんだろー!」
これもまた一種のじゃれ合いなのかもしれない。
とおこの言葉に過剰に反応してまた騒ぎ出す葛葉。
そんな葛葉の言葉を困ったように、けれどどこか楽しそうに訂正しようとするとおこ。
今日だけでも何回か見た二人のやり取りを見ながらリモーネはそんな風に考える。
「こいつおっせーなーって!」
「違う違う!違う思ってない!」
そして、こういうのは煽った方が面白いということを今までの経験からリモーネは知っていた。
「そんなこと思ってたんかー!」
「思ってたんだろ!」
「違う!違う!」
「救急隊の仕事あんのにおっせ!とっろって」
「まじでこいつ犯罪やれねえのかよ。まじホントに悪いことやったことあんのかこの雑魚、って思ってたんかーい!」
「おいおいおい、言いすぎだぞ……」
「くそ雑魚がよ、言ってたんかこれーい!」
「おい!」
ボスのことを思いすぎたあまりか、じゃれ合いの域を通り越して暴言になり始めてしまうリモーネに葛葉ととおこも若干トーンダウンする。
てへぺろ、みたいな顔をして葛葉にぺこぺこと頭を下げながらリモーネは反省をする。
こういうのは程よく外野からやいのやいのとヤジを飛ばすのが楽しいのであって、主役に躍り出てもしょうがない。
持ち前の乗りの良さを暴走させないようにと誓ったリモーネの前ではまた楽しそうな会話が始まろうとしていた
「……俺は6番目の男ですか」
「ろ、ろくぅ!」
「言い方がね!言い方!」
「巷じゃ俺は六代目ですよ」
「違います!私何も言ってないですよ!」
とおこの言葉に寂しげな笑みを浮かべながら葛葉は銀行の中に入っていく。
その背中を追いかけ、「違います!」と声を張りあげながらとおこが続き、メンバーたちが呼ぶ六代目の真相を知り、笑いながらリ モーネが最後尾を勤める。
「手ぇあげろこら!」
「手ぇあげろー!」
「はい!」
「……あげ慣れてんな、手が」
「違う違う違う」
そんなじゃれ合いを挟みながら、リモーネがとおこに銃を突き付けあたりの警戒に入る。
あの頃の俺とは違うという言葉通り、葛葉は手慣れた様子で手早く扉を破壊し金庫室に侵入する。
しかしそこには新しい型のセキュリティが導入されており、わずかに手が止まる。
「頑張れー」
「頑張れだぁ?応援なんかいらねぇんだよ!」
そう言って葛葉はセキュリティの解除に挑み始める。
ぶつぶつと何かをささやきながら集中している様子でとおことリモーネは取り残されることになる。
リモーネはそれを察したのか早々に銃を下ろし、片手でごめん、ととおこにジェスチャーを送る。
うちのボスがご迷惑をおかけしてすいません、ということを読み取ったとおこは笑顔で首を横に振ることでリモーネに返す。
その直後に葛葉が顔をあげる。
「おい喋んなよ!」
「は、はい!」
セキュリティの解除を終えた葛葉が振り返るとリモーネはとおこに銃を向けて脅している状況だった。
解除が終わったと、葛葉が口にしようとしたときに銀行の入り口の方から声が聞こえてくる。
「警察だー!何してる!」
「おい、人質がいるぞ!」
「人質が乗ってます!」
「いまーす!」
葛葉とリモーネはアイコンタクトをかわし、葛葉は金の回収をリモーネは警察をけん制するためにとおこを連れてそれぞれ歩き出す。
リモーネが銀行のロビーまで戻ってくると幸いなことに警察はまだ一人しか到着していないようだった。
「とおこちゃんを人質に取るなんて!」
「助けてねえさーん!」
「アキロゼさんかい!」
そこにいたのはアキロゼという警察官だった。
彼女はとおことも、そしてリモーネとも面識があるようでリモーネは思わぬ知り合いの登場に頭を抱える。
「これ以上応援を呼ぶなよぉ。俺たちのよしみじゃねえか」
「7125の銀行強盗。人質あり。応援求めます!」
「おーい!」
コントじみたやり取りを終え、アキロゼは人質の安全を確保するため銀行からゆっくりと外に出る。
それを確認してリモーネたちも金庫室へと戻る。
リモーネたちが戻ると、葛葉は金庫を開け中の現金などを鞄に詰め始めているところだった。
「どう?どう?」
「イケてる!なめんなよ、俺はえーんだから!」
「そうだぞ、なめんなよ!はえーんだからな!」
「わかってますよ!一番手際が良いって私言ってたじゃないですか!」
「本当に言ってたか、あれ?慰めだろ!」
「なんで信じてくれないんですか!」
また始まった痴話げんかに警察が待っていることも忘れリモーネも参戦していく。
「本当は下から数えた方が1番なんじゃない?って思ってたんかこれーぃ!」
「上からです!う!え!か!ら!」
「本性表したなぁ!」
こんな大騒ぎをしながらも、葛葉の動きはよどみなく現金や金塊などを鞄に収めていく。
前回のとおことの銀行強盗から確かに本人の言う通り、確かな成長が見られる。
「じゃあ誰だよ。他に遅かったやつ!」
「遅いとは言ってないですよ!」
「相対的に遅い奴がいるんだろ!」
「遅かった奴の名前言ってみろよ!」
葛葉の質問に落ち着かない様子でとおこは否定するが、それでも騒ぎ立てる葛葉とリモーネの圧に負けたのか何かを思い出すように目を閉じる。
「……代表、とかも頑張ってらっしゃいましたよ?」
「代表が雑魚だってさぁ、葛葉!」
「ち、違います!違う!違う!」
「代表の前では俺が遅せえって言ってんだろ!」
「言ってないです!」
「こらぁ!てめぇ!」
手は止まっていないし口も止まらない。
手を動かしていないリモーネは余計に口が回る。
男二人の怒鳴り声ととおこの必死に否定する声が金庫室どころか銀行の外にも漏れていく。
強盗をしているとは思えない騒がしさに応援で集まってきた警察からもDV現場か?などという確認がアキロゼに入り始める。
「行く先々で言うこと変えてんだろうが!」
「そういう女か!」
「何方美人だ!」
「八方美人か、これぃ!いや百方美人だろ、これぃ!」
「百方ってなんですか!」
「美人すぎだろ、普通に!とおこ、どんだけ美人なんだよ!」
もはや言い争いを通り越して、葛葉は只々とおこを褒め始めてしまっていた。
DV現場ならば被害者を保護するために突入しなければと準備していた警察の面々も突然聞こえてきた惚気みたいな会話に砂糖を吐きそうな顔をし始める。
当のとおこは自分にかかる嫌疑を払拭するために必死に声を張りあげているため、葛葉に呼び捨てにされたことも美人と呼ばれたこともあまり理解していない。
「じゃあ三番目に遅い人、誰っすか」
「まだやんの!?」
葛葉の言葉に何よりリモーネが驚くが、それでもそれがボスの意思ならばと気持ちを切り替える。
「遅いとかじゃなくて」
「三番目も言え、こら!」
「どうせ代表が名前言いやすかったとかなんでしょ!」
「代表が一番言いやすいのかよ、馬鹿野郎!」
「遅いとか速いとかじゃなくて!手際が良いなって!」
「じゃあ三番目に手際が悪かった人を言え、こら!」
自分が出すぎないようにしているのか腰ぎんちゃくのように葛葉の言った言葉を繰り返す機械になってしまったかのようなリモーネに銃を突き付けられながらとおこは必死に言葉を探す。
もともとこういった事態になれていないからか彼女のキャパシティも限界に近づいていた。
「……じゃあ代表」
「三番目も!?」
「おめえ言ったな!代表が一番弱いってか!」
自分の発言にしどろもどろになりながら弁解するとおこだったが、二人の追及の手が弱まることはなかった。
「おいー!俺もこれ終わった後言われんのかな、って葛葉が気になっちゃうだろ!」
「気になっちゃうだろうが!」
唐突な葛葉の弱気な発言にぐるぐると目を回して混乱していたとおこにも少しだけ笑顔が戻る。
しかし逆に葛葉のメンタルは傷つき、弱っていくことになる。
「4番目誰だよ!6人いたんだろ!?どこの代表さんだ?」
「4番目も言え!」
「……代表ですっふっふっふ」
「おい!代表だけじゃねえか、人質取ってるの!」
衝撃の結果に怖いギャングの皮をかぶって話しているつもりだった葛葉とリモーネの口からも笑いがこぼれる。
「じゃあ5番目誰だよ!」
「代表以外にしろ!」
「次代表って言ったら、殺す」
「えぇ……でも私が死んだら人質いなくなっちゃいますよ?」
「そうなったらお前以外の救急隊がどうなるかな?」
なんとかギャングの皮をかぶり直しとおこに銃を突き付ける。
要求が5番目を言うことという情けなさを覗けば傍から見れば立派なギャングの姿がそこにはあった。
「誰と関わってるか、もう一度再確認した方がいいぜ」
「この街で一番悪いギャングだよぉ」
「あれ?さっき葛葉さんのこと猫って」
「猫ぉ「人に決まってんだろ!見たらわかんだろおい!」」
妙に焦った様子のリモーネの声にとおこの言葉もうやむやになってしまう。
釈然としない様子の葛葉だったが、とりあえず盗るものは盗ったので重たくなった鞄を背負いなおす。
外にはそこそこの数の警察が葛葉たちを待ち構えている様子だが、特に気にした様子もなく外に向かって歩き出す。
「開放条件は5番目を言うことだ」
「5番目、5番目は乾殿です……」
「言ったな、言っちゃったな!」
「でも乾殿の前では葛葉が一番遅いって言ってるんでしょ?」
「言ってるんか、われぃ!」
「言ってない、言ってないです!」
普段通りのやり取りをしながら銀行の外に出る3人。
待ち構えていた警察はやけに騒がしい3人の様子に取り込み中なのかと声かけを躊躇している。
「この美人が!」
「この2万方美人が!」
「この美人さんが!」
「ち、違、違うんです!」
突然とおこを褒めだした葛葉たちに警察もまた生暖かい目を向ける。
とおこは大勢の前で突然美人だなんだと褒められる展開に慌てふためき言葉が上手く口から出てこない。
「応援上手が!」
「ぅえっへっへっへ。褒められてるのか、これは?」
そう首をかしげながらも、とおこの頬は熱を持ち始める。
葛葉たちと打ち解けた様子に大半の警官は先程も言ったように生暖かい目を向けているが、全員がそういうふうに捉えているわけではなかった。
「人質ビジネスやってんだろ!」
「ビジネスかー」
警官たちの中から聞こえてきた言葉にとおこの表情が凍り付く。
根も葉もない出鱈目、というにはとおこは人質になりすぎたかもしれない。
もちろん人質をしたお礼や報酬をもらっているわけではなく、只々時間を使っているだけなのでビジネスなどというにはほど遠いというのは本人たちしか知りえない。
しかし傍から見たら確かにとおこはギャング側の人間に見えるのかもしれない。
「ち、違っ」
違う、と否定しなければならない。
そう考え声をあげようとするが、葛葉たちとは違う敵意が多分に含まれた声に体が怯えてしまい思うように動かせない。
今までも、そして今も優しい仲間に囲まれて生きてきたとおこにはあまり悪意への耐性がなかったのか、思った以上にそれらは彼女の芯に響く。
固まった視界の中では大半は好奇、そしてわずかに不審、不満を含んだ多くの視線が自分を見ている。
頼みのアキロゼは声の主を探そうとあたりを見回しているがまだ見つけるには至っていないようだ。
「やってねぇよ!」
声はとおこの隣から、聞こえた。
「こいつは人質ビジネスやってねぇよ!」
そう警官たちに言い放った葛葉の顔には今までとおこに見せてきた不満や焦りなどではなく、はっきりと怒りの表情が浮かんでいた。
その迫力に、辺りが静まり返る。
「こいつはなぁ、150万送ったら全額返してきたんだよ!」
一度身内に入れたならば何があっても守る。
鴉というギャングが警察から絆ギャングと呼ばれ、恐れられるその理由を葛葉は周囲を威圧することでまざまざと見せつける。
とおこをその背の翼で守り、しっかりとよく通る声で葛葉は宣戦を布告する。
「悪く言うんじゃねぇぞ、人質のこと!」
「この場でドンパチしてもいいんだぞ!」
葛葉の背にかばわれた瞬間、とおこの体を縛っていた怯えがほどけるように消える。
庇われたときに葛葉と触れた自分の右手がやけに熱く感じる。
今まで感じたことのない、感情。
「……やっぱ、良い人だ」
小さくつぶやいた声は葛葉たちには届かない。
それは誰かに聴いてもらいたかったわけじゃなく、ただ零れ落ちたとおこの心だった。