「これ社会科見学、行ってもいいですか?」
とおこの言葉に葛葉は驚いた表情を浮かべる。
あわやギャングと警察の全面抗争になりかけたあの事態はアキロゼの謝罪で幕を閉じた。
守るべき一般市民にあらぬ疑いをかけた警官はアキロゼによりすぐに警察署に返された。
その上でとおこに対するアキロゼからの謝罪と暴言を吐いた警察官への確実な処罰をアキロゼが約束したことで全面抗争は避けられることになった。
葛葉やリモーネは若干残念そうにしているが、大事にならないならばととおこはアキロゼの提案に飛びついた。
現場は仕切りなおされ、今まさに警察からギャングが逃走するチェイスが行われようとしている。
人質として開放したはずのとおこはアキロゼに一言声をかけると車に乗り込みエンジンをかけていた葛葉に近づいてきて口にしたのが冒頭の言葉だった。
「け、見学だぁ?火傷するぜ!」
葛葉が似合わないセリフを口にしているのは先程とおこをかばったことを思い出しているからだろうか。
とおこを馬鹿にされ、彼女の表情を見てとっさに体が動いたことは後悔していないが、やっていることがドラマのヒーローのようで羞恥に悶えているところで当の本人がやってきたため妙なことを口走っている。
そんな葛葉の事情を知ってか知らずかリモーネはすぐさま助手席から降りて後部座席に乗り込む。
戸惑う葛葉をよそにリモーネが手招きでとおこを助手席に座らせる。
「え、私こっちですか?」
「当たり前ぇだろ!」
事態は葛葉を置いてきぼりにして進んでいく。
「準備はできたかー!」
アキロゼの言葉とともに、警察車両は一斉にエンジンを始動させる。
その音で葛葉も気合を入れなおす。
バックミラーを確認すると後部座席でなぜかどや顔を決めているリモーネがサムズアップをしてくる。
ちらりと助手席に目をやるとシートベルトに悪戦苦闘するとおこと目があう。
「私、死にたくないので頑張ってくださね?」
「っ任せろ、任せろ!」
とおこの言葉にアクセルを踏み込み、エンジンを空ぶかしさせる。
辺りに響くエンジン音が否が応にも葛葉の集中力を高めていく。
「行くぞ!用意、スタート!」
葛葉の言葉とともに車両が弾丸のように走り出す。
「俺はなぁもう強くなったんだわ!」
「本当ですか?楽しみ!」
そんなやり取りをしながらも車はロスサントスの市街を駆け抜けていく。
後ろから聞こえるサイレンの音で警察の車両の位置を確認するが、まだそこまでは離されていない。
「ここを曲がって、ここをこう!」
「見とけよ、テクいから!ここやべーわ!」
「かっこいいとこ見せてほしい!」
「っ!?」
「どぁー!」「っあー!」
とおこの言葉に動揺したのか車体がぶれ、対向車線の車と軽く接触する。
すばやく葛葉はとおことリモーネを確認するが、幸いなところに元気そうに騒いでおり大きなけがは無いようだった。
車体は大きくはじかれるが、被害は葛葉たちより追ってきていた警察車両の方が大きい。
事故を避けようとした車で進路がふさがれ、葛葉たちを追うルートが消失する。
「逆に、逆に!」
「まだアタック禁止だから、あるあるあるある!」
何台かのパトカーは立往生しているようだったがそれでも1台だけ葛葉たちについてくるパトカーがある。
事故がらみでだいぶ距離を離したので姿は見えないが、サイレンの音だけは葛葉たちをピッタリマークするかのようについて回っていた。
「曲がりまくれ、細かく!とにかく曲がりまくれ!」
「頑張れー!」
ともすれば気が散るのではないかというレベルで助手席と後部座席から葛葉に声がかかる。
しかしその声に答えるかのように葛葉の集中は研ぎ澄まされていく。
Uターンなどを繰り返し、着実に警察との距離が離れていき、最初はかなり近くに聞こえたサイレンの音もだいぶ小さくなっている。
「そこ曲がろう!すぐ曲がろう!」
「すごいすごい!天才か!」
そんな声に背中を押されながら葛葉たちは路地の奥のそのさらに奥のアパートメントの駐車場に車を隠す。
本来なら走り続けて逃げるはずのチェイスで逆に止まるという発想にずっと葛葉たちを追いかけてきていた警察車両のサイレンが通り過ぎていく。
そのまま声を押さえて安全を確認することしばし。
サイレンは完全に聞こえなくなる。
「……いけた。いけた?」
葛葉の問いかけにリモーネは首を振る。
その直後もう一度葛葉たちの付近にサイレンの音が近づいてくる。
一度見失ったら、どこかに隠れている可能性があるから来た道を戻ることもあるということをリモーネはよく知っていた。
つまりまだ安心はできない。
「……で、結局6番目は誰だ?」
「言え!解放条件だ!」
突然小声で振られた話題にとおこは口を両手で押さえながら目を白黒させる。
今はそんな場合ではと目で訴えるが葛葉とリモーネは周囲を警戒しているため伝わらない。
「乾殿と代表が?くそとろくて?犯罪者(笑)で?」
「代表が雑魚だっけ?」
「違う違う違う!もう、誰に捕まったか忘れちゃった!」
「誰に捕まったか忘れた?ホントか?」
「あれだろ100人ぐらいに捕まってるからわかんないんだろ?」
リモーネの余計な一言に葛葉の頭に一気に血が上る。
とおこは小声で違うと首を一生懸命に振っているが、お構いなしに葛葉は固めたこぶしをハンドルにたたきつける。
瞬間、周囲にクラクションの音が響き渡る。
「そーいう事か、とおこー!」
「やめろー!」
今まで隠れ潜んでいたのを台無しにする葛葉の行動にリモーネは爆笑しながら制止の声をあげるがもう遅い。
葛葉によりアクセルが踏みぬかれた車両は爆音を響かせながら大通りへと突き進んでいく。
「違うんだってば!」
「ふざけんじゃねーぞ!」
「緊張しすぎて!今この瞬間が緊張するんだって!」
「6人じゃなくて600人の間違いかぁ!」
「あらわしたなぁ本性!」
幸いにして警察はもう追跡を打ち切っているのか付近にパトカーはおらず、大通りを高速で爆走する葛葉たちも止められたりすることはない。
問題は車内で起きていた。
メンタルブレイクしている葛葉。
必死に助手席から誤解を解こうとしているとおこ。
後部座席で爆笑しながら火に油を注いでいるリモーネ。
三者三葉の様子が車内に混乱を引き起こしていた。
「くそがぁ!」
「本性あらわしたなぁ!」
「違う、違う!違います!」
「その中で一番?なわけねぇだろぉ!」
魂の叫び、とでも言えば良いだろうか。
葛葉の声が車内に響く。
そんな中でも先程のようにとおこが固まらず大声で否定を叫び続けているのは、葛葉たちの言葉にとおこを傷つけようという悪意がこもっていないからだろう。
結局このやり取りもじゃれ合いの延長戦だからこそ、とおこもギャング相手に大きな声で反論している。
「違います!6人!6人!」
「あぁ?」
「でも順番は付けられない!」
「忘れたってさっき言ってなかったか?」
「話ちげーじゃねえかよ」
「ぅえ、あ……ここのギャングの方たちが一番手際は良い!そう!今も逃げれたし!最高だ!ここ強い!」
「……言わされてない、それ?」
「誰に言わされてんだ?」
「違う!違う!凄い、雪だるまも見れたし!ここが最高!」
「何雪だるまって?そうなの?」
とおこの話を流れをぶった切った雪だるまという言葉にリモーネは首をかしげる。
自分には聞かされていないだけで心当たりがあるのかとリモーネは葛葉に問いかける。
葛葉は先ほどまでの勢いを失ったようにリモーネに何も返さない。
そうこうしている内に葛葉が運転する車はとおこの勤める病院に近づいていた。
「……雪だるま、覚えてたんすね」
「覚えてますよ。本当に雪だるま好きですから」
「本当に雪だるま、好きなんすね」
「本当に好き。冬好きです、はい」
「雪だるま、そんなのがあったんだ……」
二人して当時のことを思い出しているのか葛葉ととおこの間にわずかな沈黙が落ちる。
そんな二人を後部座席で見ながらリモーネは雪だるまとはなんぞや、とメンバーから聞き出さなければと使命に燃えていた。
ちょうどその時車は病院の入り口前で停車する。
「あ、ありがとうございました」
「今回はちゃんと送り届けましたからね」
「ありがとうございます!何か困ったことがあったら呼んでくださいね?」
「えぇ?前回は何があったの?」
葛葉としては前回のリベンジを成し遂げたといった意味での言葉だったが、そこにリモーネが突っ込みを入れる。
とおこは慌てた様子で葛葉の様子で葛葉の方を見るが、当の葛葉はリベンジを成し遂げたからかあまり気にした様子もなく前回の落ちを話始める。
「前回は、何かその場に置いてったらすぐ次の人質になってた」
「ちょっちょっちょ!あれは、置いていかれて、歩いて帰ろうか「おーい、てめー!」なってしたら」
「おいトラウマになっちゃって病院まで送ってんじゃねーかよ、馬鹿やろー!」
「ぁっはっはっは」
楽しそうに笑うとおこの笑顔を見届けて、葛葉は車に乗り込む。
リモーネも乗り込んだことを確認してアクセルをゆっくりと踏み込み、車をゆるゆると発進させる。
「とおこさん!また、ね!」
「また、な」
「おめでとうございまーす!」
車がゆっくりと走り始めても手を振り続けるとおこを見ながら葛葉はアクセルを踏み込もうとする。
このまま終われば良い話として終わることができただろうが、この二人の物語はそう簡単に行かない。
アクセルによりエンジンの回転数が上がろうとした瞬間、車内に電子音が木霊する。
「待って、ガソリンねぇ」
「おぅ、ふざけんなおい!」
上手くいかねぇ、と思いながら葛葉は運転席から降りて、トランクの携行缶からガソリンを補充する。
突然車から降りてガソリンを給油し始めた葛葉にとおこが困惑した表情で近寄ってくるが葛葉は背を向けたままでとおこに別れ の言葉を繰り返す。
先程さわやかに別れたのに、次の再会がこれでは恰好が着かない。
せめて見ないふりをしてくれ、と願いながら。
「とおこさん。また、ね」
「また、いつでも困ったらよんでくださいね?」
とおこの声は葛葉のすぐ後ろから聞こえてくる。
思ったよりもずっと近くの声に驚き振り返ると葛葉の目の前にとおこが優しい笑みを浮かべて立っていた。
いたずら成功、とでもいうかのように笑うとおこの姿に葛葉はバツが悪そうに頭を掻きながら給油に集中する。
「……困んないと、来ないんすね?」
「いや、じゃあむしろあそこにピンポーンって遊びに行っても良いんですか?」
「良いっすよ。別に来ても良いっすよ」
「来いよ!」
「ダメですって。ギャングのアジトでしょ、あそこ!」
曲がりなりにもギャングのアジトの場所を知っているとおこに葛葉は頭を抱え、リモーネは銃を抜き出そうとする。
とおこは空気が凍ったことに気づいてアジトを知っていた理由を思い出し、葛葉たちに説明する。
「メイカさんに教えてもらいました」
「何やってんだ、パイセン!」
葛葉たちの様子から本来知ってはいけないことだったと悟りとおこは困惑した表情を浮かべる。
「あの、アジトまで送ってって言われて、案内されたのがあそこだったんですけど……」
「めっちゃペラペラ喋るじゃん、パイセン。……知っちまったな!」
病院前でそんなやり取りをする葛葉たちのもとにはとおこの同僚という野次馬がどんどん増えていっていた。
彼らは遠巻きに見守っているため葛葉ととおこが何やら口論しているという情報しか持っていなかった。
「なんか、修羅場っぽい?」
「いや違います、違い「見せもんじゃねぇ!」」
葛葉の一喝と同時にリモーネが懐から銃を取り出し野次馬を蹴散らす。
とおこ以外が散るように離れていったところで葛葉はとおこに向き直る。
真剣な表情で見つめる葛葉にとおこの表情も覚悟を決めたものになる。
「それ知ったうえで、また来たいって言うんですか?」
「え?いや、行きたいとは言ってないですけど」
頓珍漢なことを言い始める葛葉の様子にリモーネは葛葉がてんぱっていることを察した。
さわやかな別れを告げたつもりが、ガス欠という失敗を見られ、さらにいつの間にかアジトの場所まで知られている。
周りの野次馬には痴話喧嘩と勘違いされた葛葉はかなりいっぱいいっぱいになっているようだった。
何か面白いことが起こるに違いない。
そう信じてリモーネは何が起こってもいいように二人を邪魔しないように助手席に近づく。
「でも、そうですね。ピンポンしに行きます」
「っ……」
笑顔のとおこから顔をそむけ逃げるように葛葉は車に乗り込む。
ギャングでも関係ないですよ、とそう言われた気がしていた。
「雪だるまが、見たいといえ!」
「雪だるまが見たい!」
それは無意識に出た葛葉なりの遠回しなお誘いの言葉だったのかもしれない。
あの日のように、もう一度ドライブして、星を見て、雪だるまを見て、写真を撮って。
そんな思いが伝わったかのようにとおこもまた笑顔で葛葉に言葉を返す。
とおこの言葉が聞こえた瞬間、葛葉は自分が何を言ったのかに気づいたのだろう。
気恥ずかしさからかアクセルを吹かして走り去ってしまう。
「っふふ」
「置いていくんかい!」
「置いていくんだ……」
「連れてけよこの流れ!」
とおこのもとには一部始終を見ていたとおこの同僚たちが集まり、ヘタレな葛葉に対する文句が噴出していた。
それに答えるでもなくとおこは笑って葛葉たちが立ち去った方をしばらく見送っている。
前回とは違い、今度の別れは次の約束がある。
心なしか軽い足取りでとおこは病院の中に、日常へと帰っていくのだった。
一方そのころ、葛葉たちはアジトへと車を走らせていた。
「なんで連れてくんすか、あの人を!」
助手席で葛葉の別れのセリフに大笑いしたままのリモーネに対して葛葉が吠える。
それも照れ隠しのように思えてしまい、さらに笑い続けるリモーネはたまった目じりの涙を拭う。
「えー仲良いって思ってたからさぁ」
「仲悪いっすよ!いや悪くはないっすよ!」
そう言って葛葉は片方の手をハンドルから離し、困ったように頭を掻く。
「仲良くなる前に、終わったんすよ」
「でも前、話してたじゃん?」
「……してた、けどぉ!それを本人の前で言わないでよぉ!」
「本心は、伝えないとわかんないから」
そんな微笑ましいリモーネによる葛葉のメンタルケアはアジトに辿り着くまで続いた。