冬の約束   作:びーびー

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救急隊

 葛葉の雪だるま事件から一日が経った。

 病院のエントランス前という衆目の注目を浴びる場所で行われたそれはとおこが考えるより広く、そして曲解されて周囲へと広まっていた。

 とおこは自身で考える分には普段と変わらない様子で、しかし傍から見ると幾分機嫌がよさそうに午前中の仕事を終え、病院のカフェテリアで一足早い昼食を食べている。

 そこに同じく午前の仕事を終えたとおこの同僚である凛月が通りかかる。

 

 「とおこちゃーん」

 

 彼女はとおこを見つけると近寄って来て、とおこの許可を取ってとおこの向かいのスペースに自身の弁当箱を置く。

 他愛のない世間話をしながら二人は昼食を取るが、なぜか凛月の視線が妙にとおこに突き刺さっている。

 

 「あのー、どうしました?」

 

 こうも見られては昼食も食べづらい。

 何か顔についているかと手で確認するも特にそう言った様子もなく、そのとおこの様子を見て凛月は笑みを深めにこやかに口を開く。

 

 「とおこちゃんさ、彼氏できたの?」

 

 「え……?」

 

 予想の斜め上の質問にとおこは思わず固まる。

 とおこの脳裏には一瞬黒い飛び去って行くが、勤めてそれを表情に出さないように心がける。

 しかしとおこの素直な性根のせいか浮かべていた笑顔が強張るのを凛月は見逃さずに腰を浮かせとおこに顔を近づける。

 

 「彼氏が、できたの?」

 

 「いや、出来てないですよ」

 

 「あ、そうっ、いやなんかねそんな感じの噂みたいなのがね」

 

 「それ嘘です、嘘です」

 

 「えぇ?そうなの?」

 

 凛月の視線に耐えきれずとおこは顔を落とし箸で弁当箱の中身をつつき始める。

 誰と噂になっているか。

 それを言うまでもなく心当たりがある様子のとおこに凛月は腰を下ろし、じっくりと話を聞く態勢を整えていく。

 

 「じゃあ、その人とは別になの?」

 

 「なんもなんもなんもなんも!」

 

 「なんも?話したことは?」

 

 「話したことはありますよ、もちろん」

 

 とおこの卵焼きがとおこ自身の手で分解されていくのを片目に凛月はゆっくりとしかししっかりととおこを追い詰めていく。

 とおこも話の流れが良くない方向に進んでいっているという自覚はあるようだが、お弁当箱もまだ広げたままで席を立つに立てないでいた。

 

 「一緒にどっか出かけたことは?」

 

 「いやだから出かけたってことは……出かけた!?いや、たまたま出会った!」

 

 「ある?」

 

 「たまたま!出会った!」

 

 「二人?二人で出かけたことは?」

 

 「え?いや、出かけたっていうか……」

 

 思い出されるのはいろいろと大変だったが、それと同じくらい楽しかった出会い。

 喧嘩別れにはなったがそれでもいろいろな話ができた2回目。

 リモーネもいたので二人で出かけたことにはならないかもしれないが、リモーネのおかげで仲直りができた3回目。

 いずれも強盗と人質という関係であったため凛月のいうお出かけには当たらない、と自分を納得させる。

 

 「人質、なんで……それは出かけたとは言わなくないですか?」

 

 「え、でも二人で?」

 

 「……会い」

 

 「二人でねー。……とおこちゃん」

 

 「いやー、違います」

 

 かろうじて、被弾をしながら凛月の追及を避けていくとおこにさらなる試練が襲い掛かる。

 通りがかった同じく同僚のアルランディスとぱるが面白そうな話題に食いついて凛月の隣に陣取り始めたのだった。

多勢に無勢を感じているのか先程より落ち着きがなくなってきたとおこにぱるが目を輝かせる。

 

 「え?デート?」

 

 「デートしたことがある人ってさぁ、彼氏ではなくてなんですか?」

 

 ぱるの言葉を利用して凛月はとおこに追い込みをかける。

 そこにさらにアルランディスが親戚のおじさん感を丸出して悪乗りしていく。

 

 「なんかとおこちゃん、聞いたぞ。良い感じの男がいるんだろ?」

 

 「誰から聞いてるんですか皆さん!」

 

 「なんか良い感じの男がいるって聞いててー」

 

 いくらとおこが声を張りあげようと、3対1では勝敗は明らかだった。

 ましてや親戚のおじさん感ましましでデリカシーをどこかに投げ捨てているアルランディスは凛月のように探るということはせず、ど真ん中ストレートを続けざまに投げ込んでくる。

 

 「最近大丈夫か?進んでるか?どこまでいった?手、つないだか?」

 

 「そう!心配だったんだよね」

 

 「大丈夫です!あい、大丈夫ですよ?」

 

 「友達としてね、どんな感じなのかなって」

 

 「お金とかせびられたら言いなさい?」

 

 「大丈夫です!」

 

 話が若干妙な方向にねじ曲がりつつあるが、誰一人方向修正することなく話は進んでいく。

 とおこは半ば諦めて大丈夫ですを繰り返す機械になりつつあった。

 

 「へんな人じゃないよね?」

 

 「大丈夫です、はい。悪い人じゃないです」

 

 「悪い人じゃない?」

 

 「ギャングとかじゃないってことね?」

 

 「ぁいぇその、ぁの、ぇっと」

 

 「ちゃんとしてる人ってことだよね?」

 

 「何か反応がもやもやしてない?大丈夫?」

 

 ギャング、ではある。

 しかし悪いひとでは、ない。

 とおこの時間を使ってしまったことに責任を感じて、焦って、落ち込んで。

 とおこを喜ばせようと雪だるまを見せてくれたり、爪を褒めてくれたり、そんな不器用な面もあった。

 とおこが困っているときには、彼は怒ってくれた。

 ……庇ってくれた。

 

 「いやぁ、でも、悪い人じゃ、ないです!」

 

 「悪い人じゃないのね?」

 

 「悪い人じゃないです!」

 

 自然と口から言葉がこぼれる。

 一度目は確かめるように。

 二度目は確信を持って。

 嘘をつくのが苦手なとおこの精一杯の言葉。

 その言葉に凛月たちも安心した表情を浮かべる。

 先日のエントランス前での騒動もあり、彼女たちはとおこがギャングに脅されているのではないかと心配していた者たちだった。

 ただ、今のとおこの言葉からは脅されていたり騙されているような気配は感じられない。

 ならば彼女たちがすることは一つ。

 

 「信じてるよ」

 

 「信じてるからね、とおこちゃん」

 

 「ちゃんと頑張ってね、とおこちゃん」

 

 「はい!頑張ります!皆さんも頑張って!」

 

 誰との何をがんばるのか、そう聞きそうになった自分をアルランディスはぎりぎりのところで止める。

 それではさすがにキモすぎると自制をする。

 代わりに何かとおこの背中を押せる言葉をと考え、彼は渾身のアドバイスを送る。

 

 「押して引くんだよ」

 

 「ノウハウ、ノウハウ!なっはっはっは」

 

 アルランディスのあまりに生々しい恋愛のノウハウに凛月も口を開けて笑いだす。

 そのアルランディスの言葉にとおこは葛葉との関係を後押しされていることに気づき、頬を染めながら三人を半眼で睨みつける。

 

 「ノウハウ。押して引くんだよ!」

 

 「うるさい、うるさい!うるさーい!」

 

 「押して引くんだねー」

 

 「あ、パン!買おうかな!」

 

 あまりにも下手な話題そらしに凛月は微笑ましい物をみたような表情でとおことカフェテリアの商品棚へと向かう。

 以前とおこが葛葉に渡したパンは救急隊とパン屋を兼業している何人かが作って病院内のカフェテリアで販売しているもので、忙しい救急隊でも出先でパンを食べられて便利と評判が高いものだった。

 

 「とおこちゃん、何個買う?」

 

 「んー2個で!あら、かわいい!」

 

 勢いでいろいろと誤魔化そうとしているとおこの後ろからついてきたアルランディスが何かに気づいた表情を浮かべる。

 

 「それーあのーお相手に、お土産で?」

 

 「お土産?あぁ!半分こできる!」

 

 「うるせうるせ!違う違う!私が!私が!」

 

 そこまで騒いでから周りの注目を集めていることに気づいたのか自分が一番騒いでいたはずだが凛月たちに向かって口元に人差し指を当てる。

 

 「しっー!しっー!」

 

 「めちゃめちゃ慌ててるやん」

 

 「かわいい!」

 

 「もっと買ってってお土産に渡したらいいんじゃないですか?」

 

 「大丈夫ですよ!」

 

 「半分こ出来るもんね!じゃあ半分こねって!えぇー、ちょっと!いいなぁー!」

 

 「いや、ちょちょちょちょっと!本当に違うから!」

 

 凛月にはもはやとおこの否定の声も届いておらず完全に自分の想像にトリップしてしまう。

 とおことって不幸なのはここにはその凛月についていける人間がいたことだった。

 

 「あーんとかするのかな?」

 

 「違っ!違う!」

 

 「するでしょ。夜景見ながらでしょう」

 

 「やばーい、それ!」

 

 「早く帰りなさい!早く仕事しなさーい!解散!解散!」

 

 とおこの声にカフェテリアが笑いで包まれる。

 なんだかんだと騒いでいたため十分に注目を集めてしまったようだった。

 頬を赤らめたとおこががそれに気づく前に事態は動き始める。

 

 『救急出動!救急出動!』

 

 突然病院内にアラームが鳴り響く。

 どうやら急患が入ったようでのんびりと昼食を取っていた他の医者たちも昼食を胃に押し込み出動の準備をする。

 

 「とおこちゃん、警察署行ける?」

 

 「はい!行けます!」

 

 先ほどまでののほほんとした雰囲気は霧散し、皆それぞれの方向に走り始める。

 とおこ自身もお弁当をしまい、エントランス前で待ち構えている救急車に飛び乗る。

 

 「おっけーです!」

 

 とおこの合図とともに救急車は弾かれたように走り出す。

 夜のロスサントスの明かりが凄い速さで後ろに流れていくのをしばらく見つめていると、警察署に到着する。

 

 「あーどうもすいません、救急さん。ロスサントス市警の釈迦です」

 

 駐車場でそう名乗った警察官に連れられて、とおこたちは警察署内を奥の方へと歩いていく。

 

 「ちょっととっ捕まえたやつらの治療をお願いしたくてお呼びしたんですよ」

 

 「なるほど」

 

 そう言いながら釈迦が鍵を解錠して扉を開けるとそこには数人のギャングのような恰好をした男たちが牢屋の中で座り込んでいた。

 黒一色に統一されたそのギャングたちの衣装は否が応にもとおこに葛葉のことを思い出させる。

 釈迦に案内されながら牢屋の内側を見ながら歩いていくとふいに釈迦の歩みが止まる。

 彼は立ち止まった場所の牢屋の鍵を開けながらとおこに振り向く。

 

 「じゃ、この中の人たちの治療をお願いします」

 「はー……い」

 

 そう言われて入っていった牢屋の中には探していた一羽の鴉が目を見開きこちらを見ていた。

 

 「すいません、とおこさん。お手数をおかけします」

 

 「あ、いえいえ!」

 

 葛葉の手前で座り込んでいるハルから頭を下げられ、はっとしてとおこは治療に入る。

 まずは目の前の治療に集中、というように気を取り直して的確に治療を進めていく。

 そんなとおこを見ながら葛葉は近くに立っていた釈迦にこそこそと声をかける。

 

 「これ別の牢屋って難しいっすか?」

 

 「あ?……いいよ」

 

 少し考えたあとにそう言って釈迦は葛葉を連れて今まで入っていた牢屋の向かい側に移動をする。

 葛葉としては捕まって怪我をした姿をあまり見られたくないという意地っぱりな気持ちの発露でしかないわけだが、釈迦は良いように勘違いしたのかやさしい笑顔で葛葉を気遣ってくる。

 

 「耳にくる?」

 

 「いや、まぁ。そうっすね……」

 

 言葉を濁している葛葉に一つ頷き、釈迦は立ち上がる。

 葛葉がそれを追って顔をあげるとそこには釈迦の部下に案内されてこちらの牢屋に歩いてくるとおこの姿があった。

 

 「っすー」

 

 「じゃ、あとはごゆっくり」

 

 そう言ってにやりと笑い、とおことバトンタッチするように牢屋を出ていく釈迦。

 止めようにも葛葉の体は怪我だらけでまともに力が入らない。

 

 「……計ったな!」

 

 「静かにしなさーい!」

 

 葛葉が釈迦への罵倒を言い切る前にとおこが葛葉の前に腰に手を当てて立ちふさがる。

 別に今回は警察に捕まっているわけだから約束どおり怪我をしても呼べなかったという事情は理解しているが、それはそれとしてとおこは葛葉に怒っていますよ、という態度を取る。

 

 「失礼します!」

 「オネガイシマス」

 

 やましいことでもあるのか片言の葛葉を診断すると、いくつかの銃創が目に入る。

 

 「……銃撃?」

 

 「……」

 

 「危ないことはしないようにって、言いましたよね?」

 

 「……」

 

 どこまでも無言で乗り切ろうとする葛葉の態度にとおこの目もやや座り始め、治療の手つきがわずかにだが荒くなる。

 

 「痛い痛い!そこ痛い!」

 

 「っごめんなさい、ごめんなさい。でも悪いことしたから!悪いことはダメだから、ね!」

 

 若干オーバーリアクションで痛がる葛葉の姿に闇落ちしかけていたとおこは正気に戻ったのか申し訳なさそうな顔をするも最後まで治療を続けていく。

 葛葉も途中からあまり騒ぐとそれこそ恥ずかしいということに行きついたのか歯を食いしばって痛みをこらえる。

 

 「これが嫌だったら悪いことはもうあんましちゃダメですよ!ほら、ね?」

 

 「ありがとうございます……」

 

 「「……」」

 

 互いにあまり見せたくない行動を取ってしまったためか気まずそうな空気が二人の間に流れる。

 他の牢屋で警察と騒ぐ鴉のメンバーたちの声をBGMにしながらしばしの時が流れる。

 

 「……頭の、リボン」

 

 「はい」

 

 「赤いっすね……」

 

 「赤い、ですね。似合わないですか?」

 

 気まずさからか葛葉の会話デッキもまた貧弱に戻ってしまっていた。

 それでも会話を広げようとするとおこの言葉に葛葉は固まる。

 出会った初日でできていた装飾品などを褒めるという簡単なことがなぜかできない。

 突然葛葉は牢屋の入り口に駆け寄り、にやにやとした表情で二人を見ていた釈迦の元へ近寄る。

 

 「早く俺をプリズンに送ってくれ!」

 

 「え!?あ、あの……」

 

 「早くプリズンに送ってくれぇ!」

 

 「白と黒で似合ってんな」

 

 何かから逃げるように刑務所行きを求める葛葉と戸惑うとおこを見ながら釈迦は何度もわざとらしく頷く。

 

 「に、似合ってねぇよ!」

 

 「髪も金と銀だし、お似合いだぞ」

 

 「出せぇ!」

 

 「あの出してください!」

 

 とおこの声とともに牢屋の鍵が開けられる。

 葛葉は扉が空いた勢いそのままに釈迦に殴りかかろうとするが、夢の中特有のシステムとしてその場からすぐに刑務所に送られる。

 突然釈迦が目の前から消えたため空を切ったこぶしを左手で握りながら、がらんとした刑務所で一人立ち尽くす。

 

 「茶化しやがって……!」

 

 その後しばらくの間、葛葉が一人でうっぷんを晴らすために刑務所で大暴れをするのはまた別の話。

 

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