剣至の復活とその変わった様子に白旺は驚くがすぐに落ち着いて剣至を観察する。
見た目の大きな変化はないが剣至から放たれる気配は完全に自分と同じ鬼に変わっていた。
(鬼に変わったからといって殺すことは変わらない)
師匠から言われたのは最近協力関係になった自分を神と自称する八雷神に力を与えられた鬼の観察ともし人間に情報を渡すようであれば鬼とその情報を聞いた人間の処分だった。
自分の恩師に報いるためにこの任務は必ずこなすと決めており、目の前の人間が突然鬼に変貌しようが必ず殺し、逃げたあの女も殺すと改めて決心する。
白旺は先と同じく居合切りの姿勢になり、風と見違える程の速さで剣至こ懐に入り込んで刀を抜き放つ。
白光
光の如き一撃が剣至の首に目掛けて放たれるが、今度は剣至を弾き飛ばすことはなく刀で受け止められた。
「ッ!」
「シッ!」
簡単に防がれたことに驚愕する白旺に対して、剣至は押し返して反撃に転ずる。
人間の時より早くなった剣速に驚きつつも体捌きと刀で凌ぐが、仮面の下で白旺は徐々に苦悶の表情を浮かべていた。
(一撃がとてつもなく重い……!)
剣至の膂力は人の時とは隔絶したものになっていた。
六道の鬼という鬼の中では上澄みの存在である自分がたった一撃を受けるだけで体の芯が痺れるような衝撃が走っている。
更に厄介なのが剣至の戦い方にあった。
「フッ!」
白旺が上段に構えた剣至の腹に一太刀入れるが、斬られた当の本人は気にした様子もなく、気合いを込めて日輪刀を振り下ろす。
「らぁッ!」
「くっ!?」
かわすことはできたが爆発が起きたかのような衝撃に巻き込まれた白旺は後ろに退がる。
剣至の体にあったはずの傷は一瞬で治っており気にした様子もない。
(鬼だからといって痛みはある。それなのにお前は怖くないの?)
程度はあるがその異常な身体能力でたとえ手足がもがれようが傷は何も無かったかのように治る。
しかし、鬼といえど生き物。
本能的に痛みを恐れて攻撃はかわそうとするし、危険なことは避けようとする危機回避行動はある。
しかし今の剣至にはそれがない。
自分に向かってくる危険に対して一切の恐怖はなく、ただ目の前の敵を殺そうと動く。
白旺がいくら斬ろうが剣至は怯まずに攻撃してくる。
(この異常者め……!)
白旺は初めて剣至に対して恐怖を抱いた。
更にその恐怖を煽るのが剣至が振るう日輪刀だ。
鬼に変貌してから日輪刀は血のような紅さからより赫くなっており、白旺は本能でそれに斬られるのは不味いと感じて必死にかわす。
白旺は今のままでは埒が開かないと思い、次の手をうつ。
突きの構えをとって十連撃を放つ。
白羅蛍
不規則な動きの突きは剣至の手足を貫き、本命である目も貫こうとする。
鬼といえど目と頭を貫かれれば回復は遅い。
その隙に首を刎ねてやると考えたが、それは剣至が目に迫っていた刀を手を犠牲にして止められた。
顔の前に手を置いて、わざと貫かれること受け止めてみせた。
白旺が急いで抜こうとするがその一瞬を剣至は逃さなかった。
「ハアァッ!」
上段斬りが白旺の肩を斬り裂き、2人は再び距離をとる。
「ぐうぅっ……!(傷が治らない!?)」
白旺は斬られた肩の傷が治らず驚き、更には焼けるような激痛が走り呻く。
そんな中、少し余裕ができてきた剣至が白旺に話しかける。
「何故人を襲う?お前ら鬼は何が目的だ?ただ人を餌として食うために人を襲うのか?」
突然話しかけられたことに一瞬呆然とするが白旺はくだらないと言わんばかりに鼻を鳴らす。
「くだらないことを。私は師匠に言われたからお前らを殺すだけだ。目的も意図もありはしない。ただお前たちを殺すのが目的だ」
余りにも傲慢な回答に剣至の額に血管が浮かび上がる程の怒りを覚える。
「お前たちはそうやって無慈悲に命を奪えるほど偉いのか?」
剣至は自身の両親が鬼に殺された光景と傷ついた妹が鬼に攫われた光景を思い出して、より強く柄を握りしめて構える。
「シィィィィッ……!!」
剣至はその場から一瞬で跳躍して近づき、日輪刀を振り下ろす。
血の呼吸、肆ノ型 血涙ノ落斬
跳躍の勢いと体の体重を乗せた上段斬りを白旺は避けられず、刀で受け止めた。
しかしそのあまりの力強さに白旺は吹き飛ばされて岩にぶつかり、片膝をついて座り込む。
形勢は完全に剣至に傾いており、このまま決着をつけようと更に構えたら白旺から発せられる気配が変わったことに気づく。
白旺の仮面の下の目つきは更に鋭くなり剣至を見据えて、右手で刀を逆手に持つと左手で刃を握りしめて下にずらす。
握りしめていた手は切れて、刀身は白旺の血でベッタリと紅く染まる。
「血鬼術……!!」
その刀を地面に突き刺そうとした瞬間、その腕を横から止められた。
「そこまでー。時間切れだよ」
「紫黒!」
「っ!?」
止めたのは軽薄な笑みを浮かべる紫黒だった。
○
ほんの少し前に遡り、八雷神の本拠地で紫黒は自分の術で送り出した白旺と剣至の闘いを楽しそうに観戦していた。
そこに鍛錬を終えた壌竜が気付いて話しかけてきた。
「紫黒、何をしている?」
「ん?白旺が戦っていてね。見物しているんだ」
「覗き見も程々にしておけ。また大極姉に言われるぞ」
「でも、相手はあのケンくんだよ?」
「……私も見よう」
少しの間だけ考えたが興味が勝って壤竜も見学することにした。
ちなみに壤竜は紫黒から剣至の話を何度も聞いており、紫黒の『ケンくん』呼びは知っていた。
一度窮地に追い込まれたはずの剣至が復活を遂げて反撃する光景に2人は食い入るように見ていた。
集中していたからか背後の気配に気づけなかった。
「紫黒殿、少しいいか?」
「うわっ!?」
「っ!?」
2人は突然声をかけられて驚いて振り返るとそこには白旺と同じ意匠の白い仮面をつけた背が高い男性が立っていた。
「あ、あぁ、センソウか。気配を決して後ろに立たないでよ」
「それは済まない。意識しているつもりはないがまた気配を消していたか」
紫黒は目の前で佇む鬼を見て不気味に思う。
そこにいるのは目で分かっているのにあまりに自然にいて違和感が無さすぎて気味が悪い。
それを顔に出さずに話す。
「何かよう?」
「白旺を連れ戻してきてもらっていいか?私は瞬間移動ができない」
「いいの?柱の一人を殺せる機会なのに?」
紫黒は内心で剣至が殺されたら自分が生き返らせて、自身の下で飼おうと下心があったがセンソウは構わないと言った。
「構わない。今回は時間をかけ過ぎた」
「ふーん……まぁいいけど」
「それでは頼む」
センソウは頭を下げてその場から離れ、紫黒たちは姿が見えなくなると話し出す。
「ねぇ壤竜、アイツのことどう思う?」
「どう、か……難しいな」
「? 武人気質の壤竜の興味がそそられなかったの?」
「いや、あの体格から見て戦えるのはわかっているのだが対面しているとまるで樹木を見ているかのような感覚になるんだ」
「ふーん……」
相手の気質に自分より敏感な壤竜が殆ど同じことを感じていることに、よりあの男が不気味に感じる。
「大極姉もよく許したよね。神でもないのにここにいさせるなんて」
「それほどまでに意気があったんだろう」
「そうかねぇ……」
紫黒はセンソウと大極が話している時の様子を思い出す。
あの時の大極がセンソウに見せていた顔は敵に向ける冷酷な顔でも、いつもの無表情でも、自分たち家族に時折見せる優しい顔でもない。
今の自分なら分かる。
あれは女の顔だ。
「まっ、いいや。あまり深く踏み込んでも面倒なことになりそうだし。迎えに行ってくるよ」
「紫黒、私も一緒に行こう」
「駄目だよ。行ったらケンくんと戦うつもりでしょ?」
「………」
「いい子で待ってるんだよー」
無言で訴えてくる壤竜を無視して、紫黒は門を開いて白旺のところに向かった。
○
紫黒に止められた白旺はその腕を振り払う。
「邪魔するな!」
「駄目だって、さっきも言ったけど時間切れだよ」
「お前には関係ない!」
怒りが冷めない様子の白旺に仕方ないといった表情になる紫黒は冷静に説得する。
「落ち着きなって。君の師匠、センソウが『時間切れ』だってさ」
「………そう、師匠が」
紫黒の一言に白旺は落ち着きを取り戻すどころか落ち込んだ様子を見せる。
「門を開いてあげるから君は帰りな」
白旺の後ろに自身の術で門を開いた。
「紫黒はどうする?」
紫黒は未だに自分たちを睨んで動かない剣至を見て、その口は妖しく笑みを浮かべる。
「僕は少しちょっかいをかけてくるよ」
そう言って紫黒は剣至に少し近づいていく。
「ケンくん久しぶりだね!最後に会ったのは六番組以来だから大体1ヶ月くらいかな?会えなくて恋しかったよ〜」
「俺は会いたくなかった」
「つれないな〜」
剣至は紫黒の後ろにいる白旺に少しだけ目を向ける。
「お前たち八雷神は鬼と手を組んでいたんだな」
「まぁね、ビジネスパートナーみたいなものかな?」
隠そうともせずに軽く言う紫黒に不審に思うが協力関係であるならば敵には代わりがない。
「ここでお前たちを倒す」
「もう少し話そうよ?」
剣至は口数少なく、紫黒たちを倒そうと構える。
紫黒は自由に門を作り出せるために最初に倒さないといけない。
剣至は紫黒に向かって風のように走り出して攻撃しようとする。
(ここまでか……もう少し話したかったんだけど)
紫黒は少し残念そうにしたが白旺を助けないと後で自身の姉に何を言われるか分からないと思い、渋々と対応する。
手から大量の黒い大蛇を津波のように放って剣至にぶつける。
紫黒はこの攻撃で剣至を倒そうと思わず、よくて怪我を負ってくれるか避けて距離を置いてくれれば逃げられる。
しかし剣至は紫黒が放った攻撃に真正面からぶつかった。
大蛇の群れに飲まれたと思ったがその群れのなかで紅い剣閃が見える。
血の呼吸、伍ノ型 赫風舞刃
蛇の群れに対していくつもの斬撃を繰り出して、まるで海を割るように進んでいく。
「嘘でしょ!フツー突っ込んでくる!?」
その光景に紫黒は驚きつつもありえないものを見て興奮していた。
高速の斬撃でも捌ききれず何匹かは剣至に噛みついてくるが剣至はそれを痛みで少し顔をしかめるだけで進み続け、
ある程度、近づくと剣至は跳躍して紫黒に向かっていく。
血の呼吸、肆ノ型 血涙ノ落斬
その目は紫黒を討ち取ろうと目を獣のように光らせて刀を振り下ろして爆発のような衝撃が辺りを襲った。
煙が晴れると紫黒たちの姿はなく、気配も消えてしまい逃してしまった。
足下には自分で斬った紫黒の髪の一部である黒蛇が落ちており、崩れるように塵となって消えていった。
「逃げられた……?」
急いで辺りを見渡すがどこにも気配がなく、戦闘の跡が激しい荒野が広がるだけの光景に奥歯を食いしばる。
「……クソっ!」
剣至はあともう少し六道の鬼である白旺を討伐できたが逃げられたことに悔しくなり、拳を地面に打ちつけた。