亡国の剣~LostTechnology正史異聞   作:アツ氏

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2.ゲレオン船進水式

 ヘスぺリアに滞在してしばらく経ったその日、港は熱狂に包まれていた。帝国軍が巨額の軍事費を投入して建造していた新式戦艦が完成し、その進水式が執り行われたのである。

 街には所狭しと掲げられた帝国の軍旗と国旗とがはためき、軍楽隊の奏するファンファーレが響き渡っていた。アデリーナとテレザもまた、押し寄せる人波に混じって造船所に足を運んだ。二人がそこで見たものは、まがまがしい無数の大筒と、分厚い鉄の板とに覆われた、真っ黒な異形の城であった。ヘスペリアの住民全てを飲み込んでしまいそうな威容を誇るその建造物は、人々の記憶にある船と呼ぶものの、どれよりも巨大で、どれよりも堅牢で、どれよりも不気味な姿をしていた。これが新式戦艦、人間をより多く殺すことだけを目的に造られた船なのだった。アデリーナは恐怖を禁じえなかった。これほどの圧倒的な力を前にしては、一介の剣士など絶望するしかない。しかし同時に、こんな巨大な鉄の塊が水に浮かび、戦をするなど信じられない、とも思った。

「まったく、とんでもないものを作ったわね。クーニッツは母体が騎士団だから、帝国に比べれば海の戦いに慣れていないはずよ。そこにこの軍艦。あちこち攻め込まれる前に帝国がチュレニーの制海権を奪ったら、あたしの予想は外れるかもね」

 テレザが独白のように言った。アデリーナは聞いてはいたが、それに対して上手く語るべき言葉が見つからなかった。それよりも巨大な戦艦と、会場の熱狂振りにただ圧倒されていた。

「みんな、戦争が楽しみなのかしら」

 何気ない想いが、口からぽつりと漏れる。

「傭兵のあんたが、そんなことを言うなんてね」

 そう言ってテレザが含み笑いをした。皮肉以外には受け取れない言葉だったが、アデリーナは気に留めなかった。海の悪魔亭で彼女と出会ったあと受けた親切は全て真実だったし、共に過ごすにつれ、磊落な旅行者や商人としての顔、怜悧な情報屋や魔術師としての顔、どちらもテレザの本当の性格なのだと、分かったからである。

「私が戦うのは仕事だからよ。べつに楽しんでやしないわ」

 アデリーナが大真面目に言い返すと、テレザはまた笑った。からかっているつもりなのだろう。

「ふふふ、冗談よ。誰だって戦争は嫌だけど、それとこれとは話が別。自分の国が強い力を持ってると知れば、気分がいいってだけだわ。それに、こういうときに無理にでも盛り上げないと、この国じゃ正気でいられないわよ」

「そうね……」

 入国してまだ日は浅いが、それでも分かったことがある。帝国は予想以上にひどい国だった。高い税率と、劣悪な労働環境が、人々の生活と精神とを圧迫し、街には常にぎすぎすした雰囲気が漂っていた。物資を大量に確保できる者は、それを持たない者に高額で売りつけるため、人々の間には大きな経済格差が生じている。公務員は日常的に賄賂を要求し、支払えない人間に対しては罪状をでっち上げて逮捕するか、工作して権利を剥奪してしまう。エレクトリスの犯罪組織さえ、これほど無慈悲ではないだろう、と思えるほどだった。貧しい者はより貧しくなり、力の無いものはより無力になる、そうした構図が出来上がっていた。犯罪に手を染める者も多かったが、それすら出来なければ、餓死するしかない。道端で死体が転がっていることなど、珍しいことではなかった。

 突如、人々の間でひときわ大きな歓声が上がる。並み居る市民達を衛兵が押し留め、その間に出来た道を悠然と歩く二人の人物がある。全身に華美な装飾を身に付けた小太りの男と、高位の僧服に身を包んだ痩せた男。それを見て、テレザがアデリーナに耳打ちする。

「ホラーツとゲレオンだわ。帝国を最低の国にした奴らよ」

 二人ともライナルト帝国に悪政を敷いた張本人といわれる人物で、アデリーナもヘラスにいたときから名前だけは聞いたことがあった。実際にその姿を目の当たりにして得た感想は、どちらも醜い、ただそれだけだった。

 前皇帝が重病のため退位したのち、皇太子が急死したため、急遽即位した現皇帝アグネスは、まだ十代前半の少女で、おまけに暗愚であったので、ほとんど政治に関わっていなかった。それに代わって実権を握っているのが、この二人の男、すなわち宰相のホラーツと、副宰相のゲレオンだった。現皇帝が即位してから、明らかに政治の腐敗が進んだため、何も知らない市民はアグネスを憎み、少しでも国の実情を知るものはこの二人を憎んだが、両者共に人心を掴むカリスマ性を持ち合わせており、支持する者も多い。

 式場に設置された演壇に、おもむろにホラーツが立ち、その斜め後ろにゲレオンが付き従っていた。

「ゲレオン様!」

 民衆の中から副宰相の名を呼ぶ声が上がる。彼が片手を挙げて応えると、歓声とどよめきが起こり、手を合わせてその姿を拝む者までいた。ゲレオン信者と呼ばれる人々で、副宰相の開く自己啓発セミナーに参加し、感化された者たちだった。アデリーナにはただの痩せた貧相な男にしか見えないのだが、これを神のように信奉させる力があるとすれば、カリスマという言葉以外には思いつかない。

 徐々に民衆が静まり返る。ホラーツの演説が始まるようだ。

「我が愛するライナルト帝国の民よ。今日は共に勝利の喜びを分かち合おう」

 見た目とは裏腹に恐ろしく澄んだよく通る声で、ホラーツは演説の口火を切った。

「戦が始まるのはこれからだが、勝利はすでに我々のものである。なぜなら、ライナルト帝国が世界に誇る軍事力を結集し、建造した新造戦艦が、クーニッツの軍隊をことごとく打ち破るからである。見よ。この雄雄しき姿を。この船に乗るのは軍人だけではない。ライナルト帝国の大いなる民全ての、正義と希望とを乗せて戦うのである。

 諸君らは、クーニッツ騎士団が掲げる正義などに耳を貸してはならない。彼奴らは、そもそも我が帝国に属する兵団の一つに過ぎなかった。ルードルフ・クーニッツ公は、確かに中原平定に貢献した英雄だが、もはや遠い過去のことである。その本性は、野心におぼれ、神聖なる帝国から離反し、勝手に他国を侵略した戦争犯罪人であった。しかし、慈悲深きライナルト前皇帝陛下は彼を追及せず、捨て置かれた。大義を持たぬ力は、いずれ破滅するだろうとのお考えだったのである。

 そして今、前皇帝が予言されたとおり、クーニッツ騎士団は滅びの道を歩み始めている。ルードルフ・クーニッツ公、否、逆賊ルードルフの息子ジギスヴァルトが、我々の領地を欲し、自らが皇帝となるべくして反帝国を掲げたのである。これが現皇帝アグネス陛下の耳に及び、即座に陛下は逆賊を討てとお達しになられた。ジギスヴァルト・クーニッツは紛れも無い侵略者であり、神聖なる帝国の反逆者である。我々は、ただ賊軍を打ち破るに過ぎない。そう、正義もまた、我々と共にあるのだ。

 誇り高き帝国の民よ。皇帝の寵愛を受けたる者たちよ。私はここに集う諸君らと喜びを分かち合ったように、苦しみもまた分かち合うだろう。日夜諸君らのために働いておられるアグネス陛下も、同じお心である。約束しよう。この新造戦艦が雷神のごとく敵を打ち倒し、屈服させることを。そして約束しよう。諸君らに平和をもたらすことを。この戦で勝利を収めたあかつきには、慈悲深き皇帝陛下はクーニッツの過去の犯罪を赦し、再び帝国に従属させるおつもりである。我が帝国はさらに強大になり、諸君らの生活もより豊かになることだろう。共に戦おうではないか。大いなる帝国の民一人一人が、その優れた力をもって結束すれば、もはや無敵である……」

 演説の熱気は最高潮に達した。帝国を讃美する号令がどこからとも無く沸き起こり、あっという間に会場全体に広がった。ホラーツは演説を止め、満足げに観衆を見渡していた。内容にほとんど具体性が無いと言ってよく、芝居がかった身振りや、大げさな比喩、美辞麗句で埋め尽くされた演説は、まるで醜く太った体を飾り立てた彼の容姿そのものであった。しかし話し振りや声にはどこか心を打つような魅力があり、それだけで民衆を鼓舞するには充分であった。おそらく、持って生まれた才能であろう。政治家でなければ、詐欺師か、役者でも大成したに違いない。

「さて、新造戦艦には、正義と、勝利と、平和の象徴として相応しい名を与えなければならない」

 民衆の熱狂を充分に確かめてから、ホラーツが声高に言った。

「皇帝以外に、その三つを象徴するに相応しい名を私は知らないが、そもそもこの国の全てのものは皇帝のものであり、すでにその名の恩寵を授かっているといってよい。しかし、あえてもう一つ名を付け加えるとすれば、皇帝に次いで相応しい人物がここにいる。そう、全帝国民の友にして心の師、比類なき叡智の体現者、副宰相ゲレオンの名を、この新造戦艦に与えよう」

 そう宣言すると共に、ホラーツは傍に付き従っていたゲレオンの手をとった。ゲレオンはわざとらしく驚いてから、得意げな笑みを浮かべ、歓声に応えた。胸糞の悪くなるような光景だった。民衆を騙し、苦しめ、罪を犯しているのは、紛れも無く壇上で笑いあう二人であるのに、誰も彼らを裁くことが出来ないのである。

「とんだ茶番だったわね。アデリーナ、帰りましょう」

 テレザがきびすを返した。アデリーナも無言でそれに従う。人ごみを掻き分け、彼女達が共に暮らす部屋に戻る頃、地響きと共に雷鳴のような轟音が、晴れ渡る空と、ヘスペリアの街に続けさまに響き渡った。着水した戦艦が祝砲を撃ったのである。

「戦の勝敗は分からなくなったけど、どちらにしても潮時ね」

 テレザは窓の外を見遣りながら、つぶやいた。

「戦争は嫌い。旅費は充分稼いだし、あたしは明日にもこの街を発つわ。タスクが言っていた竜を見るために、北に向かってみるつもり」

「そう……」

「最後にもう一度だけ言うけど、アデリーナ、帝国に仕官するのなんかやめなさい。あんなゲス共が治める国なんか、どうせろくなことにならないわ。一緒に世界を旅しましょうよ。あたし、あんたのことが気に入っちゃった。かわいくて、まじめで、ほっとけなくて、なんだか妹みたい。ね。二人でなら、きっと上手くやっていけるわ」

 ふざけたように笑ってみせてはいたが、裏腹にテレザの語調は真剣そのもので、どこか懇願めいてすらいた。戦争になれば当然アデリーナは戦うつもりだったが、そうなれば生き延びられるという保証はない。生きていればまたどこかで会えるかもしれないが、死ねばもう二度と会えないのだ。そう思うと、胸がつまった。テレザが言うように気心の知れた女二人で諸国を旅して回るのも、悪くないかもしれない。少なくとも、戦いと戦いの間を渡り歩く生活よりは、ずっと気楽だろう。海の悪魔亭で出会ってから今日までの短い間で、アデリーナはテレザを親友だと思うようになっていた。いや、友好を深めるのに時間は関係あるまい。どんなに時間をかけても決して相容れない者もいるのだ……。だから、テレザの誘いに、気持ちが揺れないでもなかった。しかしアデリーナは意を決して言った。

「テレザ、すごく嬉しいけど、私はやっぱり兵士だし……できれば戦いから目を背けたくないの。この大陸は病んでるわ。おかしいじゃない、始まりも終わりもわからない戦乱の中を生き続けるなんて……。もし、いつか戦乱が終わる日が来るなら、その最後の戦いが終わる瞬間をこの目で見てみたい。きっとそのとき、もう私のように国を無くして彷徨う人々はいなくなるんだって、思えるわ」

「腐った帝国が戦乱を終わらせられるとは思えないわよ」

「そうね……。理由にならないけど、目の前に戦いがあるなら、私は戦うの。物心ついたときから軍人だったからかもしれない。剣を振るいながらいろんなことを知って、いろんなことを考えてきたわ。他の生き方が想像できないのよ。想像できるようになるのは、戦乱が終わった時。それまでは、私は兵士として戦い続けるつもり」

 テレザはアデリーナの言葉を、ずっとうな垂れて聞いていた。相変わらず前髪が邪魔をして表情が見えないが、かすかに震えているようだった。沈黙が流れ、やがてテレザは大きく息をついた。

「はあ。あんたやっぱり馬鹿だわ。戦争なんて、簡単に人が死ぬんだから。あんたが生きてこれたのは強いからじゃなくて、運がよかったからよ。あの戦艦を見たでしょう。敵側からあんなのが出てきたら、あんた一人の力じゃどうしようもないわよ。これからも幸運が続くとは限らないんだから」

「ええ、分かってる」

「もう、好きにしなさい」

「テレザ、本当にありがとう。この街で出会って、あなたがしてくれたこと、とても嬉しかった。私、あなたのこと、決して忘れない」

「やめてよ、そんな言い方」

 振り払うような、強い口調だった。アデリーナはいまだ顔を上げられずにいるテレザに近寄って、しっかりと肩を抱いた。小さな獣のように震え、泣きじゃくるその姿は、世慣れた行商人でも、プロの情報屋でも、理知的な魔法使いでもなく、同じ年ごろの、ただの女の子だった。アデリーナは彼女を、とても愛おしく思った。

「一つだけ、お願い」

 涙に咽びながら、テレザが途切れ途切れに言う。

「なあに」

 このときばかりは自分が姉になったような気持ちで、アデリーナは優しく訊き返す。

「死なないでね。きっとまた、無事でどこかで会いましょう」

「ええ、きっとね」

 嘘になっちゃったら、ごめんね。その言葉を胸に秘めたまま、アデリーナはテレザの頭をなでた。

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