あくる日の午後、城壁の見張り台に立っていた傭兵は、リビュアの西の方角、アルシア山のふもとに砂煙が上がるのを見た。彼はルイスの連隊に属する弓兵で、部隊で最も視力に優れていたので、特に選抜されて、警戒の任にあたっていた。日々、城壁の上で寝泊りし、決められた時間に異状の有無を報告し、仲間と交代で睡眠をとった。任務は地味な割りに過酷であったが、他の連隊の兵士が差し入れに来る食料や、冷たいデザートに一抹の癒しを得ていた。また、時たま自ら見張りに顔を出し、
「ご苦労様、様子はどう?」
とか、
「いつもありがとう、がんばってね」
と優しく声を掛けてくれる、黒髪の女の連隊長にひそかに憧れを抱いてもいた。それは、有事の前の、ひと時の平安であった。彼は、あの連隊長が声を掛けてくれる限りは、ずっと見張りに立っているのもいい、とさえ考えていたが、そんな日々に終わりが来るのは充分承知していた。夢を見るのは自由である。その夢が覚めるまでは。
砂煙の正体を見極めた弓兵は、城壁に駐留していた兵士全てに届くよう声を張った。
「アルシア山麓に大隊規模のドワーフ兵団出現! アポイタカラ軍の襲撃!」
それを耳にした連隊長ルイスは食べかけのアイスクリームをかきこみ、突如襲われた頭痛に耐えながら、続けて声を張った。
「総員、警戒態勢をとれ!」
見張り台に設置された警鐘が打ち鳴らされ、城壁付近はあっという間に物々しい雰囲気に包まれた。歩兵たちは各々剣を取り、弓兵たちは弓を携え、術師たちは杖を手に、戦闘配置につく。その間、ドワーフ兵たちはリビュアの城壁に向かって、ゆっくりとだが、しかし確実に接近しつづけた。見張り兵は、アポイタカラ軍の先頭に、顔中に白いひげを蓄え、肩口には岩のようにごつごつとした筋肉を露出させた、ひときわ凶暴な顔つきをしたドワーフが歩を進めているのを見た。手には、おそらく人間では使いこなすことは不可能と思われるほどの、巨大な斧を携えていた。
見張り台に、アデリーナ、ルイス、バルドメロの三人の連隊長達が姿を現す。
「間違いない。あの禍々しい戦斧、凶悪な異相。あれこそ伝説の傭兵クロムだ」
バルドメロがドワーフ兵達の進軍を見下ろしながら、つぶやく。
「大隊規模とは、ずいぶん少ないわね……。軍の記録では前回攻めてきたときのほうが多いわ」
アポイタカラ軍が反対派ドワーフを取り込み戦力を増強した、というテレザの情報とは一見して一致しなかった。戦闘員ではないテレザは今、リビュア市民への避難勧告に奔走しているので、この場で意見を聞くことができない。
「何か策があるのか。本当にあれだけの兵ならば、我々だけでも充分撃退できるだろう。だが……」
「テレザの情報と一致しないわ」
「うむ。用心に越したことはない。すでに王都に向けて救援要請の鳩は飛ばしてある」
同じように、アポイタカラ軍に目を向けるルイスが、拍子抜けしたように声を上げる。
「あの程度の軍勢なら城門が破られるまでもねえが、楽勝だったからって、報酬を減らされちゃかなわねえな」
バルドメロがそれに答える。
「小生の考える限り、近衛騎士団長はそうしたことはしないお方だ。遠征中の宰相なら分からんがな……」
ヘスペリアで詐欺まがいの演説していたホラーツの姿と、練兵場で部下を厳しく諫めていたディートハルトの姿とを、代わる代わる思い出しながら、アデリーナもそれに同意する。
バルドメロは急にいつもの調子に戻って、アデリーナに声を掛けた。
「セニョリータ、この戦が終わったら、小生とまた一献いかがかな?」
アデリーナはあくまで呆れた口調で、
「丁重にお断りするわ。あなたのセニョリータは、私じゃないでしょ」
と言い返す。ルイスもまた、いつもどおり豪快に笑いながら話に加わる。
「いいじゃねえか、戦のあとの一杯は格別だ。パーッとやろうじゃねえか」
「ルイス君、君のことは誘っていない」
「ははっ、固いこというなよ! たまには助平ばかりじゃなくて、男同士の親交も深めるべきだぜ!」
「小生は男に興味はないが」
「んん? そういう意味じゃなくてだな……」
戦の直前に、戦が終わったあとのことを言い合えるということは、それだけ心理的に自信と余裕とがあるということだ。絶望的な状況下で、兵士が生きて帰った時のことを夢物語のように語るということもあるが、バルドメロとルイスのやり取りはそれとは異なる。アデリーナが見る限り、彼らは普段どおりの彼らであった。そして、自分自身も。確かにある程度の緊張感は必要だが、だからといって指揮官が余裕を失くしては、こまやかな軍の采配に目端が行き届かず、兵たちを無駄な危険にさらすことになる。だが、これだけ軽口を叩き合えるなら、指揮系統は問題ないだろう。見ての通りふざけた二人だが、やる時はやる。
城門の外を見ると、アポイタカラはいったん進軍を止め、リビュアに配置されたアデリーナたち傭兵隊の様子を伺っているようだ。先頭にいるクロムらしきドワーフがこちらを指差しながら、隣に立つ男に何かわめいている。男は良く見ると人間族で、長身というほどではないが、短躯揃いのドワーフの中ではひときわ目立っていた。やけに落ち着き払った佇まいで、ドワーフの剣幕を飄然と受け流している。
(あれがニッケルかしらね。アポイタカラで唯一の人間族っていう)
相手の名前を知っているだけでも、なんとなく戦いにくいものだが、そう言ってもいられない。しばらくののち、わめき散らしていたクロムが、その怒りの表情を城壁に向け、戦斧を構えて猛然と走り始めた。それに倣って、他のドワーフ兵たちも進軍を再開する。
「来るわ! 総員、迎撃態勢!」
アデリーナの号令に応じて、兵達のあいだから鬨の声が上がった。開戦である。
「弓兵隊、構え!」
ルイスが城壁上に待機した弓兵の指揮を執る。兵たちは各々弓を引き絞り、その標的を進軍するドワーフ達に定めた。
「放て!」
ルイスたちの放った矢が、ドワーフ兵たちの頭上から豪雨のように降り注ぐ。ドワーフたちは盾も持たず、ただひたすらに体勢を低く、眼前に斧を構え、不気味に歩を進める。矢が降ってこようともまったく動じる気配がない。とはいえ、運のない幾人かのドワーフは、顔面や、首などにまともに矢を受け、その場に倒れていく。
「第二弾、準備だ!」
すかさずルイスが声を上げる。その間にアデリーナとバルドメロは、城門前まで降り、歩兵達の点呼を取りつつ、白兵戦に備える。ルイスは城門が破られるまでもないと言ったが、それは自軍を鼓舞するために大げさに言っただけであり、実際には、弓で倒すことのできるドワーフ兵の数は非常に少なかった。その肉体は、うわさ以上の頑強さを誇っていた。
第三弾まで矢が放たれたところで、アポイタカラ軍の先端が城門までたどり着いた。門のすぐ外でとてつもない怒号が響き、大人何十人分もの高さのある巨大な扉が、代わる代わる戦槌や戦斧を受けて情けなく悲鳴を上げている。長くは持つまい。アデリーナは剣を構えて、ドワーフたちの突撃に備える。
「どけえええええええええええええ!」
突然、天にも轟くような恐るべき怒声が起こる。門の外からであった。次の瞬間、城壁の上にいたルイスが、悲鳴にも似た声を上げる。
「やべえっ! 城門前にいる奴、みんな伏せろ!」
それを聞いて即座に反応できた者は、門が破壊される激しい音と共に、何かとてつもなく禍々しい気配が頭上を通り過ぎていくのを感じた。次に後方で歩兵達の阿鼻叫喚。難を逃れたアデリーナは、用心深く身を起こしながら後ろを振り返り、戦慄する。地面にはとてつもない量の血漿が広がり、体をずたずたに引き裂かれた兵達が、うめき声を上げながら、あるいは絶命して何人も横たわっていた。血の海の中央では、人間の身の丈以上もありそうな大斧が地面に突き立ち、その刃を赤く染めながら、鈍い光を放っていた。見張り台から遠目に見たのと同じ、クロムのものと思しき戦斧だった。
数瞬前にルイスが見たのは、それを投擲するクロムの姿だったのである。まず怒声と共にドワーフの隊列が速やかに左右に開いた。その中央で助走をつけながら、クロムが自ら回転しつつ戦斧を振り回し、それを遠心力でもって門に向かって投げ飛ばしたのである。クロムの手から離れると、斧は急激に回転を増し、ひとりでに宙を舞う巨大な円盤状の刃となった。刃は鈍い音を立てながらまっすぐに城門へ向かって飛び、その頑強な扉を紙のようにやすやすと切り裂いて、粉々にしてしまった。門のすぐ傍に控えていた傭兵達をもその回転に巻き込んで、である。敵の総大将が放った破天荒な攻撃が傭兵隊に被害と恐怖とを与えた結果、前衛の隊列に混乱が生じてしまい、いったん後退しつつ体勢を立て直す必要があった。
「何という、残虐で奇想天外な技だ!」
バルドメロが冷や汗を拭いながら立ち上がる。
「感心している場合じゃないわよ。歩兵隊、負傷者を救護しつつ、後退!」
アデリーナの号令で、歩兵隊はクロムの斧を受けた中でまだ助かりそうな兵士に手を貸し、それ以外の歩兵は剣と盾とを構えつつ、じりじりと後ずさる。ただし、一人を除いてである。歩兵たちの前には、単身でドワーフの進軍を受け止めるかのごとく、たたずむ長髪の男の姿が残った。バルドメロであった。砕かれた門の向こうから、ドワーフ兵が続々と侵入してくる。その中に、投げた戦斧を拾うべく、血の海に屈みこむクロムの姿があった。
「バルドメロ! 下がって!」
バルドメロは、アデリーナの呼びかけには応じず、おもむろに自らの手にする大斧を構え、普段からは想像できないほどの威圧感を含んだ大声で、クロムへ呼びかけた。
「伝説の傭兵にして断頭の狂戦士、クロム殿とお見受けする!」
バルドメロの呼びかけに、クロムが反応し、顔を上げた。その頬に、不敵な笑みが浮かぶ。
「ほう、その名を知ってる奴が、こんなところにいたか……。嬉しいぜ」
クロムの脇を駆け抜けながら、戦槌を構えた人間族の男が言い捨てる。
「そんな名前で呼ばれて喜ぶなよ! クソオヤジ!」
男はそのまま突撃し、アデリーナの歩兵隊と交戦しはじめた。クロムはその場から動かずに、バルドメロの威圧を正面から受け止めつつ、拾ったばかりの戦斧を玩具のように無造作に振って、刃に付いた血糊を払う。
「大斧とはしゃらくせえ。そんななまくらが、この俺に通用すると思ってるのか?」
「小生の斧は、貴殿の残虐極まりないだけの斧とは違い、美学によって洗練されている。貴殿に戦いの真にあるべき姿をお教えしよう」
相手が敵の総大将だろうとお構い無く、バルドメロは戦いに対する自分の哲学を展開する。それを聞いてクロムが、嫌悪感をあらわにして地面につばを吐いた。
「けっ、どんな奴かと思えば、その甘っちょろい言い草、虫唾が走るぜ。武器ってのはなあ、飾りじゃねえ、殺傷力に優れてりゃいいんだよ。俺がそれを教えてやる。かかって来い、チンピラ傭兵野郎!」
「誇り高きコンドッティエーロと呼んでくれたまえ!」
その言葉を合図にバルドメロが跳躍し、激しい金属音を立てて二つの戦斧が交わった。総大将に一騎打ちを挑んだ指揮官の勇壮な姿を見て、一度は敵の残虐な戦斧に恐怖した兵たちも士気を上げ、今日までバルドメロと共に口ずさんできた歌の斉唱をもって奮起した。
トレアドール! かまえ剣! トレアドール! かまえ剣!
(……さすがね)
仲間の頼もしい姿に励まされつつ、一方、アデリーナは歩兵隊を率いながら、自らもドワーフ兵の猛攻に応戦していた。頑強なドワーフとはいえ相手も生身であるので、剣が通じないわけではない。ただし、致命傷を与えるためには、通常の人間に対する何倍もの力が必要だった。敵は骨を模した石のヘルメットを被り、鎧はせいぜい皮製の胸当てをつけた程度で、その防具は非常に簡素だったが、彼等の鍛え抜かれた筋肉そのものが、刃をはじいてしまうのである。
アデリーナは襲い掛かってきたドワーフの斧を盾で受け流し、反撃にその胸の筋肉の節目めがけて力いっぱい小剣を突き立てた。ドワーフ兵の表情が苦痛にゆがむ。しかし、倒れない。それどころか、刺した部分の筋肉が盛り上がり、小剣を抜くことが出来ない。アデリーナは危険を感じ、とっさに小剣から手を離して一歩下がる。目の前を、戦斧が鈍い音を立てて落下する。その刃はそのまま地面にささり、ドワーフが一瞬体勢を崩した。倒すことは出来なかったものの、小剣のダメージは大きいらしく、動きが鈍い。アデリーナは盾を構えて突進し、もはや体力の半減したドワーフを弾き飛ばした。もんどりうって倒れたドワーフの胸からすかさず小剣を引き抜き、馬乗りになってもう一度突き立てる。今度は筋肉に力がなく、小剣の刃はやすやすとドワーフの胸を貫く。引き抜いて、もう一度。剣と肉のあいだから血があふれだす。そこでようやく、敵のドワーフは二、三度痙攣して絶命した。ほんの一瞬の出来事で、アデリーナがここまで動くのに、五秒とかからなかった。
数は少ないが一人一人が恐ろしくしぶとい。が、歩兵隊は、最低でも二、三人がかりで一人のドワーフに当たり、城門の上から弓兵や術師たちの援護もあった。時間はかかるが、徐々に優勢になっていくように思われた。
「勝てるわ! みんながんばって!」
剣を掲げながら、兵たちにそう声援を送るや否や、彼女の前にまた一人の敵が姿を現す。頭に白い布を巻き、戦槌を手に携えた、若い男。ドワーフではなく、人間である。アデリーナを見て、少し驚いたように言う。
「この女が、敵の隊長なのか?」
アデリーナは盾を突き出し攻撃に備える。その目つきが鋭くなり、隙をうかがう。敵の男は戦槌を大きく構え、隙だらけに見えるが、その代わりやけに体の力が抜けていて、どこから攻撃が飛んで来るか分からない。男はアデリーナに向かい、あちこちで起こる剣戟に打ち消されぬよう、大声で言う。
「まて! 若い女とは戦いたくねえ。俺はニッケル。故あって仕方なくあのクソオヤジに従っちゃいるが、あいつと違って殺人狂じゃないんだ。あんたが隊長なら話は早い。おとなしく兵を引いてくれ!」
アポイタカラ唯一の人間族の職人にして、クロムの唯一の弟子ニッケル、その名を男は口にした。アデリーナは負けず劣らずの大声で言い返す。
「そんなこと言って、隙を作らせるつもり? こっちが押してるのよ。あなたたちこそ撤退しなさい!」
「ちっ、それはそうだが、やるしかないのか!」
アデリーナは剣を構え、ニッケルに向かって素早く踏み込む。ニッケルは面食らって、一歩後ずさりしたが、次の瞬間、ありえない角度から戦槌が振るわれ、アデリーナの剣を弾いた。ドワーフに劣らぬ腕力だ。今の一撃を頭に受けていたらと思うと背筋が凍るが、相手もとっさの反撃だったらしく、表情に余裕がない。
「あぶねっ……死ぬかと思った」
アデリーナは素早く追撃するが、ニッケルの振るう戦槌が、ことごとく彼女の攻撃を打ち落とす。本人の言うとおり戦は好まないらしく、動きはあまり戦士らしくない。だが、戦槌の使い方が常人離れしている。どこをどう打てば、どうなるか、全て分かっているかのように精密だ。その打撃はアデリーナの剣の強度を徐々に奪っていき、やがて真っ二つに叩き折ってしまった。
(まずい!)
アデリーナは飛びのき、用心深く城壁を背にしながら、いったん距離をとる。ニッケルはやはり少しためらっているようで、即座の追撃はなかった。一見、追い詰められているようだが、たとえ剣を失い、後ろに空間がないとしても、アデリーナはそのしなやかな身のこなしで、敵の攻撃を避ける自信がある。相手に隙さえあれば、どんな状況下でも効果的な戦いかたはあるものだ。幸い、周りにも他のドワーフは見当たらない。徐々に傭兵隊が敵兵を駆逐しつつあるようだ。視界の端では、バルドメロがクロムと接戦を繰り広げているのが見える。クロムの重い一撃をかわしながら、大斧の柄を振り回して牽制している。
「くそっ! このまま負けるのか! まったく、親方に従うと、ろくなことにならねえ!」
ニッケルが吐き捨てるようにいい、アデリーナに向かって突進した。素早いが、殺気の無い攻撃だ。おそらく、アデリーナの持つ折れた剣と盾とを打ち落とし、完全に無力化するつもりだろう。しかし、狙いが分かっていれば避けるのは容易かった。アデリーナは、打ち下ろされたニッケルの戦槌を左右の構えを入れ換えることによってかわし、その体勢から鉄の具足を履いた脚で痛烈な下段蹴りを放った。かつて祖国の軍で仕込まれた、軍隊格闘術だった。
「ぎぎぎ……ち、畜生」
ニッケルの体がくの字に曲がり、その手が蹴られた部分を押さえる。実に痛烈だった。彼が男であればなおさらである。ニッケルはその場にへたり込み、動けなくなった。アデリーナは、武器を再び取られぬよう、ニッケルの足元に転がった戦槌を拾って遠くへ放り投げた。
(この戦が終わってまだ苦しんでたら、捕虜にすればいいわ)
そして近くに倒れた兵士の剣を借りて、他の兵士の援護へ向かった。まず城門前で相変わらずクロムと接戦を繰り広げているバルドメロに、アデリーナは声を掛ける。
「バルドメロ! 大丈夫!」
「手出し無用! 他の兵を頼む!」
「うおりゃあああああああ!」
またしてもクロムの斧の一閃を、バルドメロは最小限の動きでかわす。バルドメロの実戦を見るのは初めてだったが、その戦いぶりは、彼が自画自賛するに違わず華麗ですらあった。
「頼んだわよ!」
そう叫んで後ろを振り返った瞬間、アデリーナの表情が凍りついた。
なぜか城門の内側、しかもリビュア市街地の方向から、新たなドワーフ兵の一群が、こちらに迫ってきていた。しかも少数ではない。今まで戦っていた兵力の三倍はある。クロムの率いる兵が不自然に少ないとは思っていたが、やはり策があったのだ。どんな方法を使って、城壁の内側にあれだけの兵を送り込んだのか、まったく見当もつかなかったが、そんなことよりも、このままでは挟み撃ちにされてしまう。
城壁の上にいたルイスも増援に現れたドワーフの大軍に気付いたらしく、やけになったかのように大声で笑った。
「はははっ! あんなドワーフの大軍、見たこともねえ! もう笑うしかねえな!」
否、笑っている場合ではない。
「え、援軍が、来たのか……。親方が、ローレンさんにトンネルを掘らせたってのは、ほ、本当だったんだ……」
さっきまで股間を押さえてうめいていたニッケルが、ふらふらと立ち上がるのが見えた。まだ戦う力を取り戻してはいないようだが、もはや、戦が終わったら捕虜にするなどという、余裕のあることは言っていられなくなった。アデリーナは全軍に伝わるよう、声を張って指示を出す。
「後方に敵軍! 防御体制をとれ!」
完全に目の前の敵に気を取られていた歩兵たちは、一瞬ではその命令の意味を理解できず、反応が遅れがちであった。そして後方に目をやって驚愕し、士気を失いかけるものもいた。アデリーナは兵たちに叱咤を飛ばす。
「いま剣を捨てては駄目! 死ぬわよ!」
背後からクロムの野太い声が聞こえてきた。
「ハステロイとローレンの奴、やっときやがったか! この俺を待たせるたあ、いい度胸してるぜ! 野郎ども、気合を入れろ! 巻き返しだ!」
そしてクロムはバルドメロに向かって斧の一撃を見舞った。それまでの重いだけの攻撃とは、速度も切れも比べ物にならなかった。体をひねるだけでかわしきれていたものが、突如武器で受け止めざるをえなくなった。驚くべきことに、クロムの大斧はその一撃で、バルドメロの大斧の鋼鉄製の刃を欠けさせてしまったのである。
(これがオリハルコンか!)
すんでのところでかわしたものの、バルドメロの心理には、衝撃が走っていた。大斧を握る両手がかすかに震える。バルドメロは相手の力量を測りかねた自分のうかつさを悔いていた。つまり、手加減されていたのである。
「クロムよ、ようやく本気を出したようだな」
バルドメロは、内心の恐怖と焦りとを押し殺しながら言った。しかし、それを見透かしたように、余裕の笑みを浮かべながらクロムが答える。
「負け惜しみを言うない。思ったよりは使うようだから、ちょいと遊んでやっただけだ。まあ、それも終わりだがな」
そう言って再び構えを取るクロムの背後からもまた、二人の女性ドワーフが率いる新たな兵たちが現れ、今にも城門の内側へ雪崩れ込もうとしていた。