ーカンナsideー
『災厄の狐』狐坂 ワカモの襲撃と、その迎撃にあたったゲヘナの風紀委員長 空崎 ヒナ。
両者の衝突により、周囲の被害が拡大する中、私はワカモの標的である先生を避難させるべく、部下達と共に先生の下へと急いだ。
「先生、此処は危険です。直ぐに避難を……」
「待ってくれカンナ。私の事はいい。あの二人を止めてくれ」
「しかし……此処にいては先生が」
「頼む」
先生の強い口調に、思わず押し黙る。その間も、二人の攻防は続き、徐々にワカモが押しつつある。
あのゲヘナの風紀委員長が押し負けている事に、私は驚愕した。そして、彼女の視線が、ワカモではなく、周囲の生徒達に向けられていた事から、その意味を察した。
あれは彼女の本意ではない。寧ろ、彼女はワカモ側の人間である事を。
しかし、二人の間には、埋めようがない価値観が隔たりとなって立ち塞がっているのだ。
先生を此処から逃す事で、『犯罪者にしてでも助けたい』ワカモと、『無罪である先生を守りたい』ヒナ。
ワカモの場合は単純だ。先生は無罪だ。だからこの待遇は間違えている。例え、此処から連れ出し、先生がこの後、どのような汚名を着せられようと助けて守り通す。
対してヒナは、此処で先生が連れて行かれれば、改めて犯罪者の烙印を押される事となる。その事を恐れているのだ。先生を信じている生徒達を裏切る行為をさせたくないからこそ、対立したのだろう。
そこに、ヒナが先生から、彼女が積み上げた努力を誇らしく思うという、この状況下において『呪い』ですらある言葉を投げ掛けていた事も、今回の対立に起因するのだが、その事をカンナは知らない。
実際、脱獄囚であるワカモに先生が連れ去られれば、それこそ此処に集まった報道陣の餌食となるのは間違いない。
やはり先生は犯人だった。犯罪者であるワカモを手引きし、この場から逃走した等、面白おかしく報道されるだろう。
そうすれば、先生は二度と生徒達の前に姿を見せる事が出来ないかもしれない。ヒナはそれを恐れているのだ。
そして、先生が犯罪者となれば、彼を追う為に多くの生徒達が先生を追い詰め、そして銃口を彼に向ける事になるだろう。
先生に生徒が銃を向ける。それもまた、ヒナが望まぬ行為の一つである。
これは価値観の違いだ。どちらが正しい訳でもなく、どちらも間違っていない。
ヒナからすれば、我を通してまで先生を助けたいというワカモの主張が羨ましいのだろう。
何故、私は先生に背中を見せる側なのだ?
何故、ワカモは、先生と向き合う側にいるのだと。
部下からはヒナが幾度も先生の面会に訪れていた事を聞いている。
他の生徒達のように先生を糾弾するのではなく、先生の身を案じ、彼が無実である証拠を探し続けている事も知っている。
だからこそ、ヒナはワカモが羨ましいのだ。自分の想いに素直に行動出来る彼女が。
そして、ヒナは淡い希望を願ったのだ。
誰でもいい。どうか彼女に、ワカモに賛同して欲しい。そして、先生を助けて欲しい。
しかし、その願いは儚くも砕け散った。
此処には先生の味方は誰もいない。ヒナがワカモを抑えた事で騒ぎが落ち着き始めた頃には、頼みの綱である生徒達は携帯の録画機能で二人の様子を撮影する始末。
彼女達が必死に声なき訴えを訴えても、誰も反応を示さない。誰も、二人が何故衝突しているのかさえ、単純な見方でしか捉えていない。
此処に、先生の味方はいない……。
少なくとも、『私』以外は。
私は所持していた銃を捨て、二人に向かって駆け出した。
「っ!!」
私の存在に気付いたワカモが、咄嗟にヒナに向けていた銃剣の切先を向けるが、私はそれを紙一重で回避し、そのままワカモを地面に押し倒した。
怪我の一つや二つ、この際関係ない。
二人を止める。これが、これまで何も出来ず、ただ見ている事しかしなかった私の、せめてもの罪滅ぼしなのだから。