ヒナに気を取られていた隙をつき、ワカモを取り押さえる事に成功したカンナ。
日頃より荒事に慣れている事もあり、相手を組み伏せる術を持つ彼女であれば、ワカモの動きを制する事は造作もない。
しかし、カンナの目的はワカモを制圧する事ではなく、あくまでも身動きを封じ、ほんの僅かな時間、先生の意思を伝える事にある。
対してワカモは、カンナの拘束から逃れようと、必死に身体を捩る。
「なっ!! くっ!! 離しなさい!! 先生を罠に嵌めたヴァルキューレの狂犬がっ!!」
ワカモが叫び、暴れ回る。それでも、カンナは彼女を拘束する力を弛める事はない。
先生を罠に嵌めた狂犬か。
確かに、その通りなのかもしれない。
殺人事件の容疑者として先生の名が浮上し、彼を任意という形で拘束し、そして今に至る結果を考えれば、その時の当事者である私は、先生を罠に嵌めたと思われてもおかしくはない。
その罵倒も、罵りも、誹りも、甘んじて受け入れよう。
混乱を抑える為とはいえ、私は先生の行動を制限し、更にキヴォトスで起きている情報を遮断させ、そして……。
先生の関与する余地を無くし、彼からシャーレの権限を剥奪させ、全てを奪った原因を作った立場なのだから。
狐坂 ワカモ……本音を言えば、お前が羨ましい。何にも縛られず、己が信じた道を、何の躊躇いもなく進む事が出来るお前が、心の底から羨ましく、そして妬ましい。
全てを投げ出し、責任を放棄すれば、私も同じ事が出来たのだろうが、言うのは簡単だ。
だがそれは、これまで守り続けてきた秩序を乱す行為であり、それを、責任ある立場の者がすれば、それは無責任というものだ。
と、その無責任な行動を取ったヴァルキューレが何を言っているのだか。そう自傷気味に笑いたくなるのを堪えながら、私は小声でワカモを説得した。
「その件については謝罪する。先生には本当に申し訳ない事をした」
「っ!!」
私の謝罪の言葉に対して、ワカモは信じられないと言った表情を浮かべながら、私を睨み付ける。
そんな彼女に、私は更に続けた。
「言い訳はしない。だが、此処でお前とヒナが争う事を、先生が望んでいない事を、どうか理解してくれ」
「何を……今更……」
ワカモが、歯を食い縛りながら私を睨む。
「あれだけ先生を乏めておきながら、今更……何をっ!!」
ワカモが怒りを露にする。それはそうだ。先生が犯人であるかのような報道に対し、ヴァルキューレは『何もしなかった』。
上司にその事を抗議しても、何も変わらなかった。彼女が怒りを露にするのは当然の事だ。私はそれを承知の上で、ワカモに伝えた。
「そうだ。私は何も出来なかった。上の命令に従い、何もしなかった。言い訳の余地もない。だが、彼女だけは違う。彼女はずっと、先生が無罪であると信じて行動していた。お前と同じく、先生を助けたいと、ずっと行動してきたんだ」
「……」
私の言葉を受け、ワカモがヒナへと視線を向ける。そして、彼女はそのまま先生へと視線を移した。
ヴァルキューレの生徒達に囲まれた先生は、ただ黙って二人を見つめていた。その表情は何処か悲しげで、二人が争う事を望んでいない事を、ワカモは理解した。
「だから頼む。このまま続ければ、悲しむのは先生なんだ。先生の事を思うなら、どうか此処は引いてくれ……頼む」
「…………っ」
ワカモは暫く黙っていたが、やがて諦めたのか抵抗をやめた。その事を確認した私は、ゆっくりと彼女を拘束する力を弱めた。
次の瞬間、ワカモは素早く上体を起こすと、そのまま私の顎に向けて頭突きを繰り出した。
「っ!!」
突然の事に反応が遅れた私は、その一撃をまともに受けてしまい、思わず後ろに仰け反った。
そして、拘束から逃れたワカモは、カンナとも距離を取り、周囲の状況を確認しながら、忌々しげに身を翻し、走り出す。
「先生、申し訳ありません。ですが、このワカモ、必ずや先生をお助けします」
それが、彼女の妥協点だった。
ワカモはそのまま人だかりに向かって走り去り、やがて人に紛れてその姿を消すのであった。
顎がヒリヒリする。
しかし、彼女なりの配慮なのだろう。
私はゆっくりと立ち上がると、周囲を見渡した。
報道陣は、相変わらずニュースのネタになったと喜んでおり、ヒナとワカモの攻防を動画で撮影していた生徒達も、良いものが撮れたと満足気だ。
そして、先生は、二人がこれ以上争う事はないと安堵してはいたが、肉体的にも精神的にも、消耗し切っているのが分かる。
そしてヒナは……。
此処に集まった生徒達全員が、先生に味方する事がないのだと悟ったのか、その顔からは諦念の感情しか読み取れなかった。
「先生、お怪我は?」
私は先生に声を掛けるが、先生は首を横に振る。
「大丈夫だよ、カンナ。ありがとう」
「いいえ、これも仕事ですので」
「そっか。それでも、二人を止めてくれて、本当にありがとう」
「…………」
やめてくれ。私は先生に感謝される立場ではないのだ。
先生の無実を証明する事も出来ず、矯正局に送る事しか出来ない私が、先生に『ありがとう』と言われる資格はない。私は何も出来なかったのだから。
ある生徒達は思う。
(……ちっ、ヒナの奴、余計な事を)
(あのまま先生を連れ去れば、それを口実に先生を始末する事が出来たというのに)
(まぁいい。問題ない。どうせ、ヒナ以外、先生を信じる者は誰もいないのだ)
(それならば、社会的に殺せばそれでいい)
ある生徒は思う。
(あの男のせいでカンナ局長が……許せない)