ワカモ襲撃の後、カンナと共に矯正局に護送された先生。いや、シャーレの権限を失い、先生という立場を失った彼を、もう先生と呼ぶ事は出来ないのだろう。
彼は最後まで、抵抗する事なくカンナ達ヴァルキューレの生徒達に連れられ、独房へと収監された。
「先生」
独房の鉄格子越しに、カンナが彼に声をかける。
「本当に申し訳ありませんでした。このような結果になってしまい……」
カンナは深く頭を下げる。そんな彼女に、先生は小さく首を横に振った。
「いいや、気にしないでくれ。カンナ達は自分の職務を全うしただけなんだから」
「っ」
その言葉に、カンナは下唇を噛み締めた。何が職務か。カンナが培った経験から言えば、彼が無実である事は明白だというのに、気が付けば、キヴォトス中の生徒や市民達が、彼を犯人だと決めつけ、糾弾していた。
何故、こんな事になってしまったのか?
カンナは思わず心情を吐露しそうになる。彼女は今になって後悔した。
捜査から外され、別の案件に駆り出されていたとはいえ、事態が此処まで深刻になるまで、何もせずにいた事が悔やまれる。
周りの部下達も、始めの内は彼が犯人ではないと信じていた。しかし、日が経つにつれて、ニュースで先生が犯人である証拠が次々と報道されるようになると、部下達も彼への風当たりを強くし始めたのだ。
上層部からの報告と、テレビのニャースからの報道は対して変わらない。寧ろ、状況証拠ばかりで、彼が犯人であるという決定的な証拠が上がっていないにも関わらず、何故、彼は此処まで叩かれているのか?
当初は不快で堪らなかったテレビのニュースの内容を理由に、最近はテレビを見る事すら腹が立ったが、ニュースと向き合う必要があるのかもしれない。
そう思いながら、カンナは先生にもう一度頭を下げると、部下達を連れて、独房を後にした。
去り際の部下達が、先生の事を睨みながら、聞こえない程度に舌打ちを漏らした事に気付かないままに。
守れなかった。最後の最後まで。何故、あの時、私はワカモの前に立ちはだかったのだ?
後悔が、ヒナの中で渦巻く。
選択肢を間違えたのか、それとも、最初から自分にそんな資格は無かったのか。ヒナは、答えの見つからない自問自答を繰り返す。
そして、矯正局に送られる彼の姿を見届ける中、彼は一人、静かに呟いた。
「これで良かったんだ……ありがとう、ヒナ」
「っ!!」
その言葉に、ヒナは目を見開いた。そして、思わず彼の元に駆け寄ろうとしたが、それは叶わなかった。
彼を囲むように、ヴァルキューレの生徒達が、ヒナの行手を阻み、その道を塞いだのだ。
手の届かない所に、彼が連れて行かれる。
「せ、先生……っ!!」
ヒナは手を伸ばす。しかし、その願いも叶わず、彼の姿は護送車の中へと消え、やがて護送車は、エンジン音を響かせて走り出した。
「っ……!!」
伸ばした手が力なく下がる。ヒナは何度も彼の名前を叫んだが、その声が届く事はない。
そして、ヒナはその場に崩れ落ちたのだった。
当ても無く、ただふらりふらりと歩を進める。
何も考えたくない。考えたくないのに、脳が勝手に動き、意識を支配する。
そして……。
『なぜ』
「っ!!」
何処からともなく聞こえた声に、ヒナはビクッと身体を震わせた。周囲を見渡しても誰もいない。声だけが聞こえてくる。
『なぜ、彼を信じなかった?』
「……っ!!」
『彼が無実である事は明白だった筈だ』
「……」
『彼の無実を証明出来るきっかけはあった筈だ』
「……」
『何故だ? 何故、彼を見捨てた?』
(うるさいっ!! 黙れっ!!)
『おかしいだろう? あの程度の証拠で、彼を犯人に仕立て上げられるなんて』
(黙りなさいっ!!)
『お前は大事な事を見過ごしている。それは何だ?』
(黙れと言っているでしょうっ!!)
ヒナは、こみ上げてくる怒りを抑えられなかった。そして、その怒りをぶつけるかのように、拳に力を込め、そして力なく俯いた。
こんな事を望んだわけじゃない。 私はただ先生を助けたかっただけなのに。
誰もいない通りを歩き続け、ふと顔を上げると、シャーレの建物の前まで来ていた。
無意識とはいえ、此処まで歩いてくるとは。
そう思いながら、建物に近付いたヒナの耳に、聞き覚えのある声が……必死に何かを叫んでる声が聞こえてきた。
「先生は犯人なんかじゃない!! 帰れっ!!」
掃除用のモップを振り回し、生徒達を追い払うコンビニの店員の姿。
泣き顔で目元を赤く腫らし、それでも尚、先生を擁護し、彼を守ろうとする少女、ソラの姿があった。
「…………ぁ」
その姿に、ヒナは目を大きく見開く。
ソラが泣きながら叫ぶ。その言葉に、その姿に、ヒナの心がざわめいた。
そうだ……私はこんな所で何をしているのだ?
こんな事をしている暇なんて無い筈なのに……そうだ、先生を擁護する者が、あそこにいなかっただけで、こうしてちゃんと、先生の無実を信じる生徒が残っているというのに、私は何を呆けているというのだ?
私に気付いたソラが、一瞬目を見開き、そしてボロボロと涙を溢す。
彼女も覚えていたのだ。
先生が無実である事を疑わず、一人で調べていた私の事を。
手に持っていたモップを落とし、ソラが私に駆け寄る。
「先生は……何もしてないのに……犯人だ……いなくなってせいせいしたって……私、悔しくて……」
泣きながら、思いの内を吐露するソラを優しく抱き締める。
「うん、ありがとう。先生を信じてくれて」
ヒナの言葉に、ソラは声を上げて泣き出した。そうだ。まだ出来る事はある。先生との絆が、こんな事で途切れる筈がないのだから。
ヒナは決意を新たにすると、泣きじゃくるソラの背中を擦りながら、気持ちを新たに決意するのであった。
ー矯正局ー
シャーレの先生を収監したその日の夜、カンナは部下からの報告を聞き、慌てて矯正局へと駆け込んだ。
彼が収監された後、部下達が結託し、彼のいる独房に忍び込むと、対抗出来ない彼に対し、暴行を働いたのだ。
服の上からでは見えない位置を徹底して狙い、打ち据えられた部位は全身に及んでいる。
矯正局内に設けられた医療施設に搬送された彼は、現在治療中との事だ。
カンナは矯正局の職員に詰め寄り、声を荒げる。
「どういう事だ!! 一体誰がこのような事を!!」
「……貴女の部下です。彼女達の話によると、ワカモが襲撃した際に、貴女が無茶をした原因が先生にあると根に持ってな行動と……」
「っ……そんな……」
カンナはその場に崩れ落ちた。部下の暴走の原因が、自分にあった事に、彼女は激しい後悔の念に押し潰されそうになっていた。
「発見が早かった為、大事にはなりませんでしたが、一歩間違えれば、大惨事になっていました。こんな事はこれっきりにして下さい」
「……はい、申し訳ありませんでした部下の失態は、全て私の責任です」
部下の暴走を止められなかった。カンナは、自分の不甲斐なさに唇を強く噛み締める。
「では、私はこれで」
そう言って、矯正局の職員は去って行った。一人残されたカンナは、暫くその場に蹲っていたが、やがて立ち上がり、先生が収監されていた独房へと向かった。
此処で先生は、私の部下に……。
やるせない気持ちになりながら、独房の中をじっと見つめていたカンナ。そんな彼女に、別の独房から声が掛かった。
「全く、私がいない間に、ヴァルキューレも随分と野蛮になったものですね」
「……貴女は」
カンナはその主が誰かを知っている。
かつて、カイザーコーポレーションと結託し、キヴォトスの頂点に立つべく、一時的とはいえ、連邦生徒会の生徒会長代理にまで上り詰め、そして汚職の証拠を開示された事により逮捕された人物。
連邦生徒会の『元』防衛室長。ヴァンキューレを自身の指示で動かす権限を有した人物。
不知火 カヤである。
「久し振りですね。カンナ。あの先生が此処に収監された時は驚きましたが、それ以上に面白い……失礼、貴女の部下の失態を見る事になるとは、思いもしませんでした」