矯正局の面会室。其処に、囚人服を着たカヤとカヤの監視役として同席したカンナ。そして、カンナから連絡を受け、カヤとの面会を許可されたヒナの姿があった。
ソラとの一件後、気持ちを新たに、先生の無実を証明すべく、情報を集めようとしていたヒナの前にカンナが現れ、提案を持ちかけられたのだ。
先生の無実を証明出来るかもしれない。その為に、力を貸して欲しい。
その言葉に、ヒナは二つ返事で協力する事を約束した。
「初めまして、ゲヘナの風紀委員長さん。私は……元防衛室長不知火 カヤと申します。以後、お見知り置きを」
「空崎 ヒナよ。此方こそ、宜しく」
「それでは、早速ですが、どのような経緯で先生が此処に収監されるようになったのでしょうか? 詳しくお聞かせ願いたいのですが」
カヤの言葉に、ヒナは頷くと、事の顛末を語った。
シャーレ近辺での殺人事件の重要参考人としてヴァルキューレに任意同行を求められ、それに応じた事。
その後、直ぐにニュースで先生が逮捕されたと報道があり、キヴォトス中にその情報が出回った事。
最初の内は先生の無罪を信じていた生徒が多かったが、情報が出回る内に、先生を信頼していた生徒達ですら、疑いの目を向けるようになり、そして、先生を糾弾し始めた事。
そして、各学園の要請により、先生がシャーレの権限を失い、収監。
護送される中、『災厄の狐』こと狐坂 ワカモに襲撃され、退けた事。
他にも様々な情報を提示していく内に、カヤの表情からは、何故か笑みが浮かび初めていた。
「成程……成程、そういう事でしたか」
「何が可笑しいのかしら?」
ヒナが眉を顰める。そんなヒナをカヤは小馬鹿にしたように嘲笑う。
「いえ、別に……しかし、随分と先生を信頼しているのですね。ですが、私からしてみれば、それが原因で見るべきものを見誤ったとしか言いようがなかったものでつい……」
指でテーブルをトントンと叩きながら、カヤは話す。
「そもそもの話ですが、無実を証明するには材料が少なすぎるんですよ。深夜の時間帯。その時間帯に活動している人が何人いると思っているのですか?」
「……え?」
カヤの言葉に、ヒナは怪訝な顔をする。そんな彼女に、カヤは言葉を続ける。
「確かに、夜が活動時間である人も大勢いますし、その時間帯での犯行であるならば、その時間帯を調べるのも当然でしょう。ですが、本当の意味で調べるべき所は別にある筈です」
「どういう事?」
カヤはヒナを見る。その眼光の鋭さに、一瞬息を呑みながらも、ヒナはその真意を尋ねた。
「時間を調べるより前に考えるべき事があるでしょう? 例えば……」
『先生が逮捕されたという報道を、一番最初にした局が何処なのか?』
カヤの言葉に、ヒナはハッとした。確かにその通りだ。先生がヴァルキューレに同行した時間と、報道された時間はほぼ同じだ。
カンナからすれば、ヴァルキューレの誰かがタレコミをしたという認識だが、それにしてはあまりにも早過ぎる。
まるで初めから、先生がそうなる事を予想していたかのように。
「まぁ、相手からすれば、これはジャブ程度の感覚なのでしょう。しかし、貴女達からすれば、十分に脅威となり得る情報です」
この報道には、生徒や市民はおろか、同じテレビ局の者ですら驚愕しただろう。
自分達が掴んでいない情報を独占して報道したその局に負けじと、慌てて他のテレビ局も事実確認と情報の精査にかかったが、その頃にはヴァルキューレの留置所に先生は移送された後。
頼みの情報の殆ども、ヴァルキューレが管理していた為、他の局は、昼間に報道された内容を繰り返すしかない。
その結果、情報の精度が下がり、他の局は報道は先を越した局と対立する事が出来ず、曖昧な情報は視聴者の混乱を招く。
唯一、情報戦を勝利した局のみが視聴率を稼ぎ、情報を独占する事に成功したのだ。
「まぁ、この程度の事なら、まだ可愛いものです。問題は此処からですよ」
どの視聴者もが、新たな情報を求め、テレビに食いつく中、夕方、疲労により、判断能力が欠けた状態で見た番組の内容は、生徒や市民達を疑心暗鬼に陥らせるのには十分だった。
「勿論、提供出来る情報にも限りがあります。そこで、アナウンサーの声量、声色、言葉選び。読み上げる時の間の置き方。様々な技法を用いて視聴者を誘導したのでしょう」
背景のBGMも、その時の雰囲気によって調整して、一種の暗示状態に陥らせる事も可能だ。
「短くて、具体的な内容を盛ったキーフレーズを何度も繰り返し、分かりやすく伝える。そうする事で、相手にイメージしやすくする方法もあります。分かりやすいとは良いものです。あれは敵、これは味方と分かりやすく説明すれば、人々はそれで納得するのですから」
この時、カヤはテレビの内容すらも把握していなかったが、彼女の言葉通りの内容で情報が繰り返し報道されていた。
そして、急遽、新しい情報が入ってきたという遣り取りの後、出された紙を真剣に見つめるアナウンサーの姿。それは、その情報にどれだけの価値があるか、視聴者の想像力を刺激し、アナウンサーの言葉や身振り手振りを注意深く見せる技法すらも盛り込まれていたのだ。
極め付けは、先生が犯人であるというストーリーを、視聴者目線で語り、先生の動画を流しながら、その物語を語るように証拠を提示する。
これは、より具体的なイメージを視聴者に植え付ける行為に他ならなかった。
「テレビというのは、何もただ、情報を垂れ流す為のものではありません。場合によっては、如何なる兵器をも凌駕する力を持っているのです」
とはいえ、それだけではまだ足りない。先生と生徒の信頼関係を崩す為のもう一手間が必要だ。
「これは憶測ですが、背景のBGMや、流された映像そのものに仕掛けがあるかもしれませんね」
「え?」
「刷り込みですよ。サブリミナル効果といっても良いです。例えば、先生の写真を一瞬だけ流すとしましょう。その時の写真が、例えば刃物を持ち、血に濡れた怖い顔をした先生だったらどうしますか?」
「っ!!」
カヤの言葉に、ヒナは息を詰まらせた。先生を信頼している生徒であればある程、テレビに意識を向けるだろう。サブリミナル効果で怖い先生を一瞬だけでも見せれば、先生の印象が信頼から恐怖に塗り替えられてしまう可能性もあるのだ。
「これを何度も繰り返します。何度も何度も、何度も何度も……そうしていくうちに、自分達の知る先生は、本当は……と、なっていったのかもしれませんね」
カヤの言葉に、あの時のホシノの姿が想起される。
あの時のホシノは先生に裏切られたという表情をしていた。それが、サブリミナルの効果で先生に対する恐怖からなるものだったなら、ホシノは……。
「ですが、まだ情報戦の段階です」
カヤの言葉に、ヒナはハッとする。
「そう、そんなものはまだまだ序の口です。もっと恐ろしい物があるじゃないですか」
そう言って、カヤはヒナを見る。その視線の鋭さに、思わず身震いをしてしまう程に。
「一体どういう事?」
ヒナの言葉に、カヤはニンマリと笑みを浮かべて答えた。
「先生と生徒を一時的に情報の共有を絶った事ですよ」
「……っ!!」
「先生に事の真実を聞きたいが、連絡がつかない。一体どうして? 何かわけが? 今は少しでも情報を……そうして、先生との情報の共有を絶たれれば、何を頼りますか?」
「あ……」
カヤの言葉に、ヒナは絶句した。
今でこそ、ネットやSNS等のメディアの発達により、遠く離れた土地に居ようとも、友人同士や家族と連絡が取り合えるようになった。
しかし、それに頼りきりになった事により、少しでも情報が途絶えると、不安にかられてしまうようになる。
今回の場合は、何かあった時に頼りになった先生に、いくら連絡を取っても応答がなかった事が、それに類するのだろう。
「情報の共有が絶たれ、先生との連絡手段がなくなった生徒がどうなるか? 答えは簡単です」
カヤはヒナを見据える。その瞳に宿るのは、狂気かそれとも……。
「優先順位が変わったんですよ。先生の声ではなく、テレビの情報を優先的に受け取るようになったのです」
カヤの言葉に、ヒナは絶句する。つまり、先生の言葉よりもテレビの情報を信頼してしまったのだ。
それは……まるで洗脳ではないか。
「勿論、これは私の想像に過ぎませんが……。しかし、この情報戦を仕掛けた者は、その程度の事ならやってのけるでしょう」
カヤの言葉に、ヒナは背筋が凍り付くような感覚を覚えた。
「そして、一度その心理状態に陥ってしまえば、抜け出すのは難しい。なにせ、それはまるでウイルスのように広がっていきますからね」
「……」
カヤの言葉に、ヒナは何も言えなくなった。
彼女の言葉が真実か否かは分からない。だが、もし本当にそうだとしたなら、それは、自分達が犯した罪は取り返しのつかない事になるのではないだろうか?
「まぁ、それを責めても仕方ありません。『やってしまった方々』の事なんて考えても埒があきませんからね。それだけ情弱だったってだけですよ」
「情弱って……」
ヒナは、カヤの物言いに思わず顔を顰める。しかし、そんなヒナを気にする事もなく、彼女は続ける。
「まぁ、それは兎も角として、この情報戦を仕組んだ者は、先生に対してかなり深い恨みがあるのでしょう。それこそ、殺してしまいたい程に」
思わずポロリと漏らした言葉に、カヤは『失敬』と口を閉ざし、咳払いを一つした後、話を続けた。
「さて、話を続けましょう」