冤罪先生   作:モノクロさん

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第18話

 カヤの発言から察するに、ヒナとカンナは運が良かったのかもしれない。

 

 二人が敵の術中に嵌まらなかったのも、一重に先生が犯人であるかのような放送に辟易し、見る事も聞く事もしなかった事である。

 

 だが、敵はそれを考慮した上で、次の一手を打っていたのだ。

 

「さて、情報戦が上手くいった事で、先生に対する疑心暗鬼を植え付ける事には成功しました」

 

 カヤはそう言うと、再びテーブルをトントンと叩く。

 

「しかし、それだけではまだ足りない。まだ、先生を信頼している生徒や市民が一定数います。例えば貴女やカンナのように」

 

「…………」

 

 カヤの鋭い眼光に、ヒナは頷く事しか出来ない。

 

「しかし、それはあくまで少数派です。大多数の生徒や市民は先生に対して大きな不信感を抱きました。それこそ、先生は犯人に違いないと」

 

 カヤの言葉に、ヒナは唇を噛む。

 

 その大多数の中に、自分の部下や知人が含まれている事に、ヒナは胸が締め付けられるような思いだった。

 

「後はその大多数の方々が、少数派の意見を封殺するだけです。自分の手を汚す必要はありません。後は勝手に、自分達の自己満足と偽善で、事を進めてくれるのですから」

 

 彼女の言う通りだ。大多数の人間が先生に対して不信感を抱いている中、一部の少数派が先生の無実を訴えた所で何の意味もない。

 

 例え少数の声が世の中に届いたとしても、大多数の人間がその声を揉み消してしまう。

 

 数の暴力だ。一人が声を上げても、何百、何千の声がそれを押し潰す。

 

 ソラに事情聴取をしたヴァルキューレも、彼女を上から押さえつける事で、先生が無実であると訴えかける声を封じたように。

 

「貴女の前に現れたヴァルキューレの生徒達は敵側だったのでしょう。あのまま任意という形で同行したが最後、先生と同じ末路を辿っていたかもしれませんね。まぁ、貴女の前に現れた時点で、目的は達成していたのでしょうけど」

 

「……どういう事?」

 

 ヒナの言葉に、カヤは答える。

 

「彼女達は、敢えて高圧的な対応をしたんですよ。貴女がヴァルキューレに対して不審を抱くように」

 

 そして、その結果どうなったか。

 

 ヒナは知らず知らずの内に、ヴァルキューレの関係者から距離を置き、カンナという、ヴァルキューレ内において、手助けをしてくれるであろう人物からも遠ざかっていたのだ。

 

「まぁ、貴女がヴァルキューレに不信感を抱くように仕向けた時点で、彼女達の作戦は成功していたという事ですね」

 

 カヤの言葉に、ヒナは拳を握り締める。そして、怒りを堪えるかのように歯を食い縛った。

 

 全てが敵側の手の内だった事。そしてその罠にまんまと嵌められていた事を、今になって自覚する。

 

「ですが、敵側からすれば、最後まで貴女が先生を信じ続けた事が唯一の誤算だったのでしょうね」

 

「え?」

 

 カヤの思わぬ言葉に、ヒナは目を丸くする。そんなヒナを見て、カヤはクスリと笑った。

 

「『災厄の狐』ですよ。貴女が彼女を止めなかった場合、どうなっていたか想像出来るでしょう?」

 

 狐坂 ワカモ。ヒナやカンナと同じく、先生が無実である事を信じた生徒の一人だ。

 

「本来のシナリオであれば、あの場で先生を連れ出させる事で、全てが片付いたのでしょうが、貴女とカンナのお陰で、それを未然に防がれる事になりました。それが、敵側の唯一の誤算です」

 

 脱獄した囚人であるワカモが先生を連れてその場から逃げ去る。あくまでも容疑者であり重要参考人という枠組みでしかなかった先生が、犯罪者であるワカモと共に逃げ出した事になれば、センセーショナルな報道と共に、世間の注目を浴びる事が出来る。

 

 そして大義名分が生まれるのだ。

 

 犯罪者である先生を、生徒達の手で捕まえる。手段は問わない。これまで生徒達に尽くしてきた先生に、生徒が銃口を向け、引き金を引く。

 

 如何にワカモが強かろうと、たった一人で先生を守り通せる程、甘い世界ではない。物資はいずれ底を尽き、何時襲撃されるかもわからない状況の中、精神と肉体が摩耗し、次第に動きが鈍る。

 

 そうして疲弊した所を、情報操作で生徒達に襲撃させ、叩けば良い。それこそが敵の狙いだったに違いない。

 

「あの場に貴女がいなかったら、そのシナリオは成功していたでしょうね。『災厄の狐』も、良かれと思っての行動でしょうが、世の中は物語のようには甘くはないんですよ。数の暴力。それも、ゲヘナ、トリニティ、ミレニアム、多くの自治区が先生の敵になった時の事を、彼女は考えるべきでした」

 

「ですが、あの場には報道陣の他に、沢山の生徒がいました。彼女が止めなくても、別の子達が……」

 

 反論したのはカンナだった。

 

 しかし、その回答に至る前に、カヤはクスクスと笑みを浮かべながら答えた。

 

「あはははは。何を言っているんですか。あれは『野次馬』ですよ。そこにいるだけで何の生産性もない、ただの置き物同然の存在です。いてもいなくても、何の関係もありません」

 

「流石にその言い方は……」

 

 あまりにも酷い物言いに、カンナは顔を顰めるも、カヤはそれでも表情を変えずに言葉を続ける。

 

「だってそうでしょう? 彼女達はいわばどちらの味方でもない中立という名の第三者。先生を擁護する事もなければ批難する事もない中途半端な方々なんですから」

 

 カヤのその言葉に、カンナは言葉を失う。そして、ヒナに関しては、的を得た発言と押し黙るしかなかった。

 

「中立と言えば聞こえはいいでしょうね。しかしそれは、自分には一切関係がないからこそ言える事であって、どちらかに傾倒するわけでもない存在です。つまり、彼女達は『興味がない』んです。あの場にいた人達は先生がどうなろうと関係ない。ただ先生が『犯罪者』として矯正局に護送される。へぇ、そうなんだ。見てみよう程度の考えで集まっただけの烏合の衆に過ぎないのですから」

 

「…………」

 

「この際だから言っておきましょう。あそこにいた生徒や報道陣の中に、先生の味方は一人としていません。いたのは敵と熱心な批判者、そして何もしない中立だけです。唯一の味方が、貴女だけだったんです。空崎 ヒナさん」

 

 あの時、淡い希望を描いた事は、無意味だったのだと悟った。カヤの物言いは極論で、無論中には先生の事を信じる生徒は何人かいたのは事実だ。

 

 しかし、その生徒達が、あの時の戦闘に参加するかと言えば、答えは『NO』だ。

 

 考えてもみてほしい。あの時、キヴォトスでも最強格のヒナと七囚人と名高い『災厄の狐』のワカモの戦闘に参加出来る猛者は何処にいるというのだろうか?

 

 あの戦闘に参加出来るとしたら、それこそ各学園の実力者しかいない。だが、その実力者の殆どが、先生の事を慕い、そして敵の策略に嵌っていた状態だ。

 

 その点では、ヒナは周りに期待し過ぎていたのかもしれない。

 

「さて、話が逸れましたが、此処までのポイントをまとめましょう」

 

・先生に対する悪評の流布

・情報戦による疑心暗鬼化

・ワカモによる状況悪化

 

「そして、これらのポイントは互いに影響し合います。それも、最悪な形で」

 

 まぁ、最後のワカモに関してはアドリブで何とかなる為、省いても良いのだが、実際に起きた出来事故に書き加えている。

 

「何度も言いますが、敵は此処まで周到に計画を立てて行動しています。先生が捕まっている時点で、ほぼ詰みの状態です」

 

 ですが、と言葉を付け加え、カヤは続ける。

 

「ですが、敵は重要な証拠を残してしまいました。それこそが逆転の糸口となるのです」

 

 これだけ先生を追い詰める為に行動していた敵が、証拠を残している。

 

 その言葉の意味を考え、思案し、そして、その言葉の真意を悟る。

 

「放送された映像。それも、監視カメラの映像ではなく、局がキヴォトスに流した映像そのもの」

 

 満点の回答に、カヤはニヤリと笑みを浮かべる。

 

「その通り。仕方がなかったとはいえ、こればかりはどうしようもありません。私が仮説として上げた、映像や音声の証拠さえ入手出来れば、そこから連邦生徒会を経由して……いいえ、ゲヘナ、トリニティ、ミレニアムといった発言力のある学園を味方した上で、連邦生徒会に訴えかければ、世論は動きます。否応なしに、そして、漸く相手の土俵に立つ事が出来る」

 

 そして、とカヤは言葉を続ける。

 

「貴女とカンナのお二人には沢山の部下がいます。貴女達の一声で『先生に関するニュースを集めてる。データを持っている人がいれば貸して欲しい』といえば、データは集まるでしょう。後は、今も尚、ニュースとして流れているなら、それも入手すれば良い」

 

 カヤの言葉に、ヒナとカンナはハッとする。そして、顔を見合わせると、お互いの瞳に決意の色が浮かんでいた。

 

「とはいえ、相手にもそれくらいの事は予想しているでしょうね」

 

 状況不利とみるや、物理的に先生を抹消する可能性もある。ヴァルキューレに紛れ込んだ敵が、何もしない筈がない。

 

「ですからカンナ。貴女は自分の直属の部下を先生の護衛につけると良い。理由なんて、『先生を害した者がいるから』と理由があります。何故なら、先生はまだ、あくまでも『容疑者』なのですから」

 

 カヤの言葉にカンナは頷く。

 

「分かりました」

 

「そして、貴女にはヒナさん。貴女には、自身の権限を最大限に利用して、証拠が集まり次第、各学園に伝達して下さい。もう時間がない。私と面会している時点で、敵が怪しんでいる事は間違いないのですから」

 

 その言葉に、ヒナとカンナは目を見開くも、すぐに頷いた。

 

「ふふ、良いですね。こうして誰かに指示を送るなんて久し振りです、しかも、先生を助ける為だなんて私からすれば皮肉もいい所。まぁ、見返りはしっかりもらいますけどね」

 

 そう言ってカヤはクスリと笑みを浮かべた。

 

「さて、それでは最後に一つ。折角です。時間も無いですので、此度の事件の首謀者は誰か、お伝えしておきましょう」

 

 そう言って、カヤは今回の事件の首謀者が誰か、それを明らかにした。

 

「敵はヴァルキューレやテレビ局といった多方面に関わりを持つ事が出来る人物。そして、これだけ規模の大きい犯行を可能とする資金を持つ人物……いいえ、組織といった方が良いでしょう。此処まで言えば、もう分かりますよね? えぇ、そうです。この事件の黒幕は、私とも関係のある組織……いいえ、大企業」

 

『カイザーコーポレーション』と……。

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