冤罪先生   作:モノクロさん

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第2話

 仕事が粗方片付き、一息ついた頃には夜になっていた。

 

 時間を確認すると、まだ電車は残っている。今からなら十分に間に合うだろう。

 

「ヒナ、遅くまで付き合わせてごめんね。駅まで送るよ」

 

 名残惜しいが、そろそろヒナを帰さないといけない。これ以上、彼女を拘束する訳にはいかなかった。

 

「もうこんな時間なのね……でも、まだ大丈夫よ。終電まではまだ余裕があるもの」

 

「ギリギリまで無理をするのはヒナの悪い癖だね。それに、明日は明日でヒナにしか出来ない仕事があるんだから、これ以上は無理をさせるわけにはいかないよ」

 

「でも……ううん、そうね。なら、お言葉に甘えようかしら。でも、先生はまだ仕事が残っているでしょう?」

 

「大丈夫。もう殆ど終わっているし、後は明日片付ける分だから」

 

「そう……それじゃあ、お願いするわ」

 

 ヒナはそう言うと、帰り支度を始める。と言っても、殆ど私物を持ってきているわけではないので、ハンガーラックにかけていたコートを羽織り、鞄を持つだけだ。

 

「それじゃあ、行こうか」

 

 私はヒナと一緒にオフィスを後にすると、そのまま外へと向かって歩き出す。

 

 外に出ると、冷たい夜風が頬を掠めた。季節は冬に差し掛かっており、吐く息も白くなっている。

 

「寒いね」

 

「そうね。でも、私はこれくらいの方が好きよ」

 

「あははっ、ヒナらしいね。私なら、早く暖かくならないかなぁって思っちゃうよ」

 

 他愛のない会話をしながら歩いていくと、駅までの道のりはあっという間だった。

 

「ここまでで大丈夫よ。先生はまだ仕事が残っているんでしょう?」

 

 駅の改札前まで来て、ヒナが足を止める。

 

「うん……でも……」

 

 もう少し一緒に居たいと思ってしまうのは我儘だろうか?

 

 そんな私の考えを見透かしたように、ヒナは笑みを浮かべた。

 

「大丈夫よ。またすぐに会えるもの」

 

 当番の日は暫く先だが、互いの休みが重なった時、1日中一緒にいられるのだ。それ以上の贅沢を言ってはバチが当たるというもの。

 

 小指を立ててくすりと笑みを浮かべたヒナに、私も漸く踏ん切りがついた。

 

「……そうだね。じゃあ、気をつけて帰ってね」

 

「えぇ、先生もあまり無理をしないでね」

 

 そう言い残して、ヒナは改札を通り駅のホームへと消えていった。

 

 振り返る事なく、歩く姿は凛としていて、どこか誇らしかった。

 

 私はヒナの後ろ姿が見えなくなるまで見送ると、そのまま踵を返してシャーレへと戻った。

 

 オフィスに戻ると、残った書類が出迎えてくれる。しかし、今はそれを嫌だとは思わない。

 

 ヒナとの約束がある。それだけで、私はどんな事でも頑張れる気がしたからだ。

 

 それからは仕事に没頭した。時折手を止めて休憩を挟み、1Fのコンビニで軽食を買ってきて、それを食べながら作業を再開する。

 

 ヒナと過ごす1日を想像しながら手を動かす時間は、とても楽しいものだった。

 

 時計を見ると、既に深夜0時を回っている。

 

 机の上には、まだ1割程度の書類が残っていたが、キリの良い所で手を止めてシャワーを浴びる事にした。

 

 汗を流し終える頃には午前1時を過ぎており、流石に眠気に襲われる。

 

 今日はもう寝よう。私は寝る支度を整えてから仮眠室のベッドに潜り込み、目を閉じた。

 

 そして、翌朝。

 

 私は普段よりも少し遅い時間に目を覚ました。

 

「ん……もうこんな時間か……」

 

 欠伸をしながら身体を起こすと、枕元に置いてあった携帯を手に取る。

 

 待ち受け画面に表示される時刻は、午前10時を示していた。

 

「寝過ぎたな……」

 

 目覚ましをセットしておくべきだったと思いながら立ち上がると、手早く身支度を整えて、オフィスへと向かう。

 

 机の上には、昨日の残りと、コピー機から追加の書類が届いていた。

 

「さて、やるか」

 

 私は気合を入れ直すと、再び書類に目を通す。黙々と作業を進める事1時間、不意にオフィスの扉がノックされた。

 

「どうぞ」

 

 私が返事をすると、ドアがゆっくりと開かれ、尾刃 カンナとヴァルキューレ警察学校の生徒達が武装した状態で入ってきた。

 

 何か事件でもあったのだろうか?

 

 私は作業の手を止め、カンナ達の方へと向き直り、椅子から立ち上がった。

 

 すると、武装した生徒達の表情が一瞬強張り、装備していた銃火器を一斉に此方に突き付ける。

 

「え、み、みんな、どうしたの?」

 

 私は突然の事に驚きを隠せなかった。銃口を向けられる理由もなければ、彼女達と険悪な関係になった覚えもない。

 

 困惑する私に、カンナが慌てて銃口を向ける生徒達を宥め、下がらせる。

 

「部下達が申し訳ありません。ですが先生、どうか落ち着いて聞いて下さい。私達も、まだ状況を把握しているわけではないのですが……」

 

 カンナが言い淀む様子に、私は不安を募らせていく。一体何が起こっていると言うのか?

 

「先生。正直にお答え下さい。私達も出来る限り、穏便に済ませたいのです」

 

 カンナの言葉に、私は唾を飲み込む。何を聞かれるのか?

 

 どうして銃を突き付けられるような状況になっているのか?

 

 様々な疑問が頭を駆け巡る中、私は覚悟を決めて口を開く。

 

「……分かった。正直に答えるよ」

 

「助かります。実は、昨晩、このシャーレの近郊で殺人事件があったようなんです」

 

「殺人事件!!」

 

 予想外の言葉に、私は驚愕の声を上げた。喧嘩や銃撃戦が絶えないキヴォトスだが、死人が出るケースは殆どない。

 

 それが昨日、私が此処で仕事を片付けていた時に起こったというのだ。

 

「被害者は〇〇学園の生徒で、〇日前から行方不明だったのですが……」

 

 カンナの声が遠くに感じる。私は動揺を隠す事が出来なかった。

 

「……先生?」

 

 私の様子がおかしい事に気付いたのか、カンナが心配そうに声を掛けてくる。

 

「……ごめん、少し驚いただけだから。話を続けてほしい」

 

 私は何とか平静を装いながら、カンナに先を促すも、カンナは何か言いづらそうに口籠っている様子だった。私は黙って先を待つ。

 

 暫くして覚悟を決めたのか、カンナは再び口を開いた。

 

「実は、目撃証言があったのですが、その目撃者は、現場から慌てて逃げていく先生の姿を目撃しているのです」

 

「え……それって……」

 

 つまり、私が犯人だと疑われているという事だろうか?

 

 しかし、私には身に覚えがない。それに、私は昨日此処に居たのだ。途中でヒナを見送る為に外には出たし、その後も1Fのコンビニで買い出しましたが、それだけだ。

 

「先生を疑うような真似をして申し訳ありませんが、私達も状況を把握している最中でして、何卒ご理解下さい」

 

 カンナが頭を下げる。

 

 彼女としては、目撃証言があったからと言って、私が犯人だと決め付けている訳ではないのだろう。

 

 しかし、疑いの目を向けられているという事実は変わらない。

 

 此処は大人しく、カンナ達の指示に従い、大人しく署まで同行する他ないだろう。私は深呼吸をして心を落ち着けると、カンナ達の方へ歩み寄った。

 

「分かったよ。それじゃあ行こうか」

 

 私がそう言うと、カンナ達は驚いたような表情を浮かべた後、気まずそうに視線を逸らした。

 

「本当に申し訳ありません。ただ、先生を疑う訳ではないのですが、目撃者の証言と先生の外見が酷似していたもので……」

 

「うん、大丈夫。気にしてないよ」

 

 私はそう言って微笑むと、カンナ達に促されるままに部屋を出た。そしてそのままパトカーへと案内される。

 

 車内には重苦しい空気が流れる中、私は窓の外を眺めながらこれからの事を考えていた。

 

 一体何故こんな事態になったのか?

 

 目撃者とは一体誰なのだろうか?

 

 疑問ばかりが浮かぶ中、車はシャーレを後にして、走り出す。

 

 そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼のニュースを『シャーレの先生、殺人事件の重要参考人として逮捕』という根も歯もない内容で流される事となり、私の事を知る生徒達は皆、その情報に釘付けとなるのだった。

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