「……報告します。空崎 ヒナに動きがありました」
『了解……くそっ、シャーレの先生を矯正局に護送すれば全て上手くいくといったやつは誰だ? 寧ろ悪化してるじゃないか』
「……どうしますか?」
『どうするも何も、このまま見過ごすわけにはいかないだろ。何としても空崎 ヒナを止めろ』
「我々だけでは武力制圧は不可能です。他の生徒達にも応援を……先生を助けようとした空崎 ヒナを批難する声も上がっています。上手く焚き付ければ……」
『駄目だ。空崎 ヒナを糾弾するには手札が足りない。勝手に暴走したヴァルキューレの生徒と他の局が取り上げれば、今後の活動に影響が出る』
「……分かりました」
無茶を言う。ではどうすればいいというのだ?
止めろと言った後の言葉で今後の活動を気にするなど、現場の人間からすれば判断に困る命令だ。
『ミレニアムに潜入しているメンバーはそのまま空崎 ヒナを尾行しろ。奴らが動き出したら、私に知らせるんだ。いいな?』
「了解しました。それでは、報告は以上です」
『あぁ、ご苦労だった』
報告が終わり、通信を切る。
面倒な事になった。
あの時、ヒナとワカモの遣り取りを見て、味方する者が誰もいない事に心が折れた筈のヒナが、再び行動している。
それも、闇雲に先生の無実を証明しようとしているのではなく、的確に、此方の急所を抉るかのように攻め立ててくるではないか。
不知火 カヤめ……。
突然カンナがカヤと面会したい人物がいると報告してきた時には、既に手続きを済ませており、此方からの妨害工作が間に合わずに、今に至る。
あの時、カヤとヒナとの間で、何かしらの遣り取りがあったのは明白だ。
何が『カヤは無能』だ。とんでもない食わせ者じゃないか。
「くそっ、どうする……どうすればいい……」
ミレニアムに潜入している部下は、空崎 ヒナの尾行を続行するよう指示を出した。しかし、相手はあの空崎 ヒナだ。
此方が動く前に……いっその事、先生には独房内で……いや、ダメだ。カンナと彼女の直属の部下が先生の護衛をしている。部下達は乗り気ではないが、上司のカンナの命令ともなれば従うしかない。
理由もある。何処かのバカが自分勝手な偽善で先生を暴行したせいで矯正局内の信用を失い、同じ事を繰り返えさせない為の防止策という、カンナの行動を止める理由がない。
頭を抱える。だが、妙案が思い浮かぶ事はなかった。
そして、頭を抱える上司の元に、更なる追い打ちがかかる。
「た、大変です!! 矯正局に保管していたシャーレ周囲の監視カメラの映像データを、何者かに抜き取られました!!」
「あぁ、クソッ!! もう何なんだよ!! なんでこんな……ま、まさか……」
嫌な予感がした。そして、その予感は的中する事になる。
「これが、犯行当時のシャーレ近辺の監視カメラの映像データです」
「そう、ありがとう。それで、調べた結果はどうだった?」
「……映像に映っていた先生は彼本人でした」
「……続けて」
「ですが……此処……記録された日時に改竄された痕跡を発見しました。ニュースに取り上げられた映像と比較しましたが、映像媒体はこれらのデータと一致……つまり……」
「成程ね。分かったわ。それじゃあ、ニュースの映像に関しても調査をお願い」
ミレニアムに到着したヒナは、その足でミレニアムの非公認とされる部活、『ヴェリタス』のメンバーと合流していた。
アポイントを取り、副部長である各務 チヒロに、先生のニュースを独占していたテレビ局の映像を調べるよう依頼をしていたのだ。そして、他の部員には矯正局が保管している犯行当時のシャーレ近辺の監視カメラの映像データをハッキングで抜き取るよう依頼していたのだ。
そして、その結果、ニュースに流れた映像そのものは本物だった。しかし、それが映されたのは犯行当日ではなく、全く関係のない別の日だった事が判明したのだ。
依頼当初は、何故先生に関する依頼をと不満気だったが、報酬金額があまりにも破格だった為、渋々請け負ったのだが、その結果がこれである。
自分達は何故、先生を疑ってしまったのだ?
何故、自分達は、先生を犯人と決め付け、糾弾してしまったのだ?
後悔の念が、ヴェリタスのメンバーの中で渦巻いていく。
その追い討ちをかけるように、ニュースで流れた映像そのものにさえ、細工が施されていた事に気付いた面々は、顔を青ざめさせながら、チヒロに視線を向ける。
特に酷かったのが、『音』を調べていた音瀬 コタマである。
「なに……これ……」
青ざめるどころか、顔面蒼白になりながら、コタマはそう呟いた。
「どうしたの?」
「副部長……この映像に使われているBGMの中に『声』が混じってる」
「声……?」
コタマの言葉に、チヒロは首を傾げる。映像に合わせてBGMを流すのは分かる。しかし、そこに『声』を入れた所で何の意味があるというのだろうか?
「この声は……先生の声だ……」
「……え?」
不要な音だけを取り除き、そこに隠された『声』だけを出力する。
その声は、確かに先生のものだった。しかし、その声色は、普段の先生からは想像もつかない程に冷たく、そして恐ろしいものだった。
呪詛のように吐き出される罵詈雑言。まるで視聴者に訴えかけるような呪いの言葉に、コタマは耐え切れず、床に蹲って嘔吐した。
「……コタマ、大丈夫?」
「う……うん。ごめん……」
「いや、謝らなくて良いから」
嘔吐した事で少し落ち着きを取り戻したのか、コタマはチヒロに謝罪するも、チヒロはそれを咎める事なく、寧ろコタマの背中を摩りながら、労わった。
「でも……これは一体……」
「……これ、先生の声だけど先生じゃない。先生の声をデータ化して生成されたAIだよ」
コタマの言葉に、チヒロは目を見開く。にわかに信じ難い話だった。だが、もしそれが事実だとしたら?
「……こっちも見つかった。映像の中に、先生の画像が一瞬だけど映ってた。恐らく、犯人が編集したんだと思う」
チヒロは顔に手を当てて俯く。全て合点がいったのだ。何故、自分達を含めて先生を疑い、犯人であると決めつけたのかを。全てが仕組まれていたものだった事に漸く気付き、それをきっかけに、ヴェリタスのメンバー全員が、敵が仕掛けた洗脳から解放されたのだ。
しかし、解放されるのがあまりにも遅すぎた。先生を糾弾し、先生を追い詰めた。
「ごめん……なさい……ごめんなさい……」
コタマが、涙を流しながら謝罪する。
「私も……先生……ごめんなさい……」
次々と、ヴェリタスのメンバーが膝をつき、涙を流しながら謝罪の言葉を口にしていく。
自分達が、先生が犯人であると決めつけてしまった事。自分達のした事を悔いるように涙を流しながら謝り続ける。
そこに、先生はいないというのに。
暫く、彼女達はその場に泣き崩れ、謝罪の言葉を繰り返していたが、少しずつ落ち着きを取り戻した彼女達はフラフラと立ち上がりながら、集めた証拠をデータ化し、それをヒナに渡した。
「……依頼されたデータです。お納め下さい」
「協力してくれてありがとう。貴女達がいなかったら、此処まで早く、証拠を集める事は出来なかったわ」
ヒナはそう言うと、ヴェリタスのメンバーに背を向けて歩き出す。その背中があまりにも小さく見えたチヒロは思わず口を開いた。
「……先生を……助けてあげてください……」
「……言われなくても分かってるわ」
ヒナはそう答えると、その場を立ち去った。次はミレニアムの生徒会、セミナーにこの情報を提示して、味方につけなければならない。そして次は、トリニティだ。
やるべき事は残っている。急がなければ。